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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
三章 烈脚の格闘家
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冒険者の裏側

 そして、その日の深夜――ファルシリアが何とか情報を手に入れてリングハウスに行ってみると、そこにはボロボロになったククロとツバサの姿があった。


 特にククロの負傷具合が凄まじく、身に纏っている漆黒の鎧がボコボコに凹んでいる。若干顔色が悪い所を見るに、中身の方にもダメージがいっているのだろう。下手をすると骨が何本か逝ってしまっている可能性もある。


 そして、ツバサの方もまた全員のいたる所に傷を貰っている様子だった。普段は颯爽と着こなしているアサルトジャケットがボロボロになり、体中に赤く染まった包帯を巻きつけている。

 まさしく二人とも満身創痍としか言いようのない状況である。

 まぁ、剣の猛者と、体術の猛者が、長時間激突し続けたのならばこうなるのは当然の帰結というか。恐らく、これでも互いに手加減し合ったほうなのだろう。

 本気で激突していたら、恐らくククロはこの場に来ていないだろう。


「お疲れ様、二人とも。大丈夫だ――」

「ファルさん、それよりもサクラの居場所は……?」


 ファルシリアの言葉を喰い気味にツバサが言葉を発する。よほど心配だったのだろう……己の怪我も全く気にならない様子だ。そんなツバサに、ファルシリアは何とも言えない微妙な表情で答える。


「連理の黒翼の本拠地は突き止めたよ。そして、その連中が人身売買を主な仕事にしていることもね」


 なんでも、浮浪者や身元が曖昧な冒険者を捕まえては、海外に売買して金を稼いでいるのだそうだ。調べれば調べるほどホコリが出る組織であった。どうやら、派手に動きすぎて、『裏』の冒険者社会でも目障りに思われていたようだ。

 情報が見つかるかどうか不安視していたファルシリアだったが、情報屋から進んで情報提供があり、潰してくれと依頼が入ったほどだった。


「目撃者の話では、本拠地であるノーザミスティリア方面に何人も人間を連れて行ったのを見たらしいけど……そこに、サクラさんがいるかどうかの確信はないかな。ごめんね」

「……少し不安だけど、ファルさんの情報を信じよう。僕一人だったらその情報すら手に入れることができなかっただろうから」

「そいじゃま、行くか。一応、俺とツバサさんが戦いながら監視者を撒いたが……いつ不審に思われるか分からん。速攻で行って、速攻で潰すぞ」


 ヒールサプリを山のように食べていたククロが、立ち上がりながら言う。

 肉体を活性化させ、怪我を治癒することのできるヒールサプリだが……さすがに骨折を治すことはできない。それでも、何事もないかのように立ち上がれるこの男の気力が凄まじい。それは、ツバサも同様のようで全身が傷だらけであるにもかかわらず、瞳に秘めた闘志に陰りはなく、その動きにも鈍りはない。


 フィジカル的にはガタガタかもしれないが、メンタル的には相当に高揚しているのだろう。このまま行かせることに多少の不安があるファルシリアだが……ここで休んでいろと言って聞く二人ではあるまい。


「それじゃ、行く――」

「その前に、聞き耳を立てている子達に、事情を説明してあげていいかな? すぐ終わるから」


 ファルシリアが苦笑交じりに言うと、扉の向こう側で何か慌てたような気配がした。ククロはそのファルシリアの言葉に軽く肩をすくめると、扉を無造作に引き開いた。

 すると、まるで扉の前で待機していたかのように硬直する翡翠と、完全に観念した様子の眞為の姿があった。ククロがそんな二人の姿を見て、小さく嘆息し……そして、ファルシリアの方へと視線を向けてくる。


「ツバサさんと俺は先に馬の用意をしてくるぞ」

「ん、分かった」


 ククロは無言で、ツバサは翡翠と眞為に頭を下げてリングハウスを出ていく。ファルシリアはそれを見送った後、苦笑を浮かべて二人に近づいてゆく。

 どこか悄然とした様子の翡翠の頭にポンッと手を乗っけて、ファルシリアは言い聞かせるように口を開く。


「今日は何で私を尾行していたのかな?」

「その……私と眞為さんに何か隠し事をしてるのかな、と思って。い、一応私もリングのメンバーだし、ファルシリアさんやククロの力になってあげたいし……」


 ファルシリアは翡翠の言葉に素直に納得する。少なくとも、この少女は興味本位で他人の隠し事を暴いて、悦に浸るような性格をしていない。

 本当にファルシリアとククロの力になろうと思っていたのだろう。


 ――まぁ、朝のククさんをみたら、声を掛けるのも躊躇うだろうねぇ。


 あれだけ濃密な殺気を放出しているククロを見れば、声を掛けるのもためらうというものである。ファルシリアも事情を説明せずにさっさと出て行ってしまったので、余計に翡翠を不安がらせてしまったのかもしれない。

 翡翠は強い。

 今回の騒動も一緒に連れていけば、確実に力になってくれるだろう。

 だが――


「ごめんね。これは私達の我が儘ではあるんだけど……翡翠さんを連れていくことはできない」

「どうして!」

「人を殺すから?」


 ファルシリアが答えを出すよりも早く、眞為が口を開く。

 聡明な女性だ……恐らく、今回の件も何となくではあれど、全て察していたのだろう。眞為の澄んだ瞳を前にしても、ファルシリアは逃げることなく頷いた。


「恐らく、今回の戦い……相当に汚いものを見ることになる。眞為さんも翡翠さんも、冒険者の『裏側』には踏み込んでほしくないんだ」

「『裏側』……?」

「そう、『裏側』」


 正道を行く者は、そのまま正道を歩いていくべきなのである。必要に迫られずに、裏側を覗き込む必要はない。そこにあるのは人生において必要のない、人間のどす黒いエゴと強欲なのだから。


「だから、翡翠さんは連れて行くことができない。たぶん、これはククさんもツバサさんも思ってることだと思うよ」


 特に、ククロは『裏側』に深く踏み込んで、一時期はそこで生きてきただけに、余計に翡翠にはついて来てほしくないと思っている事であろう。ファルシリアの言葉に、翡翠は黙りこみ……そして、年相応の少女の顔で、ファルシリアを見上げてくる。


「皆、無事に帰って来るんですよね?」

「うん、みんな無事で帰ってくるよ」


 ファルシリアがそう断言すると、翡翠はまだ何か言いたそうに口をモゴモゴとさせていたが……最後には、諦めたように小さく吐息をついた。


「眞為さんと一緒に待ってますから、その、頑張ってください」

「うん、ありがとう。眞為さんも、翡翠さんのこと、よろしくね」

「任されたし」


 眞為が自信ありげに頷くと、その隣で翡翠が少しだけ慌てたように付け加える。


「あ、あと、ククロにも一応、気を付けろと言っておいてください!」

「はいはい、了解。それじゃ、行ってくるね」


 ファルシリアがそう言って二人に別れを告げて、セントラル街から出ると……そこには、馬を三頭用意して待ち構えていたククロとツバサがいる。

 本来ならば、雪深いノーザミスティリアに行く場合は事前にしっかりと準備をしていないといけないのだが……今回は時間が余りにも少ない。途中の宿場町で整えるしかないだろう。


「説得は済んだ?」

「うん。翡翠さんがククさんのことを、心配してたよ」

「あれがそんなタマか」


 ニヤニヤと笑いながらいうファルシリアに、ゲンナリとした様子でククロが答える。

 そんな二人を尻目に、ツバサは馬にまたがると、馬上から二人へと声を掛けた。


「それじゃ、僕は先行するよ。ファルさん、とりあえずノーザミスティリアに行けばいいんだよね?」

「あ、うん。そうだね。急ごうか」


 そう言うと、ファルシリアもまたひらりと馬上の人となる。

 こうして、ファルシリア、ククロ、ツバサの三人は北方の雪に閉ざされた国――ノーザミスティリアに向かうのであった……。


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