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クリスマス・キャロル【1】☆

タイトルの後ろに☆がついているものはスティナ視点。と言うわけで、今回はスティナ視点。








 ユールの季節だ。この国では、ユールの期間は長い。十二月いっぱいから翌月、一月十三日あたりまでがユールの期間にあたる。その最中に、聖ルシア祭と呼ばれる祭りがおこなわれる。

 光の意味を持つ『ルシア』の名。この時期になると、この国は日が短くなる。そのため、光を届ける意味でこの祭りがおこなわれるようになったのだと言われている。ルシアと言う女性名は、光の聖女の名であるらしい。


 聖女ルシアに選ばれた少女をはじめ、少年少女が頭にろうそくをつけて行進し、聖堂で聖歌を歌う。それがこの国の聖ルシア祭だ。


 スティナは、かなり離れたところから聖歌を歌う少年少女たちを見ていた。彼女の手にはジンジャークッキーの包みとグロッグと言うホットワインに香辛料を入れて煮詰めた飲み物があった。ゆっくりとグロッグを口にする。


「スティナ」


 ジンジャークッキーをかじっていると、声がかかった。ゆっくりと振り返ると、金髪碧眼の少女……に見える線の細い少年と目があった。スティナはジンジャークッキーを嚥下して彼の名を呼んだ。

「ニルスか」

「久しぶり。スティナ、なんだかんだで毎年来ているな、聖ルシア祭」

「悪いか?」

「いや? 別に」

 そう言ってニルス・ダールグレンは笑った。彼はスティナの弟弟子にあたるつまり、エイラの弟子の討伐師エクエスなのだ。少女めいた可憐な容姿に反し、勇猛果敢な討伐師として知られる。スティナより三学年年下になり、現在高等学校二年生になるはずだ。


「そして、やっぱり食べてるんだな……」

「食べるか?」

「じゃあもらう」


 ニルスはスティナが差し出した包みからジンジャークッキーを一つ取る。彼はコーヒーを片手に持っていた。並んでジンジャークッキーをほおばりつつ、無言で聖歌を聞いていた。

 不意に、スティナは自分の携帯端末が鳴動していることに気が付いた。ニルスにジンジャークッキーの包みを押し付けて通話ボタンを押す。

「はい」

『スティナ、お前、今どこ?』

 スティナが兄とも慕うリーヌスからの電話だった。漏れ聞こえる音から、車に乗っているのだろうと察した。

「聖ルシア祭を見に来てる」

『よし。じゃあ、今からレディーン広場に来い。ユールの騒ぎに乗じてヴァルプルギスが現れた』

「わかった」

 通話を切る直前、急げよ、と言う声が聞こえた気がしたが、それはまるっと無視する。

「誰から?」

「リーヌス。レディーン広場にヴァルプルギスが現れたらしい」

「へえ。じゃあ、僕も行こう」

 ニルスはそう安請け合いすると、スティナと共に人ごみをかき分けて聖堂を出た。途中で、持っていた紙コップとクッキーの包みはゴミ箱に捨てた。


 聖ルシア祭の日は、あちこちで催し物や屋台が並ぶ。時に気温が零下になるほどの気候だが、この時期だけはみんな元気だ。冷たい風を受けながら、スティナとニルスは走った。

 ちらちらと雪が降り、除雪された雪が道路の隅に山を形成している。下手をするとこけそうな天気であるが、スティナもニルスも危なげなく走り、聖堂の近くにあるレディーン広場にたどり着いた。


「スティナちゃん、ニルス君!」


 手を振る人影が見えて、スティナとニルスは急ブレーキをかけた。今年からの新入監査官、イデオンだ。アッシュブラウンの髪に琥珀色の瞳をした端正な顔立ちの青年であるが、全体的に残念感が漂っている青年である。


「こんばんは、イデオン」


 ニルスが愛想よく挨拶をしたが、スティナはただ「こんばんは」とだけ言った。


「ニルスも一緒か。戦力過剰かもな」


 そう言って車に寄りかかっていたリーヌスが鞄を投げてきた。中には変装道具が入っている。まあ、主にウィッグだが。

 適当に地毛であるシルバーブロンドをまとめ上げて淡い茶髪のウィッグをかぶりながら、スティナは尋ねた。

「すでに誰か来てる?」

「ああ。クラースが来てるな。そのうち、アニタも到着するかもしれない」

 クラースもアニタも討伐師エクエスだ。アニタはまだ訓練を終えたばかりの新米討伐師であるが、実力は十分である。リーヌスの言うように、確かに戦力過剰かもしれない。

「了解。状況は?」

「というか、ヴァルプルギスがこんな人目の多いところで暴れるなんて、珍しいな」

 淡々と準備を進めていくスティナに対し、ニルスは自分の感想を混ぜていく。淡い茶髪のセミロングのウィッグをかぶったスティナに対し、ニルスは濃い金髪ロングヘアのウィッグをかぶっていた。これでは完全に女の子だが、よく似合っている。


「詳しいことはわからないが、祭りでテンションが上がっていたのかもしれないな」


 リーヌスが適当に言った。まあ、それに関しては後で考えればいい。というか、その原因を追究するのはスティナたちではない。討伐師は、ヴァルプルギスを討伐するのが仕事だ。


「ほい、スティナ。ニルスはこっち」


 リーヌスがスティナに剣を投げ、ニルスには槍を渡した。いや、確かにニルスは槍術師そうじゅつしなのだが、剣はともかく何故槍まで積んであるのだろうか。

 スティナは少し剣を引き抜き、刃を確認する。やはり、魔法で鍛えた魔法剣『スノー・エルフィン』には劣る。だが、強度としては十分だろう。いざとなれば素手でもヴァルプルギスを倒せるだろう。……たぶん。

「じゃあ行ってくる」

「ああ。行って来い」

「気を付けてね」

 リーヌスとイデオンが手を振ってスティナとニルスを見送った。二人はレディーン広場に駆け込んだ。


「クラース!」


 叫んだのはニルスだ。異形の姿となっているヴァルプルギスと鍔迫り合いをしているアッシュブロンドの髪をした長身の男は、その声に振り返った。

「おお! お前ら、来たか!」

 いかにも硬そうに黒光りする人間より一回り大きいヴァルプルギスを力ずくで押し返すと、クラースはスティナの隣に並んだ。

「一体に対して俺ら三人なら楽勝だな」

 クラースは舌で唇をなめて言った。スティナとクラースが強く地を蹴った。長剣を持つクラースと、細剣を持つスティナが同時攻撃を繰り出す。一人でなら無理でも、二人ならかなりのダメージを与えられる。

 いくら魔法で鍛えた魔法剣でも、これだけではヴァルプルギスを倒せない。討伐師が持つ『力』……魔法、と言ってもいいが、これを攻撃に上乗せすることで、ヴァルプルギスの力をそぐことができるのだ。

 スティナもクラースも、自身の能力が武器に上乗せされているあかしである金の文字の螺旋が刃の部分を覆っていた。


「おらぁっ」


 スティナが鋭い突きを繰り出す。一方のクラースは上から剣を振りかぶった。

「クラース! スティナ!」

 ニルスの声が聞こえてスティナとクラースは同時に反対方向に飛んだ。その間を、熱光線が駆け抜ける。周囲の雪が少し解けた。その光線のあとを追うようにニルスがヴァルプルギスに迫り、熱光線を受けたヴァルプルギスを間髪入れずに貫いた。スティナとクラースも両側からヴァルプルギスに剣を突き刺す。それぞれ武器を引き抜くと、ヴァルプルギスはそこにくずおれた。そのまま、ピクリとも動かない。

「……思ったよりあっけないな」

「そうだな……」

 クラースの意見に、ニルスが同意する。と、スティナは背後を振り返り、隣にいたクラースを蹴飛ばした。


「ってえ! 何すん……!」


 クラースが非難の声を上げようとして、言葉を切った。突然現れた女に、スティナが背後から斬り裂かれたからだ。女は短剣を持っていた。


「っ!」


 スティナはそのまま振り返り、女に蹴りを加えた。女は後ずさったが、ダメージを受けたような感じではない。スティナは剣先を下にして剣を地面について体を支える。


「くそっ。さすがに痛ぇ……!」


 背中に、血が流れる不快な感触がする。このまま放っておけば、傷口が凍ってしまうだろう。ニルスが隣から飛び出した。

「このっ」

 槍の柄の部分を女にたたきつけた。見た目、人間にしか見えないが、彼女の腕は赤く強張っており、彼女が人間でないことを示していた。ニルスに殴られて女は吹き飛ぶ。だが、やはりダメージを受けた形跡はない。


「なんだ、あいつ。硬くねえか」


 クラースが長剣で肩をたたきながら言った。スティナは背中をかばいつつも剣を片手に両足で立った。二人してニルスが戦っているのを見ている状況だ。

「そこの二人っ。手伝ってよ!」

 ニルスが悲鳴をあげた。どちらかと言えば力押しはスティナの得意分野で、ニルスは顔に似合わず高威力の雷撃などを主な能力としている。

「ちょっと待ってろよ。お前はここで待機」

「了解」

 さすがのスティナも、背中の傷が痛かった。クラースはウィッグ越しにスティナの頭を撫でてニルスの加勢に行った。スティナは目を閉じて深呼吸をする。背中の傷口が冷たくなってきた。


 スティナはカッと目を見開いた。振り向きざまに剣を一閃する。背後に黒い羽毛が生えたようなヴァルプルギスがいた。

「大丈夫か!?」

 ニルスの声が飛んできた。スティナは右手を前に掲げた。目の前に金色の魔法陣が形成されていく。

 討伐師エクエスの力は、単に能力と呼ばれることが多いが、実際には魔法、魔術と言った方がわかりやすいのだと思う。実際に、スティナが操るこの力は魔法陣と呼ばれている。

 大きくあぎとを開き、かみつこうとして来るヴァルプルギスを防御壁で抑え込む。

「問題ない。そっちを頼む」

 スティナはそう返答すると足を振り上げてヴァルプルギスを蹴りつけた。防御壁を消し、代わりに剣の刀身に文字があらわれる。


「おらぁっ」


 下から切りあげたが、羽毛が斬り裂かれただけだった。さらに踏み込み、剣を突き出す。その時、背中の傷が痛んだ。


「……っ」


 スティナの体勢が崩れた。膝をついたスティナに、ヴァルプルギスが食らいつこうとする。スティナは右手で柄を、左手は刀身に沿えて持ち、叫んだ。


「力あるものよ、祝福を与えよ!」


 刀身を中心に魔法陣が展開された。その魔法陣はやはり、ヴァルプルギスを押しとどめる。だが、体勢が悪い。力が拮抗していた。


 その時。歌が、聞こえた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


スティナはよく食う(笑)

スティナは口が悪い、と言う設定ですが、よく考えたら私も「痛ぇ」くらいは言うんですよね……。女子力低い自覚はあります。


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