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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
一章 迷子の吟遊詩人
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深緑の洞窟へ

 そして、翌朝。四ヵ国騎士団を中心にして結成された救助隊は、さっそく深緑の洞窟に向けて出発を開始した。深緑の洞窟は中央自由都市ユーティピリアからそう離れていないため、一時間ほどの移動で到着することができたのだが……。


「やっぱりディメンション化していたか」


 深緑の洞窟を見たファルシリアが放った第一声がそれだった。

 目の前のダンジョンから放たれる魔力が圧倒的に高まっている。とてもではないが初心者用のダンジョンとは思えない。実際、ファルシリアと同じように深緑の洞窟の変化に気が付いた他の冒険者からも戸惑いの声が上がっている。

 納得しているファルシリアの隣で、途中合流したククロが軽く首を傾げた。


「あれ、でも深緑の洞窟ってディメンション化はしなかったんじゃなかったっけか?」

「周期が異様に長かったのかもしれない。ともかく、これで内部のモンスターの組成がおかしくなった原因がハッキリしたね」

「あの、ファルシリアさん……ディメンション化って一体?」


 眞為の質問に、ファルシリアは笑顔で答えを返す。


「ディメンション化っていうのは、ダンジョンが一定周期で活性化することで、内部魔力が増加する現象のことを言うんだ。言い換えればダンジョンの力が増すってことだから、内部のモンスターもランクアップする」


 そう言って、ファルシリアは目線をまっすぐにダンジョンに向ける。


「基本的に、深緑の洞窟はディメンション化しないダンジョンだと言われていたんだけど……まさか、本当にディメンション化しているとはね」


 恐らく、駆け出し冒険者達はそんなこと、露も知らずに突入してしまったのだろう。言ってしまえば巨人の口に飛び込んでいくようなものだ……不運としか言いようがない。


「放っておけばディメンション化は解けるけど……前例のないディメンション化だからなぁ。解除されるまでどれだけ掛かるかもわからないし、突入しなければならないのは変わらないかな」

「ようするに、目の前に立ち塞がるヤツは片っ端から斬ればいいんだろ? いつもと変わらん変わらん」

「ククさんは相変わらず単純明快だねぇ」

「複雑に考えれば考えるだけ疲れるだけだ。こういうのは単純に捉えた方が良い」


 漆黒の大剣を軽々と片手で握り、まっすぐに深緑の洞窟を睨み据えながら、ククロが言う。既に臨戦態勢に入っている相棒を溜息交じりに見て、ファルシリアは周囲を見回す。

 二割の冒険者がやる気になっており、八割の冒険者がすでに逃げ腰になっている……妥当か、と内心でファルシリアは納得する。

 C~Dランクの冒険者といえば、そろそろ現実が見え始めた頃だ。ダンジョンに行くにしろ、安全マージンをしっかりと取って、確実に生還できるようにするはず。そう考えれば、今回のダンジョン踏破は、あまりにも未知……逃げ腰になっても責めることは出来まい。


「さぁ、救助隊に志願してくれた志高い冒険者の諸君、聞いて欲しい!!」


 ダンジョンを前にして、四ヵ国騎士団が事前に仕入れた注意点や情報を公開し、石化対策のアイテムを配るのを見ていると、ツバサがこちらに寄ってきた。


「や、ファルさん、ククさん、眞為さん。準備はOK?」

「うん、こっちは準備万全だよ。ククさんもすでにスイッチ入ってるし……あ、石化対策は自前でしてきたので大丈夫です」


 騎士団から渡される石化対策アイテムを丁寧に辞退しながら、ファルシリアはツバサに言う。自分の命を預けるアイテムを他人任せにしている段階で三流だ。

 ファルシリア達が入念にアイテムのチェックをしていると、ようやく騎士団のスピーチが終わったようだ。巨大な盾を持った騎士団員が前に出てくる。


「フォーメーションは説明したとおりだ! 盾持ちの冒険者、前へ!!」

『……………………………………』


 誰も出てこない。

 その光景を見てファルシリアは思わず笑ってしまった。

 入り口がモンスターハウス化していると説明されたのに、積極的に最前線に突っ込みたがる冒険者などいるはずがない。彼等は義務感で動いているのではなく、報酬と名誉のために戦うのだから、率先して袋叩きになるのは避けて当然だ。


 こうなると、盾持ちの騎士団員だけで前衛を務めなければならないのだが……合計三名ほどしかいない。もう一度言うが、四ヵ国騎士団の練度は目を覆うばかりに低い。恐らく、たった三名でモンスターハウスに突っ込んだら、速攻で四方八方から殴られて、半殺しの目にあうだろう。そこら辺は本人達も分かっているのか、顔が青くなっている。


 何とも言えない雰囲気が場に漂い始めたその時、ファルシリアの隣にいた漆黒の剣士が一歩前に出た。


「埒が明かん。先行するぞ、ファルさん、ツバサさん」


 全身漆黒の姿を目にしたのだろう……今回の救助隊の責任者と思われる騎士がギョッと目を見開いた。


「き、貴様はククロ! 良くこんな場所に姿を現せたもの――」

「腰抜けは黙ってろ! 税金で贅沢な飯食ってるなら、こんな時くらい命張ってみせろ!」


 ククロが一喝で騎士を黙らせると、クルリとファルシリアとツバサ、そして、眞為の方向へ振り向いた。すでにその目には抑えきれぬ闘争心がくすぶっている。

 普段は抜けているククロだが、戦闘を前にすると、戦闘狂のそれへと変わる。それが、はた目から見ると非常に恐ろしいらしい。


「先行して、潰して、かき回してくる。適当にヘイトは集めとくから後よろしく」

「分かった。10カウントの後、こっちもツバサさんと足並みそろえて突入するから」

「ククさんの、ちょっといいとこ見てみたい―」


 ツバサが空気を和ませるような言葉を放つと、ククロは小さく笑って剣を構え……そして、何のためらいもなくたった一人でダンジョンに突っ込んで行った。

 洞窟の中から、大音量の咆哮とモンスターの絶叫が聞こえてくるのを平常心で聞きながら、ファルシリアは眞為の方へと振り返る。


「眞為さんは他の冒険者さんの最後尾について、怪我人を治療してあげて。たぶん、結構怪我人が出ると思うから」

「は、はい!」


 腰に佩いた鞘から蛇腹剣を取り出すと右手に。左手にはコンバットナイフを握りしめる。内部から聞こえてくる声と、反射する音の方向を聞いて、大体のモンスターの位置に当たりを付ける。情報通り、相当量がいるようだ。

 隣では、ツバサが地面を軽く爪先で叩き、突入のタイミングを計っている。


 ――4・3・2……。


 タイミングが零に近づいてもファルシリアと、そして、恐らくツバサも平静そのもの。これから命を懸けた死闘を繰り広げるというのに、凄まじい胆力である。


 ――1・0ッ!!


 ファルシリアとツバサが同時に弾かれたように洞窟に突入した。

 深緑の洞窟内部は、その名の通り大量の植物で深い緑に覆われていることから名づけられている。高く天井から降り注ぐ陽光によって、育つためだと思われる。だが……普段はどこかのんびりした空気を纏っている洞窟は、今だけは激闘の舞台と化していた。


「しっ!!」


 洞窟に反響する音から、相手の位置は大体把握している。

 ファルシリアは洞窟に入るや否や、右手の蛇腹剣を振り抜いた。ジャラララララッ!! と蛇の威嚇音にも似た耳障りな音が響き渡り、その刀身が猛烈な勢いで伸びる。

 うねり、鎌首をもたげる刀身は、一切迷うことなくジャイアント・オーク二体の頭をまとめて巻き込み、喰らいつく。そして……ファルシリアは一切容赦することなく柄を引いた。


 次の瞬間、喰らいついた鋭利極まりない刃が、オークの頭を一瞬にしてミンチに変える。更に、オークの体を地面から引き抜くと、それを大きく振りかざして、傍にいたウィル・オ・ウィスプに叩き付けた。

 轟音と共に砂ぼこりが舞い、明滅していたウィル・オ・ウィスプが消え去った。ファルシリアの細腕からは信じられないほどの膂力である。

 この時点で、ようやくファルシリアは顔を上げて洞窟内部の状態を確認した。


 ――これはひどいな……。


 入り口には大量のモンスターと……そして、出口に辿り着けなかった冒険者達の死体。ゴロゴロと転がるそれを見ていると、命の尊厳というものが限りなく薄くなっていくように思える。

 恐らくだが、出口まで逃げてきたところでこのモンスターハウスにやられたのだろう。

 だが……それで取り乱すほどに、ファルシリアもツバサも小心者ではない。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 奥では、大剣を縦横無尽に振り回して、ククロが咆哮をあげながら大暴れをしている。

 既にいくつか被弾しているのか、微妙にすすけているが……それでも、これだけの量のモンスターをたった一人で相手したにしては、負傷は劇的に少ないと言って良いだろう。


「ツバサさん! ククさん包囲の外から挟み撃ちにして殲滅しよう!」

「分かった! あと、右から来てるよ!」


 斬り掛かってきた二足歩行のバスターフロッグの太刀を、ファルシリアは見ることもせずに体を捌いて回避。そして、素早く足を払うと、そのまま続く動きで足を高く上げ……。


「うん、知ってる」


 倒れ伏したバスターフロッグの顔面に踵を叩き込んだ。

 一撃で顔面を踏み砕かれ、バスターフロッグが消滅する……この間、ファルシリアは一度として相手を視認していない。恐ろしい精度の気配察知能力である。


「ふっ!」


 ファルシリアは左のコンバットナイフを眼前のバジリスクの眉間に投げ放ち、同時に、大きく身を翻すようにして蛇腹剣を振り抜いた。一見無秩序に……けれど、その実緻密な制御によって、蛇腹剣の長く伸びた刀身が暴れまわる。


 蛇腹剣の最大の特徴は、その長く、広い射程距離だろう。もっと言ってしまえば、この剣は『線』や『点』だけではなく『面』でも相手を制圧できるのである。もちろん、その分、制御は尋常ではないほど難しいし、武器の強度自体が落ちてしまう等々の問題点も抱えているが……ファルシリアレベルの使い手になれば、その心配は無用だ。


 近づこうとした相手は、蛇腹剣の複雑な刃によって抉られ、突かれ、切り刻まれる。さらに、それを何とか掻い潜って近づこうとしたモンスターは、ファルシリアの左手に仕込んであるコンバットナイフの投擲を受けて沈むだけだ。


 もっとも……先ほど見せたように、彼女は体術に関しても相当な技術を持っている。懐に踏み込まれたところで、顔面を蹴り砕かれるのがオチである。

 こうして、Sクラスレベルの冒険者三名が散々に暴れたことによって、入り口のモンスターハウスは本当に呆気ないほど簡単に殲滅されたのであった……。


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