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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
三章 烈脚の格闘家
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情報収集へ

 翌日、ファルシリアは伝手のある情報屋を片っ端から回っていた。

 正規の冒険者は詳しくは知らないかもしれないが、非合法の情報屋というのはこれで結構いる。特にダウンタウンには、表向きまっとうな職業をしているように見せかけて、裏ではエグイ商売をしている者も結構いる。


 それをしているのは、やはりある程度『裏』に踏み込んだことのあるモノだけだろう。


 ――ククさんが死なないうちに早く場所を割り出さないとな。


 ククロとツバサだが……真っ向からぶつかった場合、確実にツバサの方が強い。単純に強いというよりも相性の問題と言ったほうがいいかも知れないが。


 ククロのパワーは大味すぎるのである。人一人殺すのに刃物一本あれば十分なのに、わざわざ大砲を持ってきているようなものだ。ククロと相性が良いのは、以前戦ったことがあるドラゴンのような巨大なモンスターだ。逆に言えば、あれほどのモンスターと真っ向から殴り合えるのはククロだけだろう。


 そして、ツバサはファルシリアと同じようにどちらかと言えば対人に特化している。

 刃物にも似た鋭すぎる蹴撃や、内部に威力を直接叩き込む寸勁、距離を一瞬にして詰めてくる縮地と……対人技能に特化している。まぁ、巨大なモンスターとも十分に戦える能力はあるのだが、そこはククロに比べれば劣る。

 そのため、今、全力で戦っているであろうククロとツバサの戦いは、恐らくツバサ優勢で進んでいることだろう。もしも、今日中に捕まっている場所が見つけられなかった場合、ククロは明日まではもたない可能性が高い。


 ――サクラさんが敵の本拠地とは別の所に捕えられているという可能性もあるけど……。


 ただ、それを言い出したらきりがない。何にせよ、『連理の黒翼』の本拠地を潰してしまうに越したことはない。


「だから、急ぎたいんだけどなぁ……」


 背後……物陰に隠れてファルシリアの後をつけている影が二つ。

 尾行は慣れていないのだろう……こそこそと移動しているのが丸見えである。というか、『あれなんだ?』と言わんばかりに周囲の人たちも注目してしまっているので、申し訳ないほどにばれてしまっている。


 ちらりと視線だけで背後を振り返ると、マスクとメガネで変装している眞為と翡翠の姿がある。恐らくだが……今朝から、ククロとファルシリアがこそこそしているのを目ざとく見つけて、何かあると勘付いたのだろう。何だか、ここまで来ると微笑ましく感じてしまう。


 ――そして、もう一つ。


 対して、もう一つの気配はそんな微笑ましいものではない。

 ファルシリアに気付かせるギリギリの気配をもって、一定の距離を置いて尾行してきている。恐らく、本気でファルシリアに気づかせずに尾行しようと思ったら出来るだろうに……話があるということなのだろうか。

 その気配に、ファルシリアは覚えがある。


「しょうがない、撒くか……」


 ファルシリアは小さく呟くと、素早く地を蹴って駆け出した。背後から『あー!』と間の抜けた声が聞こえてくる。内心で両手を合わせて謝りつつも、猛スピードでダウンタウンの雑然とした街並みを越えてゆく。

 ダウンタウンの裏も表も、長い事ここに住んでいるファルシリアは良く知っており、庭のようなものだ。だからこそ、新米冒険者の二人を撒く程度簡単なことであった。

 だが、逆に言えば……それ以上にこの地を知っている者を撒くのは難しいということであった。


「……何でついて来てるのさ」


 人目のない所で立ち止まったファルシリアは、誰に言うでもなくそう呟いた。すると……周囲にわだかまっていた闇の中から静かに返事が戻ってきた。


「余計なことに首を突っ込んでいると聞いた」

「何が余計で、何が必要かは私が決めることだよ」


 ファルシリアが眉をひそめながらそう返した先……闇からゆっくり出てきたのは、自身の全てを覆い隠し、『個』を一切感じさせない出で立ちの人物――スウィリスであった。

 ファルシリアが幼い頃、気絶した彼女を家まで運び、そして、戦い方を仕込んだ張本人。

 ファルシリアとスウィリスの付き合いは今でも続いており、スウィリスの気が向いた時にふらりとファルシリアの前に現れる。

 一体普段は何をしているのか、どこに所属しているのか、何で生計を立てているのか……長い事一緒に生活してきたファルシリアだが、スウィリスの事は驚くほど何も知らない。

 どこかふて腐れたような様子のファルシリアに対して、スウィリスは軽く肩をすくめた。


「お前の使命は、父親の仇を見つけることだろう」

「知ってるし、分かってる。けど、これも必要なことなんだよ」


 本当に、どこからファルシリアの動向について情報をつかんでくるのだろうか……謎である。

 一時の間ファルシリアとスウィリスの間に、無言で時間が流れる。

 ファルシリアの方も引く気がないと分かったのだろう……スウィリスは大きくため息をついて、再び闇に向かって歩き出した。

 ファルシリアはそんなスウィリスの背に向かって声を掛けた。


「スウィリス! 連理の黒翼という組織を探しているんだけど――」

「自分で調べろ。私はこの件に関わるつもりはない」


 スウィリスは一方的に切り捨てると、そのまま闇の中に消えていった。

 若干……というか、割とスウィリスはファルシリアに対して過保護な面がある。様々なものを求めれば割とあっさりと与えてくれるのだが、それがファルシリアの身にも危険が及ぶと分かると、決して与えはしない。

 今回もファルシリアが危険なことに……もっと言えば『裏』の出来事に首を突っ込んでいると分かったから、それを注意しに来たのだろう。


「ケチ」


 ファルシリアは顔をしかめたままそう言うと、小さく嘆息して歩き出す。最悪、止められるかもしれないとも覚悟していたのだが、まぁ、干渉されなかっただけありがたいというものだろう。

 ファルシリアは気を取り直して、次の情報屋へと向かう。時間は有限だ……早く場所を突き止めなければならない。



 ―――――――――――――――



「うーファルさんの姿を見失ったー!」

「ほら、やっぱり私達じゃ無理だったんだよ」


 帽子を取って翡翠が地団駄を踏むと、その隣で同じようにメガネをはずして眞為が苦笑を浮かべる。

 場所はダウンタウンの中央。

 ダウンタウンは雑多に建物が立っているために遮蔽物は多く、尾行は割と簡単なのだが……さすがはファルシリアと言ったところか。簡単に翡翠と眞為の気配を察知して逃げ切ってしまった。しかも、その逃げ足が速い速い。変装をかい殴り捨てた翡翠が本気で追いかけようとしても、全然追いつけなかった。一体、どんな鍛錬をしたらあのような変則的でかつ、弾丸のような速度で走れるようになるというのだろうか。


「やっぱり、ファルシリアさん、何か隠してるね……」

「別に無理に知ろうとしなくて良いんじゃないかなぁ」


 不満げな翡翠に対して、眞為は飄々としている。

 ことの発端は今朝にまでさかのぼる。翡翠と眞為が一緒にリングハウスに入ったところ、普段は和気藹々としているククロとファルシリアがピリピリとしていたのである。

 特に……ククロに関してはまるで今から人でも殺すんじゃないかと思えるほどに濃密な殺気を纏っており、とてもじゃないが言葉を掛けられるような状況ではなかった。

 一応、ファルシリアに事情を聞いたものの……本人は苦笑を浮かべるのみで何も語ってくれなかった。そして、その後に告げられる本日は自由行動という指示……翡翠ではなくても、何かあったと勘付くというものである。


「眞為さんは気にならないの?」

「んーさっきも言ったけど、気になるは気になるけど、無理に聞き出す必要はないかなって思ってる」

「私が子どもなのかなぁ……」


 何故だか、仲間外れにされてしまったような気がして、無性に腹立たしいというか。

 ただ、ククロはともかくとしてファルシリアが隠し事をするということは、それ相応の理由があるということなのだろう。だから、眞為のように平然と構えているのが正解なのだろうが……。


「むー」


 翡翠はどこか納得できず、小さく膨れるのであった……。


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