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ヴァルプルギスの宴  作者: 雲居瑞香
番外編
58/82

軍事訓練の3か月【後編】











 起きて訓練して食べて訓練して食べて訓練して寝て過ごしていると、あっという間に三か月が経とうとしていた。

 この三か月の間にイデオンはだいぶ体力がついた。少なくとも、他の新人について訓練を完遂できるようになった。つまり、初期のころはできなかったと言うことであるが……。

 狙撃銃を降ろしたイデオンはゴーグルと耳あても外して的を見た。周囲ではまだ射撃訓練が行われているので、発砲音が響いている。


「さすがだな、イデオン」

「ありがとうございます。少尉の指導が良いので」

「ははっ。ほめても何も出んぞ」


 射撃訓練の教官も少尉であるが、基礎訓練の鬼少尉とは別の少尉だ。こちらの少尉の方が年配である。

 ちなみに、普通に会話しているように見えるが怒鳴り合っている。そうしないと聞こえないのだ。

「いや、いい腕だ。特殊部隊に欲しいくらいだが」

「あはは。ありがたいですけど、そんなに体力無いですよ」

 軍隊どころか警察官になれるかも怪しいくらいの体力である。たぶんついて行けない。だが、単純にその技能を称賛されるのはうれしかった。


 あと一週間ほどで、イデオンの訓練期間は終わる。だが、最近ちょっと気になることがある。


 一応、イデオンの本職は監査官であり、その職務内容はヴァルプルギスがいるかもしれない場所に監査をかけ、その存在を発見することだ。おおむね討伐師エクエスたちの直感に頼ることが多い上に、空振りで終わることもあるので忘れられかけているが、そうなのだ。

 それらを踏まえたうえで、気になることがあるのだ。もしかしたら、この危地内にヴァルプルギスがいるかもしれない。確証は、ないけど。


 イデオンがこの基地に訓練に来てから三か月の間に、二人の軍人が姿を消している。今は戦中でもないし、訓練も命を落とすほど厳しいものではない。なのに、その二人は居なくなった。

 つらい訓練に逃亡したのだろうとも言われたが、そうは思えない。何度も言うが、戦中ではないので逃げたいほど辛ければ軍を辞めればいい。それをとめる力は、さすがの軍にもない。根を上げるような軍人は必要ない、と逆に言われるかもしれない。

 それを、基地内の軍人たちもわかっている。みんな、一つの可能性を思い浮かべるが、誰も口にしない。


 基地内にヴァルプルギスがいて、それに食われた。


 その可能性があるからか、基地内は今ピリピリしている。イデオンもリーヌスたちに伝えたいところであるが、どこからか情報が漏れてはまずいと思い、はっきりしたことは言えないでいる。

 軍人上がりの監査官や、軍事学校からの就職先として監査室が選ばれることなどもあるが、逆に、一度討伐師としての訓練を受けていたが、エクエスの力が足りずに軍人に転向した者もいるらしい。と言うか、結構多く、そのためか軍内部で起こるヴァルプルギス事件は監査が入らなくても事前にわかることが多いらしい。


 とはいえ、しがない半人前監査官であるイデオンにはどうすこともできないのは確かだ。討伐師の誰かがいれば一思いにぶった切るくらいはやっているかもしれないが、ここにはエクエスの力は持っていてもヴァルプルギスを倒せるほどの力を持つ者はいないのだ。

 と言うわけで、イデオンは残り少ない訓練期間をまじめに訓練をして過ごすことにした。まあ、ヴァルプルギスがいるかもしれないとわかっているのだから、誰かが監査に来るだろう。ヴァルプルギスが関わっていれば、それは完全に特別監査室の領分になるのだから。まあ、せっかくいるのだからイデオンが監査して来い、と言われる可能性も無くはない。


 幸いと言うか、ここは首都フェルダーレン近郊であるし、呼べば討伐師がすぐに来てくれるだろう。だから、イデオン一人で監査を行ってもいいのだが……。

 そんなことを考えていたせいだとは思いたくないが、イデオンの訓練が終わる三日前になり、ついにヴァルプルギスが発見されたらしい。ちょうど休憩中であったイデオンは現場に急行した。


「うおっ!」


 ちょうど一個小隊がヴァルプルギスと思われる半身が鳥のように変化した軍人を取り押さえようとしていた。階級章を見るに、その人物は曹長のようだ。

「イデオン、お前、監査官だったよな!?」

「え!? ええ、まあそうですけど」

 唐突に声をかけられてイデオンはビビったが、援護に入ろうとしていた少尉だった。

「これ何とかなるか?」

「いや、僕はただの一般人なので」

 申し訳ないが、どうすることもできないのだ。イデオンにはエクエスの力がないので、討伐師の補助をするのが関の山なのだ。


 と、その時、頭上に影がかかった。ちなみにここは弾薬などがしまわれている倉庫裏なのだが、その影は倉庫の屋根を踏み台に飛び越えてきたらしい。なんだかとても既視感のある登場の仕方であるのだが。

 銃弾も飛び交う中、何のためらいもなくその渦中にあるヴァルプルギスの背後に飛び降りた影は、持ってい剣を一閃した。


「ちっ」


 うまく避けられて、飛び降りた影は舌打ちした。わかっていたが、その姿は。


「スティナちゃん!?」


 銀髪を束ねたスティナだった。旅装のような身軽な格好で、軍服の男ばかりの中ではかなり違和感がある。スティナはちらりとイデオンに目を向けたが、すぐにヴァルプルギスに視線を移した。


「飛べねえのか」


 半身は翼のようになっているが、どうやら飛べないらしい。見たところスティナも空中戦の装備を身に着けていないので、その方がやりやすいだろう。

 だが、ヴァルプルギスが鋭い羽をスティナに向けて多数放出した。勢いよく飛ぶそれは、当たったらかなりのダメージを食らうだろう。

「スティナちゃん!」

 思わずイデオンは悲鳴のような声をあげたが、顔をかばうように腕をあげたスティナにその羽の攻撃は到達しなかった。ヴァルプルギスとスティナの間に不可視の障壁が現れたためだ。


「ちょっとスティナ。俺ら、運動能力は一般人なんだから置いてかないでよ」


 後方支援系の力を持つロルフがスティナを守る障壁を作ったようだ。ロルフのような後方支援系の能力者は討伐師か監査官か微妙なラインであるが、討伐師とは言えないので、監査官の扱いになるのだそう。

 しかも、ロルフの訴えもスティナは聞いてないし。すでにヴァルプルギスとの戦闘を開始している。彼女の戦いっぷりを見て、若い軍人たちが「すげえ!」と歓声をあげている。

「ほら、イデオンも見てないで援護して」

「え、いや、状況が良くわからないんだけど……」

「あとで説明するから!」

 ロルフにせっつかれて、イデオンは持ってきた拳銃のセーフティロックを外した。

 拳銃の威力などヴァルプルギスにとっては大したものではない。だが、ないよりはまし……たぶん。狙撃銃が欲しいと切実に思ったが、この距離ではどちらにしろ意味ないか。


 まあ、ヴァルプルギスは一体だし、討伐師は手練れのスティナだし、特に問題ないだろうと思ったのだが、軍事訓練を受けたヴァルプルギスは一味違った。


「ってぇっ」


 一撃を食らったスティナが殴られた腹部を押さえた。羽の攻撃以外は目立った能力がないのに、白兵戦でスティナを圧倒している。

 見ていると、やはりスティナの戦い方はセオリーから少し外れている気がする。スティナの力は相手を殺すことに全力を注いでいる。彼女が人間相手は苦手だと言うのはそのためだ。

「ロルフさん。何とかならないのかな」

「俺にそこまでの力はない」

 すでに見学者と化しているロルフは言ってのけた。そこに、ディックがやってくる。

「おいおいおい。イデオン、あの女の子、大丈夫か? 助けに入った方がいいんじゃね?」

「……うん。下手に手を出したら巻き込まれるから」

「ヴァルプルギスに?」

「いや、スティナちゃん……あの子に」

「……」

 イデオンの言葉にディックは沈黙した。どちらかと言うと、スティナが無関係の人間を巻き込みたくなくて及び腰になるのだが、そこは触れないでおく。気が強そうに見えて妙に小心者の彼女だ。


「……ん?」


 スティナがヴァルプルギスを倒すころにはギャラリーがかなり増えていた。勝利したスティナに対して歓声が上がっているが、イデオンは倒されたヴァルプルギスを見ていた。彼はスティナに走り寄り、彼女の手首をつかんで引き寄せた。

 爆発が起こった。それほど大きな爆発ではなかったが、先ほど、イデオンはヴァルプルギスのまわりに不発弾が落ちているのを見たのである。おそらく、誰かが投げたがうまく爆発しなかったのだろう。

 幸いと言うか、寸前でロルフが障壁を築いてくれたおかげで大事には至らなかった。

「ありがと、ロルフ」

「いや、イデオンも良く気付いたね」

 ロルフが感心したように言うので、イデオンは微笑んで「爆薬処理の成績は良かったんだ」と答えにならないことを言った。


「お前……何やってんだ」


 イデオンの腕の中から声が聞こえ、そういえば、とイデオンはスティナを解放した。彼女は落とした鞘を拾って剣をしまう。

「いや、スティナちゃんたちこそなんでいるの?」

「ゼミ旅行で近くまで来ていたんだが、駅で拉致られた」

「ちょうどいいなって思って拉致ってきた」

 スティナとロルフがそれぞれ答えた。ゼミ旅行だったから旅装だったのか。何となく納得。


 どうやら、ロルフはこの基地にヴァルプルギスがいることを突き止めて派遣されてきたらしい。同行の討伐師を誰にするかでもめたが、ちょうど近くに旅行に来ているスティナでいいんじゃね? となって連れてきたのだそうだ。ロルフもロルフだが、ついてくるスティナもスティナである。

 そのままロルフとスティナは基地司令に話をしに行ってしまったため、イデオンは他の軍人たちと協力してヴァルプルギスの遺体を片づけた。


「彼女が討伐師か。さすがって感じだな」


 厳重に棺を閉めたリキャルドが言った。イデオンは微笑んで「そうだね」とうなずく。


「彼女たちを見てると、まだまだだなぁって思うんだ」


 訓練期間の終了まで、あと三日。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


しめるときはやはりスティナが出てくる謎。


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