悪い遊び
「おーい。呼ばれてんぞー」
「ええ!? 僕さっきやってきたばっかですよ!?」
「あれ、そうなの? いやでも、こっちも動けるやついなくてよ」
「と、おっしゃっている先輩はすごく暇そうに見えるんですけど!?」
「はあ? 馬鹿だなあ、お前。俺は司令塔としてここにいるんだよ。現場で困ってる皆のフォローを一手に担ってるんだよ。あー忙しい忙しい。もぐもぐ」
「全く忙しそうには見えませんが、僕にもそれ一個くれませんか?」
「じゃあ、あそこお願いね」
「えー! ちょっとぐらい休憩させてくださいよー」
「ほらほら、呼んでるよ」
「あーもう! 分かりました。分かりましたよ! 行って来ればいいんでしょ!」
忙しいったらない。
僕はそうしてまた、現場に繰り出すのだ。
*
「えーマジやばくない? ホントにやんの?」
「あらーミリリびびってんの? こんなのただのお遊びだって」
「とか言いつつ、アミの指震えてるし」
「ねーし! ってかそういうミリリだって実は本当はびびってんじゃないのー?」
「ぶるぶるぶるぶる」
「うわ、ミリリ、超マナーモードじゃん!」
「お二人さん、びびってるのは分かったから、さっさと始めない?」
「さすが、サキ。スーパードライ。喉越しやばい」
大学の友人、アミとミリリ。三人で私の部屋で集い今始めようとしている事は、完全なる若気の至り的お遊戯だ。真っ暗な部屋。テーブルの上には五十音とはい、と、いいえの二つの選択肢。そしてその選択肢の間に象徴的に存在する鳥居。
夏の夜におふざけとノリで始まったのは、古典的であり今尚続く、禁じられた遊びだ
「ではでは、始めるとしますか」
大学生にもなってこっくりさんなんてどうなんだという気持ちもなくはない。だがアミが言う程、私はドライではない。正直楽しみに思っている自分もいるし、ちょっとびびってる自分もいる。
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください」
*
「ここだな」
呼ぶ声の元に辿り着くと、そこには三人の女性がいた。そして皆が十円玉に人差し指を乗せ、僕の返答を待っている。
「おやおや、なかなかの美人さんではございませんか」
どうせなら自分の顧客が上質な事に越したことはない。見た目がいいという事はそれだけで無条件に評価は高くなるものなのだ。
「それでは、と」
テーブルを囲む三人の空いた席に腰を下ろし、自分の指を十円玉の上に乗せる。
――入っちまえばこっちのもんだ。
「何をお望みですかな、お嬢さんたち」
*
「うわ! 動いた! 本当に動いた!」
「滑ってる! めっちゃ滑ってる!」
「ほんとに? 怖がらせようと思ってアミとミリリが動かしてるんじゃないの?」
『動かしてない!』
「息ぴったりじゃない。怪しいわねー」
と言いつつ完全に私はびびっている。口では疑うような事を言ってしまったが、二人はそんな事はしない。何かを画策して人を騙しておもしろがるような子達じゃない。変であるが悪い奴らではないのだ。
「おいでになられましたら、はいへお進みください」
するすると動く十円玉は、ひとりでに”はい”の文字の上に動いていったのだ。
「おーすげえ! 本当にいるんだこっくりさんて!」
アミは拍手でもしそうな勢いで、私は焦る。ルール上手を離されでもしたらとんでもない。私は一瞬冷やっとしながらアミの方を見るが、幸いアミの指はまだ十円玉の上だ。
「そいじゃ、質問タイムに入りますか」
ミリリはにやつきながら私とアミの顔を見渡した。一番肝が据わっているのは実はこの子かもしれない。か、単純に鈍いだけか。
「よし! どしどし行きましょう!」
そう言ってアミが手を振り上げたので、私はまたも冷っとする。
「アミ、指だけは絶対に離さないでね」
「あ、うんそれは分かってるよ。サキ、ビビりすぎ」
「うっ」
さらっとびびってるのがバレて、恥ずかしさから私は少し顔を下げた。
*
「ミサトに好きな人はいるかどうか? 甘ったるい質問だねえ。そんな事聞いてどうすんだか」
俺は置いた指を、すーっと動かす。
答えは、はい。
すると、三人の女子大生は途端に黄色い声で湧き立った。
『何よ、ミリリ好きな人なんていないって言ってたじゃない』
『誰よ! 誰なのよ! 白状しなさい!』
『アミ怖いって』
『いやーこんな所で暴かれてしまうとは。てへっ』
あーあ。この様子だと、次はその好きな男の名前を教えてくださいとかか?
こんなんだったら、こっくりさんやる必要ないだろ。酒でも飲めばぶっちゃけトークで出てくる内容なんじゃねえのか。まったく。
まあでも、迷惑ってもんでもねえんだけどな、実際は。
『じゃあ、こっくりさん。ミリリの好きな人の名前を教えてたもれー』
『アミ、ちゃんとした言葉でお願いしなさい』
大丈夫だよ。俺はそういう事気にしねえから。
*
案外というか、こっくりさんはなかなかの盛り上がりを見せた。ミリリの好きな人が暴かれたり、アミの体重がバレたり、私の恥ずべき過去が明るみになってしまったりと、こっくりさんの答えに場は湧き立った。私が昔、あるアイドルのオタクだった事がバレたのは大きな代償だったが。
「じゃあ、そろそろ帰ってもらいますか」
「うん、十分に楽しんだしね」
「そうね」
私達は頷き、こっくりさんに最後のお願いをした。
『こっくりさん、こっくりさん、どうぞお戻りください』
*
全く、先輩も狐遣い荒いよなー。ついさっき、1コックリ処理してきたとこだってのに。
っていうか、人間も好きだねー。いつまでこんな遊びやってんだか。
『これも必要な事なんだぜ、俺達にとっちゃ』
それは分かる。複雑だがこれが僕達の存在の証明になっているのも事実であり、高尚な理解のある人間だけではなく、一般的な人間達にも認知される手段としては効果的なものであり波及率がいいのも事実なのだ。
だからこういう時、僕らはちゃんとそこに顔を出さなくてはいけない。僕らがいるという事を証明しなければならない。
存在はすなわち力であり、命なのだ。誰からも忘れ去られる時、それは死以上の無になる。だからこういう雑務も無駄には出来ないのだ。
「ここだな」
僕はふわりとその部屋に降り立った。
「おや?」
こっくりさんという作業は僕らが呼び出される事から始まる。その声を受けて僕らはその場に向かう。作業自体は大したことはないが、何度もやっているとこういった場面に出くわす事もある。
決してそういった事は少なくない。その場合は仕方がない。それ以上関わる事はしない。
だって、彼女達も悪いのだから。
僕は四人が座る部屋の中で溜息をついた。
*
「え?」
「な、なんでよ」
アミとミリリが戸惑いの声を漏らした。
どうして。同感だった。
十円玉は、いいえの上で静止していた。
「どうして、帰ってくれないのかな……?」
何度もお帰り下さいと頼んでみたが、こっくりさんは一向に帰ってくれないのだ。
「……聞いてみる?」
私はおそるおそる提案してみた。こういったパターンを怪談話で見た事がある。厄介な事になってしまった。こういう時に、有効な手段は特にない。ひたすら帰ってもらうように懇願するか、もしくはこっくりさんの求めているものを満たすか。
これだけお願いしても帰ってくれないのだ。ならば、後者の手段をとるしかない。
「そう、だね」
どうしていいか分からないのは二人も同じだ。渋々ながら二人は頷いた。
そして私は、こっくりさんに向かって唱えた。
「こっくりさん、こっくりさん。どうしたら、帰ってくれますか?」
ごくりと喉が鳴った。緊張と恐怖と不安が入り混じって胃が気持ち悪かった。
十円玉は動かない。私達の目と指は、十円玉に釘付け状態だ。無抵抗な私達は、ただその様を見ている事しか出来ない。
「あ」
声をあげたのはミリリだった。その時、すっと十円玉が動き始めたのだ。
解放される。こっくりさんは応えてくれた。こっくりさんは所謂低級霊で悪霊ではない。ちょっとしたイタズラ心で私達をからかっていただけなのかもしれない。
そんな事を思いながら、私は動く十円玉の行方を見守った。
“オ”
こっくりさんは五十音の文字盤の上を滑り始めた。
“マ”
ゆっくり、ゆっくりと、こっくりさんは答えを繋いでいく。
“エ”
「お前?」
アミが声を漏らした。その声は完全に震えていた。
“ラ”
でも誰もそれを馬鹿になどしなかった。
“ノ”
ミリリも震えていたし、私の身体も頭からつま先までガタガタと震えはじめていた。
“イ”
嫌な予感が確信に変わり出していた。
“ノ”
「ちょっと……ちょっと、何なのさこれ……」
“チ”
私達は、取り返しのつかない遊びを、始めてしまったのかもしれない。
*
――悪いね。
俺は笑みを湛えながら、奴を見送った。
本来ここに座るべきなのがあんただってのは重々承知してるが、先を越されるのが悪い。
そしてもう一つ言えば、こいつらが一番悪い。
こっくりさん。
誰が始めた遊びかは知らないが、面白い事を思いつくやつがいるもんだ。あいつらの世界じゃこれが役立ってもいるらしいが、この儀式はひどく不完全だ。
これは大枠での降霊術。つまり、こっくりさんだけを呼び出す為の術ではない。
霊であれば、何でも引き寄せちまうのがこの儀式だ。こいつらはそこん所を良く分かっていない。
そしてこういう悪い遊びをする奴らに引き寄せられるのは、得てして俺みたいな厄介な存在なのだ。
『こっくりさん、こっくりさん。あなたは、こっくりさんですか?』
馬鹿な奴らだ。今更気付きやがった。本当ならその質問を一番先にするべきなのに、すっ飛ばしちまいやがって。
いずれにせよ、お前らは詰みだ。俺を呼んじまったのが運の尽きだ。
――存分に楽しませてもらうぞ
美人の顔が歪むのは堪らないね。
そんな下衆な事を思い高らかに笑いながら、俺は十円玉を”いいえ”の上に滑らせた。