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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
四章 深緑の暗殺者
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ベルセルク

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 破壊衝動を撒き散らすかのような咆哮が氷洞に響き渡る。

 『ベルセルク』を解放して戦うククロの姿はまさしく……凄絶の一言に尽きた。次々と襲い来る冒険者を、その膂力に物を言わせて武器ごと両断してゆく。

 防御など無駄と言わんばかりに、鋼の武器を漆黒の剣が破砕し、その向こう側にいる冒険者の肉と骨を無情にも両断してゆく。『斬る』というよりも『粉砕する』といったほうが適当な勢い……完全に人間という領域を逸脱している。


 五人の下僕化冒険者を斬ったところで、ノーライフキングを護っていたスペルユーザー達が一斉に詠唱を開始し始める。幾重にも詠唱が重複し、ノイズのように聞こえてくるそれに対し……ククロは氷洞内部の氷柱を片手でへし折り、それを大きく振りかぶった。

 そして、人の胴体ほどもある氷柱を、射出と言って良い勢いでぶん投げた。空気の壁を強引にぶち破りながら、氷の柱がスペルユーザー達の中心に突っ込んでゆく。

 だが……氷柱がスペルユーザー達に突っ込むよりも先に、盾を持った騎士が二人同時に射線上に割り込んだ。轟音と共に氷柱が砕け、それと同時に騎士達も背後に吹き飛ぶ。


 ククロは舌打ちを一つして、二つ目の氷柱を軽々とへし折り、再度投射。

 真横にして投げた氷柱は、まとめて魔法攻撃を巻き込む……はずだったのだが、ノーライフキングが放った魔力のレーザー砲『フォトン・ブラスト』が一瞬にして氷柱を蒸発させた。


「ぐぅッ!!」


 襲い掛かってくる魔法の群れに対し、ククロは全力で氷洞内を疾走する。次々と壁面に魔法が着弾し、破砕した氷がキラキラと煌めきながら戦闘空間を彩る。

 追ってくる魔法がないことを確認してククロは、己の脚力を使って強引に方向転換。スペルユーザーに向かって突っ込んで行く。


 その間に、近接職の下僕化冒険者達が間に割って入るが……こと近接戦において、腕力、脚力、反応速度が劇的に向上した、ベルセルク化ククロの相手となる者はいない。

 武器で斬りあえば武器ごと破砕し、シールドバッシュを仕掛ければ盾ごと地面に叩き付けられる……その姿は近接戦闘の鬼。ドラゴンすらも殴り倒すこの男の前に立ちはだかることそのものが、自殺行為なのだ。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 魂を拘束された下僕化冒険者達が、ククロの咆哮に恐れ戦くように後ろに下がる。

 鬼神の如き猛烈な速度で下僕化冒険者達を斬ったククロが、スペルユーザー達に肉薄する。既にこの時点で両断した下僕化冒険者達は十人以上……返り血で全身を真紅に染め上げているその姿は、苛烈そのものだ。


 だが……ノーライフキングはククロの猛攻を前にしても、恐れることなく手を掲げる。

 一瞬の煌めきの後、魔力のレーザーであるフォトン・ブラストが周囲一帯を薙ぎ払う。地面が、壁面が、氷柱が、熱せられた飴のように溶け、砕け、崩れてゆく。これに対して、ククロは大上段に剣を掲げて……直撃の瞬間に渾身の力をもって剣を振り下ろした。

 可視化できるほどに凝集した魔力と、魔力すらも両断する大剣が激突する。剣に斬られたことで散乱した魔力の破片が、周囲に無秩序な破壊をもたらし――相殺。

 ガラスをすり合わせて様な甲高い音を立てて、両者は激しく反発しあう。


「だぁぁありゃぁぁぁぁぁ!!」


 衝撃に弾き飛ばされたものの……ククロは空中で旋回して、壁面に『着地』。

 ノーライフキングに向かって、全身を弓のようにして剣を投げ放ちながら、自身ももう一度突貫する。目視するのも困難な速度で飛翔した剣は……しかし、ノーライフキングに着弾する寸前で、透明な壁に阻まれたかのように弾かれた。


 ソリッドシールド――物理攻撃を一度無効化する魔法障壁である。


 本来、モンスターは使えないはずの魔法なのだが……スペルユーザーの冒険者達を下僕化しているノーライフキングは別だ。ククロの剣が弾かれると同時に、ノーライフキングの周囲にいた下僕スペルユーザーが、すぐさまソリッドシールドを張り直す。

 どうやら、直接ノーライフキングに攻撃を当てるには、周囲のスペルユーザーから撃破しなくてはならないようだ。

 それを直感で理解したククロは、すぐさま標的を変更。

 傍らの氷柱を割り砕き、全力でスペルユーザーに向かってぶん投げる。だが、同時にノーライフキングもまた、スペルユーザー達が自分の生命線であることを重々に理解していた。

 瞬間的に放たれたフォトン・ブラストによって、再び氷柱が融解する。

 完全にイタチごっこだ。


「ちぃッ!!」


 弾かれた剣を空中でキャッチしたククロは、再びダンジョンを猛烈な速度で疾走。それを追いかけるように、フォトン・ブラストが次々と氷柱を破壊してゆく。

 もはや、ディメンション化ダンジョンに生息するモンスターが入っていけるようなレベルの戦いではない。ダンジョンそのものを破壊しながら続く戦いは、それほどまでに激しく、終わりが見えない。


 だが、それに終止符を打たんと先に動いたのは、ノーライフキングだった。


 大きく両手を掲げると、そこに真紅の鎖が顕現する。そして、それをククロに向けて投げ放ってきた。無論、それを斬らんと剣を振り抜いたククロだったが……鎖はククロの剣をすり抜けて、その体を拘束するように巻き付いた。魔力でも、物理でもない代物……一体何なのか、想像が及ぶ前に、ククロの全身を猛烈な脱力感が襲った。


 ククロは知るよしもない事だが、精神力を直接吸い取るノーライフキングの技――ライフアブソーブである。ガクリと膝から崩れ落ちたのを見計らったかのように、スペルユーザー達が一斉に魔法を繰り出してくる。

 ククロは何とか気力を振り絞って立ち上がると、そこらで転がっている下僕化冒険者の死体を蹴り飛ばした。死体に着弾し、弾ける魔法の華……それを見ながら、ククロは大きく空気を吸い、そして――


「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 精神力に干渉してくる技ならば、精神力で対抗できるはず……そんな、机上の空論のみでククロは真紅の鎖を握って、逆にノーライフキングの精神に干渉を始めた。

 本来、このライフアブソーブは常人なら、巻き付かれるだけで、廃人となってしまうほどに強烈な精神干渉技なのだが……それを気迫だけで対抗しようとするこの男のデタラメ具合が分かるというものだろう。


「ぐ……あ……がッ!」


 青白い光が鎖の上で弾け、ノーライフキングとククロの双方を包み込む。

 恐らく、ククロがライフアブソーブに抵抗してくるとは思ってもみなかったのだろう……ノーライフキングの周囲にいたスペルユーザー達の体が、バタバタと倒れてゆく。

 それでも、ノーライフキング本体は体を痙攣させながらも、更に鎖の束縛を強くしてくる。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……あ……ぐ、がぁぁぁぁぁッ!!」


 意識の最奥で火花が散る。

 自我の境界線が曖昧となり、気を抜けば、そのまま世界に溶けていってしまいそうな感覚。そして同時に、真紅の鎖で繋がった先にはノーライフキングの意識が透けて見える。

 ククロはそれを破壊せんと、闘志と敵意をもって激しく睨み付ける。

 互いの精神力が相克し、どちらが相手の精神を破壊するか競り合っている中……不意に視界の端に動くものを見つけた。


 ノーライフキングの背後にいたスペルユーザーの下僕化冒険者の一人が、勝手に動き出していたのである。まるで、操り人形の糸が切れたかのように、ガクガクと不自然な動きを繰り返している。新しい魔法を繰り出すつもりなのかと、警戒したククロだったが……下僕化冒険者は予想外の動きを見せた。

 懐から刃物を取り出すと、それで背後からノーライフキングを貫いたのである。

 あまりと言えばあまりにも唐突なことに、ククロだけではなくノーライフキングも硬直した。一瞬、時が止まったかのような静寂が場を支配したが……すぐさま、これをチャンスとみなしたククロが大剣を手に走り出した。ノーライフキングの精神集中が切れたことで真紅の鎖は霧散し、今はククロを縛るものは何もない。


「だぁぁぁぁぁぁぁりゃぁぁぁぁぁあっ!!」


 腕力と疾走速度に物を言わせた、けれど、強力無比な斬撃が、ノーライフキングを頭頂から一刀両断にした。漆黒のローブが引きつれるように破れ果て、絶叫に似た金切り声が氷洞を大きく揺らしてゆく。

 そして、ふわりとその小さな肢体が浮かび上がり……弾けるようにして霧散した。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 それを確認すると同時に、ガクリとククロの膝が折れ、ベルセルクが自動的に解除された。基本的にベルセルクが解除されるのは、ククロのフィジカルが限界点に来た時だ。

 事実、体は末端から芯まで痛みを訴えているし、頭は鈍器で強打された後のようにギリギリと激しく痛んでいる。もう少し戦いが長引いていたら、ククロが確実に負けていただろう。

 だが……今はそれ以上に気になることがある。


「アンタ……」


 ククロが顔を上げた先……そこにいたのは、先ほどノーライフキングを刺した男だ。先ほどは不自然な動きを繰り返す、出来そこないの操り人形のようだったが……今は、どこか穏やかな笑みを浮かべている。


「ありがとう……黒の剣士さん……」


 まるで、心底ほっとしたと言わんばかりにそう言って……男は、その場で崩れ落ちた。

 もしかしたら、ククロがノーライフキングの精神干渉に対して抗ったことで、一時的にとはいえ魂の拘束が解けたのかもしれない。

 ただ、それはあくまでの推測の域を出ず、真実は完全に闇の中だ。

 それでも……。


「解放されたって考えて……良いんだよな……」


 周囲を見回せば、倒れ伏したスペルユーザーや、斬られた剣士、騎士達がゴロゴロと転がっている。ただ、共通して言えるのは、その表情にはどこか安堵のような笑みがうっすらと広がっているということだろうか。


「良かった……でも……まだ……」


 どこか遠くで、爆発音とともに人の声が聞こえたような気がしたが……それを確認するよりも早く、ククロは気を失ってその場に倒れたのであった……。


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