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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
二章 翡翠色の剣士
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決着

「翼を先に潰した方が良いかな」


 ファルシリア謹製の炸薬――ファシネイションボムを片手に、ドラゴンの周囲を走り回りながら彼女はそう呟いた。飛び上がって逃げられるのが一番厄介だ。それぐらいなら、先に潰してしまったほうが良いだろう。


 ――しかし、本当に『ベルセルク』状態になったククさんは強いな。


 ベルセルク……ククロが有する特殊能力である。ファルシリアがククロの事を『一人になった方が強い』と評したのはこれが原因だ。極限状態になると自動的に発動するらしく、特に致命傷を負ったりして追い詰められた時に発動する。


 その効果は、理性を失って闘争の輩となってしまうのを引き替えに、自身のリミッターを外して人外レベルの身体能力を発揮することができる、というものである。

 ただ、理性は完全に失っているので、迂闊に近づくと例えファルシリアであっても斬られる。今は完全にドラゴンにターゲットがいっているから何とかなっているが、もしもドラゴンが倒れるようなことがあったら、次は周囲の冒険者を見境なく襲い始めるだろう。


 まぁ、何とも迷惑な能力もあったものである。


 ただ……その分、効果は凄まじい。


 今も、あのイクスロード・ミスリルドラゴンと真っ向から殴り合っているのだ。

 そう、殴り合いだ。

 回避ではなく、繰り出されるドラゴンの攻撃を全て弾き返して、剣で斬りあっているのだ。尋常ではない。無論、弾き損ねた攻撃で傷を負ったりもしているが……ベルセルク状態のククロに撤退の二文字は存在しない。ぶっ倒れるまで戦い続けるまでだ。


 ――ククさんの出血も激しい。これは早めに決着をつけるべきかな。


 ファルシリアは翼の付け根にファシネイションボムを投げつけると、数秒遅れてアサルトナイフを投擲。連鎖爆発が起きて、翼の付け根から盛大に出血……ドラゴンが悲鳴を上げた。

 ファルシリアはすぐさま蛇腹剣を腰から引き抜くと、剥き出しになったドラゴンの肉に向けて、刃を振るう。刃の『返し』が次々とドラゴンの肉に喰らいつき、そこにある痛覚を滅茶苦茶に刺激する。痛覚神経をグチャグチャにされたようなものだ……相当な激痛が走り抜けただろう。

 憤怒に燃えたドラゴンの意識がファルシリアに向いた……瞬間、今度は前方のククロの切り上げがドラゴンの顎を捉えた。そして、ククロは空中で回転……上空を向いたドラゴンの顔面に、唐竹割りを叩き込む。

 大量の砂煙を巻きながら、とうとうドラゴンが地面に倒れ伏した。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 そこから……乱打、乱打、乱打、乱打、乱打、乱打、乱打、乱打、乱打!!

 それはまるで鋼鉄の暴虐。剣を振り抜いた勢いのまま自身も回転して次の一撃を、そして、更に回転しながら次の一撃と……一切途切れることなく、大剣にあるまじき剣速で次々と斬撃がドラゴンに決まってゆく。


 だが……ドラゴンもただでやられている訳ではない。

 ドラゴンを中心にして地面に魔法陣が浮かび上がる。緻密な紋様と幾何学模様で構成されたそれは、瞬く間に回路に魔力を流し込まれて激しく発光し始める。


 クライシス・ノヴァ――魔法陣上の全てを消し飛ばす破滅の柱を顕現させる上級魔法。

 イクスロード・ドラゴンの討伐隊を一掃したのもこの魔法だ。本来はソーサラーの更に上……フォースマスターが使う魔法だ。そんなものをモンスターが使ってくるなど、誰が想像しただろうか。しかし……この魔法は二度目であるというのに、ククロは逃げない。ベルセルクの効果が、彼に逃走を許さないのだ。


「おっと、早く退避しなよ」


 そんなククロの腰に、鎧の上から蛇腹剣が巻き付く。そして、ファルシリアによって魔法陣の外まで一本釣りの要領でひっぱりあげられる。ククロが魔法陣から脱した瞬間、魔法陣が強烈な光を放ち……クライシス・ノヴァが発動。

 爆発的な魔力が発露し、ククロ共々ファルシリアも吹っ飛んだ。


「つぅっ!」


 イクスロード・ミスリルドラゴンのブレスによって荒野と化した地面を転がり、けれど、すぐに起き上ってファルシリアは眼前を睨み据える。

 不発に終わったクライシス・ノヴァの向こう側……そこで、ドラゴンは大きく口を開けて、口腔内に魔力をチャージし終えていた。


 ――マズイ、ブレスが来る……!!


 ファルシリアが拡張ポーチ内にある魔法石『アイギス』を取り出すか、それとも、ドラゴンのブレスが炸裂して消し炭となるか……その二者択一だと思われた結果は、隣にいた男によって覆された。


「だぁぁぁぁりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」


 高密度の魔力が収束しているイクスロード・ミスリルドラゴンの口腔に向けて、ククロが漆黒の大剣を投射したのである。渦中の栗を拾うかのごとく無茶な行為……だが。


 ――チャンス!


 ファルシリアは己の中で掛け声をかけると走り出していた。

 ファルシリアの視界の先――剣を突っ込まれたドラゴンが思わずグッと身を後ろにのけ反らせた。さすがにあの魔力密度の中に入った剣は、完全に蒸発してしまっただろう。ドラゴンの反応を見るに、ダメージも入っていない。

 だが……決定的な一瞬の隙を作り出すことには成功した。

 ファルシリアは閉じかけていたドラゴンの口に向かって蛇腹剣を振り抜く。

 描く軌跡は円。

 グルグルとイクスロード・ミスリルドラゴンの口へと巻き付くと、ファルシリアはタイミングを見計らって、微かに空いた口の隙間にファシネイションボムを放り投げ――思いっきり、蛇腹剣の機構を作動させた。


 そう……この手の生物は口を閉じる力は強いが、口を開く力は弱いのだ。


 蛇腹剣によって完全に口を閉じさせられた瞬間、大爆発と共にイクスロード・ミスリルドラゴンの頭が吹っ飛んだ。ファルシリアが投げ放ったファシネイションボムが引火材となって、密封された口腔内でブレスの魔力が暴走した結果である。

 ぐらりと、胴体だけになったイクスロード・ミスリルドラゴンの体が揺れ……どぅっと、倒れ伏した。誰もがそれを見届け、そして、沈黙し――


「や、やった――!!」

「倒した! 倒したんだ! 俺たち、生き残ったぞ!!」

「奇跡が起こったんだわ! もうダメだと思ったぁぁ!」

「ありがとう、ファルシリアさん――!!」


 その場にいた冒険者達の歓声が一斉に爆発する。全員が全員、生き残ることはできないと思いながら戦っていたのだろう……誰もが抱き合って、歓喜を共有している。

 そんな中、一人だけ冷静に周囲を確認していたファルシリアは、軽く肩を回した。


「ふぅ、なんとか倒したか」


 眼前……巨大なドラゴンの体が魔力に返還されてゆくのを見ながら、ファルシリアは小さく吐息を付いた。そして、蛇腹剣の機構を再作動させて、ワイヤーを巻きなおす。先ほど、相当無茶をしたので機構にも刀身にもガタがきている。


「お疲れ様でした、ファルシリアさん! 本当に凄かったです!」


 翡翠が地面の石に躓きながら近づいてくる。その姿に、笑顔で手を振ったファルシリアだが、ある程度まで近づいてきたのを確認して、ストップサインを出した。


「まあ、喜んでいる所悪いけど、もう一戦あるんだよね……」


 ファルシリアが振り返った先……そこには、ゆっくりとファルシリアに近づいてくるククロの姿がある。イクスロード・ミスリルドラゴンという攻撃対象を失った今、ベルセルクと化したククロの標的は……ファルシリアだ。

 今のククロには剣がなく、素手でしかないのだが……それでも、ドラゴンと正面から殴り合えるだけの膂力はそれだけで脅威だ。ファルシリアの細い首にでも手が掛かれば、一瞬で折ることも可能だろう。

 だが――


「………………」(ぱたっ)


 倒れた。

 だくだくと血を流し、ぴくぴくと痙攣をしているのを見る限り、既に限界を超えて動いていたのだろう。これは致死量なのでは? と思われる程の血が流れている。

 一瞬、何とも言えない沈黙が流れ……そして……。


「おぅ……え、衛生兵! 衛生兵――ッ!!」


 ファルシリアの叫び声が半壊した錬成都市アイアーナスに響き渡る。

 こうして、未曽有の危機を何とか乗り越えたアイアーナスに、新しい夜明けがやってきたのであった……。


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