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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
二章 翡翠色の剣士
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錬成都市アイアーナスへ

 翡翠との決闘から数日後……ファルシリア達は馬車に揺られていた。

 ファルシリア達が乗っている馬車の他にも、六台の馬車が列をなして歩いており、なかなかに壮観な眺めである。


 この馬車の一団は、中央自由都市ユーティピリアから、鍛冶と製鉄の南部国ユグドサウスへと向かっているのである。というのも、ユグドサウスにあるダンジョンであるサウスダンジョンが活性化――ディメンション化し、モンスターが異常発生しているとのことであったのだ。


 モンスターは基本的にダンジョンから出てこないのだが……飽和状態と化した場合、外に出てきて街を襲った例が数件確認されている。そのため、決して楽観視できない状態となっているのである。

 現在、ユグドサウスにいた冒険者達総出で駆逐に当たっているのだが、モンスターが湧く速度が尋常ではなく、手を焼いているらしい。

 そこで、中央自由都市ユーティピリアにいる優良冒険者達に声が掛かったという訳だ。無論、最優良冒険者として名高いファルシリアに声が掛かるのは当然のことで……それに、ククロと眞為が乗っかったという感じである。


 ただ……ギルドは当然のように他の優良冒険者にも声を掛けたわけで。


「もうすぐユグドサウスに着くから念押ししとくけど、絶対に独断専行や火事場泥棒みたいなことしちゃダメだからね! ギルドの冒険者として規範に乗っ取った行動を――」

「分かった分かった!! もう耳タコだっつの! おい、ファルさん、眞為さん、助けてくれ!?」


 馬車の中、ククロと対面になるように翡翠が座っていた。

 そう、優良冒険者である翡翠にも今回声が掛かり……そして、何という偶然か、ユグドサウスに向かうための馬車まで一緒になってしまったのである。

 一緒の馬車に乗ってかれこれ数日揺られ続けているのだが、毎日のように飽きることなくギャーギャーと言い争いを続けている。ファルシリアとしては、本当に良く飽きないものだと逆に感心してしまうほどである。


「賑やかでいいね」

「そうだねぇ。でもまぁ、他の冒険者の人に迷惑が掛からないようにはして欲しいかな」


 微笑ましそうに呟く眞為に、ファルシリアは苦笑を浮かべて手元の羊皮紙に視線を落とす。

 そこには、ファルシリア以外の優良冒険者達の名前が載っており……今回の作戦が大規模なものになることを暗に知らせていた。

 眞為がファルシリアの手元を覗き込み、眉を曇らせる。


「現地の冒険者さん達が心配だね……大丈夫かな?」

「どうだろう。ディメンション化したサウスダンジョンは屈指の難易度を誇るからね……中のモンスターも強い。私達が到着するまで、無理はして欲しくないところだけどね」


 サウスダンジョンはその土地の風土を反映したダンジョンとなっており、高温の蒸気とマグマの流れる非常に危険な構造をしている。火属性を持った巨大なモンスターが強い事もそうなのだが、熱中症や脱水症状にも注意しなければならず、総じて高難易度のダンジョンとなっている。ファルシリアとしては、あまり深くは踏み込みたくないダンジョンである。


「ふぅ……大丈夫かな、瑠璃るり……」


 さんざんククロに説教を喰らわせた翡翠は、ポスッと座り込むと心配そうに馬車の幌を見上げる。彼女の口から漏れた聞き覚えのない名前に、ファルシリアは首を傾げた。


「瑠璃さんって……もしかして、翡翠さんの姉妹?」

「あ、はい。私の妹です。今、Cランクなんですけど、確か友人と一緒にユグドサウスに行っているんですよ。サウスダンジョンの討伐部隊に参加しているかは分かりませんけれど……」


 そう言う翡翠は心配そうな表情だ。

 確かに、Cランクでサウスダンジョンのモンスター相手はかなり荷が重い。贅沢を言えば、Bランク相当の実力が欲しい所である。


「お前の妹の職業は何なんだよ?」

「アーチャーだけど……あそこのダンジョン、魔法を使うモンスターも多いでしょ。だから、遠距離職でも安心できないのよ」

「ああ、そういやスペルキャスターが結構いたな」


 闇属性、火属性の魔法を使うモンスターが多数いたことを思いだし、ククロが眉をひそめる。


「なんにせよ、ダンジョンの活性化が収まるまでモンスターを抑え込んでおかないとね。今回は少し長丁場になるかなぁ……」


 基本的に、ディメンション化したダンジョンを元に戻すには、時間を経過させるか、もしくは、中のモンスターを倒して魔力に還元しなければならない。一般的には五日程度でダンジョンのディメンション化は収まるのだが……サウスダンジョンは保有魔力量が高い。


 十日近くは見ていた方が良いかも知れない。


 ファルシリアが頭の中で色々と考えている一方で、ククロが幌の外を見ながら、クッションに深く身を沈める。


「ともかく、行ってみんことにはわからんな。最悪、モンスターが飽和状態になってたら、危険を承知で突っ込まないといけなくなるかもしれん」

「そうだね。できれば、あんまり無理はしたくないところなんだけどね」

「俺は多少無理な場面の方が面白いけどな……っと、見えてきたぞ」


 ククロが指差した方を見てみれば、空に向かってモクモクと煙が登っているのが見えた。

 製鉄や鍛冶をする際に発生したものだ……ユグドサウスの心臓部ともいえる街である錬成都市アイアーナスがそこにあるという目印になる。


「さて、次はどんな修羅場が待ってるかね」


 不謹慎にもニヤニヤして笑うククロを見ながら、ファルシリアはため息を一つついたのであった。



 ―――――――――――――――



 錬成都市アイアーナスは他の国に比べて変わった街並みをしている。

 他国は木や石、レンガなどを主に使って家々を建て、道を舗装しているのに対して、この街はコンクリートを建築と舗装に使っているのである。

 一応、街路樹などの緑は残っているものの、何となく無機質なイメージを来訪者に与える。ただ……それが寒々しさに直結しないのは、ユグドサウスの熱帯気候と、街のいたる所から聞こえてくる威勢の良い掛け声のおかげだろう。


「相変わらずここはあっついな……」

「なら、鎧脱ぎなさいよ」

「あほう。剣と鎧は俺の命なんだよ。そう簡単に脱げるか」

「アホとは何よ!」


 到着早々にギャーギャー言いあいをしているククロと翡翠を置いておいて、ファルシリアと眞為は街並みを眺めて真っ直ぐに進む。目指す場所は、錬成都市アイアーナスと隣接しているサウスダンジョンである。

 眞為がファルシリアの持っている地図を覗き込みながら、口を開く。


「ファルさん。私、錬成都市アイアーナスに来たのは初めてなんだけど、ダンジョンと街が隣接してるの? 危険じゃないの?」

「良い所に目を付けたね、眞為さん。通常のサウスダンジョンはそこまで危険じゃなくてね。中には沢山の鉱物資源が眠っているんだよ。だから、多少の危険を覚悟してでも、サウスダンジョンの隣に街を作って、そこで鍛冶や製鉄を行っているんだ」

「へぇ……そうなんだ」


 感心する眞為に、ファルシリアは頷いて答える。


「特にここは希少金属も多く取れるからね。上位の冒険者は、大抵この街で武器をつくって貰っているかな。ほら、ククさんの鎧と剣もこの街で作られたオーダーメイド品なんだよ。オニキスアフィアーって呼ばれる特殊な合金を使ってるらしいね」

「ファルさんの蛇腹剣もここで作られたの?」


 眞為の言葉に、ファルシリアは自分の腰に佩いた剣を見おろし……何とも言えない笑みを浮かべて頬を掻いた。


「たぶん、そうじゃないかな……これはもらい物でね」

「……そっか」


 恐らく、ファルシリアの笑みの中に含まれる仄暗いものを見抜いたのだろう……眞為は、それ以上突っ込むことなく、手に持っているハープを軽く鳴らした。


「私のハープも特殊合金で強化して、打撃吟遊詩人を目指してみようかな……」

「君は一体何と戦うつもりなんだい?」


 そうこうしている内に、サウスダンジョンの入り口が見えてきた。

 山の側面にぽっかりと洞窟のように穴が空いている。このダンジョンが開いている山は活火山であり、それが影響して内部のダンジョンがマグマや蒸気溢れるフィールドになっているのだろうと言われている。

 ククロが駆け足でダンジョンの前に立つと、中を覗き込む。

 中は特に見えないが……遠く、反響するように戦闘音が聞こえてくる。


「……中で何人か戦ってるな。突っ込むぞ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! きちんと準備しないと! ヒエヒエ石も割ってないじゃない! 鎧なんて着てるんだから、熱中症になって倒れちゃ――」

「入り口で戦ってる奴等を援護したらすぐに出る。ファルさん、行けるか?」


 慌てる翡翠を無視して無造作に掛けられたククロの声に、ファルシリアはノンビリと言う。


「私はもうヒエヒエ石割ってるし、水分補給も終えてるからね。いつでも行けるよ」

「いつの間に!?」


 ククロがダンジョンを前にして非常に攻撃的になるのはいつものことだ。ヒエヒエ石は別に高いものではないので、ファルシリアは躊躇い無く石を割って、馬車の中で事前に準備をしていたのだ。


「じゃ行くぞ。眞為さんと小娘はここで待機な」


 翡翠が驚く間もなく、ククロがダンジョンに突っ込んで行き、それに続くようにしてファルシリアも中へと駆け出していく。背後で「あーもー!」と翡翠が呻く声が聞こえてくるが、確かに彼女の気持ちも分かると内心でファルシリアは苦笑した。

 ククロを先頭に、ファルシリアが続く。


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