旧世代と新世代
「師匠師匠師匠――!!」
眞為、翡翠と共に中央ギルド会館には行ったククロは、元気いっぱいに自分の名を呼ぶ声を聞いて、ゲンナリとした表情を作った。渋々といった様子で声がした方向に顔を向けてみれば、そこには、元気いっぱいの足取りでこちらに向かってくるハルの姿があった。
「またかよ……」
「あの子が噂のハルって子?」
「うんうん、ククロの事を師匠って呼んでる変わった子だよ」
眞為に翡翠が説明しているのを聞きながら、ククロは疲れの滲んだ溜息をついた。
初めて一緒にモルティナ平原に行ったその日から、毎日のようにハルはギルド会館でククロを待ち伏せするようになったのである。
冒険者である以上、ククロもギルド会館に行かなければならない……ここで待ち伏せされていると、どうしても鉢合わせてしまう。おまけに、どうも朝一で待っているらしく、時間をずらしても全くの無駄と来ている。
そんなこんなしている内に、ギルド内の冒険者達にもすっかり『ククロの弟子』という認識をされてしまい……幼子を囲っているとか、懐いていることを良い事にエロいことをさせているとか、あれだけ硬派を気取っていて実はロリコンとか、もう散々な言われようである。
実際、今もコソコソと何かを喋っている冒険者の姿が幾つかみられる。
だが、そんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりにハルはククロの前に進み出ると、満面の笑みを浮かべて挨拶をしてくる。
「おはようございます、師匠! 今日もハルは元気です!」
「……おはよう、ハル。今日も俺はゲンナリだよ……」
ほっぺたに張られている絆創膏は、昨日は見なかったものだが……一人で冒険にでも行って来たのだろうか。まぁ、そんなことククロの知ったことではないが。
「おはよう、ハルちゃん」
「初めまして、ハルさん。私は眞為って言います」
「おはようございます、翡翠お姉ちゃん! 初めまして、眞為お姉ちゃん!」
早朝からガッツリ消耗しているククロとは対照的に、翡翠、眞為の女性グループはすっかりハルと意気投合している。ククロとしてはツバサを連れてきたいところではあるのだが、彼等はまだ新居を選んでいるらしく……最近は、いっそ新築するかと話しているとか。
まぁ、幸せそうで何よりだ。
「ハル、お前今日もついてくんの?」
「はい! ぜひ師匠と一緒に冒険に行きたいです!」
「お前が来るとあんまり高レベルのダンジョンに行けないのがなぁ」
ダンジョンは通常のフィールドとは異なり、どこからモンスターがポップするか分からない魔窟だ。さすがのククロも、何の前触れもなくモンスターがポップする場所で、D級冒険者であるハルを確実に護れる確証はない。
ちなみにだが……眞為もD級ではあるが、高ランクのリングメンバーと一緒に行動を共にすることで成長、実質そのレベルはB級相当になっている。
今では頼もしいヒーラーである。
胡乱気な視線を向けてくるククロの心配など知る由もなく、ハルはグッと手を握る。
「大丈夫です! 自分の身は自分で護ってみせます!」
「おい、こいつディメンション化サウスダンジョンに連れて行ってみようぜ。イクスロード・ドラゴン相手にどう身を護れるか見物だ」
「はいはい、バカは休み休み言ってねー」
ササッと翡翠がハルをかばう。
まるで、雛鳥を護る親鳥のような翡翠の姿を見て、後頭部をバリバリと掻いたククロは、嘆息交じりにクエストカウンターから依頼書を引っ張り出す。
「ほれ、これなら良いだろ」
「D級相当……『ブンブン峠でのベア討伐』!? ちょっと! D級依頼でも高難易度のクエストじゃないこれ! ベアの怪力で殴られたらどうするつもりよ!」
ギャンギャンと文句をつけてくる翡翠に、ククロは手をひらひらしながら返す。
「翡翠、お前、過保護すぎだ。同じD級の眞為さんにバックアップを頼むんだよ。俺と翡翠も引率についておけば、万が一も起きんだろう」
「ま、まぁ、それなら大丈夫かもしれないけど……あの、眞為さん、本当にお願いね?」
「うん、任せて。捻り殺してくる」
「回復ね!? 眞為さんはヒーラーなんだから!!」
女三人集まれば姦しいというが、本当にそうだなぁ、と思いながらククロ達はギルド会館から、ブンブン峠に移動する。ブンブン峠は西ユーティピリア平原を挟んで馬車ですぐだ。
ブンブン峠とは、巨大な蜂型のモンスターであるキラービーの羽音が絶えず聞こえてくることからその名が付けられた峠である。キラービー自体は毒も持ってない上に、図体がデカくて動きがノロい事からまったく脅威ではないのだが……問題は、キラービーの巣にある蜂蜜を目当てで集まってくるベアである。
D級が相手をするには力が強く、防御力も高いため、初心者冒険者達の最初の壁となるモンスターともいえる。
「ほれ、行ってこい。眞為さん、俺と翡翠も後ろに控えているがハルのバックアップ頼んだ」
「任されたし」
「はい、師匠! 行ってきます! 眞為お姉ちゃん、よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
『ヤー!』と威勢良い掛け声とともにベアに向かって突進していくハルを見て、ククロはあくびを一つ。傍に生えていた木の幹にもたれ掛かった。
「暇だ」
「たまには良いんじゃないの? アンタ、ダンジョンに行くと死に急ぐみたいに戦ってるじゃない。こういう日もないと、すり切れちゃうわよ」
「死に急ぐみたいに……か」
翡翠の言葉を吟味するように繰り返したククロは、空を見上げる。
死にたい訳ではない。だが……死のギリギリを歩きたいと願っているのは確かだ。その生と死の狭間に立つことで、初めて生きているということを実感することができるのだから。
逆に言えば、そうまでしなければ生きていることを実感できないのがククロという男だ。
だからこそ、時折ファルシリアやツバサを見ていると思うのだ……強い目的や、動機を持って戦い、生きるのはどんな気分なのだろうかと。
「なぁ、翡翠」
「あによ」
「お前は何のために冒険者やってるんだ?」
「何のためって……家族を養うためよ。モデルも、もともとは、瑠璃の冒険者費用を捻出してあげるために始めたものだったし」
「そうか……」
翡翠は、ユーティピリアが整備されて、冒険者のイメージが『無頼漢』から『開拓者』になった後の新世代の冒険者だ。冒険者をする理由には事欠かないのかもしれない。それは夢だったり、理想だったりと、前向きなものだ。
だが、旧世代の冒険者であるククロにとって……『生きる』こととは、それ自体を目的にしなければ、到底叶わないものだった。
弱者を当然のように食い物にする上級冒険者に、ほとんど実入りのないクエスト、跋扈する盗賊達に、当たり前のように刃を振るってくる同業者――生きるためには、死に物狂いで戦い、殺し、奪わなくてはならなくなった。
だからこそ……ククロは生きるために強くなった。
だが……今の時代、それが必要なくなってしまった。きちんとクエストをこなせば賃金が出て、身分を保証され、ギルドが冒険者間の調停をしてくれる。
生きるために強くなる必要が無くなった……もっと言えば、ククロは時代に取り残されてしまったのだろう。
「時代遅れ……か。自分のために生きるってのも意外と難しいな」
ククロの言葉に何かを感じ取ったのだろうか。翡翠は隣で腕を組んで吐息をついた。
「恋人でも作れば? ツバサさんみたいに、生きることに張り合いが出るかもよ?」
「自分の世話だけでも精一杯だ。遠慮しておく」
「ま、アンタを受け入れてくれる女性なんて菩薩のような人しかいないでしょうね……」
「良く言うわ、じゃじゃ馬が」
ククロが苦笑交じりに言うと、翡翠はベーッと舌を出した。
「はん! 私の所には毎日のようにファンレターが来ていますぅー!」
「それじゃ、近々、その内の誰かと結婚すんのな。ご祝儀なんて欠片も出す気はないけど、ただで飲み食いしたいから、結婚式には呼べよ」
「うわ、最悪……でも、そうだなぁ。そのうちの誰かと結婚する自分は想像つかないなぁ」
虚空に視線をさまよわせ、人差し指で自分の顎を軽く叩く翡翠を見ながら、『結局、コイツも仕事に生きて恋人すらつくらねーんじゃねーの?』と思ったククロだったが……口にすると面倒くさいので黙っていることにした。




