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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
四章 深緑の暗殺者
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凸凹コンビ結成!

「あの、俺達、何か気に障ることしましたか……?」

「原則、クエストボードから依頼書を引き抜いた奴がクエストを受ける権利を有する。先に目を付けた云々はイチャモンに過ぎんってのは理解してるか?」


 先頭の剣士に向かって言うと、彼は言葉に詰まった様子だった。

 それはそうだろう。なにせ、わざわざククロに説明されるまでもなく、そんなこと誰もが分かり切ったことだからだ。クエストボードから依頼書を抜き取った者がクエストの受注権利を有する――大原則だ。


「こんなこと疑いたくはないが――」


 そう言って、ククロはスッと目を細める。


「相手がこんな子どもだから、イチャモンをつけたんじゃないだろうな」

「い、いや、そんなことは!」


 図星をついたのだろう。慌てたように剣士が両手を振る。

 ククロは少女が持っていた依頼書へと視線を落とし、内容を読み取ると、再度顔を上げる。


「なるほど、この依頼主はかなり困ってるとみえる……ゴッズヘルズボア討伐にしては報酬が高く、かつ、C級冒険者にとって安全マージンが十分に取れるクエストだ。言っちまえば、美味いクエストだな」

「…………い、いや、あの……」


 クエストが美味いか、不味いか……幼い頃から冒険者としてクエストの受注を繰り返してきたククロを誤魔化せるはずがない。呆れたようにククロは腕を組み……半眼でC級冒険者達を見回す。


「俺が言えたことじゃねえが……そんなことばっかり繰り返していたら、お前らの評判に影響するぞ。アイツらは、下の奴にはデカい顔する奴だってな」


 評判、評価は冒険者にとってとても重要なことだ。

 実際に優良冒険者として名高いファルシリアや、ツバサ、翡翠の元には、彼等の実力を頼って指名依頼が来ることもあるし、ギルドの選抜クエストなんかでも呼ばれることも多い。

 以前ドラゴンと戦うことになった、アイアーナスのサウスダンジョン攻略なんかも、ファルシリアが召喚されたクエストだ。事実、それらのクエストは非常に実入りが良い。


「それともなんだ。お前らは俺みたいに評判を地の底まで落として、鼻つまみ者どころか、討伐クエストまで配布されるような事態になっていいと?」

「…………すみません」


 その事態を想像したのだろう……剣士はがっくりと肩を落として頭を下げた。

 まぁ、誰しも美味いクエストを目の前で奪われれば、悔しくもなろう。ククロも何度か経験があるためその気持ちは分かるが……だからと言って、相手にイチャモンを付けていい理由にはならない。まぁ……彼等には良い経験になったことだろう。


 ――らしくないことをした……。


 内心で疲れのこもったため息をついたククロは、ひらひらと手を振りながら彼等に背を向けた。


「ま、焦らず堅実にやり――」


 だが、最後までいうよりも先に、グイッと外套を引っ張られた。

 ガクッと前につんのめったククロは、何事かと振り返れば……そこには、目に星を浮かべた少女が、キラキラとした視線をククロに向けていた。


「師匠……」

「あ゛?」


 変な声が出た。

 顔を引きつらせるククロを一切恐れる様子もなく、少女は真っ向からククロの顔を見つめる。その表情には――非常に珍しい――尊敬と、羨望が輝いている。

 猛烈に嫌な予感がしたククロが口を開くよりも早く、少女はビシッと直立不動を取ると、ククロの手をギュッと握った。


「師匠と呼ばせてください!!」

「…………あ゛?」


 言葉が不自由になるレベルの衝撃がククロに走る。

 斜め上どころの話ではない展開だ。ギルドどころか冒険者間でも恐れられているククロに対して、師匠になって欲しいと、この少女は言ったのだ。

 恐らく、ククロの評判を知らないからこそ出てきた言葉なのだろうが……無知とは恐ろしいものである。周囲の冒険者達もあまりの展開に凍り付いている。

 だが、そんな空気など知ったことかと言わんばかりに、少女はニコニコと笑みを浮かべている。


「アタシ、ハルって言います! 最近、D級冒険者になったばかりです!」

「……そうか、そりゃよかった」

「はい! それで、誰かに師事したいと常々思っていたんですけど、良い人が見つからなくて……でも、アタシ、さっきの師匠の姿に痺れてしまいました!」


 机の角で肘でもぶつけたんかね、と現実逃避気味に思うククロだが、そんな複雑極まりない内心など知ったこっちゃないと言わんばかりに、ハルはギュッとククロの手を握る。


「ぜひ……ぜひ、アタシの師匠になってください!!」


 確かに、初級冒険者は弟子として、上級冒険者に師事することができるというシステムがギルドには存在する。弟子をとることで上級冒険者には補助金も出るし、初級冒険者も様々なノウハウを教わることができるというものだ。

 だが、これには当然のように制限がある。


「無理」

「何で!?」

「何でって……俺の素行評価が最低だからだ」


 そう、優良冒険者しか弟子は取れないのだ。

 このシステム、制定された当初は悪用が絶えなかったのである。まったく関係のない下級冒険者を脅し、偽りの弟子として登録させて、補助金だけ掠め取ろうとした冒険者も多くいたのだ。そんなこんなで、このシステムを利用できるのは、ギルドから素行優良とされる冒険者だけなのである。

 まぁ、ククロの場合、最低ランクなのは素行だけであり、その実績と実力は文句なしのS級なのだが……色々と残念な男である。

 だが、そんなククロの言葉にハルはむっと考え込んだ後……ポンッと手を叩いた。


「じゃあ、ギルドシステム外で弟子にしてください!」

「嫌だよメンドクサイ」

「師匠の身の回りのお世話もしますから! 住み込みで、衣・食・住のお世話から、下の世話、性処理までお任せください!」

「おい、マテ」

「あの、未経験なので、性処理は手でいいですか……?」

「人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえッ!!」


 『おい、ヤバいぞ……ククロの奴、あんな小さい子を囲って性処理させるとか言ってるぞ!』『やべぇよ……やべぇよ……!』『俺も小さい子を弟子にとりたい。お世話されたい……』『こんなホットな現場に居合わせることになるとは!』


 とりあえず、うるさい外野を、剣を抜くことで黙らせたククロは、頭痛を堪えるように眉間を揉んだ。


「あのな、俺は生活に不自由もしてなければ、介護老人でもないし、ロリコンでもない」

「全然違うんですか?」

「今までの会話で、どこにその要素があったのか逆に聞きたいわ!!」


 この少女、突っ込みどころが多すぎる。


「ともかく、俺は弟子を取るつもりはない。というか、弟子にして欲しいなら俺じゃなくて、別の最優良冒険者を紹介してやる。ファルさんとか、ツバサさんとかな」

「えぇ…………」

「贅沢だな、おい」


 ファルシリアやツバサに弟子入り出来るなど、正直、破格でしかない。C級やB級の冒険者だって今から弟子入りしたいと思っている者は多いだろうし、D級冒険者など山のように弟子入り志願者はいるだろう。

 だが、ハルは今にも泣き出しそうな表情でククロの表情を盗み見る。


「アタシ、師匠が良いです……」

「何でだよ……」

「運命を感じました」

「いまどき詐欺師でもそんな事言わねぇよ……」

「フィーリングって大事だと思いません?」

「知らんがな!!」


 ここまでククロが翻弄されるのも珍しい。

 ククロは大きくため息をつくと、半眼をハルに向ける。対する少女は、相変らず目をキラキラさせながらククロを見上げており……どうやっても引く様子がない。


「分かった……弟子入りは許さんが、そのクエストだけは付き合ってやる。それで勘弁しろ」

「わーい、ありがとうございます、師匠!」

「だから、師匠と呼ぶな」

「……お師様?」

「呼び方の問題じゃなく」

「じゃあ、何と呼べば?」

「ククロでいい」

「ククロ様!」

「いや、あのな……もう、師匠でいい……」

「はーい!!」


 こうして、この妙な凸凹コンビは、ゴッズヘルズボア討伐へと向かうのであった……。


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