夏休みの過ごし方【2】
ヴィルギーニアが報告した相手は、もちろん恋人(たぶん)である。だが、声が大きかったので他の人にもばっちり聞こえていた。
たまたま飲み物を口に含んでいて噴出したのはイデオンだけではない。いや、イデオンは急いで手でふさぎ、無理やり嚥下したのだがそれでも吹き出してしまったし、気管に入って激しく咳き込んだ。スティナが背中をさすってくれる。動揺のあまり叫んだ職員もいた中、彼女は冷静だった。
「妊娠ってお前……本気か?」
ミカルの声が動揺のあまり声が震えていた。彼にとって、ヴィルギーニアも妹のような存在なのだろう。同じ男として、その動揺はわからないでもないが……。イデオンはハンカチで手と口元をぬぐいながら思った。
「ミカル、こぼれてる」
スティナがミカルの手元を指さして言った。ちょうどコーヒーを注ぎ足していたミカルだが、マグカップからコーヒーがあふれていた。こぼれている。
イデオンが落ち着いたので、スティナはミカルの救出に行った。どうやら、恋人はまだ父親に勝てないらしい。
「リーヌス。あんたもそろそろ再起動しろよ」
スティナが冷静にツッコミを入れた。ヴィルギーニアはにっこり笑ってミカルがこぼしたコーヒーを片づけているスティナに言った。
「スティナ。あたしにも何か言うことはないの?」
「ああ。おめでとう」
あいかわらずそう思っているのか怪しい口調である。しかし、ヴィルギーニアは気にせず「ありがと」と言った。スティナの口調が淡々としているのは今に始まったことではない。
「こういう時は女の方が強いんだな……」
つぶやいたのはリーヌスだ。確かに同感であるが、言うのはそれではないだろう。
「リーヌス」
ミカルが名を呼んだ。リーヌスがびくっとした。
「いいから、ヴィーと話して来い。何ならスティナを連れて行っていいから」
「え、まだ仕事終わってねぇんだけど」
何故か巻き込まれるスティナ。そして彼女は本当に連れて行かれた。イデオンが手を振ってやると、睨まれた。あとが怖い。
「あー、けどビックリしたぁ」
管制担当の女性マレーナが椅子の背もたれに寄りかかりながら言った。おそらくみんな、同じ気持ち。
「あの二人ってそう言う関係だったのか……」
「リーヌスもヴィルギーニアも顔に出ないからな」
確かに、無表情なスティナより、基本ポーカーフェイスのあの二人の方が表情が読みにくいかもしれない。
「っていうか、スティナちゃん連れて行ってどうにかなるんですか?」
イデオンがスティナの持ち出し許可を出したミカルに尋ねると、彼はこぼしながらもマグに淹れたコーヒーを飲み、言った。
「スティナならリーヌスを蹴って『はっきりしろ!』くらいは言うだろ」
「ああ……」
ちょっと納得である。一応イデオンはスティナの恋人であるが、彼女はイデオンより男らしい。彼女の紹介をするときに男気を付け加えたいくらいである。
不意に、廊下からどん、と言う音が聞こえた。あ、これ、スティナがリーヌスを蹴ったな、と思った。いつものことなのでイデオンたちはすぐに仕事に戻る。
「つーかイデオン。前から思ってたんだけど、お前、スティナの何が良かったの? 確かに顔は可愛いけど」
隣の監査官に尋ねられた。イデオンより一年早く監査室に配属された彼とは、結構仲が良い。イデオンは彼に微笑む。
「可愛いでしょう。ツンデレで」
イデオンがスティナを好きな理由はいくつかあるが、これが一番説明が簡単なのだ。監査官は「お前、意外と大物だよな……」と返してきた。
しばらくしてリーヌスとヴィルギーニアが戻ってきた。スティナがその後から入ってくる。彼女がリーヌスを睨んだ。ヴィルギーニアはにこにこしている。
現在、室長が席を外しているのでミカルが代表して尋ねた。
「で、どうなった」
ヴィルギーニアは相変わらずニコニコしているし、リーヌスは緊張の面持ちで何も言わない。スティナはさっさと自分の席に戻って仕事を再開する。
たっぷり一分は経った後、リーヌスは「結婚することになった」と報告した。ヴィルギーニアが嬉しそうで何よりである。
△
「ぎゃんっ!」
ゴッと言う音がして、悲鳴が上がった。二人の少年少女が頭を押さえている。その前で仁王立ちしたスティナが腕を組んだ。
「馬鹿かお前らは! 無駄につっこんでいくんじゃねぇ! 特にアニタ!」
「それ、スティナにだけは言われたくないんだけど……」
ツッコミを入れたアニタに対し、スティナは今度は手刀を落とす。アニタが「いったーい!」と涙目になった。イデオンは苦笑を浮かべた。
「まあまあ。アニタちゃんだって悪気があったわけじゃないんだし、ケヴィン君は初陣だし、多少は仕方ないよ」
スティナをなだめにかかるが、彼女は珍しく本気で怒っていた。
「多少はな! 今回は運が良かっただけだ。ヴァルプルギスと戦うと言うことは、常に命の危険にさらされているんだぞ」
「覚悟はできてるもん」
とても十七歳の少女が言うセリフではないが、いくらアニタがお調子者であっても、その覚悟なくして討伐師の道を選んでいないだろう。
「ああ。そうだろうな。つまり、判断を間違うな、と言う話だ」
「……スティナみたいに脊髄で判断できるわけじゃないもの」
アニタのセリフがいちいちひどい。しかし、これくらいの暴言でスティナは怒らない。今回彼女が怒っているのは、アニタたちが判断を誤って死にかけたからだ。
「私が脳筋であることは否定しねぇが。アニタ。お前は弓使いだろう。私より前に出てどうする」
「い、一応剣も持っているし」
「えっと、アニタは俺を助けようとして」
ここでアニタの擁護に入ったのは最近討伐師の訓練を終えたばかりの少年、ケヴィン・ディンケラである。明るい茶髪のまだ幼さの残る十三歳の少年である。この年で訓練を終えているのだから、討伐師としての技術はかなりのものであるが、何分初戦だったのでヴァルプルギスに追い詰められたのである。現場が廃ビルであり、身動きがとりづらいのも災いした。
「それはわかっている。私の指示にすべて従えとは言わんが、もう少し連携と言うものを考えろ」
結局二人を救出したのはスティナだった。イデオンがビルの外から狙撃のタイミングをうかがっていたのだが、うまく誘導してきたのにケヴィンは追い詰められていた。そこにアニタが助けに入り、彼女が邪魔してイデオンは狙撃できなかった。そのため、彼は今回何もしていない。スティナがほぼ独力でヴァルプルギスを倒した。
一応、スティナだって後輩たちを教育する気はある。新しくケヴィンがスティナに師事するようになり、彼女は後方で様子を見ていることも多い。ケヴィンが剣士であるので、アニタと二人、力を合わせればヴァルプルギスの一体くらいは余裕で倒せるはずである。
状況判断力は、実戦で身に付ければよい。スティナがアニタをより怒っているのは、彼女がすでに二年の研修期間を積んでいるからだ。自分たちでは倒せないと思ったら、彼女はすぐさまスティナを呼ぶべきだった。
スティナがため息をついた。
「無事だったから、もういい。私が教師役に向いていないと良くわかった」
生徒がテストで悪い点数を取るのは生徒が勉強をしなかったからではなく、教師の教え方が悪いからだ、と言われることがあるが、それと同じことをスティナは言った。
「えっと、そんな事ないと思うよ!」
「そう! 私も判断間違えたから!」
ケヴィンとアニタが言った。なんだかんだ言って、この二人もスティナのことが好きなのだ。スティナは両手を二人の方に伸ばす。殴られると思った二人はそろって肩をすくませた。だが、予想に反してスティナは二人の頭を撫でた。
「今回は私も判断を誤った。怒って悪かったな」
アニタがスティナの名を呼びながら抱き着いた。飛びつかれてもぶれない体幹はさすがである。似ていないが、やっぱり姉妹みたいだ。
「じゃあじゃあ。ケーキおごってよケーキ!」
一気に調子に乗ったアニタであるが、さすがにスティナにはたかれた。拳でないだけましであるか。
「あ、俺はアイス食べたい!」
「……」
ケヴィンもずうずうしく言った。スティナの弟子は二人とも図太い。そして、沈黙を持って返したスティナも、面倒見の良い娘だった。
「わかった。連れて行ってやる」
「やったぁああっ!」
アニタとケヴィンがもろ手をあげて喜んだ。イデオンは再び苦笑する。最終的にこうして許してくれるから、スティナは年下に好かれるのだろうと思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
スティナの鉄拳制裁(笑)
どうでもいいけど、スティナの外見の条件って、某アル〇ラーン殿下に近い。




