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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
一章 迷子の吟遊詩人
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酒場にて、作戦会議

 中央自由都市ユーティピリアは同心円状に二つの街に分かれている。


 中央円は綺麗に整備され、磨き上げられたセントラル街。治安も良く、夜に外出してもガス灯がピカピカと足元を照らし、騎士団が見回りをしてくれている。

 ユーティピリアの主だった施設もここに集約されており、ギルド会館や商人ギルド、役所などがある。だが、ここに入るには少し割高な交通税を払う必要がある……治安、衛生の維持にはお金がかかるのであろう。


 まぁ、それでも人の行き来は大変に多く、露店が立ち並び、商人たちの活気ある呼び声が聞こえてくることを思えば、惜しむことなく交通税を払う人は多いのが分かる。

 商人たちにとって、四つの国の中央にあり、交通の要所であるこの中央自由都市ユーティピリアは、それだけ魅力的な場所なのだ。


 ただ……このセントラル街で生活するとなると話は別だ。土地の値段が尋常ではないため、ここに居を構えている者達は豪商や、上級役人たちとなる。

 問題なのは日常的にセントラル街へ立ち入る冒険者達だ。セントラル街に拠点を構える金を誰もが持ってるはずもなく、かと言って毎日交通税を払う金もなく。特に『治安の良いギルド』はセントラル街にしかないので、冒険者達は立ち往生してしまう。


 そこで考え出されたのがリングというシステムだ。


 冒険者達が独自にパーティーとはまた異なる大枠でのチームを作り、そのチームを発展させてゆく。そして、ある程度の実績と品格を示したリングに関しては、セントラル街への立ち入り許可証を発布しているのである。


 こうすることにより、リングに所属した冒険者に責任感と連帯感を持たせ、問題を起こさせなくする……という、極めて合理的なシステムだ。まぁ、今回のように、早く実績を上げんと無茶な突撃を繰り返し、全滅するリングが多発するという問題もあるが……それは置いといて。


 そして……そんなセントラル街に入れないのが、実績はあるが金も品格もない冒険者達である。言ってしまえば中央都市ユーティピリアが吐き出した無頼漢そのものだ。


 そういった者達は、セントラル街の外……外円部のダウンタウンで活動することになる。

 貧民街というほどではないが、ここは普通に治安が悪いし、作り自体も割と年季が入っている。セントラル街がピカピカの石造りであるのに対し、こちらはボロボロのレンガ造り……スリも普通にいれば、夜道を歩いてガラの悪い冒険者に絡まれることもしょっちゅうだ。

 しかし、治安も悪いし、造りもボロイのは重々承知しているのだが……そこまで裕福ではない大半の冒険者は、ここに居を構えることになる。日々クエストをこなし、いつの日かセントラル街に拠点を持つ日を夢見て努力を重ねるのである。

 そんなダウンタウンなのだが……人口割合が冒険者ばかりなこともあってか、割と酒場が多い。一日クエストをこなし、その後にダウンタウンに帰ってきて食事をとったり、酒を飲んだりする者達が多いのだ。


 ファルシリア、ククロ、眞為もそんな冒険者達の中に入っていた。

 セントラル街にほど近い酒場……満月亭。そこで大机を一つ使って、ファルシリア達は食事をしながら明日の救助作戦を練っていた。


「ファルさん。ファルさん。お前さんのソーセージを一本おくれ?」

「当然のようにダメだね」

「ケチー! ケチー!」

「一本あげたじゃないか……」


 豚の腸詰に、ポテトをマッシュしたもの、サラダに、タラの塩漬けを使ったスープ、ラム肉のステーキなどなど……明日の英気を養うために、多種多様な料理が机を彩っている。

 眞為は控えめに、ファルシリアは普通に、ククロは貪欲に料理を平らげていく。ククロの手癖があんまり悪い時は、ファルシリアのフォークが閃いて手の甲をブスッとやっているのだが……それでも懲りないのだから、始末に負えない。


「ほらほら、ククさん。食べてばかりじゃなくて明日の作戦を練るよ」

「エールおかわりー! 今日は前後不覚になるまで酔うぜ―!」

「眞為さんのフォーク貸して? ククさんの両目を抉るから」

「物騒だね……」


 眞為が苦笑を浮かべながら、ポテトにソースを付けて口に運んでいる。

 ファルシリアは頭痛をこらえながら、脇からクルクルと地図を取り出す。そして、それを机の上に手際よく広げていく。この段階になると、ククロもまるでスイッチが入ったかのように、スッと瞳から酔いが抜ける。


「あ、そうそう。今日はもう一人招待しているからね」

「ん? もう一人……?」


 ククロが疑問を浮かべていると、背後からカツ、カツ、と木の板を鉄の靴底で踏む音が聞こえてきた。ファルシリアが顔を上げてみれば、そこには登山で使うようなポケットがたくさんついたジャケットと、迷彩柄のズボン、そして、膝まである黒のアサルトブーツを着込んだ青年が立っていた。


 年の頃は恐らくククロと同じ二十くらいか。

 鳶色の髪に、同じくブラウンの瞳。優しげな相貌には、柔和な笑みが浮かんでおり、草食動物のような印象を受ける。ただ……その笑みとは対照的に、その体は徹底して鍛え抜かれており、野を駆けて獲物を狩る獣のそれを想起させる。

 ある意味ではギャップを感じさせる人物である。


「やぁ、ツバサさん。突然呼びだして悪かったですね」

「いやいや、ファルシリアさんと、ククさんとは奈落以来だしね。一緒に食事させてもらうのを楽しみにさせてもらってたよ」


 彼の名はツバサ……今日、ファルシリアが名簿一覧に名前を見たその人である。

 彼はニコッとファルシリアに笑みを浮かべた後、ククロの方に視線を向けて、その笑みを苦笑へと変えた。


「ククさん、相変らず困窮してるみたいだね」

「いつも飢えてるような言い方やめてくれよぅ」

「飢えてるじゃん」

「飢えてるじゃない」

「く……! 金は装備に使ってんのぉー! 冒険者の鏡なんですぅー!!」

「子供みたい」


 くすくすと眞為が笑う。今日一日、沈んだ様子が多かった眞為に初めて笑顔が戻ったことに、ファルシリアは内心でホッとした。恐らく、ククロも同じだろう。

 眞為とツバサが自己紹介をした所で、全員が席について地図に向かい合う。

 机の上に広げられているのは深緑の洞窟の全体図……なのだが、特段変わったところはない。初心者用ダンジョンと言われるだけあってその構造は極めて単純。

 トラップや、ミミックのようなカウンターモンスターの存在もありはしない。

 だが……ファルシリアは地図全体を指でなぞり、渋い表情で口を開く。


「情報屋や、実際に現地に行ったことのある人たちから情報を集めてみたんだけど……モンスターの構成がかなりグレードアップしてるみたい」

「具体的には?」


 ククロの声に、ファルシリアがため息交じりに応える。


「火の玉が、ウィル・オ・ウィスプになってるぐらい」

「もう完全に別物だね……」

「そんなに違うんですか?」


 ツバサの呟きに眞為が反応すると、ツバサは小さく頷いて答える。


「火の玉は、ただ浮遊してるだけの割と無害なモンスターなんだけど……ウィル・オ・ウィスプは積極的に接近してくる上に、『フレイムガトリング』っていう拳大の火球を連射する魔法を使ってくるからね」

「しかも、数を頼みに襲い掛かってくるからな……」


 経験があるのだろう……ククロがうんうんと頷いた。

 更にファルシリアは地図上に変化があったと思われるモンスターをさらさらと書き連ねてゆく。


 ゴブリン⇒ジャイアント・オーク

 コケッコー⇒ケツァルコアトル・グリーン

 火の玉⇒ウィル・オ・ウィスプ

 ゲコゲッコ⇒バスターフロッグ

 ツリールート⇒精霊樹

 ブルースネーク⇒バジリスク・ツヴァイ


「Cクラス冒険者じゃしんどいレベルじゃねーか……というか、ケツァルコアトル系とバジリスク系がいるのか。石化対策必須だな」

「ちなみに、モンスタートレイン状態で逃げ帰った冒険者達は、当然のようにモンスターを処理できていないので……」


 そう言って、ファルシリアは入り口の大部屋に、赤鉛筆で大きく丸をした。


「ダンジョンの入り口が即席モンスターハウスになってます」


 ツバサとククロが同じように腕を組んで、うーんと唸り声を上げた。もはや、深緑の洞窟とは名ばかりの、まったく別のダンジョンだと言って良い。

 ツバサが困ったように眉をひそめてファルシリアへ向き直る。


「この情報って周知徹底してあるのかな? このダンジョン、もはやB級冒険者推奨クラスだよ。最悪、最初の部屋で囲まれて全滅もありうる」

「これは私の伝手で集めた情報だからね……ただ、四ヵ国騎士団には忠告はしておいたから、明日には全員分の石化対策装備を用意してくれてるんじゃないかな?」

「わからんぞー。あの連中のことだからな」


 にしし、とククロが笑って言うが……あながち冗談でもないのが恐ろしい。

 そんな時、ちびちびレモン水を飲みながら話を聞いていた眞為が、疑問を浮かべながら手を上げる。


「あの、このダンジョン二層あるんだけど、二層はもっとすごくなってるんですか?」


 眞為の質問に、この場にいた全員が頷く。その中でも、最も深刻な顔をしていたファルシリアが、地図に穴が空くほど目を凝らしながら口を開いた。


「普段、深緑の洞窟二層にいるボスモンスターといったら、『タリモ』なんだけどね……もう、どんなモンスターに変化してるか、まったく予想がつかない」

「『タリモ』……?」


 聞き慣れない言葉をオウム返しする眞為に、ククロがキャベツの酢漬けを口に運びながら返答する。


「『マリモ』が肥大化したモンスターさ。深緑色のでっかい球体が、ごろごろ転がって来て体当たりを仕掛けてくる。攻撃パターンが単調な上に、そこまで早くないから初級冒険者でも難なく倒せる。ま、ファルさんの言ってる通り、今はどうなってるか分からんが」

「残念ながら、二層に関しての情報はないんだよ。二層まで強行突破した人達で、帰ってきた人はいないからね」

「………………」


 眞為が黙り込んでしまったが、ここで誤魔化してもしょうがない。

 ファルシリアは顎に手を当てて、地図を睨み付けると、考え込むように眉間に力を入れる。


「しかし、何が原因で一体こんなことに……まるで、これじゃ――」

「ファルさん、今それを考えてもしゃーないわ。とにかく、時間も有限だし、対策の方から立てていこうぜ」

「あぁ、うん、そうだね」


 気持ちを切り替えたファルシリアの前で、ツバサが二層の地図を指先でトントンと叩く。


「開幕モンスターハウス突破と、未知のエリア踏破を考えると……ヒーラーとタンクが欲しいね。タンクはククさんに任せるとして、肝心のヒーラーの目途は……?」


 窺うようにツバサがファルシリアを見るが、彼女は軽く首を横に振った。


「まぁ、今回の救助隊に参加してるヒーラーはいるけれど……少なくとも、私の知ってるヒーラーはいなかったかな」

「そうか……ちょっと厳しいけど自前でポーション持って行った方が良いかな」


 ヒーラーはパーティーの命綱と言っても良い。

 それを、まったく実力も知らない、赤の他人に任せるなど、死にに行くようなものだ。と、その時におずおずといった様子で眞為が周囲を見回した。


「私じゃダメですか?」

「うーん、ちょっとキツイかな。眞為さんには後ろに下がって負傷者のケアをお願いしたい」


 眞為の職業である吟遊詩人バードは音に魔力を乗せて、補助や回復を行うヒーラーに分類される職業ではあるが……いかんせん、彼女の実戦経験が乏しいのがマズイ。

 恐らくだが、今回の救助作戦、ファルシリア、ククロ、ツバサが主にモンスターの群れを掃討することになるだろうが、それは言い方を変えれば、最前線に出るということだ。実戦経験の浅い眞為を最前線に出すのは危険すぎる。

 少し落ち込む眞為に、ククロがひらひらと右手を振る。


「まぁ、ヒーラーいなくてもこの面子なら何とかなるでしょ」

「ククさんは楽観的すぎ! まったく……ほら、作戦会議続けるよ」

「うい~」


 こうして、夜が更けるまで酒場での作戦会議は続くのであった……。


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