表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

第一話 透明人間は男のロマン!

 夕飯の折。洋風のテーブルを父と俺の二人が囲む。

 母は今日夜勤で、今さっき出かけた。

 あまり口数の多い方ではない父との食事。

 リビング全体は比較的静かで、テレビから出る音が気まずさを回避する唯一の頼みの綱にみえる。実際のところ、これは日常茶飯事なのだが。

 ありふれた内容のバラエティー番組。司会者と芸人のやり取りの中で、こんな話があった。


『超能力や魔法が使えるなら何がしたい?』

『空を飛べたり瞬間移動も捨てがたいやけど、なんといっても透明人間やな。合法的に覗きができるで』

『モラル的に違法だろ』


 特に気に留めず適当に聞き流していると、正面にいた父がふと独り言のように言葉を発する。


「もう充分堪能したし、使うか蓮司(れんじ)?」

「え? 何を?」


 目的語が抜けて要領を得ないため、聞き返す俺。


「肉体を透明化させる薬だよ」

「嘘だろ……いつの間に完成させたんだよそれ。もちろん使わせてもらうよ」

「一応言っておくが、くれぐれもうまくやれよ。見つかって警察沙汰に発展し、迷惑被るのは嫌だからな」

「わかった。気を付けるよ」


 要はばれなければいい。

 冷静な口調でとんでもないこと容認するよな俺の父は。

 ていうか堪能したって、一体何をだよ。まあ容易に想像できるが。

 やはり血は争えんな。


 夕食を終え、さっそく透明化する薬を手渡された。

 錠剤として服用するようで、数は五錠。カプセルの形状で大きさは一般的な物と変わらない。

 即効性があり、三十秒もしないうちに身体は透け始め、一分もあれば姿形も見えないようだ。


「風邪薬とかの錠剤って、吸収されて効果を発揮するまでに十五分から三十分は最低かかると思うんだが、一体どんな原理なんだろ」


 まあいいか。これまで数多くの発明品を作ってきた父の腕なら信憑性がある。

 父は数年前までは至って普通の発明家で、便利な日用品を主に開発していた。だがこの一、二年の期間は、明らかにオーバーテクノロジーに類するものばかり。父曰く、ドラ〇もんの秘密道具の半数は発明可能と言っていたが、事実なら末恐ろしい。

 そしてなぜか特許を取ろうとしない。俺の予想ではどこかで未来人と会合し、禁足事項を教えてもらっていると踏んでいる。


 さて、そろそろ本題に入ろうか。

 この透明化の薬で何をしようというのかだが、ご想像通り覗き(・・)だ。無論、女子の裸を目に焼き付けるため。

 覗きと言ってもいくつか種類はある。お風呂、更衣室、トイレなどなど。

 俺としては全部堪能したいところ。その一方でリスクや問題点がある。

 どうやらこの薬には制限時間が設けられており、二十分を経過すると効果が薄れていく仕様らしい。

 なので、そこまで大々的なことはできない。

 そのうえ、透明化するのは肉体であって、服までは当然ながら適用外。常時全裸でいる必要性があるのだ。

 そう、一歩間違えれば全裸男の変質者として社会的抹殺を受けてしまう。それだけは避けたい。

 慎重に計画を練って実行に移すことにしよう。

 待ってろよ! 俺の楽園はすぐそこだ!



 と意気込んでみたものの、いきなりハードルを上げるのはよくない。手始めに幼馴染の結衣(ゆい)の家に忍び込んでみることにしよう。レベル一だ。

 結衣の家は俺の家の隣。何度も遊びに行ったから勝手はわかっている。家族ぐるみで仲もいい。高校生になった今日、女らしくなったか見てやろう、ぬっふっふ。


「よし、とりあえず飲んでみるか」


 水と一緒に錠剤を口に含み、そのまま飲み込んだ。

 すると段々と手足が透け始め、空間と一体化する。

 後には服だけが取り残される形となった。


「うおお、なんだこれ、不思議な感覚だ」


 立っている感触はあるのに、自分の身体ではないみたいだ。

 次に着ている服を上下とも脱ぐ。これで完全なる透明人間に変化した。


「時間は限られている。早めに実行しないとな」


 俺は二階の窓ガラスに手をかけ、横にスライド。

 窓ガラスの反対側にある屋根に両足を着地させ、ゆっくり前進し始めた。

 秋の夜風が容赦なく全裸の俺に吹き付ける。


 ――さぶ~、全裸なのも考えようだな。


 屋根の縁までくると、向こう側の屋根に飛び移る。

 そのまま傾斜を上ると、窓ガラスの前にまで到着した。ここの窓は物置部屋に繋がっている。

 窓ガラスの表面に板が数枚打ち付けてある。

 この前、物置掃除してたら掃除機で窓ガラス破壊したっておばさん――結衣のお母さん――が言ってた。

 その話が事実ならまだ鍵はかかっていないはず。

 

 ――うし、ビンゴ!


 開けた窓から室内に侵入。

 物が密集した薄暗い部屋を忍び足で進む。

 扉を開け隙間から首だけを出し、廊下の左右を見渡す。


 ――周囲に異常なし。全軍進めー。


 廊下に出て突き当りまで歩くと、扉の前で立ち止まった。

 ここが結衣の部屋。そっとドアノブに手をかけ、わずかな隙間から中の様子をうかがう。


 ――あれ? いないみたいだ。一階なのかな。


 それなら中で待っていようと、結衣のプライベート空間に足を踏み入れた。

 

 部屋の内装は前きたときとあまり違いはない。全体のレイアウトに派手さはなく、かといって質素な感じもしない。アースカラーを基調とし、若干趣味の悪いぬいぐるみがベッドの上や棚の上に置かれていた。

 そんな中、こぶしより一回り大きめの水晶のような石が、ガラスケースに保管されていた。半透明で鉱物の一種である。


「まだ持ってたのかこれ」


 幼少期に山登りした際河原のところで拾い、誕生日プレゼントで結衣にあげた。実はそのとき交わした約束が軽い黒歴史化している。ぐあああ、思い出してしまったぞ。


「あれ~? レン君の声がする~」


 ――ひっ!


 あっぶね、もう少しで声出るとこだったぞ。

 ベッドと壁に溝があり、そこからニョキッと這い出てきたのはなんと結衣だ。

 ベッドの上から落下して、そこで眠っていたのだろうか。それにしては寝るの早すぎだろ、まだ七時だぜ。


「それに、レン君の匂いもする~」


 寝ぼけているのか、目を擦りながら部屋内を徘徊。


 ――こっちに向かってくるなー!


 透明化して実体のない俺の匂いを辿り、ピンポイントに迫ってきた。部屋中央にあるテーブルの周りを二人でグルグル回る。

 そんなシュールな絵面にも、第三者の介入により終止符が打たれた。


「ゆい~、そろそろお風呂入っちゃいなさいー」

「はーい」


 おばさんの掛け声に反応し、動作を中断。とてとて、と歩いて部屋の扉を出ると、一階へと通じる階段を降りて行ったようだ。


「ふうーーーー、危なかった~。ベッドの溝に寝ていることを誰が想像できようか」


 でも納得はできるんだよな。昔から寝相は人一倍悪かった。二家族合同で旅行に出かけたときもひどかったなあ。旅館の寝室で川の字で寝ていると、突如身体全体に圧力が押し寄せ、目を開くと両足が至近距離にあった。俺の真上からミルフィーユの層みたいに重なり合って寝ていたんだよ。


 一波乱あったものの、どうにか危機は乗り切った。

 作戦に変更はない。当初の予定通り、浴室への突入を図る。

 俺は結衣の部屋を出て、浴室までの道のりを歩いて行く。


 ――なんか慣れ親しんだ家だからか、思ってたほど緊張しないな。


 侵入というより遊びにきた感覚に近い。今から俺がやろうとしていることと、すっぽんぽんなこの状態は、間違いなくHENTAIだがな。

 そんなことを考えているうちに、浴室前の洗面所まで到達する。

 聞き耳を立て、状況を確認。お湯がタイルを打つ音から察するに、ちょうど頭か身体を洗い流しているようである。

 俺は扉を開くと洗面所内へと入った。


 この一枚の扉を隔てた先に……


 ザラザラした不透明なガラスに、結衣のシルエットが浮かび上がっている。

 ゴクリ、と生唾を飲む。

 扉を横に滑らせ隙間を作り、望遠鏡を覗く要領で片目だけで垣間見る。さあ念願の入浴シーンへ。


 ――ほうほう、ふむふむ、むふふ。


 立ち上る湯気の先には、艶のある白い背中が目に飛び込んできた。

 曲線を描くなだらかなラインに沿って、お湯が流れる。肩からかけたお湯は背中を通り、柔らかそうなお尻や太ももにも通過。

 少女らしい小柄な肢体は、釘付けになるほど魅力的だった。


 ――ここまできたら、正面からも拝みたいな。


 浴室に入るなら後ろを向いている今がチャンス。

 人が一人入れるスペースまで隙間を広げ、身体を滑らす。よし入室成功。ちゃんと閉めるのも忘れずに。

 結衣の真後ろに接近すると、ちょうど洗い終わったのか、彼女は湯船に足をつける。その後全身を浸かった。

 むう、機会を逃してしまったぞ。まあでも、湯船から出るときに必中のチャンスが訪れるのは確定事項。焦らず待とう。

 それにしても気持ち良さそうに入ってるな。呑気に鼻歌まで歌っちゃって。

 そんなとき、ふと結衣の視線と俺の視線が交差した気がした。一度視線を外し、再度結衣の顔に目を向ける。

 じーっ、と効果音が伴うくらい、まじまじとこちらを見つめる結衣。


「覗きはダメなんだよレン君」


 …………へ? 今なんて言った? 俺の名前を呼ばなかったか?


「やっぱりさっき部屋にいたのもレン君だったんだね。いくらレン君でもこれは極刑かな」


 なぜバレたーーーー!? まだ制限時間の二十分まで時間はあるはず。

 俺は自身の身体に視線を落とした。

 はっ! こっこれは! 湯気によって身体がくっきり浮き出てるだと!

 しまったー。透明化といっても万能じゃないのか。

 普段はボケーっとしてるくせに、こういうときだけ勘が冴えるんだよ結衣は。くそ、もう言い逃れはできないぞ。


「でもどうしてぼやけてるんだろう? うーん、わかんないや。それよりなにかしゃべってほしいな」


 まずい、どうにかしてこの場を脱出しなければ。浴室から出ればシルエットも消えるだろう。


「むー、いつまで白を切るつもり? そんなレン君にはこうしちゃうから」

「ぬあっ」


 結衣は、組んだ手の隙間から水鉄砲を飛ばすと、顔めがけ発射。見事に命中させられた俺は、思わず声をあげる。


「ふふふ、正体見破ったり。さて、どうしてくれようぞ」


 ここまで追い詰められたらもうあれしかない。三十六計――


「逃げるに如かず! すんませんでしたーーーーーー!」

「あーーー! ちょっと、レン君!」


 勢いよく浴室から出ると、そのまま階段を駆け上り、物置部屋まで戻ってきた。


「あーあ。やらかしたな俺。後で何を要求されることやら」


 結衣のことだから、他人に言いふらしたりはしないと思うけど、根に持つだろうなきっと。

 さすがに可哀そうなことしたな。明日きちんと謝るか。

 俺はさっき同様、窓から身を乗り出し屋根に降り立つ。屋根を伝って自分家の敷地に入ると、そのまま二階の俺の部屋へ帰還した。
















 


 


 

 

 

 


 

 

 

 

 

 


 

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ