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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
二章 翡翠色の剣士
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ファルシリアの戦い方

 錬成都市アイアーナスの南部では翡翠、瑠璃、眞為、ミスリアを含む現地冒険者と、Aランク優良冒険者達がディメンション化サウスダンジョンから出てくるモンスターを討伐。


 中央部では、ククロが先行して、中央錬成所のイクスロード・ドラゴンの討伐に乗りだし、それに遅れるようにして討伐隊が追走していた。


 錬成都市アイアーナスを護るために大規模な動きが行われる中……北東部では、ただ一人、誰にも気づかれることなく、けれど、ソルフィレイジュ・ドラゴンという強敵に立ち向かうファルシリアの姿があった。


 ――ここら辺までくればいいかな。


 牽制のコンバットナイフを投げ放ちながら、ファルシリアは頭の中で地図と、自分の位置を照合する。錬成都市アイアーナスの北東部と言えば、まだ開発が進んでおらずほとんど手つかずの荒野が残っているだけだ。少なくとも、ここなら多少派手に暴れまわっても、被害は出ないだろう。


 ――しかし、ここまでソルフィレイジュ・ドラゴンを誘導するのにナイフを結構使ったなぁ。


 腰に括りつけた道具がやたらと入るポーチ――拡張ポーチの中に、十数本入れていたはずなのに、もう残りは五本になっている。これはファルシリアが特注している特殊なコンバットナイフであり、普段なら回収しつつ使っているのだが……今回ばかりは、使い捨てるしかなった。


「やれやれ、後で回収しながら戻らないとな。あれ、結構高いし」


 ファルシリアが足を止めて振り返ると……頭上でソルフィレイジュ・ドラゴンもまた停止した。


 ソルフィレイジュ・ドラゴンからすれば、ようやくファルシリアが観念したと思ったのだろう。まるで、ファルシリアを品定めするように上空でグルグルと回っている。


「しかし、高さ制限がないソルフィレイジュ・ドラゴンがここまで面倒だとは思わなかったな」


 ソルフィレイジュ・ドラゴン――最低でも、Bランク冒険者の複数パーティーによる討伐が推奨されている蒼のドラゴン。ディメンション化サウスダンジョン二層のボスモンスターである。


 手が翼になっている翼竜であり、その手自体が極めて鋭利な刃となっている。そのため、飛翔中のソルフィレイジュ・ドラゴンの突進を受ける場合は、その刃に最大の注意を払わなければならない。すれ違いざまに胴体から両断された冒険者の数は数え切れない。


 また、翼膜には特殊な紋様が描かれており、これが魔力回路として機能している。そのため、この翼を強く一振りするだけで鎌鼬が発生し、冒険者達を切り刻む。そのため、空を飛ぶ敵には飛び道具……というセオリーが通じない。


 矢なり投げナイフなりをしたとしても、この鎌鼬で弾き返されてしまうからである。


 ただ……ディメンション化サウスダンジョン内では、天井があり、その飛行機能を十分に発揮することができないため、物量で攻めて地面に落とし、それから時間をかけて討伐という手段が取られる。

 しかし、今のフィールドに天井はなく、そして、数で攻めるという手段も取れない。


「ま、だからと言って負けるつもりもないけれど」


 ファルシリアはそう言って、軽くバックステップを踏む。その瞬間、先ほどまでファルシリアが立っていた場所が勢いよく裂けて、土砂が舞いあがる……鎌鼬だ。


「よっ、ほっ、とっ」


 とんっ、とんっ、とんっ、とリズムカルにステップを踏むファルシリアの姿は、まるでダンスを踊っているかのように軽快極まりない。だが、ファルシリアがステップを踏んだ場所には、ワンテンポ遅れて盛大な爪痕が残されている。死と隣り合わせの危険なダンス。一歩リズムを間違えれば、その瞬間、ファルシリアの細い体は盛大に切り裂かれるだろう。


 まるで、綱渡りしているかのような緊張感――普通の神経をしている者ならば、発狂してしまってもおかしくはない。


 だが……ファルシリアのステップは一瞬たりともブレない。


 素早く、軽快に、そして――恐ろしく精密に、ステップを踏んでゆく。躍起になり始めたソルフィレイジュ・ドラゴンとは対照的に、ドラゴンを眺めるファルシリアの瞳は平静そのもの。

 いや、平静というのは語弊があるだろう……いっそ、酷薄と言っても良いかも知れない。刃よりも鋭く、氷よりも冷たい瞳で、ドラゴンを観察している。

 ソルフィレイジュ・ドラゴンが鎌鼬を放つ瞬間、その翼膜に描かれている紋様が発光するのである。それを見極めつつ、翼が振るわれる時の角度を計算すれば、回避することは可能だ。


 そう、理屈の上では。


 己の命を天秤にかけているとは思えないほどの冷酷さである。もし、この光景を目にした者がいたのならば……今のファルシリアを目にした者がいたのならば、その機械じみた精緻な立ち回りにゾッとしたことだろう。


「よし、このタイミング」


 ファルシリアの連続した回避に業を煮やし、ソルフィレイジュ・ドラゴンの鎌鼬攻撃が単調になってきたのを見計らって、ファルシリアは魔法石を空に放り投げた。

 放り投げた魔法石の名は『ライト』。灯りのないダンジョンを照らす、安価で誰でも手に入れることのできる魔法石だ。しかし、この『ライト』には、本来の目的とは別の使用法があることを知っている者は少ない。


 それ即ち――閃光による目潰し。


 『ライト』の魔法石に鎌鼬が突き刺さった瞬間、内部に仕込まれていた魔法が暴走。次の瞬間、周囲の闇を圧するかの如く無音で光が炸裂する。

 月明かりだけを頼りに戦っていたソルフィレイジュ・ドラゴンからすれば、たまったものではあるまい。ドラゴンは咆哮をあげ、目を閉じた状態で、滅茶苦茶に翼を振り回し、鎌鼬を乱射する。

 荒野がシェイクされたかのように次々と土砂が舞いあがる。轟音が連続し、砂煙が更なる砂煙で密度を増し、視界を完全に閉ざしてしまう。


 上空と地上が砂のヴェールで隔絶される。


 恐らく、ファルシリアを見失ってしまったのだろう。ソルフィレイジュ・ドラゴンが上空をグルグルと旋回し、月光に煌めく銀髪を見つけんとして――




「お前じゃ私は殺せない」




 ソルフィレイジュ・ドラゴンが地上から自分を見上げる、死の象徴のような真紅の瞳を見つけた時には、全てが遅かった。

 地上にわだかまっていた砂煙を突き破って、蛇腹剣が怒涛の勢いでソルフィレイジュ・ドラゴンの翼に喰らいついた。鋼鉄並の強度を誇るドラゴンの鱗ではなく……紋様が描かれている翼膜を貫き、そして、刃となっている部分に絡みつく。

 蛇腹剣の『返し』の部分が翼膜と刃の部分にがっちりと噛み合い、鮮血が宙を舞う。


 悲鳴のような咆哮が月下に響き渡る――この時点でようやくソルフィレイジュ・ドラゴンは理解したことだろう。自分が相手をしていた存在は、決して一方的に狩られるような存在ではなく……むしろ、自分を狩らんとする狩猟者であったことに。


「スイッチ」


 呟きと同時に、蛇腹剣の機構が作動しワイヤーが猛烈な勢いで巻き上げられる。

 それに連れられてファルシリアの体が、砂煙の中から脱し、一気にソルフィレイジュ・ドラゴンの背中に着地する。


「悪いけど、堕とさせてもらうよ」


 そう言って、ファルシリアは蛇腹剣を引き抜くと、もう一方……左翼に向かって刃を走らせた。放たれた刃の先端がドラゴンの翼の端を突き破り、肉にガッツリと喰らいつく。そして……ファルシリアはそこで機構を作動させる。

 まるで、透明な糸で翼の先端を釣り上げられたように、一気に左翼が傾き……そして、翼膜がズタズタに引き裂かれ、どす黒い血に染まる。

 痛烈なドラゴンの悲鳴が虚空に響き渡り、その体が錐もみしながら地面に落下してゆく。そして、轟音と共にドラゴンの体が地面に叩き付けられる。

 だが……それで終わりではない。


「せぇッ!!」


 遥か上空から、落下の勢いとファルシリアの体重を乗せた刺突が、眉間に突き刺さった。さしものドラゴンも、これだけの勢いが乗った蛇腹剣の刺突は防ぎ切れなかった。


 流血、流血、流血、流血、流血。


 ドラゴンの体が大きく痙攣し、死に物狂いでファルシリアを弾き飛ばす。

 この段に至って、もはや『狩る側』と『狩られる側』は完全に反転していた。鮮血を体中に浴びたファルシリアは、ゆらりと地面から立ち上がると……決して他者に見せたことのない暗く、昏く、冥い、笑みを浮かべる。


 顔半分を染め上げる返り血と、背の中ほどまで伸びる銀髪が煌めき、そのコントラストが、背筋が振るえるほどに残酷で美しい……そこに銀髪鬼がいた。


 翡翠を天才と例えるのならば、ファルシリアは……鬼才と言って遜色はないだろう。


 今まで何人もの冒険者を殺してきたディメンション化サウスダンジョン二層のボスですら、彼女の前では赤子の手を捻るのに等しい。

 もはや、なりふり構っている場合ではないと判断したのだろう。ソルフィレイジュ・ドラゴンの口腔内に、鮮烈な蒼の光が収束してゆく。


 ドラゴンのみが使える強力無比な魔法――ブレス。


 ここ周囲一帯を薙ぎ払い、目の前にいる銀髪鬼を滅しようとしているのだろう。決して怯むことのないはずのドラゴンに、どこか焦りが見えるのは気のせいではあるまい。

 前足をアンカーとして地面に叩き付け、己の頭を砲身として、ソルフィレイジュ・ドラゴンは体勢を固定。そして、棒立ちになっているファルシリアに向けて標準を合わせると……その力を一気に解き放った。


 闇が反転して全てが蒼に染まる。

 圧倒的なエネルギーが放出され、荒野を大きく抉り、山の斜面に激突してブレスは破壊力を解放――大爆発を起こした。遥か遠くにあったはずの山の形が微かに変わり、土砂崩れが発生して地が揺れる。

 回避不可能とも思える速度と、威力と、精度を持って放たれたブレスは――


「お前じゃ役不足だと言ったんだよ……?」


 完全に回避されていた。

 ブレスを打ったドラゴンの頭部……その鼻っ面にファルシリアは立っていた。

 あのブレスが放たれる瞬間、落下の時に眉間に開けた穴に向けて、ファルシリアは正確に、再び蛇腹剣を食らいつかせたのである。

 そして、ブレスが発射された瞬間、蛇腹剣の機構を作動させつつ跳躍……ブレスの真上を飛び越えるような形で、あのエネルギーを完全に回避してしまった。



 チェックメイト……まさにその一言に尽きた。



「相手が悪かったね」


 そう言って、ファルシリアはポーチから特製の炸薬を三つほど取り出すと、それをドラゴンの口に放り込んだ。すでにブレスを放ち、完全に魔力が枯渇しているソルフィレイジュ・ドラゴンに、これを回避、拒否する方法はない。


 ドラゴンは鱗が硬く、外部からの衝撃に対して非常に強い耐性を持っている。だが、もしも体内から強烈な衝撃に晒されたのならばどうなるだろう?


「それじゃ、さようなら」


 ファルシリアはそう言って、街に向かって歩き始める。

 その背後で壮絶な爆発が起こったが……ファルシリアは完全に意識を切り替えており、後を確認することすらしない。


「さて、ククさんを助けに行きますかね」


 そう言って、彼女は走り出す。

 この時にはもう、ソルフィレイジュ・ドラゴンの存在は魔力に還元されており、ファルシリアの顔を覆っていた血化粧は、すっかり跡形もなく消え去っていたのであった……。


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