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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
二章 翡翠色の剣士
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アイアーナスの異変


 大音量の爆発が異変の始まりを告げた。


 まるで、世界の全てを朱に染めんとするかのような紅蓮の花が虚空に盛大に咲き、次々と連鎖的に爆発する。音は形と衝撃をもって人々の耳を叩き、ビリビリと壁を震わせる。


 この異変にいち早く反応した人物は、宿で休息を取っていたファルシリアだった。

 サウスダンジョンの魔力飽和状態――緊迫状態下にあったため、ファルシリアはいつ、何が起こっても良いように、装備一式を身に着けて、壁際に座り込んで睡眠をとっていたのである。

 そのため、爆発の音が聞こえた瞬間には、直ちに覚醒し、意識は闘争へと切り替わっていた。彼女の意識の高さが窺えるというものである。


「まさか、ここまで早いなんて……!」


 ファルシリアは窓を開けると、そのまま外に飛び出す。

 翡翠たちが気を利かせてくれたおかげで、ファルシリア達が止まっている宿は少し高い所にある。そのため、街の様子が一望できた。


「中央錬成所が制圧されたかぁ」


 街の南部にあるサウスダンジョンから次々とモンスターが這い出しては、街とダンジョンの間にあるバリケードに襲い掛かっている。そして……先ほど爆発があったのは、どうやら街の中央にある五階建ての中央錬成所のようだった。


 ここは、製鉄はもちろんのこと、特殊な金属の錬成も行っている場所だ。錬成都市アイアーナスの最重要拠点と言っても過言ではない。ここで錬成された金属が、各鍛冶場に流され形を変えるのである。

 普段はどっしりとした頼もしさを感じさせる中央錬成所が、今は、内側から溢れて流れ出たマグマにも似た赤熱化した金属によって、崩壊の危機に瀕していた。まるで、赤く発光した血液が流れだしているようにすら見える。


 ――見張りは何をやってたんだろ。さすがにこうも簡単に押し切られるとは……。


 サウスダンジョンのディメンション化は今回が初めてではない。この街はダンジョンと共にある為、その対処法も心得ており、そのノウハウも十分に持っているはずだ。


 それだけ今回の攻勢が激しかったと言えばそれまでなのだが……何か違和感を覚える。


 街の中心部へと視線を向けつつ、その原因と思われる個所を必死で探していたファルシリアだったが……ようやくその原因と思わしきモノを捕えることができた。

 中央錬成所の最上階――そこに、ひときわ異様な姿をしたドラゴンが鎮座していた。その姿を見て、ファルシリアは唖然として目を見開いた。


「イクスロード・ドラゴン……! 第四層のボスモンスターが外に出てるだなんて……」


 イクスロード・ドラゴン――ディメンション化サウスダンジョンの第四層に生息しているはずのボスモンスターである。ディメンション化サウスダンジョンは計六層からなっており、二層、四層、六層にそれぞれボスモンスターが存在している。


 もともと難易度の高いダンジョンだ……各層に生息しているボスモンスターも相当に手強く、特に六層に生息している大樹の竜『アースガルド・ドラゴン』は、Aランク以上の冒険者達によって組織された大規模討伐隊が、多大な被害を出して何とか倒せるレベルの強さである。

 これに比べてば、二層の『ソルフィレイジュ・ドラゴン』、四層の『イクスロード・ドラゴン』はまだ対応可能ではあるが……それでも、他のダンジョンのボスに比べてば圧倒的に強い。


 ――どうする、どうする……!


 四層のイクスロード・ドラゴンが表に出てきているということは、高確率で二層のソルフィレイジュ・ドラゴンも表に出てきていると思っていいだろう。


 ディメンション化サウスダンジョンの出入り口に向かって、雑魚モンスターの波を止めるか。


 今はまだ見えないソルフィレイジュ・ドラゴンを見つけに街を駆けまわるか。


 中央錬成所に陣取っているイクスロード・ドラゴンを抑え込むか。


 頭の中に三つの選択肢が浮かび上がり、ファルシリアは街に向かって走りながら、瞬時に高速で思考する。とりあえず、今はこの街には大量のAランク冒険者がいる。ファルシリアほどではないが、直ちに出てきて対応をしてくれるだろう。となると、雑魚モンスターは他の冒険者に任せてもよさそうだ。

 そして、イクスロード・ドラゴンだが……。


 ――あそこまで派手な場所にいるってことは、どこからでも存在は確認できるだろうな。


 となれば、恐らく猪突猛進なククロがそこに向かって突っ込んで行くはずである。さすがに一人で討伐は無理だろうが、長時間抑え込むことは可能だろう。


 言っておくが、たった一人でイクスロード・ドラゴンを抑え込むなど正気の沙汰ではない。だが、あの男の場合、『一人だからこそ抑え込める』のである。少なくとも、ファルシリアはククロの真の意味での全力を知っているからこそ、彼に託せるのである。

 ならば、ファルシリアのすべきことは――


「おっと、手間が省けたかな」


 ファルシリアはそう呟いた瞬間、鋭く地面を蹴って転がった。

 すると、先ほどまでファルシリアが走っていた場所を、鋭い烈風が直撃した。コンクリートで舗装された地面がザックリと裂け、下にあった土砂が盛大に巻き上がる。


 千々に裂かれた雑草が風に舞って散る中、ファルシリアは腰に佩いていた蛇腹剣を抜き去って構えた。視線の先にいるのは、鮮烈な蒼を纏った飛竜――ソルフィレイジュ・ドラゴンだった。天井のあるディメンション化サウスダンジョンだからこそ、脅威度は下がっていたが……今、このフィールドに広がっているのは、遥か彼方にある星々の天蓋だけだ。

 悠久の空に翼を広げ、ソルフィレイジュ・ドラゴンが咆哮をあげる。まるで、積年の恨みを晴らすかの如く、愚かなる討伐者を嘲るかの如く。


「さぁ、掛かってくればいい。返り討ちにしてあげる」


 常とは異なり、好戦的なセリフを呟いて、ファルシリアは右に蛇腹剣、左にコンバットナイフを構えて視線を鋭くする。ただ一人、制空の支配者を殺すための戦いが始まる……。



 ―――――――――――――――



「イクスロード・ドラゴンが出てきてるとはな……」


 酒場から出てきたククロは、中央錬成所の頂上に真紅のドラゴンが鎮座しているのを見て思わず顔を引きつらせた。ファルシリアと同じように、まさか四層のボスが出てくるとは思ってもみなかったのだ。


 ――潰すしかないな。アレが街中で暴れることはあんまり考えたくない。


 どうやらイクスロード・ドラゴンは、中央錬成所の壁面に空いた穴から漏れ出る、液状化した金属を飲んでいるようだ。先ほどから、中央錬成所の最上階に止まったまま動かないのは、それが理由だろう。

 基本的にモンスターは食事を必要としないため、なぜ、液状金属を摂取しているのかは分からないが……だとすれば、タイムリミットは、錬成所内部の液状化金属が全て出尽くすまでだ。中央錬成所で扱っている金属の量は確かに多いが無限ではない。それが尽きた時、ドラゴンは衝動のままに街の人間を襲い、屍山血河を築くことになるだろう。


「あの、ククロさん!」


 慌ててミスリアが酒場から出てくる。その手にライフルを持っているところを見ると、彼女も出撃するつもりなのだろう。息巻くミスリアの額に、ククロは人差し指を押し付けた。


「ミスリア、お前はギルドに行ってこい。他の冒険者と一緒に街の人間の誘導や、雑魚狩りをしとけ。俺はイクスロード・ドラゴンを止めに行く」


 ククロの言葉に、ミスリアは唖然とし……そして、慌てたように声を出す。


「無茶です!?」

「んなもん知ってる。倒すつもりはねーよ。街の人間の避難と、雑魚狩りが終わるまでの時間稼ぎだ」

「それが無茶だと言ってるんです!! イクスロード・ドラゴンが、過去にどれだけの被害を出したか分かっていますよね!?」

「知らね」

「んもー!!」


 嘘だ。


 あのイクスロード・ドラゴンがディメンション化サウスダンジョン四層に居座っていたせいで、およそ百年近くディメンション化サウスの調査が滞ったのだ。真紅のドラゴンが討伐できるようになったのは、昨今の装備が充実してきたことと、冒険者育成のノウハウが揃ってきたからだ。

 イクスロード・ドラゴンとは、それほどに恐ろしいボスモンスターなのである。

 それはククロだって重々承知している。だが……。


「んじゃぁ、放置していても良いのか? 皆殺しにされるぞ」

「そ、それもダメです! だから、私も一緒に行きます」

「足手まといだ」

「あぅ!」


 ミスリアの額にデコピンを食らわせてやる。

 額を抑えて涙目になっているミスリアに向かって嘆息しながら、ククロは口を開く。


「ライフルが使えるのは分かったが、コンビネーションもなっちゃいないCランク冒険者と組むつもりはない。むざむざ、他人が死ぬのを承知できるか」

「で、でもぉ……」

「でも、じゃない。いいか、恐らくギルド会館には翡翠ってのがいるから、そいつを頼れ。ケツは青くてもAランク冒険者だ……頼りになるはずだ。ほら、分かったら行け!」


 それだけを言い捨てて、ククロは地面を蹴って走り出す。

 背後でミスリアが何か言っているのが聞こえてきたが……街が危機的状況にあるのに、酒場の前で延々と立ち話している暇などない。


 ――酒を呑まなくて良かったな……。


 最悪の場合も考えて、エールではなくジュースにしていたのは幸いだったし、フル装備で外出していたのも助かった。冒険者をやっていると、万が一に備えて――で、九死に一生を得ることなんてザラだ。油断はできない。

 何だかんだで、この男、冒険者としては一流なのである。

 鎧を着ているとは思えない速度で街中を疾走し、中央錬成所へと向かっていると……ふいに、地上から上空に向かって『何か』が舞い上がるのが見えた。


「取り巻きのレッサー・クリムゾンドラゴンか……面倒だな」


 イクスロード・ドラゴンの周囲を舞い、冒険者達を妨害する小型のドラゴン……レッサー・クリムゾンドラゴン。ククロは気軽に取り巻きと一言で纏めたが、一体一体が並以上の強さを誇る。油断をすれば、食い殺されるのは目に見えている。

 ククロは視線を鋭くすると大きく息を吸い込み――


「押し通ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉるッ!!」


 咆哮と共に小型ドラゴン達に群れへと突っ込んでゆく。

 紅蓮の炎帝を一分一秒でも足止めするために、漆黒の剣士は不夜城と化した中央錬成所へと単身で乗り込むのであった……。


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