ドキドキわくわく里帰り【2】
夜になり、父エドガーが帰ってきた。父は明日から休みらしい。
「お帰り」
「お、スティナ。帰ってきたんだね」
ちょうど夕食の準備中でスティナが鍋を運んでいたところにエドガーが帰ってきた。スティナはテーブルに鍋を置く。ニコニコしながらエドガーが尋ねた。
「何々? スティナが作ったの?」
「違う」
「姉さんは料理のセンスがない」
「はじめに得意じゃないって言っただろ」
マーユからスープの皿を受け取りながら、スティナが言った。一人暮らしであるため、料理ができないわけではない。だが人並みでお世辞で「おいしい」と言える程度だ。最初にそう言ったのに、マーユと母リナは彼女に料理を手伝わせた。いや、別にできないわけではないし、いいのだが。
「野菜切るのも危ないし。っていうか、いつも剣を使ってるじゃない」
「剣と包丁は違うだろ。逆手に持つ方が持ちやすいし」
討伐師は対人格闘戦も学ぶことになる。その時の校長の意向によっても多少異なるが、指導要綱的なものも存在する。
まあそれはともかく、スティナに主な格闘技術を叩き込んだミカルは、ナイフを逆手に持つタイプの人間だった。そのため、スティナもナイフは逆手に持つタイプである。剣は前向きに持つのだが。
「……たぶん気を付けてくれてるとは思うけど、姉さん発言が物騒だよ……」
「……」
いや、そんな気はしていたが、他にどんな話題があるのかわからない。いや、言われれば返答はするのだが、その返答が物騒である自覚はある。一応。たぶん。
「……私に普通を求められても困る……」
「……一応自覚はあるのね」
マーユにツッコまれた。自分が常識はずれである自覚は、ある。一応。
食事の用意が整い、スティナを含めた七人が食卓に着いた。あれこれとロビンの大学生活を聞かれているが、何故かスティナも巻き込まれている。彼女に大学生活を聞かれても微妙な返答しかできないと言うことを察してほしい。
「向こうで会ったりしないの?」
祖母パニーラに尋ねられ、ロビンが「見かけることは結構あるよね」とスティナに同意を求めた。
「まあ、たまに食事に行ったりはするけど」
「そうそう。いつもありがとう」
食べさせてもらっている側のロビンがにっこり笑って言った。まあ、自分のような人間に付き合ってくれるこの弟には本当に頭が下がる勢いなので、本気で礼を言っているように見えなくても別に気にしないことにする。
「それで、二人はいつまでいるんだ?」
エドガーに尋ねられ、スティナとロビンは顔を見合わせた。
「姉さん、講義の再開いつ?」
「一月七日だな」
「あ、僕六日なんだよね……」
と言うことは五日には首都に戻ることになる。おおざっぱな予定しか立てていなかったが、つまり、八日ほどこの家にいることになる。一応実家ではあるが……。
「なるほど。スティナの誕生日までは居られないか」
エドガーにそう言われて、スティナはびっくりした。そう言えば一月七日はスティナの誕生日である。
「姉さんっていくつになるの?」
マーユが尋ねた。一緒に暮らしていないからこその弊害である。だが、スティナ本人も少し考えてしまった。
「……二十一かな」
「ふうん。私の誕生日は七月だから、ちゃんと祝ってよね」
「……わかった」
スティナはここで初めて、家族の誕生日を知らなかったと言う異常事態に気付いたのであった。
△
今年最後の日の朝。スティナは朝、暗いうちから雪かきをしていた。いや、まあ、時間にすれば午前八時ごろの話であるが、この時期は日の出が遅いのである。
「いや、手伝ってくれてありがとな」
そう言いながらざくざくと雪かきをしているのは父のエドガー。ちなみに、ロビンも一緒に雪かきをしている。
昨日は気温がそこまで低くなく、雪が降ったのだ。冬場は普通に気温が氷点下となるこの辺りでは、比較的温かい日に雪が降るのである。
雪かき中の三人も完全防寒装備であり、もこもこしていた。それでも、肌が出ているところは冷気が突き刺すようで痛い。
「いつものことじゃん。今年は姉さんもいるから楽だよね」
ロビンがそう言いながら雪を高く積んでいる。この辺りには雪を捨てる場所がないので、役所がトラックで雪を運んでくれるらしい。なので、所定の場所に雪を詰んでおく必要がある。
ちなみに、ならとかせばいいじゃん、とスティナは意見してみたのだが、すぐに凍るからお湯でとかすのは下策、と言われた。なるほど。
一時間も雪かきをすれば、玄関前は人が通れるくらいの道ができる。そして、そのころには日差しが出てきた。今日は晴れのようだ。
討伐師としての実力はあるが、膂力と体力で一歩劣る、と言われるスティナであるが、雪かきを一時間続けることくらいは造作もなかった。自分でも役に立てるんだなぁと思うとちょっとうれしい。言わないけど。
「よし。ロビン、スティナ。ご苦労さん。スティナ、お前、結構体力あるな」
「伊達に化け物と戦っているわけではない」
そう言うと、いや、お前も十分化け物に足を突っ込んでいると監査官たちには言われる。失礼な話だ。自分でも、半分人外魔境に身を置いているような気はするけど。
「おはよう、オークランスさん」
「ああ、おはよう。エクルンドさん」
近所の人だろうか。中年の男性に声をかけられ、エドガーが愛想よく返事をする。ロビンとスティナも軽く頭を下げると、エクルンドはスティナの顔をじっと見た。
「……ロビン君の彼女さん?」
挙句にそう言われた。確かに見なれないだろうが、顔立ちはマーユと似ているはずなので間違われる理由が良くわからない。
「違いますよ。ずっと首都にいた姉ですよ。久々に帰ってきたんです」
にっこり笑ってロビンは言った。エクルンドは「そうか」とうなずいた。
「確かに、マーユちゃんと似てるもんね。近所に住んでるエクルンドだ。よろしく」
「スティナです」
エクルンドにあいさつされたので、スティナも軽く頭を下げながら名乗った。
「スティナちゃんだね。美人さんだね」
「……」
スティナが美人であることは本人も自覚しているが、どう反応を返せばよいのかわからない。
「それじゃ、よいお年を」
「ええ。そちらも」
さすがに立ち止っているだけだと寒いので、エクルンドが早々に会話を切りあげて歩いて行った。スティナたちも家の中に入る。
「三人ともお疲れ様。ありがとう」
スティナたちが玄関で雪のついたブーツやコートを脱いでいると、リナがやってきて言った。家の中は温かく、リナは温かいタオルを持っていた。顔に当てると気持ちがよい。
「それにしてもスティナ。あなた、結構体力あるのね……」
「なんでみんなそう言うんだよ……」
リナにもエドガーと同じことを言われ、スティナはちょっとげんなり気味である。いわく、スティナは銀髪のはかなげ美女に見えるから、そんなに体力があるように見えないらしい。
まあ確かに外見と中身が不一致であると言われるスティナであるが、はかなげと言われつつもそれは顔だけの話であって、体は結構筋肉質である。なのに、どうしてこうなった。
とりあえず着替え、リビングに行くと全員集合していた。リナとマーユはキッチンで温かい飲み物を入れている。
「姉さん、紅茶でいい?」
「ああ」
マーユに尋ねられ、スティナは素っ気なく返事をする。ランナル、パニーラの二人と話していたエドガーが「俺のにはブランデーいれてくれ」などと言っている。スティナはテーブルの椅子に腰かけて頬杖をついた。
「昼前から何言ってるのよ」
リナにツッコまれているが、エドガーはめげない。
「昼前だからいいんだろ。あ、スティナもいれてみるか?」
「いらん」
二十歳を超えたので合法的に堂々と酒が飲めるスティナであるが、ミカルから必要以上に飲むなという禁止命令が出ている。いや、彼もそうなのだが、スティナは無駄に酒豪なのである。
温かいお茶でティーブレイク。午後から新年のごちそうの用意をするらしく、手伝ってくれとリナに言われた。異論もないのでうなずく。
「首都にいるときはいつも一人で年越してたの?」
ロビンに尋ねられ、ミルクティーをかき混ぜていたスティナは「いや」と首を左右に振る。
「討伐師養成学校の寮で年を越すことが多かったな。一人でいるくらいなら手伝えと呼び出される」
そう言うわけで、新年の用意を手伝ったことはある。アカデミーは大所帯だ。その性質上、寮にいる子供たちも家に帰れないことが多い。中には実家が近く、一時帰宅、と言う子もいるが、たいていはエクエスの力を不気味がられて家族から拒絶されたような子ばかりだった。
だから、新年でもアカデミーは大所帯だ。いつもより騒がしいので、スティナやほかの一人暮らしの討伐師たちも手伝いに来たりする。スティナたちも同じ道を通ってきているので、どんなに楽しそうにしていても、子供たちがさみしいのはわかっている。だから、どうしても構ってしまうのだけど。
それから見れば、スティナは恵まれているのかもしれない。三歳で家族と引き離されたとはいえ、今、彼女の家族はスティナを怖がることなくこうして家族として接してくれている。まあ、スティナにも血のつながった家族と言うのがどういうものなのかいまいちわからないが……。
「ちょっと姉さん。顔が殺人鬼みたいになってるわよ」
マーユに引かれた。いや、彼女が引いているのはいつものことだが。
「うるせぇ。私はいつもこんな顔だ」
「あなた、もう少し言葉遣い何とかならないの?」
リナにもツッコまれた。この口調はすでに固定されてしまって治り用がない。むしろ、治したら子供たちに不気味がられる。
「えー、いいじゃん。これは姉さんの照れ隠しだよ。照れ隠し」
ロビンがからかうように言った。テーブルの下で足を蹴ってやろうかと思ったが、相手がロビンなので、やめた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
スティナは黙々と雪かきしてそう。




