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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
二章 翡翠色の剣士
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ククロ VS 翡翠

 接敵は一瞬だった。


 ――速い!!


 まるでバネがたわむかのように身を小さくした翡翠が、凄まじい速度で一気に彼我の距離を潰しに来たのである。その速度たるや、疾走というよりも飛翔と言ったほうがしっくりくるほどだった。疾走の一歩目にて全速、二歩、三歩で、一気にククロの間合いを踏破。


 ククロもこれには度肝を抜かれた。


 地を蹴って疾走に移ろうとしていたククロは、三歩目にて地面を強く踏みしめ、剣を盾として斜に構えた。次の瞬間、金属と金属がぶつかる音ともに、火花が散る。


「しっ!」


 体を入れ、大剣を振り抜くことで、翡翠の体ごと斜め上方に弾き飛ばす。

 翡翠はその力に抗うことなく、一気に後退……宙で一回転すると、両足から鮮やかに着地を決めた。そして、再び油断なく剣を構えてジリジリと間合いを計り始める。


 ――凄まじく速い。だが、軽い。


 先ほどの一撃が様子見の一撃だったということもあるのだろうが、ククロはこの一合で翡翠の剣の特徴をこう結論付けた。


「神速の剣か……」


 強力な斬撃を放つためには、腰を入れ、重心を前方に移動させつつ、剣先に遠心力と腕力を乗せて振るわなければならない。その際、剣先に発生する遠心力に体が持って行かれないようにするには、強靭な足腰と……ある程度の体重が必要になる。

 だが、どうみても翡翠の体はほっそりとしており、強斬撃を放つための筋肉が発達しているようには見えない。

 と……相手の動作を観察していると、不意に翡翠が嫌悪感に眉をひそめた。


「なに人の体をじろじろ見てるのよ、変態」

「お前みたいなガリガリに興味なんてねーよ」

「が、ガリガリ……っ!? 人がどれだけプロポーションを維持するために苦労してると思ってるのよっ! 嫌いなセロリやアスパラだって食べてるんだからね!」

「知らんがな。もっと肉食え、肉」

「うがー! うるさーい!」


 言い合いつつも、ジリジリと翡翠は間合いを詰めて……そして、ピタリとククロの間合いの外周で足を止めた。これ以上踏み込めば強力な一撃が降ってくると分かっているのだろう。


 ――対人戦はこなしてない割りには、良い見切りだ。


 だが……それ以上踏み込んでこない。

 いや、違う……踏み込んでこれないのだ。


「どうした? 威勢がいいのは最初だけか?」

「く……うるさい!」


 ククロの構え……脇を締め、刃を体に引き付けるような構えは超近接用の構えだ。

 手首の返しで刃を繰りだし、懐に潜り込まれれば、柄頭での打撃を放つことができる。

 翡翠の狙いは恐らく……ククロの懐に入ってからの接近戦だ。それを考えれば、この構えが一番だろう。もっと分かりやすく言えば、ククロの大剣では振りにくく、翡翠のブロードソードでは対応できる距離での戦闘に持ち込もうとしているのだ。


「対人戦ってのはな、他人が嫌がることを率先してやることで勝利に近づくんだよ。覚えとけ」


 そう言って、ククロが前に出た。

 体の傍に引いていた刃を、全身の伸びと同時に渾身の力で振るう。


「……ッ!」


 翡翠がそれを察知してすぐさまバックステップ――を踏んだ瞬間に、ククロは更に前に踏み込むと同時に刺突を見舞う。空気を抉り抜くような一撃を、翡翠はサイドステップを踏んで回避……だが、そこで止まらない。


「迂闊ね!」


 まっすぐに伸びたククロの大剣に、己の剣を沿わせるようにして、逆に接近してきたのである。剣と剣が高速で擦過し、火花が散る中……完全に無防備になったククロの胴体に、翡翠の剣が喰らいつき――


「ほー、どこが迂闊だと?」


 ククロが装備していた漆黒の手甲ガントレットに、その刃は止められていた。先ほど繰り出した刺突は右腕一本……左腕は、飛び込んでくるであろう翡翠に対して、残していたのである。ククロにとってこの程度の先の読み合いなど、『死ぬほど繰り返した』ものであった。


「つぅ……ッ!」


 翡翠が慌ててバックステップを踏んでククロと距離を取ろうとするが、それを見逃すククロではない。手甲で大きく翡翠の剣を弾き返すと、右手に持っていた剣を翡翠に向けて振り抜く。

 これでピタリと寸止めして、ククロの勝利――少なくとも、ククロ本人はそう思っていた。


「そこッ!!」

「なぬっ!?」


 確かにククロは寸止めをするために、全力では剣を振っていなかったかもしれない。だが、決して手を抜いていた訳ではない。にもかかわらず……翡翠は『振るわれたククロの剣を足場にして』空中で跳躍。ククロの剣の間合いから脱出したのである。


「嘘だろ、おい……」


 これにはさすがに舌を巻いた。まさか、振り抜いた剣にタイミングを合わせてくるとは思わなかった。下手をすれば、膝から下がバッサリと切り飛ばされてもおかしくはない。


 驚異的という言葉すらも陳腐に聞こえるほどの身軽さだ。


 それは、翡翠本人も分かっていたのだろう。今更になって顔が若干青い。


「あ、あっぶなかった……! 剣士なら、剣一本で勝負しなさいよ!」

「馬鹿野郎。これは実戦だぞ? 相手が何をしてこようとも対応してみせるのが一流っていうもんだ。お前のそれは言い訳だ。本当に強い相手が自身の目の前に現れた時、お前の正々堂々を相手が飲んでくれる保証はないんだぞ」

「う、うるさいなぁ! よく分かったから年上ぶらないで!」


 そう言うと、翡翠は剣を下段に構えて再び突っ込んでくる。

 初撃と同じく、俊足で一気に間合いを潰して斬り掛かってくるつもりなのだろう。だが……同じ手を食らうほどククロも馬鹿ではない。


「ふんっ!!」


 大きく剣を振り上げ……そして、無造作にその刀身を闘技場の床に叩き付けた。その瞬間、フロアが盛大に破壊され、散弾の如く、勢いよく大量の石塊が飛び散った。


「くっ!」


 疾走の勢いを殺された翡翠は、すぐさまサイドステップを踏み、進路を変えた……所で目を見開いた。ククロが剣から両手を離し、空中から落ちてきた石塊を手に取ると、それを全力で投射してきたからである。


 たかが石塊と侮ること無かれ。


 スリングショットで放った石ころですら、当たり所が悪ければ人を殺せるのだ。今ククロが投げ放ったのは拳ほどの石塊。おまけに、ククロの馬鹿力で全力投射したのだ……殺傷力という意味では十分すぎるほどの威力を有している。


「わわわ!」


 翡翠は投げ放たれた石を慌てて剣で切り払う。

 硬質な音をたてて、真っ二つになった石塊……そして、その向こう側から、剣を引き抜いたククロが猛スピードで接近してくる。そして、強固極まりない踏込みで体を固定し、疾走の勢いと全身のバネを利用した切り上げを繰り出した。

 風を抉り抜く勢いで、足の止まった翡翠に刃が襲い掛かる。


「つ……きゃぁぁっ!」


 何とか剣でガードしたものの……衝撃を受け流すことはできなかったようだ。盛大な音ともに翡翠の剣が折れ、その体が遠くへ転がってゆく。

 観客席が盛大にざわめく中、翡翠は何とか起き上がったが……手が痺れているのか、両手をプラプラとさせている。


「いったぁ……こ、このぉ……!」


 果敢に立ち上がろうとする翡翠だったが、その前にククロが右手を前に、ストップサインを出した。


「おっと、そこまでだ。剣が真っ二つにおれちまった時点でお前の負けだ」

「ぬ……うぅ……ま、まだ……」

「剣士なら剣一本で戦えと言ったのは誰だ。その剣が折れちまった以上、お前の負けだろ」

「うぅ……う――!!」


 相当に悔しかったのだろう。

 翡翠は涙目になってその場で地団駄を踏んでいる。その様子を見て、観客席から大ブーイングが聞こえてくるが……ククロは我関せずと言った様子で手をひらひらとさせると、ファルシリアの元へと戻ってゆく。


 ククロの圧勝……一見するとそう見えるかもしれない。観客達も、そう見えたからこそ不満をぶつけるためにブーイングを放っているのだろう。

 だが、ククロのことをよく知るファルシリアにはそうは映らなかったようだ。

 彼女はニコニコと少し意地の悪そうな笑みを浮かべて、ククロへと声を掛けてくる。


「相当苦戦してたね」

「ありゃダメだ。ファルさんの言ってた通り『本物』だ。真っ向勝負するのはしんどい」


 そう、本来ならククロは『剣一本』で翡翠に勝つつもりだったのだ。

 だが、最初の一合で翡翠の実力を見抜き、相当な力量を持っていることを悟ったのだ。だからこそ、手甲での反撃や、投石などという、いわゆる邪道の攻撃方法を使ったのである。対人経験皆無の翡翠からすれば、次々と繰り出されるククロの攻撃は、全てが青天の霹靂であったことであろう。


「まー勝てりゃ何でもいいとは思うが」

「またそういうこと言う」


 結果主義者なククロの言葉に、ファルシリアが呆れたように言うが、ククロは剣を肩に担いで軽く首を横に振った。


「事実だ、事実。それに、万が一……ありえないとは思うが、本当に万が一負けた場合、豚小屋行きだ。そんなリスクを犯すぐらいなら、確実に勝てる方法を選ぶ。最後に立ってる奴が勝ちなんだよ」

「それはそうなんだけどねぇ」


 ただ……今回の勝負は翡翠にとって貴重な成長材料となっただろう。恐らく、次に戦うことがあったら同じ手は通用すまい。


 ――久しぶりに天才なんて見たな……できれば、もう一度、罰則抜きで手合わせしてみたいもんだが……ま、二度と関わることはないだろうな。


 着実に育ちつつある次代の芽は、ククロが思った以上に逞しい。

 こうして、ククロは何とか翡翠との戦いに勝利し、牢屋行きを回避した。華々しく表舞台で活躍する翡翠とは、もう二度と会うこともないだろうと決めつけていたククロだったが……彼の予想はわずか数日で裏切られることになるとは、この時はまだ思いもしなかったのであった。


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