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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
四章 深緑の暗殺者
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デストラクションプギー

 ノースダンジョンの入り口が崩落してから丸二日が経過した。

 ディメンション化ダンジョン内に閉じ込められたククロは……まだ、辛うじて生きていた。


 ――くっそ、しんどい……。


 現在ククロがいるのはディメンション化ノースダンジョン第二層の片隅だ。現在、第一層と第二層のモンスターの大半が、第一層へと移動しているため、第二層はかなり手隙になっているのだ。

 その原因は、ハルが去り際に放り投げた誘獣香だ。

 あの香にはモンスターを強力に誘引する能力があり、それは階層をも超えて発揮される。本来なら入手して携帯すること自体が罪になるような裏の代物なのである。

 ただ、クローキングの魔法石を大量に持っていたことが、ククロの命運を分けた。

 ククロはこのダンジョンに閉じ込められてから、すぐさま誘獣香の臭いが体に移らないように退避し、瞬時にクローキングの魔法石を使用……列をなして動くモンスター達を横目に、第二層まで下りたのである。

 その後、第二層の片隅に退避し……現在に至る。


「しかし、じり貧だな、こりゃ……」


 この二日間、ほとんど何も食べていない。もともと、一撃離脱のつもりで来たので食料もほとんど持ってきていないのだ。幸い、水分が氷結したツララがそこかしこにぶら下がっているため、飲み水には苦労していないが……。

 おまけに、モンスターが時間を選ばずに襲い掛かってくるために、眠ることすらできない。ダンジョン自体が光を放っているため、常に明るく時間の感覚すらもあいまいだ。その上、脱出口も完全にふさがれていると来ている。基本的にディメンション化ダンジョンの入り口は一つしかない。つまりは、今、最もモンスターが密集している場所だ。


「あんまりモンスターを倒しすぎると、ディメンション化が解けてリセットが起こるからな……くそ」


 ククロが助かるには、密集しているモンスター達を全て『無力化』して、岩石をどかさなければならないわけだが……モンスターの無力化など、聞いたことがない。

 こうなると、外部からの助けを待つしかないのだが、果たして来てくれるか……。

 そして、何より面倒なのが……。


 ――アレが問題だよな……。


 ダンジョンのそこかしこに、冒険者の姿が見えるのだ。

 しかし、その装備は一世代昔のもので、肌も青白く、目も虚ろだ。ゾンビのようだと、ククロは思ったが、恐らくその印象は全く間違ってはいないだろう。

 そもそも、こんな所に冒険者などいるはずがない。


 アレは……ノーライフキングの下僕となった過去の冒険者達だろう。各階に散らばっている理由はハッキリとは分からないが、侵入者を見つけてノーライフキングに伝えるためだろうか?

 なんにせよ、見つかると面倒なことになるということだけは分かる。


 ククロは、あの下僕冒険者にだけは見つからないように、今の今まで慎重に動いてきた。あれに見つかった瞬間、ノーライフキングが動き出す可能性は極めて高い。

 近づいてくる下僕冒険者を横目に、ククロは遠ざかろうとした……その時だった。


 通路の向こう側に、何かひどく不自然なものが立っていた。


 一言で言うなら壊れたクマのヌイグルミだ。

 目の部分になっているボタンはぶらぶらと顔からぶら下がっており、首はもげて綿がこぼれている。全体的に薄汚く、洗濯されていないことが一目で分かるが……肝心なのはそこではない。

 自立し、歩いてククロの方に向かってきているのが問題なのだ。


 他のモンスターと比較して、圧倒的な魔力と威圧を放つそれが、一体何なのか……それに思い至ったククロは、考えるよりも早く剣を抜いていた。


 ――第一層ボスのデストラクションプギーか!?


 そして、ククロの言葉に応えるように変化が始まる。

 周囲にいたモンスター達が、猛烈な速度でデストラクションプギーに向かって吸い込まれていく。ゴシャ、グチャ、ビチャ、ゴリッと、肉が捻じれ、潰れ、折れる音が連続で響き渡り、吸収されたモンスターが圧縮、歪なオブジェを作ってゆく。


 そして、できあがったのは……腐臭と吐き気がするような生臭さを放つ人型のナニカだった。


 剥き出しになった肉色に、所々から流れる様々な色の血……モンスターの姿が消えていないということは、まだ生きているのだろう。心臓の弱いものが見たら、その場で卒倒してしまいそうなほどに、グロテスクな代物だ。

 そして、デストラクションプギーは肉のオブジェの心臓部に手を当て……ずぶずぶと、肉の中に埋まってゆく。そして、完全にその姿が肉に埋もれた瞬間、グロテスクな怪物が咆哮を上げた。血と臓物をベシャベシャと吐き出しながら、異色の魔力と威圧感がククロの肌を刺す。


「くっそ、グロイもん見せやがって!」


 ディメンションダンジョンのボスは、総じて高い攻撃力を有している。

 それこそ、人間など一瞬で消し炭にしてしまえるほどの……だ。故に、機先を制されたら一気に不利になるのは明白。


 ――情報がないならばそれはそれ。一撃で屠る!!


 地を蹴る。

 瞬時に肉の化け物との距離を詰めると、一直線に頭上に向けて跳躍。先ほど、デストラクションプギーが埋まった場所に向けて、疾走の勢いを乗せた刺突を見舞う。肉や骨を断つ感触がダイレクトに手に返ってくるのを感じるが……それは、必殺を期した一撃とはなりえない。


「ちっ!!」 


 肉の化け物が大きく手を振りかざし、羽虫を落とすかのような動きでククロを弾き飛ばそうとするが……それを喰らってやるわけにはいかない。

 剣を引き抜くと同時に胴体を蹴り飛ばし、背後に跳躍。

 息を整えつつ再度剣を構えれば、デストラクションプギーは肉の化け物の膝部分から顔を出した。どうやら、あの肉の中を自由自在に動き回れるらしい。

 本来ならば、過去に深緑の洞窟でファルシリアが使った『スターダストフラッシュ』のような広範囲殲滅系の魔法石があればよかったのだが……手持ちのほとんどをクローキングに変えてしまった今、道具入れにある魔法石は身を護る『アイギス』ぐらいしかない。


 ――あまり大きな音を立てたら、他のモンスターが集まってくる……! とっとと斬り倒す!


 ククロがサイドステップを踏めば、先ほどまで立っていた場所を猛スピードで肉の右拳が通過してゆく。着弾した氷の柱が粉々に砕けたことを思えば、その威力は想像できるというものだろう。だが、ククロは怯むことなくその場で旋回。

 大上段から、肉の腕を切り落とした。腕が切り落とされたことで、構成していたモンスターが死んだのだろう……腕は、光の粒となって消えていく。


 ――切り落とせば消滅するなら、片端から斬り落とすまで!


 モンスターを再度吸収して再生する可能性は大いにある。

 だからこそ、要求されるのはスピードだ。

 ククロは、その場で跳躍すると相手の腕を蹴って三角飛びの要領で接近。すれ違いざまに頭を切り落とし――


「だりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 その場で回転すると、落下の勢いと体重を乗せて、首から股間までを一刀両断に伏した。伊達に鉄鉱の街アイアーナスで特注した剣ではない――その切れ味と頑強さは、ククロの馬鹿力をもってしても応えてみせるほどに高い。


 ――どっちだ! どっちが消える……ッ!!


 振り返りつつ確認してみれば、右半身が光に包まれて消えゆくところだった。すぐさま翻り、次は左足を切り飛ばして完全に動きを遮ろうとしたククロだったが……それよりも先に、左拳が飛んできた。瞬時に剣を引き寄せて防御体制に移行。火花が散るような衝撃と同時に、一気に後ろに吹っ飛ばされる。


「痛っ……ッ!」


 アサルトブーツの裏で派手に氷を抉りつつ、急停止。すぐさま反撃に移ろうとしたものの……ガクッと膝から崩れた。この二日間で蓄積した疲労は、想像していた以上にククロの体を蝕んでいたようだ。眩暈を意志の力で抑え込み、何とか立ち上がると、目の前ではデストラクションプギーが再度、モンスターの吸引を開始していた。


「まずい……!」


 驚くほどの速度でモンスター達がデストラクションプギーの元へと集まってくる……見る限り、吸引というよりも誘引と言った方が良いかもしれない。

 焦りと同時にククロが再び駆けだそうとした……その時だった。


 パシュン! という軽い音ともに肉人形の胴体に穴が開いた。フォースマスターが使う魔法の一つである、エクスティンクション・レイだ。そして、この魔法の一撃……正確無比にデストラクションプギーの居場所を射抜いていた。


 ごろりと……壊れかけの縫いぐるみのような外見をしたモンスターが、ククロの足元に転がってくる。あまりにも唐突なことに唖然とするククロを尻目に、フォトン・ブラストが次々とデストラクションプギーに突き刺さり……呆気ないほど簡単に第一層ボスはその姿を消した。

 窮地を乗り越えたと……そう、簡単に喜べるほど、ククロも能天気ではない。

 上げた視線の先、そこには青ざめた肌をしたフォースマスターが立っている。生気のない瞳がまるで虚のようにククロを見つめ、そして、かすれて引き攣った声がその口からこぼれる。


「優秀な……素体……見つけた……」


 次の瞬間、ぞくりと悪寒が走った。

 ディストラクションプギーとは比較にならない魔力、そして、威圧感……それが、第三層につながる階段から昇ってくる。


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