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戦場のプロポーズ【1】

最終章です。おそらく……。










 その日、スティナは国の最北端にいた。総帥になると現地視察が多くなると言うが、本当だった。遠出があまり苦にならない彼女であるが、さすがに連日となると疲れてくる。これが終われば、活動拠点である首都に戻ることができるのでほっとしている。

 えり好みできる立場ではないが、北はともかく、夏場の南部は勘弁してほしかった。


「総帥。調査終わりました」


 二十代前半の女性討伐師がスティナに駆け寄ってきた。コートのポケットに手を突っ込んで立っていたスティナは「ああ」と低くうなずく。手をあげ、離れたところにいる調査員たちにも指示を出した。

「よし。資料は持ったな。帰るぞ」

「了解」


 三月。スティナは二十六歳となっていた。
















 討伐師の人数は、五年前の『ヴァルプルギスの宴』以降、さほど増減していない。毎年十数人の討伐師が生まれるが、同じほど死んでいくからだ。この五年の間にも、幾人もの命が散って行った。

 それでも変わらない顔もある。一定の討伐師としての年数を越えると、死亡率が下がる、と言う統計があるのだ。おおむね、独り立ちしてから三年。この三年を乗り切れば、何故か死ににくくなる。


「あ、スティナお帰りー」


 監査室本部に行くと報告書を書いているアニタに遭遇した。彼女もすでに二十二歳になる。すでに訓練期間を終えた討伐師を教育する立場になっていた。彼女が初弟子にあたるスティナは、それが不安でたまらないのだが、ミカルに言わせると「お前がアニタを教え始めた時、私も同じ気持ちだった」とのことだった。

 他人をかばいながら戦える討伐師が少ないため、スティナもまだ新人教育係をしている状況だ。だいぶ手馴れてきたとはいえ、総帥業務……つまるところは事務仕事が苦手なスティナはかなり手一杯な状況だった。

「おう、帰ったか。最北端ハスロはどうだった?」

 顔も上げずに言ったのはミカルだ。彼はこの五年、こんな感じである。そして、ストレスがたまってくると動くためにヴァルプルギスと戦いに行くので、補佐官と言う役目は実は彼に会っていないのではないかと思う。でも、スティナに任されても困るので、ツッコまないことにしている。


「寒かった」


 スティナは一言で返した。まとめた調査書をミカルに提出する。飛行機の中でみんなで協力してまとめたのだ。

「そりゃそうだろ。最北端なんだから。それよりお前、これから時間あるか」

「は? まあ、私は明日は休みだけど」

 ミカルの良くわからない発言にスティナはそう返した。監査室も、一時期に比べたら少し人数が減っている。これも『ヴァルプルギスの宴』事件の影響だ。この事件は、五年経っても監査室および討伐師に暗い影を落としているのである。

「なら問題ないな。あとで打ちあうぞ」

「……」


 こいつ、かなりストレスがたまっているな、と思った。顔を上げずに言うので、少し声がこもっていた。


 『ヴァルプルギスの宴』事件で実力のある討伐師が多数亡くなった今、ミカルの次点はスティナになる。なので、彼がスティナに仕合おうというのは当然の流れである。と言うか、ミカルはすでに四十を越えている。それでも最強と言われる実力を持ち、そして、顔はどう見ても三十を越えているようには見えない。童顔にもほどがある。スティナは年相応に大人びているので、最近は『親子ほど年が離れている』と言っても信じてもらえなくなってきた。兄妹に間違えられる。もうそれでよい。

 スティナは定位置となっている席に座り、大学生時代から使っているPCを起動させた。バージョンアップはしているが、そろそろ重くなってきたので機械自体を変えてほしいのだが。
















「それで、ハスロの様子はどうだった」

「特に混乱などは見られなかったな。そもそもあそこは過疎化が進んでいて、ほとんど人が居ない」

「なら見知らぬ人間が入ってくればすぐにわかるだろう」

「ところが、酔狂な移住者などがいるんだよ、なっ!」


 左に引いた剣を振りぬくが、ミカルにあっさりと受け止められる。だから、四十路だと言うのにこの力は一体どこから出てくるのだ。

 どちらかと言うと攻勢に出ているのはスティナのように見えるが、実際はミカルの方が優勢だった。

 この場所は監査室の地下にある修練場である。あまり使われない場所であるが、時々彼女らのように仕合を行うような人間もいる。

 重いミカルの剣戟に対し、スティナの動きは軽業師のようだ。『身が軽い』ことがスティナの最大の特徴である。

 そもそも、この国の女性平均身長ほどの身長体格であるスティナは、討伐師の中にいると小柄になる。弟子であったアニタなんかも、すでにスティナより十センチ近く背が高い。女性討伐師の平均身長は百七十五センチ前後だ。

 他人より体格で劣るのだから、それ以外のところで補うしかない。ミカルの鋭い突きを軽くかわし、スティナは逆に下から剣を振るう。


 決着はつかない。今でもミカルのほうが強いのはわかっているし、そもそも、雌雄を決するために剣をとったわけではない。動きたいだけなのだ。

 その様子を見学している者も結構いる。暇だから、と言うよりはミカルとスティナの手合わせを見たいのだろう。

「やあお疲れ様。お帰り」

 手合わせを終えて出口の方に向かうと、笑顔でそう声をかけられた。スティナはその顔を見て首をかしげた。

「イデオンか。お疲れ様」

「ハスロはどうだった?」

「……」

 ミカルと同じことを聞かれた。何故みんな聞くのだろうか。最北端がそんなに珍しいか。ちなみに、この国の最北端は北極圏の端に位置する。

「お前ら」

 ミカルがスティナとイデオンの肩に手をかける。

「私の目の届く範囲であまりいちゃつくなよ」

「……ミカル。私らをいくつだと思ってんだ……」

「娘を嫁に出す気持ちだ……」

「……」

 さすがに、スティナは二十六、イデオンは二十九になる。子供ではない。だが、ミカルにとってスティナが娘にも等しいことはわかっている。外見ではそう見えないが。


 だが……そう言うことを言われると微妙な気持ちになるのは確かだ。スティナの大学時代の友人にはもう結婚している者もいるし、スティナも討伐師ではなく、普通の人生を歩んでいたら、そう言うことも考えていたのだろうか、と思う。

 まったくあこがれがないと言えば嘘になるが、とりあえず、五年もこんないつ死ぬともわからない女に付き合ってくれているイデオンに感謝である。
















 目を覚ますとなぜか腹が重かった。理由は単純で、人が上に載っていたからである。

「……おいウルリク。起きろ。重い」

「むー……」

 六つになるその討伐師候補生の少年を揺さぶって起こす。懐かれているのはわかるのだが、さすがに上に乗られると重い。

「朝ぁ」

「そうだ朝だ。自分の部屋に戻れ……」

「うん……」

 素直な子で、言い聞かせると自分の部屋に戻って行った。何となく出るタイミングを失ってしまい、スティナはいまだにアカデミーの寮で暮らしている。まあ、最近はほとんど使用していないのだが。

「あ、総帥おはよう」

「おはよう」

「おはよう総帥。今日デートなんでしょ。服決めてあげよっか」

「いや、いい」

 討伐師は自分の居場所を申告する義務があるため、スティナの今日の行動が候補生たちにも筒抜けだ。少女たちはスティナを『姉さん』と慕ってくれるのだが、若干馬鹿にされているような気もする。主に洋服のセンスに関して。まあ、放っておけば素っ気ない恰好しかしないスティナが悪いのかもしれないが。


 さすがに四年も呼ばれ続ければ、総帥と呼ばれるのにも慣れてくる。と言うか、今ではそう呼ぶ者の方が多いかもしれない。お前いくつだ、と言われるかもしれないが、あれからだいぶ時間が経ったのだな、と思う。

「スティナちゃん、どうかした?」

 いわくデート中だ。どこかぼんやりしているスティナを見て、イデオンが声をかけてくる。スティナは何度か瞬きして言った。

「いや、少し疲れてるだけ」

「がんばってるもんね、スティナちゃん」

「お前もだろう」

 そう言って少し笑う。

 屋台で温かいコーヒーを購入して少し休憩しつつ、二人は他愛ない話をする。

「……だいぶ変わったな、この辺」

「しばらくきてなかったもんね、スティナちゃん。新しい雑貨屋ができたんだよ。行ってみる?」

「ああ……そして変わらないな、お前」

 出会った時のままの、おっとりした青年だ。彼は、そこから変わらない。いや、たくましくはなったが、おっとり温厚なところは変わっていない。

「もちろん、スティナちゃんを思う気持ちは変わってないよー」

「……」

 そっちではない、と思ったが、単純にうれしかったのでツッコまなかった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


章タイトルが盛大にネタバレ!

少し大人になった二人の話です。タイトルのままです。


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