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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
三章 烈脚の格闘家
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内剄暴覇

 呼吸を深く、深く、深く……己の最奥にあるものを引き上げるかのように繰り返す。


 全身に巡り回るのは加速させた自身の剄……分かりやすく言うならば『気力』。

 形のない力の奔流が、ツバサという炉の中で激しく燃え盛っている。

 だが、その勢いはあまりにも強く、炉であるツバサそのものを突き破って今にも外に溢れんばかりになっている。ツバサを包み込むように見える半透明の陽炎は、剄が高密度で可視化したものだ。


 内剄暴覇――どのような流派の格闘家でも、突き詰めることで最終的に至る自己強化術。己の中の剄を暴発させ、身体能力を極限まで高めるという代物だ。その身体能力の上昇幅は凄まじく、理性を代償に発動させるククロの『ベルセルク』に勝るとも劣らない。


 だが……これだけの能力を代償も無しに得ることなどできない。


 自身の調子を確認するように拳を握りしめているツバサに、アガートラームは、面白いものを見たと言わんばかりに笑みを深くする。


「格闘系の自己強化技ですかぁ。でぇすぅがぁ……いいんですかぁ? ツバサ様が先ほど受けたダメージが、どんどん悪化していきますよねぇ、それ。諸刃の剣も良い所じゃないですかぁ?」

「心配する必要はない。その前に片づける」


 人体の筋肉は、自傷の危険性がないように無意識にリミッターを働かせているのは有名な話だ。しかし、内剄暴覇はそのリミッターを外し、更に、強化するという埒外の技だ……そんな技を使えば当然のごとく体は自壊してゆく。


 全力で体を動かせば筋繊維は引きちぎれ、過剰な力が掛かった関節は悲鳴を上げ、無茶な力を発揮させられている細胞は死に絶える。

 だが……心身まで化け物へと成り果てたこの男を倒すには、ここまでするしかない。


「行くぞ」


 短く、それだけを告げたツバサの姿が、残像すら残さぬ姿で消える。残ったのは、踏み抜かれた大地が上げた悲鳴と、大きく抉れた跡のみ。

 縮地をさらに加速させた一足で、瞬間的にアガートラームの懐に踏み込んだツバサは、斜め上方から踵を落とす。これに対して、アガートラームは右腕をかざし――轟音。


 神の呪いによって得た怪力と、人体の極限から繰り出された一撃が噛み合い、空気が鳴動する。

 一瞬の停滞と浮遊感、極限まで圧縮された『動』を内包した静寂が微かに流れ……次の瞬間、閃光の如き速度で攻撃が繰り出される。空中で体勢を入れ替えつつ三方向から同時に蹴りを繰りだし、着地と同時に右掌底をアガートラームの胴体に叩き込み、寸勁を放つ。

 目に見えぬ透明な衝撃がアガートラームの胴体を貫通するが……この狂人は口の端から血を伝わせながらもげらげらと笑い始める。


「んー!! これはアレですねぇ! 私が耐え切るか! ツバサ様が自壊するか! 究!極!のチキンレースというやつですねべぇがッ!?」


 調子良く言葉を紡いでいたアガートラームの横っ面に、裏拳が突き刺さる。今まで鉄壁を誇ってきたアガートラームの体がクルクルと回転しながら、壁に突き刺さる。

 ここで追撃を掛けたいところだが……ツバサは、大きく息を荒げながら、その場で膝をついた。


 ――拳が砕けた……蹴り足も今の一瞬の攻防で鬱血しているな……。


 これがアガートラームではなくAランク冒険者が相手なら、今のツバサの攻撃だけで五、六回は死んでいる内容だ。だが……眼前に化け物は、平然と壁から身を起こすと、顔を血だらけにしながらケヒヒヒと笑って見せる。


 よくよく見てみると、体を覆う鋼鉄の面積が増えている……先ほどの胴体への寸勁が効かなかったのは、これが原因か。任意に鋼鉄の面積を変更できるのか、それとも、呪いの進行を早めたのか……それは分からないが、厄介なことには変わりない。


「ケヒ……ケヒヒヒ! では、行きますよぉぉぉぉ!!」


 壁から巨大な岩塊を持ち上げると、アガートラームはそれをツバサに向かって放り投げた。

 尋常じゃない速度で飛んでくる岩塊を、ツバサは地面に伏せるようにして回避し、次の瞬間に弾かれたように疾走へと移行する。


 タンッと地面を蹴って、半足跳び蹴りを肉の部分に叩き込み、再度アガートラームを壁の中に埋めると、ツバサは怒涛のラッシュを開始する。


 正拳、猿臂当て、裏拳、引いて掌底、寸勁、左拳が砕ける、左肩目掛けて踵落とし、上空蹴り落とし、半足蹴り、右回り蹴り、右足の甲が破損、顎目掛けて蹴り上げ、そのまま踵落とし、顔面に半側蹴り。


 神速十二連打――挽肉になってもおかしくない連打を繰りだし、絶えそうになった息を吸おうとした瞬間……鋼鉄の色が視界を掠めた。


「づっ!? がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 無防備になったツバサの胴体に、アガートラームの拳が突き刺さった。

 血風を纏ったまま吹っ飛び、何度も地面をバウンドして何とか止まったツバサは、緩慢な動きで顔を上げ……目を見張った。


「ケヒ……ケヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!」


 全身鋼鉄……ツバサが打撃を加えた部分が全て無機質な輝きを放っていたのである。

 恐らく、ツバサの強力無比な攻撃を無効化するために、衝撃が回る部分を片端から鋼鉄化したのだろう。残っている人間らしい部分は、もはや、顔半分だけとなっている。


「ケヒ、ケヒ、ケヒ……終わりですか、ツバサ様?」

「ま……まだ……だ……!」


 ヨロヨロと、ツバサは壁を伝って立ち上がる……が、すでにその体は満身創痍。

 アガートラームの怪力による攻撃を二度も受け、さらに内剄暴覇によって内部もボロボロだ。裂けた皮膚から、食いしばった口から、そして、目じりから鮮血を流しながらも、ツバサは半身になって構えを取る。


 息も荒く構えるツバサに向かって、まるで見せつけるようにアガートラームが迫ってくる。

 絶えぬ炎のように燃え盛る闘志を宿した瞳でアガートラームを睨み付けるツバサに対し、この怪物は、傷ついた獣をいたぶるような嗜虐に満ちた目をして見せる。


 ――くそ、アイツが近づいたらせめて相打ちに……。


 もう、指先を動かすのですら億劫な体に鞭を打ち、ポーチの中で爆薬を握る。あの鋼鉄の体を打破できるかどうかは怪しいが……それでも、多少の有効打にはなるだろう。

 至近距離で睨み合い、アガートラームが腕を大きく上げ、そして――


 


 無言のまま、アガートラームは轟音と共にゆっくりと倒れ伏した。




「え……?」


 ツバサの口から疑問の声がこぼれる。

 良く見てみれば、先ほどまで残っていた人間の部位……顔の半分も完全に鋼鉄に覆われてしまっていた。神の呪いを利用してツバサの攻撃を防御した結果、その進行を早めすぎてしまったのだろうか……。

 それは、物言わぬ彫像となってしまったこの男にしかわかるまい。


「ツバサさん、助太刀に来た――うお、なんだ!? このマッチョな男の鉄像は!?」


 ツバサが息を整えていると、背後からようやくククロの声が聞こえてきた。間が悪いというかなんというか……。


「あぁ……何とか……倒したよ……後は……頼んだよ、ククさん……」


 ククロが何か言葉を返したような気もしたが、それも聞こえぬまま、ツバサは気を失ったのであった……。




 こうして、人身売買を生業としていた連理の黒翼は壊滅した。

 牢獄につかまっていた人たちは、この後、ククロとファルシリアの手によって解放される。もちろん、その中にはサクラの姿もあり、無事に助け出された。ただ、血塗れになって倒れたツバサを見て卒倒してしまい……まぁ、最愛の恋人が半生半死で倒れていれば、こうなってもしょうがない。

 牢獄に囚われていた人たちは一度ギルドに引き渡され、手厚い保護を受けるのだとか。

 同時に、今まで手に負えずに好き放題暴れていた『轟腕のアガートラーム』が、今回の件で討伐されたという噂は、上位冒険者達の間で大きく広がることになる。

 これに伴って、討伐者であるツバサは大きく名声を上げる結果となり、多額の報奨金を手にすることになる。もちろん、連理の黒翼を壊滅させたファルシリアとククロにも報奨金は出た。

 ちなみにだが……ファルシリアと戦っていたスウィリスはこの後、再び行方をくらます結果となった。ファルシリアとしては色々とモヤモヤが残ったものの……結果としては大団円といった所だろうか。

 こうして、冒険者の裏の世界を冒険した三人は、再び、安穏とした日常に戻ってゆく……。



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