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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
四章 深緑の暗殺者
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幕間 復讐を望む自分は

「最近はここにも来てなかったなぁ……」


 ファルシリアはそう呟いて、顔を上げる。

 視線の先には、少しくたびれた感じの素朴なログハウス。所々が苔むしており、結構昔からここにあるのだということを示している。

 そう、ここは農業と酪農の国、東のイーストルネの更に奥地にあるファルシリアの生家である。自由都市ユーティピリアからはかなり離れているため、ここまで来るのに結構時間が掛かってしまった。緑の多いイーストルネの更に奥地にある関係で、ここは周囲を森に閉ざされている。人里からも遠いために、人が訪れることもほとんどあるまい。


 隠れ家……という趣だ。


「さて、久しぶりに掃除しようかな」


 ファルシリアは意気込んでグッと腕まくりをすると、鍵を開けて扉の中に入る。

 今現在、ここを利用しているのはスウィリスだけだ。利用と言っても時折寝泊りするぐらいで、ここで生活をしている訳ではない。そのため、ホコリは溜まるし、所々痛んでくる。

 家は生き物に似ている――中に誰かが住んで、定期的に世話してやらなければすぐに痛んでしまう。ファルシリアとしてももう、ここには用はないのだが……ここは彼女にとって大切な思い出の地だ。朽ち果てさせるには、あまりにも悲しい。


 ファルシリアは中にあった戸棚から掃除道具を取り出すと、手っ取り早くホコリを落とす。幼い頃はずっと住んでいた家だ……勝手知ったるといった様子で、ファルシリアは調子良く家の中を綺麗にしてゆく。


 ――そう言えば、昔は何かあるたびにここに戻っていたなぁ。


 スウィリスに鍛えられて冒険者となったファルシリアだが、もちろん、全てが上手くいったわけではない。依頼を邪魔されたり、成果を横取りされたり、殺されそうな目にあったこともあれば、初めて人間を殺して一晩中吐いたこともあった。


 そうして、心にヒビが入りそうになった時は必ずここに戻って来ては、昔を思い出した。


 生まれた時に母は死んでしまったらしく、その記憶がないのは残念だが……それでも、優しい父の記憶がいつだってファルシリアの胸の中にはある。


 慈しみと愛情を持って育ててくれた父は、今だってファルシリアの自慢であり誇りだ。

 誰にでも自慢できる程に立派な父だったからこそ……失ったことによる傷は深く、歪。

 その犯人をその手で殺すためにファルシリアは強くなったし、冒険者としてS級になるまで頑張ることができたのは事実だ。それは、憎悪という名の執念。姿形のない犯人へ、憎しみの炎を燃やし続けることに、何ら不自由はしなかった。


 だが……その憎しみの炎が最近弱まっていると、スウィリスは言った。

 そして、同時にそれはファルシリアもまた自覚している事であった。無論、犯人は今でも惨殺してやりたいほどに憎い……だが、時の流れがファルシリアの中にある絶望を癒し始めているのも事実であった。

 ククロやツバサ、翡翠、眞為といった、居場所ができてしまったことが大きいのだろう。

 気が付けば、護りたいと願う人たちが多くなったように思う。護るべき者が増えるということがどういうことを意味するのか……それを、ファルシリアは知らない。

 奪われることしか知らないのだから。


「あの二人ならどういうかな」


 例えばククロ。

 他者から奪うために強くなり、そして、今は自分のために剣を振るう漆黒の剣士。


 例えばツバサ。

 大切な人のために強くなり、理想を体現するために今も駆け続ける烈脚の格闘家。


「あの二人なら……何ていうかな」


 例えば翡翠。

 家族を養うために冒険者となり、今も全力で自分と家族のために明日へと向かう剣士。


 例えば眞為。

 初めて得た仲間を失って、けれど、それで歪むことなくここにいる仲間を護る吟遊詩人。


「……皆バラバラだな」


 誰もが何かを背負っていて。


 誰もが何かを護りたくて。


 だからもがき続けて、戦い続けて、走り続けるのだろう。無意識に、止まってしまったらそこで終わりなのだと理解しているからこそ。

 ならば、ファルシリアはどうなのだろう。


 報復と復讐――そして、そこから先、ファルシリアは一体どうしたいのだろう。


 自分自身に問うても分からない。父の復讐をするために己の鍛え、世の不条理に喰らいついてきたのだ……今更、その先を考えても存在するはずがない。

 と、そこまで考えてファルシリアは苦笑した。


「だから……スウィリスにも甘いって言われるんだろうな」


 復讐の先を考えている――そのこと自体が、ファルシリアが絶望から這い出しつつある証拠なのだろう。無意識のうちに、未来が欲しいと、そう考え始めているのだ。

 ふぅ……と、一つ吐息をついてファルシリアは雑巾を絞った。


「スウィリス、帰って来るかな」


 今日、ファルシリアがここに来たのは生家の保全と、もう一つ……スウィリスに前回の『連理の黒翼』の一件について問い詰めるためだ。

 結局、あの時は互いに意見が決裂したまま終わってしまったのだから。

 ファルシリアにとっては、スウィリスもまた大切な家族だと思っている。だからこそ、スウィリスと対立してしまった今、しっかりと話をしておきたかったのだ。


「復讐を望んでいる自分……か」


 ポツリとつぶやいたファルシリアの声はどこか小さくて。

 結局……この日はスウィリスは帰ってこなかったのであった……。


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