戦場のプロポーズ【3】
今回はスティナ視点。
その頃のスティナである。五人の総帥一行は空港にいた。首都フェルダーレンには空港がなく、最寄りの空港は郊外のフルトクランツ空港になる。ここから、海洋都市リドホルムに向かうのである。海洋都市とは言うが、別に島ではない。海岸の街だ。まだ三月であるが、日焼け対策にいろいろと持ち込んでいるスティナであった。
搭乗時間ぎりぎりに空港に入ったスティナたちだが、搭乗がなかなか始まらない。
「何かあったんですかねぇ」
去年九月に監査室に入った調査員の女性がのんびりと言った。彼女は調査専門の学者である。
「エミリ、聞いてきて」
「……わかりました」
調査員の男性に言われて、女性調査員エミリはあわてて立ち上がってグランドスタッフのほうに向かった。スティナは何となくリーヌスに使われていた新人の頃のイデオンを思い出しつつ、設置されているテレビに目を向けた。
「あ、ちょっとすみません」
一緒に連れてきた討伐師が携帯端末が鳴ったのか立ち上がった。
「別に急ぐたびじゃないから大丈夫ですけどね……」
「発着が皆無ってことは、空港内で何かあったんですかね」
調査員たちが会話をしている。そこに、討伐師が戻ってきた。
「総帥。端末の電源切ってます?」
「ん? ああ……そう言えば」
最近の飛行機は携帯端末の電源を落とす必要はない。電波を発するのを止めればいいだけだからだ。だが、慣例として電源を落とす者も多く、スティナはその一人だった。
「総帥宛てです」
そう言われて討伐師から携帯端末を受け取った。
「はい、スティナです」
『あ、総帥!? まだ空港ですか!?』
「ああ……」
せっぱつまったような監査官の声を聴き、スティナは狼狽する。こちらも何かあったのだろうか。
『今、ヴァルプルギスの大量発生で対応中なんですが、補佐官が総帥がまだいるなら呼べと!』
「わかった。場所を教えてくれ」
告げられた場所は、この空港から飛行機が飛び立った時に必ず通る航路だった。これで、飛行機が発着しない理由がわかった。上空とはいえ、ヴァルプルギスは飛ぶ者もいる。そのため、飛行機が発着しなかったのだろう。
端末を討伐師に返したところに、「総帥~!」とエミリが戻ってきた。
「話を聞いてきたんですが、どうやら一時的に飛行機の発着を見合わせているようで」
「ああ。ヴァルプルギスが出たんだろ。私とヴィリアムはそっちに行くから、お前たちは飛行機をキャンセルしておいてくれ。出張はまた今度だ」
「ええ!?」
悲鳴のような声をあげたのはエミリとヴィリアムだ。
「行かないんですか!?」
「俺も行くんですか!」
エミリは二十二歳。大学卒業後すぐに監査室に配属された新人だ。
一方討伐師ヴィリアムは二十歳。二年前に三年間の師事期間を終えたそれなりの腕を持つ討伐師である。だがなんというか、少し間が抜けていると言うか、むしろ何故自分は行かなくていいと思ったのか問いたい。
「……まあ、後は頼む。ヴィリアム行くぞ」
「……了解」
ヴィリアムがしぶしぶと言うようについてきた。いかな討伐師であろうと、ヴァルプルギスと戦うのは怖い。当代二番目の実力を持つスティナですらそう思うのだから、ヴィリアムもそうだろう。恐怖を感じない方がおかしい。
だから、ヴィリアムが嫌がるのも理解できる。できれば戦わずに済めばいい。そう思うのに罪はない。
だが、スティナはもちろんヴィリアムも、戦うべき時に戦わなければならないことを知っている。だから、現場に急行した。
その湖周辺は首都近郊の避暑地になっており、この時期は人が居ない。逆に言うと、そこまで行くための道もこの時期は整備されていないと言うことであるが、最寄りの街まで来るまで来たスティナとヴィリアムは、あっさりと件の湖までの道のりを踏破した。
そこで二人が初めに見たのは、二人が現れた場所から見て比較的近くにいたイデオンがヴァルプルギスに横ざまに吹き飛ばされるところだった。次いで、倒れたところを食らおうとヴァルプルギスが咢を開いた。
考える前にスティナの体が動いた。いや、基本的にスティナは考える前に動く人間である。だから脳筋だとか言われるのだが、イデオンやミカルに言わせると『とっさの判断力』が優れていると言うことだった。
だが、この時の彼女を突き動かしたのがこの『判断力』に伴う理性からなのか、感情的なものだったのかは本人にもわからないだろう。イデオンを襲ったヴァルプルギスに背後から肉薄したスティナは、その腕を切り捨てた。さすがに無視できず、ヴァルプルギスが振り返る。何か反応がある前に、容赦なく、スティナはその首を落とした。
総帥になってよかったと思うことの一つはこれだ。帯剣が許可されているのである。基本的に、討伐師は討伐を行うときのみ帯剣等の武器の所持が認められているが、総帥ともなれば常時帯剣ができるのだ。
まあ、スティナとていつも剣を持ち歩いているわけではなく、今回はリドホルムに行くために持っていただけである。一応は護身用と言うことになる。
「イデオン!」
スティナはヴァルプルギスを倒すと、地面から起き上がれずにいるイデオンに呼びかけた。彼は何とか片手をあげて「大丈夫」と言ったが、咳き込んで喀血した。いや、吐血か? 殴られた時に内臓を痛めたのかもしれない。
「スティナ! こっちだ!」
ミカルに呼びかけられ、膝をついていたスティナは腰をあげた。ヴィリアムはすでに戦闘に参加している。順序を見誤ってはならない。確かにイデオンは大切だが、今はヴァルプルギスを倒さねばならないのだ。
後ろ髪を引かれながらも立ち上がったスティナの足首を、イデオンがつかんだ。スティナが振り返ってイデオンを見下ろす。
彼はあおむけに寝転び苦しげに息をしながらも微笑んで、言った。
「ねえスティナちゃん。結婚しようか」
「……」
スティナは絶句した。突然何を言い出すのかこの男は。驚きが大半を占めて硬直したスティナに、「早くしろ!」というミカルの声が聞こえた。イデオンがパッと手を放し、「行っておいで」と言った。再び咳き込むイデオンが気にならないわけではなかったが、スティナはミカルの元に向かった。
「何をいちゃついているんだ何を!」
「うるさいな」
ミカルにツッコまれ、スティナは「結婚しようか」と言われたことを思い出したが、スティナはすぐにそれを振り払い、気持ちを切り替えた。そして、改めてミカルが相対しているヴァルプルギスを見て……言った。
「……でかくないか?」
「最初は三メートルくらいだったんだが」
「十メートルはあると思うが」
「いや、なんかだんだんでかくなるんだよな」
子供っぽく言うミカルが面白くて、スティナはこの状況で笑いそうになった。実際、笑いごとではない。
「さすがに首を斬り落とせば死ぬんじゃないか」
過激なことを言ってのけるスティナだが、ミカルも同意見であるようだった。ところが。
「切っても斬りきれないんだよな。一部でもつながっていると再生するんだよ」
「……そう言う能力なのか?」
「さあな」
考えてもわからないことは考えない。討伐師の総帥と補佐官である男女は剣を構えた。構え方は、同じである。スティナに剣術を叩き込んだのはミカルであるからだ。
ふと見ると、巨大ヴァルプルギスの足元が腐敗していた。生命力を吸い上げるタイプのヴァルプルギスなのだろうか。そんなのには会ったことがないけど。
「気をつけろよ。こいつ、エクエスの力を触れたところから吸収していく」
スティナの視線に気づいたのか、ミカルがそう言った。スティナは「ふうん」とうなずく。
「なら、早くけりをつけよう」
回復力の速さがわかった気がした。生命力、エクエスの力を吸い上げて回復しているのだろう。スティナもミカルも、討伐師屈指の力の強さを持つ。それを吸収されてはたまらないが、スティナは一つ思うことがある。
「エクエスの力は浄化の力だが、すべて吸収させたらどうなるんだろう」
「お前、オルヴァーみたいなことを言い出すなよ」
ミカルに呆れてツッコミを入れられた。こうしている間にも、またヴァルプルギスは大きくなっている気がする。
これ以上大きくなる前に決着をつけようと、二人は同時に地を蹴った。空中戦の用意はしていないが、この二人なら何とかなるだろう。まずスティナが剣を振りぬいてヴァルプルギスの首を斬りつけた。顔をしかめる。空中だから力が入りにくいのもあるが、思ったより硬かった。そもそも、首は骨が多い。
結局スティナは三分の一ほどしか斬ることができなかった。ヴァルプルギスの肩を蹴って少し離れる。このヴァルプルギス、動きは緩慢だった。
続いてミカルがスティナとは比べ物にならない力で胴と頭を切り離そうとする。見ていると腹が立った。自分にはできないのに、と。ないものねだりだ。
それでも、首の皮一枚つながっている。スティナは空中を蹴り、最後にその首を斬り落とした。その首が自分の方に向けて落下してきたのでスティナは空中で体勢を崩し、地面を一回転して起き上がった。
「良くやった」
ミカルがスティナの腕を引いて起き上がらせた。他の討伐師たちも、ヴァルプルギスを倒し終えたようだ。死者はいない。負傷者はいるけど。
今一つ問題があった。
「これ、どうやって運ぶんだよ……」
スティナの言葉は、全員の心情を代弁していた。十メートル強のこのヴァルプルギスの遺体の運び方がわからなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
飛行機が飛ばないというよくある話。
さらっとイデオンがすごいこと言ってる(笑)
スティナ、頑張れ。




