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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
二章 翡翠色の剣士
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貴方を討伐に来ました!

「紹介するね。こちらモデルの仕事で知り合いになった、ファッション雑誌『ジュエル』の専属モデル兼、Aランク冒険者兼、今日ククさんを討伐しに来た翡翠さんです」

「こんにちは、ご紹介に預かりました翡翠です。貴方を倒しに来ました」

「……………………」


 眞為と一緒に喫茶店でコーヒーを飲んでいたククロが、凄く物言いたそうな視線をファルシリアに向けてくる。恐らく、今回の一件がモデルの件の意趣返しだと気が付いたのだろう。


「ファルさん、捨ててきなさい」

「こら、失礼でしょ。折角討伐しに来てくれたのに」

「文脈がおかしい!」


 そんなククロの隣では、眞為がごそごそとカフェに置いてあったファッション雑誌『ジュエル』を取って来て、パラパラとページをめくるとそれをククロの前に差し出してきた。


「ほら、この人。翡翠って、若手冒険者の……特に女性から物凄く支持されているんだよ。私もファンの一人だし」

「あ、応援ありがとうございます」


 えへへ、と翡翠が頬を朱に染めて笑う。

 その笑みはとても可愛らしく、男なら問答無用で恋に落ちてしまいそうな破壊力を有していたが……あいにく、目の前の鈍感な男には通用しなかったようだ。


「はいはい、モデルだかサドルだか知らんが、俺には関係ない事だ。さっさとお帰り願え」


 まるでハエや蚊を払うようなしぐさを見て、ムッと翡翠が視線を鋭くする。


「私はモデルである前に、冒険者です! 今の私は、冒険者・翡翠として貴方の前にいるんです!」

「ここに書いてあるが、まだまだヒヨッコじゃねえか」

「貴方よりもランクは上ですけどね」


 ――うわぁ、相性悪いなぁ、この二人。


 正道を行く正義と信念の剣士である翡翠。


 邪道を歩み益と利を優先する剣士であるククロ。


 まるで水と油だ。互いに反発するように視線を交わしていたククロと翡翠だったが、彼女は道具袋から丸めた紙を取出し、それをククロに突きつけた。


「ともかく、貴方にはソードマンギルドから捕縛状が出ています! 大人しく、自分が犯した罪を償ってください!」


 翡翠の言葉に、眞為がキョトンとした顔でククロの方を見る。


「そうなの?」

「そうだが、ぶっちゃけ、ソードマンギルドの面子なんて知ったこっちゃないとしか言いようがない。当時は生きていくのに必死だったからな。今の恵まれてる冒険者制度に護られてる甘ちゃんにどうこう言われる筋合いはない」

「え……?」


 驚いたのは翡翠だ。反射的に翡翠がファルシリアの方を向いてくる。

 ククロよりも冒険者歴の長いファルシリアは、小さく苦笑を浮かべて頬を掻いた。


「まぁ、昔は冒険者の認知自体がほとんど無かったからねぇ。冒険者とはぐれ者はほとんど同じ意味みたいな感じだったし。だから、ギルドから支給されるクエスト報酬は、今と比べるととても少なかったのは事実だね」

「当時、後ろ盾もなく、新米だった俺が食っていくには、ともかく金が必要だったんだ。だから、生きるために何でもやった。そうでなけりゃ死ぬしかなかったからな」


 そう、今でこそ冒険者は、『未踏の地を開拓する有志』というイメージが強いが、セントラル街が整備される前は、冒険者と言えば『無頼漢』のイメージの方が強く、冒険者ギルドもほとんど力を持っていなかった。

 そのため、クエストをやってもほとんど報酬はもらえなかったのである。


 ――まぁ、ククさんの言葉は言い訳に過ぎないけどね。


 ファルシリアのように、その少ない報酬で何とかやりくりしていた冒険者もいたことを思えば、ククロの言葉は正当性を欠いているのだが……彼についてどうこう言えるほど、ファルシリアもククロの過去を知っている訳ではない。


「んで、どうするんの、お前」


 吐き捨てるようなククロの言葉にグッと言葉に詰まった翡翠だったが、それでも、自身を鼓舞するように一歩前に出る。


「そ、それでも罪を犯したことに変わりはありません!」

「そりゃそうだな。でも、素直に捕まるつもりもないね」

「捕まってもらいます。しっかりと罰金を払って、被害者に謝罪して――」

「言っとくが、被害者も大抵は俺と同じくクズだからな。クズが、クズ同士、殴り合って蹴落とし合ってただけだ。謝罪なんぞしてたら、つけあがって何を要求されるか分かったもんじゃない」

「で、でも一般人に暴行をしたって……」

「そりゃ仕込みだ。刃物を持って俺を刺し殺そうとしてきたとしても、冒険者で無けりゃ、そいつは一般人だしな。それとも、俺にその時死んどけと言いたいのか?」

「ぐにゅにゅにゅ……」


 翡翠の正論を、ククロが詭弁と開き直りで回避してゆく。

 これは埒が明かないと判断したファルシリアは、苦笑を浮かべながらパンパンと手を叩いて二人の言い争いを中止させた。


「はいはい、じゃあここはもっと単純に勝負を付けたらどう?」

「ファルさんの奢りで早食い勝負な!」

「私の蛇腹剣、好きなだけ食べていいよ。はい、あーん」

「ごめんなさい、ごめんなさい!?」


 いらない茶々を入れてきたククロに冷たい視線を投げかけた後、ファルシリアは翡翠に向かって笑みを作った。


「剣術勝負でどうだろう?」


 そう言って、ファルシリアはにこっと笑ったのであった……。


 ―――――――――――――――


 ダウンタウンの一角にある闘技場。


 中央自由都市ユーティピリアで唯一冒険者同士の交戦が認められている場所である。

 普段はほとんど人がおらず、シンとしているのだが、その特殊性ゆえに、ここでは定期的に剣術大会や武闘会なども行われ、その時は大勢の人で賑わう。

 ごくまれに、冒険者同士の怨恨を解消するために、私闘で使われることもある。今回のククロと翡翠の場合もそれにあたるだろう。


 唯一、他の私闘と違うところがあるとすれば――


「なんだ、この大量のギャラリーは」


 ククロはそう言って、周囲をぐるりと見回す。

 そう、とても私闘とは思えないレベルで闘技場の観戦席がギッチギチに埋まっているのである。がやがやと騒ぐ観客の中には、『翡翠、必勝』だの、『負けるな翡翠!』だの、イラスト付きの横断幕を掲げる集団も見受けられる。

 ククロが目線だけでファルシリアに問いかけると、彼女は少し疲れたように首を振った。


「どうも、眞為さんと一緒に闘技場の申請をした時に、周囲に聞かれちゃったらしくてね……気が付けば物凄い勢いで翡翠さんのファンの人たちが集まって来て」

「想像以上に人気があるのな、あの小娘……」


 円形の闘技場の対面にいる翡翠を見ると、彼女もまた恥ずかしそうに身を小さくしている。どうやら、自分を応援するギャラリーを見て気分を良くできるほど、気持ちが大きい訳ではないらしい。


「てか、眞為さんは小娘側のセコンドなのね……」

「三対一はさすがに可哀そうだって言って、向こうに行ったんだよ。相変わらず優しいねぇ」

「こっちのセコンドは働かないからなぁ……」

「はいはい、それはどーも」


 ククロの嫌味を、ファルシリアは苦笑で軽くスルー。

 完全にリラックスしているファルシリアに視線を向けながら、ククロは刃引きした大剣を肩に担いで、翡翠の方を指差す。


「あの小娘、ボコボコにしていいのか? 刃引きしてあると言っても、直撃したら死ぬぞ」

「んーあんまり舐めない方が良いと思うよ。この短期間でAランクになったってことは、少なくとも『正真正銘の本物』だと思うから」

「天才ねぇ」


 泥水をすすり、地面を這い、血と死体の山を背にどうにかここまで歩いてきたククロとは違う……栄光と、名誉と、正しき信念のもとに王道を歩く少女。


 本当に対極だ。


 嫉妬がないと言えば嘘になる。

 自分もそのような道を歩ければと、そう思ったことも幾度もある。

 だが――


「ま、自分は変えらんねーしな」

「そうだよ、自分は変えられないんだよ」


 ファルシリアとククロ――互いの過去は知らずとも、その奥底に沈む仄暗い『何か』に共鳴して諦観にも似た言葉が発せられる。


「ま、適当にやって来るわ」

「はいはい、私はここから見ておくからね」


 ファルシリアに軽く手を振って、ククロは闘技場の中央へと足を踏み出す。その瞬間、観客席から大ブーイングが巻き起こる。顔をしかめながら観客席をぐるりと眺めていると、翡翠の方も準備ができたのか、まっすぐにククロの方へとやってくる。


 手にしているのは、刃引きした剣……大きさから言ってブロードソードというところか。ククロの持っている大剣に比べると頼りなく見えるが、あの大きさでも十分に人は殺せる。

 むしろ、ククロの大剣の方が過剰なのである。


 ――いや、人を殺せるかどうかの判断基準は違うっつーの。


 どうも昔からの癖が抜けない。

 恐らく……と言うか、確実に翡翠は扱いやすいからあの剣を選んでいるのだろう。ククロのように、相手を即死させる方法を突き詰めて武器を選んでいるとは思えない。


「よー小娘。ボコボコにされる準備はできたかー」


 ククロの軽口に、ムッとしたように翡翠は頬を膨らませる。


「そちらこそ、年下の女に負ける覚悟はできた?」


 ――それ言ったら、ファルさんに叩きのめされた時に経験済みなんだよなぁ。


 内心の忸怩たる思いを表情に出さないようにして、ククロはニヤリと笑みを浮かべた。


「敬語はどうした。年上相手に失礼じゃないか?」

「ふんだ。敬意を払う相手ぐらい自分で選ぶもの!」

「ほー言ってくれるじゃないか」


 ククロは片手で気安く大剣を構える。その構えを見た翡翠が目を丸くする。

 当然だろう……ククロの身長とほぼ同じ長さの大剣を、片手で軽々と扱っているのだ。その異常ともいえる膂力を推し量るのは容易だろう。


 ファルシリアや、深緑の洞窟で一緒したツバサの膂力も凄まじいが……その中でもっとも腕力が強いのはククロだ。だからこそ、このような桁違いの大剣を振り回すことができるし、技に威力を乗せることができる。両手持ちでククロが繰り出す一撃は、容易く大岩を砕き、モンスターを絶命させる。それがもしも人に当たれば……言わずもがなである。

 対して、翡翠の構えは極めてオードソックス……正眼だ。


 ――ふむ、正統派……しかし、かなり鍛錬を積んでいるな。


 ククロの第一印象は『面倒だ』であった。


 パッと見た限り隙が見えない。

 何百、何千、何万回と同じ型を繰り返し、少しずつ自分の隙を潰してきたのだろう。

 気が遠くなるほどの愚直ともいえる修練の果てに完成した、盤石の構え。真っ向からこの構えの隙を突くのは恐らく不可能だ。少々強引に、構えを崩さなければならないだろう。

 才能を持った者特有の驕りは期待しない方が良いだろう。

 今、ククロの目の前に立っているのは、宝玉のような才能を、更に根気よく磨き続けてきた『本物』だ。ファルシリアの言葉通り、舐めてかかると痛い目を見る。


「それでは、双方構えて!」


 この闘技場を管理している審判員の言葉で、一気に場の緊張感が高まる。

 痛いほどの静寂が張り詰め、ククロと翡翠の視線が激しく切り結んだその瞬間――


「開始!!」


 開幕の合図が鳴り響くと同時に、ククロと翡翠は同時に地を蹴ったのであった。


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