楽しい大学生活【4】
『ヴァルプルギスの宴』事件に伴う討伐師非難も落ち着いてきた年度末の六月のことである。夜中、スティナの携帯端末に着信があった。画面を見ると、今まで一度も連絡が来たことがないマリーからだった。
「……はい」
ベッドに入ったまま電話に出る。すると、『スティナ~っ』と甲高い声で名を呼ばれた。思わず耳から端末を離す。向こうが落ち着いたのを確認し、もう一度耳に当てた。
「どうした。つーか、今何時だと思ってんだよ……」
夜中の十二時である。日付が変わるころだ。眠いのでちょっと不機嫌なスティナである。
『それはごめん! でも……怖くて』
「彼氏を呼べ」
『ラルフは研修旅行で今南にいるの~』
「……」
泣きそうな声で彼氏の不在を告げられ、スティナはたっぷり間を置いた後「そうか」とだけ答えた。
「それで、どうしたんだ」
一応話を聞いてやるスティナである。アカデミーでは夜中に小さい子がぐずりながらやってくることもあるので、結構対応慣れしているスティナだった。
『前々からちょっと気になってたんだけど、なんか……私、ストーカー受けてるみたいで』
「ほお」
とりあえず相槌を打つ。最初は後ろをついてくるだけだった。しかし、そのうちすれ違いざまに腕に触られたり、ポストに変な手紙や髪の束などを入れられるようになったらしい。そして今日。
『そ、外で、私の部屋をじっと見上げてるの……!』
マリーは本当に泣きそうだった。ここでスティナは根本的なことを尋ねる。
「マリーって一人暮らしだったか?」
『そう……スティナもでしょ。今日泊めてほしいんだけど』
それが本題らしい。そうしたいのはやまやまであるが。
「いや、今寮にいるからちょっと無理だ。私がそちらに行こう。アパートを教えてくれ」
『ありがと! えっと……』
アパート名を聞くと、クロンヘルム大学の近くの学生アパートだった。他にも学生が住んでいるはずだが、マリーが助けを求めてきたのはスティナだった。
請け合ってしまったので、スティナは身を起こしシャツとスラックスに着替えた。足元はスニーカーで、肩掛け鞄を一つ肩に引っ掛ける。髪はとかしただけ。
さて、寮を出ようか、というところで仕事が終わって帰ってきたらしいミカルに遭遇した。この時間まで仕事をしていたとは恐れ入る。
「お疲れ」
「ああ……ってお前、どこ行くんだ」
しれっと脇を通り過ぎようとしたスティナの腕を捕まえ、ミカルは尋ねた。アカデミー校長ではなくなったミカルだが、彼はいまだにアカデミーに住んでいる。単純に官営住宅が空いていないからだけど。
「ゼミ仲間がストーカー被害にあってて怖いらしいからちょっと行ってくる」
「一応お前も妙齢の女性だろうが。ついて行くか?」
「夜遅くまで仕事をして疲れているお前を連れて行くほど私も鬼畜ではない」
素直によく休んでくれ、とでも言えばいいのに、スティナはそんないらないことを言う。だが、ミカルには通じたのか、頭を押さえつけるようになでられた。
「わかった。気を付けて行って来い」
「了解」
スティナはミカルと別れて寮を出た。アカデミーから大学まで少し距離がある。本数は少ないがバスに乗り、一番近くのバス停におりた。マリーのアパートはこの近くだ。
ふと、人の気配を感じた。視線をやると、若い男がじっとアパートの窓を見上げていた。おそらく、マリーが暮らしているアパートはここだ。
スティナはしばらくその男を見ていたが、彼はこちらに気付かなかった。視界に入れれば圧倒的な存在感を放つスティナであるが、その気がなければ気配を消すこともできる。
すっと目をそらし、スティナはアパートの階段を上る。マリーの部屋があるのは三階だ。一般的に、女性は上階に住むことが多い。地面と接している一階よりも侵入される可能性が低いので。
部屋番号を見てベルを鳴らす……のではなく、携帯端末で連絡を入れた。
『スティナ?』
「ああ。今、部屋の前だ」
『今開けるね!』
ほっとした調子でマリーが言った。少し間を置いて玄関のドアがそっと開いた。チェーンをつけたまま一度開けている。賢い。スティナだったら一気に全開にしている。
「あ、スティナ」
マリーはスティナを確認するとチェーンを外して玄関を開けてくれた。
「お邪魔します」
「どうぞどうぞ。来てくれてありがとう。遅くにごめんね……」
「いや」
マリーはスティナが部屋に入るとすぐにドアを閉めた。鍵をかけチェーンもかける。
「ホントにごめんね。でもありがと」
「それは構わないんだが……なんで私を呼んだんだ?」
スティナが単純に疑問に思ったことを尋ねると、マリーは「え?」と首をかしげた。
「うーん。ラルフには頼れないし、守ってくれる人って思ったら、スティナかなって……」
どうやら戦闘力をあてにされたらしい。ああ、そう、とスティナはうなずいた。
「そう言えば、この部屋かはわからんが、このアパートをじっと見上げてる男がいたぞ」
「そう! たぶんそいつ!」
マリーが涙目で訴えた。彼女はふええ、と泣き声を上げる。
「何かされるとかいうことはないんだけど、だからこそ気持ち悪いの! 夜中もずっと部屋の外にいるし……」
「……」
まあ、それは、普通の感性だと怖いかもしれない。スティナだったら絶対爆睡できるが。
ベッドに腰掛けるマリーに対し、スティナは机とセットになっている椅子に座っていた。ちなみに、すでに午前一時を回っている。
「詳しい話は明日聞いてやる。もう寝たほうがいいだろう」
「寝るのも怖いんだけど……」
なんでも、寝ている間に侵入されたら……とか思ってしまうらしい。気配があればすぐに飛び起きるスティナには、やはり良くわからないが。
「私が一緒なんだぞ。何も起こるわけねぇだろ」
「……それもそうね」
結構自信過剰な言葉だったが、納得されてしまった。しかし、不安を感じているマリーにはそれくらい強気で言った方がよかったのかもしれない。
その後、ベッドを使うか使わないかでもめたが、結局一緒にベッドで寝ることになった。
△
朝。目が覚めると、スティナはマリーのアパートの部屋の床の上にいた。ベッドから落ちたのである。
別にスティナの寝相が悪いとか、そう言うことではない。よくぐずる小さな子と一緒に寝たりするが、寝相が悪いと苦情を言われたことは一度もない。
明け方、マリーにと落とされたのである。そこで目が覚めたが、上に上がるのも面倒だったのでそのまま床で寝ていたのである。下はカーペットを敷いてあるので、あまり痛くなかったのもある。
「んー……」
もぞもぞとマリーが動き、眼が開いた。床の上で胡坐をかいて座っていたスティナは「おはよう」と彼女に声をかけた。
「……スティナ、なんで床にいるの?」
あんたに蹴落とされたからだよ、とは言わなかった。ただベッドから落ちた、とだけ言った。
カーテンを少し開けて外を見るが、誰かいる様子はない。マリーもスティナの後ろから恐る恐る覗き込み、誰もいないのを見てほっと息をついていた。
携帯端末が着信を告げた。スティナのものだ。画面を見ると、ミカルから連絡が来ていた。
「はい」
『私だ』
ミカルは名を名乗ることをせずに『おはよう』などと言ってくる。いや、スティナも名乗らなかったから人のことは言わないけど。
『友達の様子はどうだ』
「……今のところ何もないけど」
友達、という言葉にスティナは少しむず痒いものを覚えながら答えた。ミカルはそんなスティナの様子に声だけでは築けなかったのだろう。あっさりと『そうか』と返ってきた。
『危ないようならその子を寮に連れてきてもいいぞ。ま、その子が嫌がらなければ、だが』
「わかった……つーか、今ミカルって校長じゃねぇだろ」
アカデミーに関する決定権は、現在の校長であるオルヴァーが持っているはずだった。だが、ミカルは現在暫定最高権力者なので、『いいんだよ』としれっと言ってくれた。
『それじゃあ、お前、その友達を大事にな』
「余計なお世話だ」
最後に親のようなことを言い、ミカルは笑い声をあげて通話を切った。スティナも若干いらっとしながら通話を切る。
「誰からだったの?」
「ちょっとした知り合いだ。どうしても怖いようならマリーを私がくらしてる寮に連れてきてもいいって」
「ホント!?」
マリーは嬉しそうに手をたたいた。よほど一人でこの部屋にいるのが怖かったらしい。
「まあ、うちは特殊だから、最終手段だな。確かシーラも一人暮らしだろ。あいつに泊まれないか聞いてみろ。駄目ならうちだな」
「……戦闘力的にスティナの方が安心なんだけど……」
聞く前にシーラが振られている。確かに、シーラと一緒ではスティナもちょっと心配である。
「……とりあえず、お泊りの準備はしていく」
「それがいいだろうな」
マリーがお泊りの準備を始める。と言っても、あまり時間がないので櫃よ最低限の物だけ手提げかばんに詰め込んでいる。これから大学の授業があるのだ。スティナもテキストをすべてアカデミーに置いてきてしまったので取りに行きたいところだ。その時にマリーにアカデミーの雰囲気を見てもらって判断してもらえばいい。
アカデミーに暮らしているのは基本的に討伐師やその候補生であるが、一般人が泊まれないわけではない。まれだが討伐師の家族が泊まっていくことはあるし、人をかくまうために泊めることもある。
マリーは玄関をしっかりと施錠し、スティナと並んで外に出た。大学は目の前であるが、一度アカデミーの方に戻ることにした。スティナの荷物が置きっぱなしなので。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
女性でしかも強いスティナは頼りになります。




