クリスマス・キャロル【3】
☆なしなので、イデオン視点です。
イデオンが仕事から帰ると、来客中だった。確かにイデオンはいつもより早く帰ってきたが、それでも冬場は日照時間が短く、すでに外は真っ暗だ。姉の友人でも来ているのだろうか。
イデオンには二人の姉がいる。上の姉は、来年結婚する予定だ。何かとイデオンをからかい、こき使う姉だが、いなくなると思うとちょっとさみしい。
「ただいまー」
「あら、お帰り」
リビングに続く扉を開けると、上の姉デシレアがイデオンを見て言った。イデオンは「お客さん?」と問いかけて、振り返った銀髪の女性に目を見開いた。
「って、スティナちゃん!?」
「あらイデオン。スティナと知り合い?」
下の姉イーリスがスティナとイデオンを見比べる。イデオンは「あー」と言葉に詰まる。スティナとの関係を、どう説明すればいいのだろうか。
「彼は私の兄代わりの人の部下」
「……あ、うん。そう」
イデオンもスティナの言葉にうなずいた。確かにそうだ。リーヌスはスティナの兄のような人で、イデオンの上司だから間違っていない。デシレアとイーリスが「へ~」と口をそろえる。
「もしかして、私がイデオンの姉だって気づいてた?」
デシレアが尋ねた。どうやら、スティナを連れてきたのは彼女のようだ。
「ファミリーネームが一緒だったから、関係はあるだろうと思った」
まあね。トゥーレソンってあまりないファミリーネームだから。
何故スティナがイデオンたちの家にいるのかとても気になるが、その前に部屋着に着替えてそれからリビングに戻った。楽しげに話をしている姉たちの会話が途切れるのを待って、それから尋ねる。
「それで、どうしてスティナちゃんがうちに?」
「ストーカー男から助けてもらったの」
上の姉であるデシレアが微笑んで言った。髪を明るい金髪に染め、ショートカットにしているデシレアは美人だ。これまでも、様々な被害にあったことがある。ストーカーや痴漢は日常茶飯事なのだそうだ。
「スティナちゃんが? 相変わらず、男前……」
イデオンがスティナを見てそう言うと、彼女は「いや」と首を左右に振る。
「単純に本をとるのに邪魔だっただけだ。助けたわけじゃない」
うん。この素直じゃないところがとてもスティナらしい。イデオンも何度か疑ってきたが、やはり彼女はいわゆるツンデレなのだ。
「それで、仲良くなって家にまで連れてきたんだ?」
デシレアは押しが強いので、半ば強引に連れてきたとしても不思議ではない。つんけんしているが根はやさしい(と思われる)スティナは断りきれなかったのかもしれない。
「スティナが借りた本が民俗学の本だったの。話が合うかなと思って」
話してみたら、本当に話があったらしい。デシレアは大学で民俗学の研究をしていたのだ。
「スティナちゃんって、民俗学が専門だっけ?」
「前にも人類学だと言った気がするが」
「……そうだったね」
確かに、聞いた気がする。どちらかと言うと、人間の文化や社会がどのように発達してきたのかを知りたいらしいから、詳しくは文化人類学になるのかもしれない。これを調べるには、確かに民俗学や史学の知識が必要だろう。
「デシレアはともかく、イーリスまで混じってるんだね。というか、今日は研究は?」
「今日は早めに解放されたの。代わりに、明日の朝早いけどね」
イーリスはそう言ってイデオンに微笑んだ。彼女はイデオンと同じダークブラウンの長い髪をストレートにしておろしている。赤い眼鏡をかけた才女の面持ちで、実際に才女だ。研究所で宇宙開発に関する研究をしている。
姉たちとスティナがおしゃべりしている様子を、母や祖母も見ていて、時折口を挟んでいる。しばらくすると、父も帰宅してきた。
「客人か?」
「お邪魔しています」
父の言葉にスティナが挨拶をした。父は美人なスティナを見て驚く。
「これはまたかわいらしいお嬢さんだな。イデオンの彼女か?」
「ま、まさか!」
イデオンはあわてて否定する。ああ、スティナが冷たくイデオンを睨んでくる。
「これは失礼。どうぞゆっくりして行ってくれ」
父はそう言って微笑んだが、母は首を傾げて言った。
「でも、あまり遅くなると親御さんが心配するんじゃない?」
「いや、私は一人暮らしなので」
官舎に住んでいるとは聞いたが、やはり一人暮らしなのか。
「ああ、そうなの? 大学生と言う話だから、地方から出てきたのかしら」
「まあ、そんなところです」
実際は違うのだが、当たり障りなくスティナはそう答えた。まあ、その方が自然である。
「じゃあ、うちで夕食をとって行かない?」
母が笑顔でそう言った。デシレアとイーリスが「いいわね」とうなずく。スティナがさすがに眉をひそめる。
「いや、さすがにそこまでは」
「いいじゃない。帰りはイデオンに送らせるし」
笑顔でデシレアが言った。イデオンは目を見開いて自分を指さす。
「僕!?」
「いや、そう言うのは別にいいんで」
スティナは夜中でも一人でふらふらする女だ。その辺の痴漢や変質者くらい、彼女の敵ではない。彼女は、自分に向かってくる者には容赦するなという教育を受けているらしい。
「いや、別に送って行くけど……」
「自分より弱いやつに送られるいわれはない」
「……いや、確かにそうだけど」
イデオンがスティナより弱いのは確かだ。一度組み手をしたことがあるが、三分も持たなかった。スティナの膂力はそんなに強くないらしいが、彼女は運動神経がとてもいい。
「送ってくれるっていうんだから、甘えればいいのよ」
「そうよー。だからぜひ食べて行って。娘が増えたみたいでうれしいわ」
イーリスの言葉に母が同調する。ここまで言われて拒否するのもどうかと思ったのだろう。スティナは結局うなずいた。
「あ、でも、リーヌスさんが心配してたりしない?」
「さあね。まあ、何かあれば電話してくるだろ」
イデオンが尋ねると、スティナがクールにそう答えた。デシレアが「本当にクールね」と微笑む。
いつもは六人で囲む食卓が七人になったので、ちょっと手狭だ。しかし、家族団欒のこの時間が、イデオンは結構好きだ。何気にスティナも溶け込めている。少し戸惑った様子を見せているのがかわいらしい。
「どう?」
母がそわそわと聞いてくる。
「……おいしいです」
今日のメニューはミートボールであるショットブラール、ジャガイモや鶏肉、豚肉をサイコロ状に切って炒めたピッティパンナ。それにキャベツのスープやサラダ、数種類のパンとチーズが並んでいる。
「ならよかったわ。遠慮なくどうぞ」
スティナの大食漢ぶりを何度も目撃しているイデオンは、彼女は一体どれだけ食べるだろうか、とこっそり観察していたが、思ったほどは食べなかった。それでも、細身の女性にしてはいい食べっぷりであることは変わらない。
「……そんなに食べてその体形とか、食べても太らない人?」
デシレアがうらやましそうに言った。たぶん、スティナが食べたもののほとんどは能力を使用するのに使われてしまっているのだろう。
「そう言うのは気にしたことはない」
女性を敵に回すような言葉だが、本当にそう言う人は存在するのだ。
「スティナ、一人暮らしって言ってたでしょ。料理はするの?」
イーリスも身を乗り出して聞いてくる。ちなみに、彼女は料理ができない人間だ。
「してるけど、うまくはない」
「イデオン、今度作ってもらえば」
イーリスがからかうように言うが、スティナが「うまくないって言ってるんですけど」と突っ込んできた。これを冷静に言うのだから、彼女は怖い。
時折母や父、祖母も混じってスティナに話しかけているが、彼女は面倒がることなく返事をしている。ツンデレはどこへ行ったんだ。
「ごちそうになってしまってすみません。ありがとうございました」
スティナがトゥーレソン家を出る前にそう礼を言った。礼儀正しいのは、エイラの教育が良かったからだろうか。イデオンはそんな彼女を官舎まで送るべく待機している。
「また遊びに来てね。それを伝言板にしていいから」
と、デシレアが示したのはイデオンだ。まあ、そうだろうと思った。スティナは一瞬イデオンを見上げ、それから小さくうなずいた。手を振って別れを告げている。
父が、車で送って行け、と言ってくれたので、車を使うことにした。スティナが助手席に乗り込む。
「ええっと。ありがとう、でいいのかな」
車を走らせながらそう言うと、スティナは「それは、私のセリフだと思うけど」と言った。まあ、夕食までごちそうになっているのだから、間違ってはいない。しかし。
「姉を助けてくれたんでしょ。ありがとう」
「……」
スティナの視線は感じたが、彼女は何も言わなかった。しばらくして、口を開く。
「デシレアをナンパしていた男、ヴァルプルギスの気配がした」
驚きのあまりアクセルを踏み込みそうになったが、何とか耐えた。ハンドルを握り直す。
「えっと……スティナちゃん、ヴァルプルギスかわかるんだ?」
ヴァルプルギスは、人間に擬態している。見た目から人間かヴァルプルギスかを判断するなんて不可能だ。少なくとも、イデオンには判別できない。
「感覚だから説明できないし、外れることもあるから本当にヴァルプルギスかはわからないけど」
「あ……そうなんだ」
だが、スティナはヴァルプルギスであったら、デシレアが危ないと思って見ず知らずの彼女を助けたのだろう。やはり優しい子だ。
「デシレア、ストーカーにあってるみたいなんだけど、そいつかなぁ」
イデオンが言うと、スティナは「それは私の領分外だ」と冷たく言った。まあ、そうなんだけど。
「そう言うのは専門外。むしろ、あんたの専門範囲じゃないのか」
「僕、法学部出身だけど、弁護士とかじゃないし」
一応、ストーカー、付きまといに関する法律の知識もあるが、それだけで何とかなるものではない。デシレアにはできるだけ一人で出歩かないように言うしかないだろう。
「……ストーカー被害者が結婚したり、恋人ができたりすると、加害者が強硬手段に出るともいうけどな」
「……スティナちゃん、もしかしてストーカー被害にあったことがある?」
スティナほどの美女なら日常茶飯事かもしれない。少なくとも痴漢くらいにはあっていそうだ。
「……正直、男にはわかんないんだよね……」
「ニルスは痴漢にあったことがあると言ってたな」
スティナが言った。ニルスは中性的な顔立ちの討伐師の少年だ。細身で背丈も女性にしては高めかもしれないが、高すぎるわけではない。レディーン広場での女装も良く似合っていた。痴漢にあったと言っても納得できる。
が。
「かわいそうだから、やめてあげて……」
イデオンはニルスが不憫になった。リーヌスがスティナを妹分としてかわいがっているのと同じように、スティナもニルスを弟分としてかわいがっているようだが、もう少し男として扱ってやってもいいと思うのだ。
そんなくだらない話をしているうちに、官舎のひとつであるマンションについた。シートベルトを外しながら、スティナは言った。
「デシレアたちにお礼言っておいて」
「わかったよ」
イデオンがうなずくのを見ずに、スティナは車から降りる。ドアを締める前に振り返った。
「それと、送ってくれてありがとう、一応」
「……あはは。うん」
イデオンは苦笑を浮かべて、ドアを閉めたスティナに手を振った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
世間は意外と狭い(笑)
口は悪いですが、スティナはコミュニケーション能力が低いわけではありません。ひねくれているだけです。