プロローグ
漆黒の大剣を振るう冒険者――ククロ。
生まれは不明、育ちも不明……噂では、孤児だったのをとある外道剣士に拾われ、徹底的に剣術を仕込まれて育ったともあるが、その真偽は定かではない。
ただ、剣術の冴えから見るに、幼い頃から剣を握っていたのであろうということは確かだ。
数年前から活動を始め、表、裏、問わずに様々な依頼を受けては、金を稼いでいた。その依頼内容は本当に様々で、人を斬ったこともあれば、盗みを働いたこともあったようだ。得た金はほとんど全て装備品に回されており、現在、身に着けている漆黒の鎧と、漆黒の剣、そして、数多ある装備品の数々は、その時の金で作った特注品のようだ。
また、依頼以外での問題行動も多く……裏の冒険者達とも何度も諍いを起こし、相当荒れていたらしい。高い戦闘能力に物を言わせ、幾つか潰された組織やリングもあるんだとか。
裏の冒険者を潰してなお、肩で風を切るような態度で街を闊歩するその存在感は畏怖そのものであり……多数の通報がソードマンギルドに集中。
ソードマンギルドから幾度となく注意と警告がされるものの、本人は馬耳東風……まったく聞かないどころか、そのやりたい放題を加速。結果、『ククロ討伐』というクエストが成立。犯罪者なのか冒険者なのか分からない、極めてグレーな存在となった。
その頃のククロの実力は、すでにS級レベルになっており……数多の冒険者が討伐に向かったが、片っ端から返り討ちにあってしまうという状況だった。
ただ、そのあまりにも奔放極まりない態度が、他の上級冒険者達からも目障りに見えるのは当然のことで……もはや、他のS級冒険者に討伐されるのも時間の問題かと思われた。
だが、ここで事態は急展開する。
ある日を境にして、ククロは態度を急変……綺麗さっぱり冒険者の裏社会から足を洗ったのである。今まで単独で依頼をこなしていたククロだったが、この頃から、銀髪紅瞳の冒険者であるファルシリアと行動を共にすることが多くなる。
恐らくだが、この頃、ファルシリアと何らかの接点があったと思われる。
そして、角が取れて丸くなったククロは、ファルシリアと共に表のギルドで、達成困難な依頼を幾つもこなし……そして、『奈落』攻略組に名を連ねるまでの優良冒険者となった。
そのため、現在はソードマンギルドもどう対処していいのか困惑しているようで……『ククロ討伐』は依頼として現在もあるものの、形骸化しているような状態である。
昨今では『野良猫集会所』と呼ばれるリングを結成。S級冒険者であるファルシリア、ツバサ、A級冒険者である翡翠、そして、新人冒険者の眞為という極めて高ランクの人員編成をしており、注目を集めている。
「こんなものか……」
ククロについての資料に一通り目を通したスウィリスは、小さく吐息をついて顔を上げた。
スウィリスがいるのは古びた民家だ。丸太を組んで作られたログハウスのようで、とても素朴な見た目をしている。ただ……あまり生活感というものはなく、どこか物悲しい。
それも当然……ここは、ファルシリアの生家なのである。
彼女がここを巣立ち、復讐の旅に出てから相当な時間が立っている。生活観がないのも当然だろう。今は、スウィリスが寝床として時折使っている程度だ。
ぽつぽつという音に気が付いて窓の外を見てみれば、雨が降り始めていた。
――ファルシリアを拾った時も、ちょうど雨が降っていたな。
感慨深く思いながらも、放り投げた資料へと再び視線を向ける。
漆黒の大剣使い……ククロ。ファルシリアと一体何があったのかは分からないが、この男がファルシリアの牙を丸くしてしまった可能性は高い。
はぁ、とスウィリスはため息を一つつく。
数日前、連理の黒翼でファルシリアと戦ったが、随分とぬるくなっていた。冒険者としての腕は向上しているように感じたが……復讐者としての執念は薄まっていた。
あの男は邪魔だ、とスウィリスは率直に思う。
スウィリスは是が非でもファルシリアに復讐を果たさせてやりたいと考えているのだ。この男が傍にいることで、ファルシリアが復讐を諦めるようなことがあれば目も当てられない。
それに、この男自体も非常に危険極まりない。
ククロの固有技能『ベルセルク』――その能力自体は極めてシンプルな身体強化だが、その凶暴性と能力は目を見張るものがある。事実、この男はソロで暴れまわっていた頃、このベルセルクを使って各地のボスモンスターを討伐して回っている。
本来、ダンジョンの最奥にいるボスモンスターは、複数のパーティーが協力して討伐に当たるものだ。そのボスモンスターを、単独で撃破するなど狂気の沙汰でしかない。事実、アイアーナスにおいて、ファルシリアと協力したとはいえ、ベルセルクを使ったククロはイクスロード・ドラゴンを撃破している。
この能力……対人戦にこそ使われていないが、この能力が街中で発揮された場合、冗談抜きにして街一つが壊滅する恐れがある。まるで、人の形を取った爆弾だ。
「まったく……なぜ、こんな危険人物と一緒に行動してるんだ、ファルシリアは……」
苛立つ。
直感というにはあまりにも強い形をした感覚が、スウィリスに警告をしている。
この男は、ファルシリアの復讐の邪魔になる……と。
「殺すか」
どれほど屈強な戦士であろうとも、手段を選ばなければ殺す手段は山ほどある。
過去、無双と呼ばれていた戦士や冒険者が、情事の最中に暗殺されたり、酒に酔って喧嘩した拍子に刺されたりなど、くだらなくも背筋が寒くなる例には枚挙に暇がない。
「さて、どうやって殺すか……」
雨が激しくなる中……スウィリスはそう言って薄暗い部屋の中で呟いたのであった。




