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特別監査室【6】









 スティナが討伐したヴァルプルギスの遺体は、その日のうちに監査室本部に持って行かれ、火葬された。骨は墓に納めるのがしきたりなのだそうだ。そうして、冥福を祈るのだ。殺しておいて、おかしな話であるが。


 その後、ミルド孤児院には家宅捜査と言う名の監査が入った。敷地内にある林を掘り返し、数人の子供の骨が見つかったらしい。おそらく、施設長として生きていたヴァルプルギスが食べたものだろう。まあ、彼が死んだ今となっては、事実は不明であるが。

 そして、里子に出されたと言う子供。どうやら、施設長の知り合いのヴァルプルギスの元に里子に出された子もいるらしく、そこで亡くなっている子も多かった。そちらは、別の監査官たちが対応するらしい。

 その日、珍しくスティナが本部を訪れていた。エイラとお茶を飲んでいる。イデオンは「スティナちゃん」と声をかけた。


「怪我、大丈夫?」

「見りゃわかるだろ」


 そっけない。素っ気なさすぎる。そんなスティナに、エイラからダメ出しが入る。

「駄目よ。そんな無愛想じゃ。心配してくれているんだから、ちゃんと答えてあげなさい」

「……治癒術師に治してもらったから、平気」

 エイラの言葉には素直に従うスティナに、イデオンは苦笑した。

「ならよかった」

 そう言った後、イデオンはふと思い出した。

「そう言えば、聞きたいことがあるんです」

「何がだ」

 こちらに気付いたリーヌスも近づいてきた。スティナの手元から食べかけのマドレーヌを奪って自分で食べている。ソファに膝立ちになって振り返ったスティナがリーヌスの胸ぐらをつかんだ。


「スティナ! はしたない!」


 すかさずエイラから注意が飛ぶ。スティナはリーヌスを睨み付けた後ソファに座りなおした。エイラがイデオンに笑みを向ける。

「それで、何だったかしら」

 居心地の悪さを感じつつ、イデオンは尋ねた。


「ええっと。失礼ですけど、エイラさんが苦戦した割には、スティナちゃんはあっさり倒したなーと……」


 沈黙が降りた。やはり、聞かない方がよかったのだろうか。だが、あのあと聞いたのだが、エイラは歴代十指に入るほどの戦闘力を持つ討伐師エクエスであったらしい。そんなエイラが倒せなかったのに、スティナは苦戦はしていたように思うが、最終的に倒せていた。それが不思議だったのだ。


「まあ、単純に能力の相性の問題ね」


 さらりとエイラが言った。隠されていない右目が細められる。

「私は、どちらかと言うと戦略的に使うような巨大魔法が得意なの。白兵戦を取れるスティナとは違うわ」

「スティナはオールラウンド型だからなぁ。わりとなんにでも対応できる器用貧乏タイプだ」

「リーヌス、お前、締め上げるぞ」

 低い声でスティナがからかうリーヌスに向かって言った。

「スティナ。もう少しその口調何とかならないの」

「ならない」

 即答したスティナに、エイラはため息をついた。それから彼女はリーヌスを見た。

「たぶん、リーヌスのせいね」

「俺?」

「まあ、半分は自前だろうけど」

 エイラはあきらめた様子でため息をついた。


 話を戻して。


 ヴァルプルギスの能力に個体差があるように、討伐師の能力にも個人差がある。エイラは大火力の発火能力を主体とした能力を持ち、スティナは念動力を主体とした様々な能力を持つらしい。ゆえに器用貧乏。スティナは怒っていたが、イデオンもリーヌスの表現は言いえて妙だと思う。

 ちなみに、討伐師になるには力が弱すぎた、と言ったリーヌスは知覚能力に優れるらしい。あと、第六感も優れているが、基本的に戦闘能力としては数えられないので、討伐師になるのはあきらめたらしい。だが、一時期は討伐師として訓練を受けていたのだから、その戦闘能力は本物だ。むしろ、イデオンが場違いなのであるが。


 とにかく、エイラとダーグ・ブラントを名乗っていたヴァルプルギスの『異空間』の能力では相性が悪かったのだ。あの能力と対抗するには、ヴァルプルギス本体をピンポイントで狙わなければならない。しかし、エイラの能力は強力すぎて施設ごと破砕してしまう可能性があったようだ。どんな大威力なんだ。

「まあ、力の強さだけで言えば、スティナの方が上だろうな」

「え、そうなんですか」

 勝手に、様々な力を持つスティナの力は、それほど強くないと思っていた。しかし……そうだ。彼女は強い。力の強さだけがすべてではないが、強力な能力を持つから力押しができるのだ。


 何となく、つられてイデオンとリーヌスも休憩タイムに入っていた。エイラは車いすに座っているので、スティナを挟むようにイデオンとリーヌスは空いているソファに座っていた。彼女は無心にお茶請けの菓子を食べている。いや、本当に良く食べる。食べた分は一体どこに消えているのだろうか。彼女はどう考えても、平均体重を下回っていると思うのだが。


「ああ、たぶんな。能力と筋力に消費されてるんだな」


 イデオンの心を読んだかのようにリーヌスが言った。スティナがリーヌスのわき腹に強烈な一撃を加えた。リーヌスが咳き込む。

「お前、骨が折れる!」

「いいえ。自業自得よ。今のはリーヌスが悪いわ」

 エイラがため息をついて言った。イデオンも「僕もそう思います」と言っておく。いや、今のは本当にひどい。筋力に消えているはないだろう。

「まあ、セクハラじゃないだけましなのかしら?」

 エイラは冷たくリーヌスを見ながら首をかしげた。それから麻痺していない右手で優雅にティーカップを持ち上げてお茶をすすった。


「そう言えば、スティナちゃん、リーヌスさんのこと『兄貴』って言ってたけど、お二人は兄妹きょうだい?」


 ふと思い出して尋ねると、リーヌスとスティナがすっと冷たい目になった。いや、スティナはいつもか。

「あほかお前。似てないだろ」

「兄妹なら、最初からそう紹介しているに決まってるだろ」

 いや、何か複雑な事情でもあるのかなと、思ったのだが、そんなことを言いだせる雰囲気ではなかった。二人ともいい人なのだが、イデオンに対する態度が冷たい気がする……。

「こら、二人とも。あまりイデオンをいじめないの。特にリーヌス」

「俺!?」

 どこかで見た反応を返すリーヌスだ。エイラは「そうよ」とうなずく。

「あなた、直属の上司でしょ。スティナは半分これで性格が出来上がってるから仕方がないけど」

「もう半分は?」

「優しさかしら」

 そう言うと、エイラはニコリとスティナを見た。スティナはマカロンをつまんで食べていた。何度も言うが、本当に良くだべる。そして、誰も止めない。


「イデオン。討伐師は幼いころから訓練を受けるわ。同じ場所で寝起きする年上の相手を『兄』『姉』と呼ぶのは昔からなの。まあ、実の兄弟ではないけど、兄弟並みのきずなで結ばれていると言うか」


 エイラが親切に教えてくれた。確かに、リーヌスとスティナのやり取りは兄弟間のものに近い。たぶん、リーヌスは危なっかしい妹であるスティナが可愛くて仕方がないのだ。

「なるほど。では、エイラさんもリーヌスさんやスティナちゃんにとっては姉になると言うことですか?」

「俺にとってはそうだが、スティナにとってエイラは師匠かな」

 これにはリーヌスが答えた。そう言えば、前にもエイラがスティナを『弟子』と呼んでいた。

「エイラさんがスティナちゃんの訓練を行ったと言うことですか?」

「まあ、そう言うことね。ね」

 話をふられたスティナはうなずいた。コーヒーに砂糖とミルクを入れてぐるぐるかき混ぜている。


「私にとってエイラは、師であり、姉であり、母である」

「私、まだあなたみたいな大きな子供がいる年じゃないんだけど」


 エイラが不服そうに言った。エイラは三十代半ばくらいだろうか。スティナは十九歳だと聞いているので、ありえないわけではないと思うのだが、まあ、エイラにとっては不服なのだろう。

「別に本当に母親だと言ってるわけじゃないだろ。家族みたいな存在だと言う話」

「あら、それはうれしいわね」

「面倒を見てもらった自覚くらいはある」

 スティナはそう言ってコーヒーをすすった。いや、それにしても、この子は本当にツンデレなのだろうか。


「おーい、スティナ」


 監査官の一人が背後から顔を出した。イデオンとスティナの間からだった。

「お前、暇?」

「大学の課題がある」

「暇そうにお茶してんじゃん。ちょっと討伐に行って、帰ってくるくらいの時間はあるだろ」

 ニッとその監査官は笑った。スティナはため息をついて立ち上がる。

「場所はどこだ」

「隣町のニーグレーンだ。アニタが敗走してなぁ。車を出そうか」

「ニーグレーンなら走って行った方が速い」

 監査官とそんな会話をしながらスティナは離れて行った。エイラは肩をすくめる。

「本当に、素直じゃないのよね、あの子は」

「巻き込みたくないから邪魔、とか言うからなぁ」

 リーヌスもエイラに同意した。エイラは「そうね」と右目を細めると、言った。

「さて、スティナも行っちゃったし、仕事でもしますか」

「そうだな。あ、イデオン。ここ、片づけてもらっていいか」

「わかりました」

 イデオンはうなずいてカップや皿を片づけ始めた。雑用も新人の仕事である。リーヌスはエイラの車いすを押して行った。イデオンはふとそれを見送る。


 リーヌスは言った。力を持つから討伐師にされたものに、戦えと言うのが自分たちの仕事だと。確かにそうなのかもしれない。ヴァルプルギスには、討伐師の力がなければ対抗できない。

 恐ろしいと思った。ヴァルプルギスも、それに対抗する力を持つ討伐師エクエスのことも。でも、目をそらしてはいけないのだとも思う。確かにイデオンたちは、スティナたち討伐師に護られているのだから。

 そう思いながら、イデオンは残った焼き菓子をタッパーに詰め直した。










ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


「車を出すか?」

「走った方が早い」

どう言うことだ、スティナ(笑)


割とシリアスな話ですが、登場人物たちのせいでギャグっぽくなってる……お気づきかもしれませんが、私はダークファンタジーとかダークヒーローとか好きです。


第1章はこれで終わりです。次は第2章クリスマス・キャロル。

内容としては、

「やっぱり食べてるんだね」

「お前も食べる?」

こんな感じです。



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