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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
二章 翡翠色の剣士
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神秘の銀輪亭

 錬成都市アイアーナスの夜は遅い。

 いたるところでまだ火を入れているのか、街中が明るく輝いている。特に、街の中央にそびえ立つ中央錬成所は二十四時間稼働しており、火が絶えることがない。それに、ユグドサウスで独自に採掘される『蓄光石』と呼ばれる昼に光をため込んで、夜に発光する特殊な鉱石を加工して、街灯に使用してることも原因の一つだろう。


 そのため、この街の人々の生活スタイルは、他国に比べて夜が遅い。


 そして……ククロはそんな街のスタイルと、肉中心の食文化を割と気に入っていた。ファルシリアと出会う前……ククロが最も尖っていた頃は、この街を拠点にして活動をしていたぐらいだ。ギルドのギルドマスターと仲が良いのも、その頃の縁である。


「さて、せっかくユグドサウスに来たんだから、銀輪亭にでも行くか」


 ギルドへの報告を済ませて、宿で簡単に道具の整理が終わった後、ククロはそう呟いてぶらりと宿を出た。ディメンション化サウスダンジョン鎮静化クエストは、報酬が半分前払いだったため、今は懐が温かい。


 ちなみにだが……今現在もククロは鎧に剣に、道具にとフル装備である。一応、今はディメンション化サウスダンジョンに臨戦態勢だ。万が一があっては困る。


 ククロはノンビリとした足取りで、馴染みの酒場へと足を向ける。コンクリートで舗装された周囲の建物とは異なり、レンガでできた古風な佇まいの店だ。


 名前は『神秘の銀輪亭』という。


 木製の扉を開けるとカウベルが鳴り、中から温かな空気と一緒に肉が焼ける音と匂いが鼻孔を刺激する。中は木製の椅子と机が並び、カウンターには大きめの鉄板が置かれている。

 そして、その鉄板の上では今も大きな肉が焼かれており、ヨダレが出そうな香ばしい音をたてている。夕飯は腹の中に収めたククロだが、ここに来ると嫌がおうにも食欲がわいてくる。


 そして、それは他の客も同じようで、鍛冶場で働いていると思われるガタイのいい男や、今日の馬車できた冒険者が、肉を食べながら酒を煽り、愉快に談笑している。


「さって……どこか空いてるかな……」


 中は大繁盛で、どこの席も一杯に埋まっている。

 ククロ個人としては相席も全然かまわないのだが……恐らく相手の方が遠慮願いたいだろう。冒険者の中で悪い意味で名前が広まっているククロだが、この街でも割と名前が通っている。

 なにせ、尖っていた頃、ここを拠点に活動していたのだ……それはそれは無茶苦茶やったものである。この酒場でも、何度も殴り合いをしたことがある。

 まぁ、あの頃と比べて身に着けている装備が全く違うし、髪型も少し変えたので、一見では気付かれていないようだが……すぐ傍に座れば気が付いてしまうことだろう。


 ――さて、どうしたもんかな。


 どこか席が空くまで待っているか、とぐるりと酒場の中を眺めている時だった。


「うわ、すごく場違いな子がいるな……」

 ククロは思わずそう呟いてしまった。

 鍛冶場で働いている筋骨隆々でマッチョな男達が集う酒場……そのなかに、白のワンピースを着た小柄な金髪碧眼の少女がいれば、どうしても目立つ。


 年の頃は恐らくファルシリアと同じぐらいだろうか。

 腰まで伸びる艶やかな金髪に、白磁の肌、なにより、雨上りの空を思い出させるような美しい碧眼が印象的だ。小柄な体躯をしているせいか、大柄な男達に完全に埋もれてしまっている……ククロがこうして見渡さなければ、存在にすら気が付けなかっただろう。


「んー! んー!」


 少女は必死に肉を噛み切ろうとしているのか、両目を閉じて一生懸命ステーキにかぶりついているが……どうやら、顎の力が肉の弾力に負けているようだ。

 ククロとしては、子犬が懸命に肉に喰らいついているように見えた。

 何とはなしにその少女の食べっぷりを眺めていると、不意に、目があった。


「あ…………」


 ぽろっと肉を落として、少女が反射的に、と言った感じで席を立った。その瞳は完全にククロの姿を捉えており……驚愕一色に染まっている。一瞬、自分以外の誰かが背後にいるのかと思って、ククロが後ろを振り向いてしまったほどだ。

 完全に硬直してしまっている少女は、ただじっとククロを見つめている。いい加減に、じれったくなったククロは、半眼になりながら口を開いた。


「おい、俺に何か用事でも――」

「あ、あの! もしかして、『奈落』攻略組のククロさんですか!?」


 少女の大声が酒場に響き渡る。

 その瞬間、その場にいた喧騒が掻き消え、酒場にいた全員の視線がククロに集中した。『お前、いたのかよ!?』みたいな視線を向けられて、ククロは大きくため息をついた。


「…………暴れやしねーよ。ほっとけ」


 それだけを言うと、ククロは無言で移動して金髪碧眼の少女の机に、ドッカリと腰を下ろした。この場を荒らすつもりがないと確認したからだろう……やがて、少しずつ喧騒が戻ってくる。

 ざわざわと賑やかになってゆく酒場の空気に、内心でホッとしながら、ククロはギロリと眼前の少女を睨み付けた。


「ソードマンギルドからも指名手配されてる上、同業者からも腫物扱いされている万年Bランク冒険者のククロですが、何か?」

「あ、いえ、その……すみませんでした……」


 流石に悪いと思ったのか、少女は顔を真っ赤にして縮こまってしまっていた。

 この悪意のない反応を見る限り、ククロを困らせようとしてわざと大声で叫んだという訳ではなさそうだ。それに、彼女はククロのことを『奈落攻略組のククロ』と呼んだ……少なくとも、そこに害意は感じられない。

 ククロは机に頬杖を突きながら、少女に半眼を向ける。


「んで、俺に何の用だよ。あ、俺にもステーキとジュースくれ」


 ウェイターに注文をしつつ、ククロの視線は目の前の少女に固定したまま。少女は未だに顔を赤くしながらも、こほん、と咳払いを一つして顔を上げた。


「あの、私、ミスリアと申します。先ほどは本当にごめんなさい……」

「終わったことをとやかく言ってもしょうがない、それはもういい」

「あ、はい……」


 どこかホッとした様子で少女――ミスリアは吐息を付くと、再び顔を上げる。


「それでですね、その、ククロさんはファルシリアさんと一緒に冒険をされているとか……」

「あぁ、そうだな」


 ――あぁ、この子もファルさんの追っかけか?


 ステーキよりも早く届いたジュースを飲みながら、ククロは内心で思うが……すぐにそれを自身の中で却下した。何と言えばいいのだろうか……その瞳から熱気のようなものが伝わってこないのである。

 むしろ、そこにあるのは微かな悲しみと、まるで己が子を心配する母のような不安。そこにククロは大きな疑問を覚えると同時に、この少女に初めて興味を持った。


「ファルシリアさんは元気にしていますか?」

「あぁ、すこぶる元気にやってるよ」

「そっか……良かったぁ……」


 やはり、そのホッとした様子は他人のそれではない。


「なぁ、ミスリアさん、お前さんはファルさんとどんな関係なんだ?」

「えっと……その……友達……だと、思ってます……」

「…………ハッキリしないのな」


 これは踏み込んじゃいけないやつだ、と……そう結論付けて、ククロは面倒そうに眉を寄せた。ファルシリアもククロも互いの過去についてはほとんど知らない。そんなもの知らなくても一緒に冒険はできるし、コミュニケーションに不全はないからだ。むしろ、双方共に互いの過去を詮索しないからこそ、こうやってサッパリとした関係を築けているという部分が大きい。


 これは、ファルシリアとククロにとって暗黙の了解と言っても良い。

 そして、今、ファルシリアの過去が自分からククロに接触してきた。


 ――ふむ。


 踏み込もうと思えば踏み込める。知ろうと思えば、一方的にファルシリアの過去に詮索できるチャンスではある……が。


「まあ、こっちから深くは聞かないようにしておこう」

「あ……ありがとうございます。その、今回、私がククロさんに接触した件については、ファルシリアさんには――」

「分かってる分かってる。黙ってればいいんだろう?」

「はい、助かります……」


 明らかにホッとした様子のミスリアを見ながら、ククロはジュースを飲み干す。あの銀髪のSクラス冒険者様も、色々と抱え込んでいるんだなぁと、他人事のように思う。

 その時、不意にミスリアの傍に立てかけてあるモノが目に入り……ククロはギョッと目を剥いた。


「げ、おい、ライフルなんて使ってるのか……?」

「はい、私、冒険者ですけど実家が銃火器のお店をやっているものですから。これでも一応専門家なんですよ?」

「マジかよ、人は見た目によらんな……」


 思わずククロはまじまじとミスリアの顔を見てしまった。


 銃と言えば現在では最先端と言って良い武器だ。弓よりも速く、連射が利き、かつ威力も凄まじい。銃声はモンスターを怯ませ、硝煙はモンスターの嫌がる臭いが含まれているらしく、その接近を阻害するのだとか。

 おまけに、素人でも簡単に使える。ある程度の習熟は必要だが、他の武器のように年単位での鍛錬が必要になる訳でもない。


 ぶっちゃけ、チート武器だと言っても過言ではないのだ。


 ただ……それだけの利点を揃えておきながらも、銃を使っている冒険者はほとんどいない。

 なぜか。それは簡単である……維持費が尋常ではなく掛かるのだ。

 銃弾をちょっと買うだけでも、軽くクエスト報酬額の数倍が吹っ飛ぶ。

 金を儲けるために冒険者になったのに、冒険をすればするほどに損をするという何とも言えない状況に陥ってしまうのである。おまけに、メンテナンスには専門の知識を要し、頻繁に世話をしてやらなければ、暴発をして自分が死んでしまうと言う危険性まである。

 そんなこんなで、凄まじい威力と利点を備えつつも、銃を使っている冒険者はほとんどいないのである。


「銃の話、しますか!? 私、銃について語らせたらそれこそ――」

「いや、いい」

「そうですか……」


 しょんぼり、といった様子で肩を落とすミスリア。どこか子供っぽいミスリアの仕草に苦笑を浮かべながら、ククロはウェイターにおかわりのジュースを頼む。


「ま、その代わりファルさんのことを、世間話程度には話そう。それで良いよな?」

「……! はいっ!」


 元気よく返事をするミスリアの姿を見ながら、ククロはその日遅くまでファルシリアのことを肴にして楽しくミスリアと酒を飲んだのであった……。





 だが、ちょうどこの時……静かに、けれど、確実に闇が蠢動しつつあった……。

 唯一、この異変に気が付いたサウスダンジョンの見張りをしていた衛兵は、既に事切れており……冒険者達は後手に回らざるを得なかったのであった……。


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