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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
二章 翡翠色の剣士
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サウスダンジョン救助戦

 ダンジョンに侵入して少し進むと、外とは比べ物にならないほどの熱気が顔面に吹きつけてくる。まるで、溶鉱炉の前に立っているかのようだ。ヒエヒエ石を割って懐に入れているファルシリアはそうでもないが、ククロに吹き付ける熱風は相当なものがあるだろう。


 と、その時、向かい側から数名の冒険者達がこちらに向かって駆けてきているところだった。その先頭を走っている剣士が、ククロの顔を見てギョッと目を剥いた。


「げ! ククロ!」

「初対面で随分な物言いだな。斬り殺すぞ」

「まぁまぁ。急いで退避しているところみたいだけど、奥は大丈夫?」


 殺気立っているククロの肩をポンポンと叩いて代わりに前に出たファルシリアは、退避してきた冒険者達に目を向ける。


「そ、そうだった! 奥で殿を務めてくれてるパーティーがいるんだ! 助けてやってくれ!」

「ん、分かりました。貴方達はすぐに退避してください」

「助かる!」


 そう言って、冒険者達はファルシリア達とすれ違うようにして出口に向かっていく。ファルシリアの隣では、舌打ち一つしたククロが真っ直ぐに走り出している。その後ろ姿を見て、ファルシリアもまた疾走を開始。

 ゴツゴツした足場を軽快に駆け抜け、時折近づいてくるモンスターを蹴散らしながら奥へ進むと、ようやく人の姿が見えてきた。


「いたぞ」

「うん、六人かな。苦戦してるね」


 パーティー編成は剣士、ナイト、モンク、シーフ、ヒーラー、アーチャーだ。パーティー編成としては理想的ともいえるが……敵の攻撃力が高い上に、数が多い現状、タンク役のナイトの負担が大きい。実際、視線の先にいるナイトの男は相当衰弱しているようだ。


 剣士とナイト、モンクで何とか敵を食い止め、後方のアーチャーとヒーラーが建て直しを図っているようだが……このままではどう見ても潰されるのは目に見えている。


「相手は五。アイアンギガンティスが四体に、ヘルマスティフが一体か……」


 アイアンギガンティスはその名の通り、鋼鉄にも匹敵する極めて強固な外皮を持つ一つ目の巨人。そして、ヘルマスティフは全身から火を噴き上げる四足の獣だ。どちらも、ディメンション化したサウスダンジョンの代表的なモンスターである。


「ファルさん、足が速い方頼む」

「了解。終わったら援護するね」


 ファルシリアが言うと、ククロが無言で頷きながら背負っていた黒の大剣を引き抜き――チャージ。超重量の大剣を持っているとは思えない速度で突進すると、ナイトを押しつぶさんとしていたアイアンギガンティスへ向かって、渾身の斬りおろしをみまった。


 肉を切ったとは思えない……むしろ、どちらかと言えば金属同士がぶつかるような音が洞窟内部に響き渡る。そして、続いて響くアイアンギガンティスの悲鳴。

 右肩が大きくひしゃげている……ククロの袈裟切りの直撃を受けたのだ、当然だろう。


「さて、私もさっさとお役目を果たそうかな」


 ジャラッと腰から蛇腹剣を引き抜きながら、ファルシリアは言う。

 視線の先、ヘルマスティフは壁役のナイト達を抜き去って、背後に回らんとしている様子だった。先にアーチャーとヒーラーを潰そうとしているのだろう。


「させないよっと」


 手首のスナップを効かせつつ、蛇腹剣を振り抜く。

 ワイヤーが悲鳴のような甲高い音を上げつつ伸長し、刀身が分割して牙と化す。今まさにヒーラーへと喰らいつかんとしていたヘルマスティフの顔面に、その先端が到達する――


「……ッ!? ガアァァァァ!!」


 しかし、どうやら勘付かれたようだ。

 蛇腹剣の刀身はヘルマスティフの皮膚を浅く薙いだだけで、決定打を与えるには至っていない。だが、それでいい……少なくとも、牽制にはなったはずだ。


「ふぁ! え、あ、Sランク冒険者のファルシリア様!?」

「え、『様』? と、とにかく、君達は壁役の彼らと一緒に撤退を開始してね。私が殿を務めるから」


 突然のファルシリアの登場に驚くヒーラーとアーチャーに、若干の戸惑いを残しながらも、ニコッと笑みを浮かべる。そして、それだけを告げると、ファルシリアは左手に仕込んだコンバットナイフを投げ放った。

 手元がぶれるほどの速度で投げ抜かれた刃は、あやまたずヘルマスティフの額に突き刺さり……そして、これを絶命させた。凄まじい早業である。

 だが、それに納得できないのか、アーチャーの少女が焦ったようにククロの背中を指差す


「で、でもあの人が!」


 そんな少女の言葉に、あっけらかんとファルシリアは答える。


「ああ、大丈夫大丈夫。あの人は強いから。ククさーん、こっちは撤退するよ!」

「おう! そこの足手まとい共をまとめて外に出しといてくれ!!」

「また、そんなこと言う……」


 呆れたように呟くファルシリアの前で、ククロが三体目のアイアンギガンティスを斬り倒し……というよりも、殴り倒していた。しかし、ククロが騒ぎ過ぎたせいだろう。奥から更にモンスターがこちらに向かって駆けてきていた。


「本気で暴れる! さっさとそいつらを外に出せ!」

「はいはーい。さて、皆行こう。ここにいると危ない」


 そう言って、ファルシリアは渋る冒険者達を急かして、出口に向かう。殿を務めた冒険者のパーティーと言うだけあって、責任感が強いようだ。

 そうすると、たちまちこちらに向かってもモンスターが向かってくるが――


「ふっ!!」


 ファルシリアの蛇腹剣が唸る。

 矢よりも速く、槍よりも鋭く、剣よりも惨く……次々とモンスター達に絡みつき、肉を削ぎ落してゆく。その有様は、まるで意志を持つ鋼の大蛇が暴れ狂っているようにすら見える。


 蛇腹剣は広範囲に攻撃を加えられ、更にその威力も高い。しかも、対人戦においては一撃当たるだけで相手の戦意を喪失させるだけのダメージを与えることができる。

 ただ……その使用には極めて高度な技術を要求されるうえに、メンテナンスに専門の知識を要求される。使い手が極端に少ないのはそれが理由だ。下手をすれば、自分が怪我をしてしまうのだから。

 だが、ファルシリアの使う蛇腹剣は、若手冒険者達の隙間を縫い、的確にモンスターだけを穿つ。その場にいる冒険者が唖然としているのと見れば、彼女がどれだけ飛び抜けた技術を持っているか分かろうというものだ。


「え、援護します!」


 たった一人で片っぱしからモンスターを蹴散らしていると、ファルシリアの隣で声が上がり……そして、アーチャーの少女がモンスターに矢を射かけた。

 視線を向ければ、顔色を青くしながらも必死に歯を食いしばっている。恐らくだが、命を懸けた修羅場をまだ経験したことはないのだろう……それでも、正気を保っているだけたいしたものだ。

 と……そのとき、出口の方から黒髪を翻した一人の女性が走ってくるのが見えた。その手には、闘技場で見た安物のブロードソードではなく、白銀に煌めく神聖剣が握られている。


「すみません、ファルシリアさん! 準備をするのに遅れてしまって……って、瑠璃!?」

「あ、お姉ちゃん!!」


 アーチャーの少女がワーッと泣きながら翡翠に向かって抱き着いてゆく。

 どうやら……目的の少女を見つけることができたようであった。


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