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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
二章 翡翠色の剣士
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瑠璃

「えっと、遅ればせながら紹介します。私の妹の瑠璃です」

「はい、始めまして。こちらで現地冒険者をしてます瑠璃です、眞為さん、ファルシリア様」


 何とかダンジョンを抜け出して、ククロを待つ間に自己紹介が行われた。

 翡翠の紹介を受けて、頬を染めながら返事をしたのは、萌木色の髪をツインテールにした、瑠璃色の瞳をした少女――瑠璃であった。どこか恥ずかしそうにしているあたり、もしかすると人見知りなのかもしれない。


「職業はアーチャーをしていて、リング『瞬戦冒険団』に所属しています。さっき一緒にいた人たちはリングの人達で――」

「ちょっと待って。その前に聞きたくてたまらない事があるんだけど……『様』ってなに?」


 怪訝そうにファルシリアが聞くと、瑠璃はポッと頬を染め、自分の頬に手を当てた。


「あの、私、ファルシリア様のファンで……ひ、非公式ですけど、ブロマイドも持っています!」

「そうだろうね。認可した覚えないし」

「隠し撮りの写真も持ってます!」

「それは没収ね?」

「あぁ、私の宝物が!?」


 没収された写真に向けて必死に手を伸ばす瑠璃の隣では、翡翠が頭痛を堪えるように眉間を揉んでいる。


「それで、家の妹は病的なまでのファルシリア様信者でして……」

「う、うーん……まぁ、慕ってくれるのは嬉しいんだけどね」


 実は、ファルシリアのファンは男女問わず……というか、女性の方が多い。Sランクともなれば色々と情報面での露出も多く、一般人でも大半は彼女のことを知っている。

 切れ長の瞳や、艶やかな銀髪、スタイリッシュな体躯に、爽やかな笑顔、華麗な剣捌き等々……貴公子然とした彼女にすっかりお熱になってしまう女性が多いのだ。


 それはどうやら瑠璃もそうであるらしく……ファルシリアを見上げる彼女の目は妙に熱っぽい。ちなみに、ファルシリアの名誉のためにここに記すが彼女はノーマルである。


「こら、瑠璃。あんまりファルシリアさんに迷惑かけちゃダメよ」

「で、でもせっかく生で会えたのに……あの、サインはダメですか!」

「残念ながらサインもやってないんだなぁ。ごめんね」

「そんなぁ」


 ガックリと首を垂れる瑠璃。そんな彼女の頭を撫でながら、翡翠が洞窟の奥へと視線を向ける。


「あの、ところでファルシリアさん……あの人はまだ帰ってこないんですか?」

「帰ってこないねぇ」


 完全に他人ごとなファルシリアの解答に、少しムッとした様子で翡翠が頬を膨らます。


「し、心配じゃないんですか。ファルシリアさんとククロは友人のはずですよね!」

「うん、そうなんだけどね……まぁ、ククさんの場合『独りになった方が強い』からね。今助けに行ったら、たぶん巻き込まれるよ」

「え……?」


 翡翠が疑問の声を上げると同時に、ガシャン、ガシャン、と鎧が擦れる音が聞こえてきた。ファルシリアが視線を向ければ……ダンジョンの奥から、ようやく帰ってきたククロの姿があった。

 大怪我は負っていないものの、大分、熱風による継続ダメージを受けたのだろう……皮膚が真っ赤になり、鎧から陽炎が上がっている。

 しかし、それ以上に異様なのは……その瞳だ。


 ――マズイな。まだ戻って来てないかもしれない。


 翡翠に気づかれないように、ファルシリアは腰の蛇腹剣に手を伸ばす。

 ククロの瞳には殺気に限りなく近い闘気が渦巻き、どこか虚ろで焦点を結んでいない。実際に剣もまだ抜き身で、肩に軽く担いでいるだけ……すぐにでも攻撃態勢に移れるような状況だ。まるで……今にも襲い掛かってこんばかりではないか。


「あの、ファルシリアさん、なんか様子がおかしくないですか……?」

「うん、ちょっと下がってい――」

「消火ッ!!」


 と、ファルシリアが全てを言い終えるよりも先に、すぐ傍で待機していた眞為が一歩前に出て、事前に準備していた水の入ったバケツを、思いっきりククロにぶちまけた。


 ジュワアアアアアア! と呼気も良い音ともに盛大な湯気となって水が蒸発し、もうもうと煙が上がる。眞為は更に続けて一つ、二つとバケツの中身を立て続けにククロに浴びせかけた。

 よほど鎧が熱されていたのだろう……周囲が蒸気で真っ白になってしまった。


「眞為さん、焦る気持ちは分かるけど、これは勢いが良すぎるかな」

「そうだね。私もそうじゃないかと思った」


 のんびりとファルシリアが言うと、眞為も少し眉をひそめて言う。この女性、時折、行動が斜め上にぶっ飛んでいる時があるので油断できない。ただ……これだけ鎧が熱されていたのなら、彼女の行動も間違ってはいないだろうが。

 蒸気が盛大に上がる中、ようやくそこからククロが這い出してきた。もうその時には、先ほど感じたような異様な闘気は渦巻いておらず……いつものネジが一本抜けたような表情をしていた。そんなククロに向かって、眞為が首を傾げる。


「ククロさん、体冷えた?」

「体も頭も鎧も冷えたよ……ま、ちょうど良かったと言えば、ちょうど良かった」


 ぼたぼたと全身から水滴を垂らすククロを見て、良かった良かったとばかりに眞為が頷いている。ククロが髪の水を絞り終わったのを見て、ファルシリアは口を開いた。


「ククさん、それで中の方はどうだった? 相当暴れてきた様子だけど」

「モンスターが際限なく出てくる。こりゃ相当危ないな……そこの子が焦って中に突入した気持ちも分かるわ」


 そう言って、ククロが瑠璃に視線を向けると、彼女はササッと翡翠の背中に隠れてしまった。バーサーカーのようなククロの戦いぶりを見ていた彼女からすれば、ククロは恐ろしい人物に見えてしまっているのだろう。

 瑠璃の代わりに、翡翠が顔を上げてその問いに答える。


「うん、そうみたい。なんでもこっちの現地ギルドがそう判断を下したらしくて……無理をしなくて良いから、少しずつモンスターを討伐してくれって」

「それで囲まれて、全滅しかけてたら、元も子もないけどな」

「うぅ……面目ないです……」


 これには翡翠の方も否定はできなかったのだろう……何ともいえない微妙な表情を浮かべている。


「ともかく、警戒態勢は敷いておいた方が良い。ファルさん、他の優良冒険者の奴等は何をしてるんだ?」

「うん、サウスダンジョンの別の入り口から中に入っていったパーティーもいれば、他の冒険者に聞き込みをしたり、ギルドで情報収集してる人たちもいるみたい」

「ツバサさんとか来てるのか?」

「いや、今回Sランクは私だけだね。他の人たちは捕まらなかったみたい」


 実はこの大陸に現在、Sランクの冒険者はほとんどいない。その大半は、海を渡った所にある新たに見つかった砂漠のダンジョンに挑んでいるところだからだ。

 ただ……それでも、この街に来ている優良冒険者達は全員Aランク。ファルシリア達がこうしている間にも新しい情報を集め、結果を叩き出さんと動いていることだろう。

 ククロは背中に剣を収めながら、眞為と翡翠の方を向く。


「俺とファルさんはギルドの方に行ってくる。眞為さんと小娘は、今晩の宿をテキトーに取っておいてくれ」

「えぇ! 私と眞為さんも一緒に行くわよ! それにククロはギルドと仲悪いんでしょう! 私と眞為さんが一緒に行った方がスムーズにいくわ!」


 新米扱いされたと思ったのだろう……ククロの言葉に不満そうに翡翠が抗弁するが、ククロはこれ見よがしに軽く肩をすくめてみせる。


「二人もいれば十分だ。それに、ここのギルドマスターとは仲がよくてな。残念ながら話の通じる数少ないギルドなんだわ。大人しく待ってろ。眞為さん、小娘と瑠璃さんを頼む」

「ん、分かった」

「むー!!」


 頬を膨らませる翡翠と、苦笑を浮かべる眞為を置いて、ファルシリアとククロはギルドの方に向かって歩き出した。 

 一時の間無言で歩いていたファルシリアだったが……翡翠たちと一定の距離ができたと分かると、小さく吹き出した。そして、ククロに苦笑を向ける。


「ククさん、あんまり意地悪しちゃダメだよ。翡翠さんのこと、わざと新人扱いしてるでしょ」

「新人だ、新人。剣の才能と直感力には天性のものがあるが、圧倒的に実地経験が不足してる。やすやすと死なれても困る」

「まぁ、実地経験が不足してる点については同意だけどね」


 確かに、他のAランク冒険者と比較して翡翠は実地経験が足りていない。

 他の冒険者達が、地べたをはいずってAランクを習得したのに対し、翡翠は華麗にAランクにまで行ってしまったのだ。こればっかりは天性の才を持ってしてもどうしようもない。


 ――でも、ククさんはたぶん気付いてないんだろうなぁ。


 だが……同時に、翡翠を新人扱いしているということは、ククロが翡翠を大切にしているということを意味している。剣士として、また、冒険者として、これほどの才能をむざむざと潰させてしまうのが惜しいと、無意識にククロは思っているのだろう。

 それに気づかず、つっけんどんな態度を取るククロを見ていると、無意識に苦笑が漏れてしまおうというものである。


「なんか嫌な笑い方してるぞ、ファルさん……」

「あぁ、ごめんごめん。翡翠さんと眞為さんも待ってるだろうし、急ごうか」


 ジロリと睨んでくるククロの視線を綺麗にスルーして、ファルシリアはギルドへの道を歩き始めたのであった……。


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