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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
二章 翡翠色の剣士
22/69

Sランク冒険者の実力

 ドンッ! という轟音が二度鳴り響き、そして、天に向かって光の柱が立った――それが、翡翠の見た全てであった。


「何……あれ……?」


 ディメンション化サウスダンジョンも大方沈静化してきたようで、もうモンスターが出てくることはない。ようやく人心地つけるかと……場の全員がホッとし瞬間の出来事であった。


「翡翠さん、アレ何かな?」

「いえ、ちょっと分かんないです」


 眞為の言葉に、翡翠は首を傾げてそう答えるしかなかった。

 遠く離れているにもかかわらず、ビリビリと肌が痺れるような魔力……かなり凄まじい魔力が炸裂したようだ。先ほどから、街の中央が騒がしく、中央錬成所が半分倒壊したり、炎のブレスが連射されたりと、イクスロード・ドラゴンと戦闘していると思わしき様子が確認されたのだが……今は嫌な沈黙を守るばかりである。


「瑠璃、ミスリア、立って」

「えぇーお姉ちゃん、疲れたよぉ……」

「瑠璃、頑張ろ」


 駄々をこねる瑠璃に、ミスリアがにこやかな笑みを浮かべて手を貸す。もうすでに戦いは終わっていると思っている駆け出し冒険者達とは対照的に、翡翠は途轍もない戦いの予兆を感じ取っていた。


「瑠璃とミスリアは早くギルド会館に戻りなさい。眞為さん、二人をよろしくお願いしても良いですか?」

「私も残るけど?」

「いえ、たぶん、Dランクの眞為さんでは厳しいかと。気持ちだけ、ありがたく受け取ります」

「そっか……私も早く強くならないとなぁ」


 翡翠の言葉に、淡く笑みを漏らして眞為が一歩後ろに下がる。

 翡翠だけではなく、他のAランク冒険者達も何かを感じているのだろう……全員が、緊張感に身を強張らせている。

 そして……その正体がゆっくりと浮上する。

 夜の闇の中――月光に照らされて光り輝く白銀のドラゴンがそこにいた。そのフォルムは明らかにイクスロード・ドラゴンのそれなのだが、その全身から発せられる魔力が明らかに上昇している。その魔力の質は、先ほど感じた光の柱と同質のものだ。


「何なの……あの白銀のドラゴン……」


 中央錬成所の五階で錬成されていた金属は魔銀ミスリル

 そのミスリルを根こそぎ飲み干し、その特性を――強大な魔力の波動を全身に纏った存在こそが、今目の前にいるドラゴンなのだ。あえて名を付けるとすれば、イクスロード・ミスリルドラゴンとでも言えばいいか。

 白銀のドラゴンは唖然とする冒険者達を見下すように、悠々と翼を羽ばたかせて近づいてくると……ディメンション化サウスダンジョンの前に降り立った。

 そして、大きく息を吸うと――

 


 オオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!



 魔力の込められた咆哮が辺りを圧する。

 現地冒険者のほとんどがそれだけで戦意を折られ、及び腰になっている。ただ……翡翠も気持ちは分かった。なるほど……死闘をするに値する敵というのはこれほどまでに――


 ――そっか、これが怖いってことなのか……。


 小さく手の震えが止まらない。 

 今までも幾つものダンジョンを踏破して来たし、ボスモンスターだったたくさん倒してきた。その中で、怯えたことなんて一度たりともなかった。だが……今まで戦ってきたボスモンスターが小物に見えるほど、今、目の前に降臨したドラゴンは圧倒的だった。

 周囲を見回してみれば……さすがというべきか、Aランク冒険者の者達は戦意を挫かれることなく武器を構えている。


「ブレスを吐かれる前に畳み掛けるぞッ!!」


 誰かが威勢よく放った言葉に、その場にいたAランク冒険者全員が気勢の声を上げる。翡翠自身も己を鼓舞するために声を上げ……そして、背後を振り返った。


「眞為さん! 瑠璃とミスリアをお願いします!」

「うん、分かった。無理しないでね……ほら、行くよ、二人とも」

「あわわわわわ……」

「お、お姉ちゃん! 無理はしないでね……!」


 腰砕けになっているミスリアと、顔面蒼白になっている瑠璃に比べて、眞為は平静そのものだ……まだDランクであるにもかかわらず、その心胆の強さは本物である。

 翡翠が再び前を向くと、一斉にAランク冒険者達がドラゴンに向かって攻撃を仕掛けていた。この場にいるAランク冒険者は二十名近く……しかし、実際にドラゴンと戦ったことある者は恐らく少数だろう。翡翠だって、ドラゴン種とは戦ったことがないが……それでも、それが言い訳になるような状況でもない。

 今ここで足止めをしなければ、現地冒険者達が退却する時間が稼げなくなってしまう。


「やるしかない!」


 翡翠は神聖剣を構えると、一気に地を蹴った。

 一瞬でトップスピードに乗ると、ドラゴンの脇に回り込み、翼の付け根へと剣を叩き込むが……硬質な音をたてて、剣が弾き返されてしまった。銀に輝くドラゴンの鱗には微かな傷痕。もしも、この鱗を砕こうと思ったら、十数回は同じ箇所を叩かないとダメだろう。

 それならば……その十数回叩き込むだけだの話だ。


「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ドラゴンの翼を足場に、猛烈な速度で翡翠の剣が閃く。その剣閃は驚異的なまでの精密さで同じ鱗を叩き、ダメージを加算させてゆく。

 自身の剣撃の一つ一つが軽いのは翡翠自体、重々承知している。だからこそ、速度を重ね、精度を磨き、二つとない神速の剣撃を編み出したのだ。これだけ斬撃を重ねられれば、例え一撃一撃が軽かろうとも、累積ダメージは膨大なものとなる。

 と、その瞬間、まるで集る蠅を叩き落とすように、イクスロード・ミスリルドラゴンの尻尾が振るわれる。まるで、巨木が横薙ぎに倒れてくるかのように錯覚する程の迫力。

 一瞬だけ竦みそうになる足を、気迫で叱咤し、ドラゴンの体を蹴って高く跳躍。足下を、豪風をともなって尻尾が通り過ぎてゆく。数人の冒険者が薙ぎ払われ、壁に叩き付けられるのを視界の端に捉えながら、翡翠はクルリと空中で回転。

 割れた鱗に、体重と腕力を乗せた剣撃を叩き込んだ。神聖剣の一撃は、ドラゴンの身に容易く突き刺さり、その翼が使用不能になる――はずだった。


「え……っ!?」


 翡翠が割った銀の鱗の下……そこに、もうすでに新しい鱗が生えていたのである。


 ――なんて再生力……イクスロード・ドラゴンの特性に再生能力なんてなかったのに!


 襲い掛かってくる翼の一撃を掻い潜って回避し、ドラゴンの周囲を走り回りながら翡翠は必死に思考する。イクスロード・ドラゴンの詳細な情報は覚えていないが……それでも、大体の特性は覚えている。

 その中には、驚異的な再生能力などなかったはずだ。


 ――もしかして、体が銀色になった影響なの……!


「気を付けろぉぉぉぉぉぉぉ!! ブレスが来るぞー!!」


 誰かの声が聞こえると同時に、轟ッ!! と魔力の奔流が荒れ狂った。それはまさに、魔力の洪水であるかのごとく……何もかもを灰燼へと帰す必殺の一撃というに相応しいものだった。ドラゴンを中心に、扇を描くように街が消滅してゆく。


「く、止まれ! 止まれ!!」


 とんっ、とんっ、と身軽にドラゴンの体を跳躍し、翡翠はドラゴンの鼻っ面に剣を叩き込むが……これも、まったく効いている様子がない。その間にも、ブレスは次々と建築物を、道を、人々の営みを消し飛ばしてゆく。

 そして……今も必死に逃げている現地冒険者達も。


「止まれ、止まれ、止まれ、止まりなさいよぉッ!!」


 翡翠だけではない。他の冒険者も必死で攻撃を加えているにもかかわらず、止まる様子がない。強化されたイクスロード・ミスリルドラゴンには、冒険者達の攻撃では、もはや痛痒も覚えぬということなのだろうか。誰の攻撃も鱗を破壊するには至っても、その驚異的な再生速度についていけていない。

 そして、ドラゴンのブレスが逃げる瑠璃やミスリア達に迫ろうとした……その時だった。




「どけ」




 怒涛の突進から繰り出された、大剣の一撃がドラゴンのわき腹に突き刺さった。

 いや、突き刺さるなどと言う生易しいものではない……何せ、あれだけの鉄壁の防御を誇ったドラゴンが、『く』の字に体を曲げて吹き飛んだのだから。


 イクスロード・ミスリルドラゴンが、苦悶の声を上げながらもがく中、誰もが唖然とした表情で新たに表れた闖入者に視線を向ける。

 身に纏うのはボロボロに壊れた漆黒の鎧。恐らく、鎧の中は相当に負傷しているのだろう……鎧から血が溢れ、ぽたぽたと地面を汚している。それは大きく額が切れ、顔面が血まみれになっているところから見ても分かることだ。

 目は焦点を失っており、どこか虚ろ。だが、それでもその総身からは総毛だつような殺気が溢れ出し、その全てがイクスロード・ミスリルドラゴンに向かっている。『どんな手段を使っても殺す』……無言でそう言い放っているかのようだ。


「ククロ……それに、ファルシリアさん……」


 目の焦点が合っていないククロの背後についていくように、ファルシリアが現れる。こちらは全くの無傷であり、翡翠に気が付いて軽く手を振ってくる。

 恐らく、途中で合流したのだろう。


「翡翠さん、今のククさんに近づかないでね。殺されるよ。後は私達に任せて」

「は、はい!」


 慌てて返答する翡翠の視線の先では、ククロが剣を下段に構え、そして――



 ―――――――――――――――――――――――ッ!!



 殺意と闘気が入り交じった咆哮を放ち、まるで、解き放たれた猟犬のようにドラゴンに向かって突っ込んでゆく。小細工なしの真っ向からのチャージ。正気とは思えない。

 だが……ドラゴンが怒りに任せて振るった翼の一撃を、ククロは真正面から剣で受け止めた。腹の底まで響くような激音と共に、両者の力が拮抗……そして、弾き合った。


「は?」


 誰かが唖然とした声で呟いた。

 それはそうだろう……何せ、イクスロード・ミスリルドラゴンは、冒険者数名を軽々と轢き殺すような膂力を持っているのだ。そんなドラゴンの一撃を、体重の軽いククロが真っ向から受け止めたのだ……単純な腕力もそうだが、どれだけ強靭な足腰をしているというのか。


 まるで、世界の条理に歯向かうかのような……にわかには信じられない光景であった。

 そして、真正面からククロがドラゴンを止めている間に、ファルシリアがドラゴンの脇に回り込み、翼の付け根や背中――他の冒険者が一度は鱗を壊した部分に何か仕掛けを行う。そして、ある程度距離を取ってその部分全てにコンバットナイフを投げ放った……瞬間。

 轟音と共に爆発が起こり、黒煙が上がる。恐らくだが、炸薬を仕掛け、それをコンバットナイフで起動したのだろう。


 流石にこれにはイクスロード・ミスリルドラゴンも悲鳴を上げ……そうして、たじろいだ瞬間に、ククロの大剣がドラゴンの胴体に横薙ぎの一撃を叩き込む。あの巨大なドラゴンが、錐もみをしながら吹き飛ぶのを、他のAランク冒険者が唖然としながら眺める。

 そして、そのドラゴンの落着点に向かってファルシリアが更に炸薬を投擲――爆音とともに追加でダメージが入る。先ほどからファルシリアが魔法石ではなく、炸薬を使っているのは、ミスリルが高い魔法抵抗性を持っているからだろう。


「これが……Sランク冒険者の実力……」


 どれだけAランク冒険者達が群がってもダメージが与えられなかったドラゴンが、徐々に追いつめられつつある。翡翠は二人の戦いを、一片でも見逃すまいと、目を大きく見開いて見入ったのであった……。


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