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ヴァルプルギスの宴【12】

本編最後です。









 マテウスの会見が開かれる日、監査官たちはテレビに張り付いていた。仕事は残っているが仕事ができるような状況ではない。こちらがとてつもなく気になる。ちなみに、監査官ではないが執務室にいるスティナとヴァルプルギスの討伐から帰ってきたところのニルスも一緒にテレビを見ていた。

「なんか緊張するね……」

「僕たちが出るわけじゃないんだけどね。と言うか、スティナはついて行かなかったんだ?」

「ミカルに待機と言われた」

 ニルスの問いにスティナが短く答えた。たぶん、彼女が会見場に行ったら目立つからだ。こんな銀髪美女、一度見たら忘れないだろう。


 それで思い出したのだが。


「そう言えば、僕、スティナちゃんに一目ぼれしてたみたいなんだよね」

「お前何言ってんだ。つーか、なんで他人事なんだよ」


 テーブルの向かい側で頬杖をついているスティナが視線だけテレビからイデオンに向けてツッコミを入れた。

「いや、気づいた時に自分でもびっくりして」

「私だって自分がお前を好きだと気付いたときは愕然とした」

「そこー。ナチュラルにいちゃつかない!」

 スティナの隣にいるニルスがツッコミを入れた。最も、この二人にはいちゃついている自覚はなかったのだが。むしろ、愛情が双方向であるはずなのに会話が殺伐としている。


「でもちなみに、スティナはいつからイデオンのことが好きだったんだ?」


 そして、結局ニルスも尋ねているし。イデオンはもちろん、他の監査官たちも気になって聞き耳を立てるが。


「お前らいい加減にしろ」


 スティナは通常営業だった。少しくらい照れても可愛いと思うのだが。いや、でも照れるスティナと言うのは笑顔より破壊力がありそうなのでやめておいた方がいいかもしれない。

 イデオンとスティナの枯れた恋愛事情で盛り上がっている間に会見が始まった。ピシッと討伐師の制服を着たマテウスは二割増しいい男に見える。

 討伐師がメディアに姿を現すことはほとんどない。偶然カメラに写りこむことなどはあるが、自ら撮影されることはないだろう。討伐師は目立たないのが鉄則なのだ。


『討伐師はヴァルプルギスの討伐と言う大義名分を掲げて人殺しをしているも同然ですよね!?』


 ある記者の発言だ。いるのだ。こういう人が。さっきも言ったが、こういった族にスティナやアニタが絡まれた。この国では割と珍しい黒髪のアニタも、銀髪美女のスティナも目立つから。

 今回こうしてマテウスが会見を開くことになった原因だ。今回の事件は、被害が大きすぎた。こうしたときに討伐師に非難が集中する。そのため、いらぬそしりを受けないように討伐師は氏名を公開されていないのだ。

 情報公開制度に反する、と言われることもある。だが、それでも討伐師たちはただ、力があるから戦わされているに過ぎない少年少女がほとんどだ。氏名を公開するわけにはいかない。

 だからと言って、誰もが名を明かさないわけではない。総帥、アカデミー校長、補佐官は名前が公開されていたはずだ。

 そして今、そのうちの一人であるマテウスが記者の問いに答えている。


『私たちが行った作戦で、多くの人が亡くなったのは事実です。被害者や遺族の方々には、本当に申し訳ないことをしたと思っています』

『討伐師の氏名が公開されていないことに問題があるとも言われていますが!』

『討伐師のほとんどは有志です。そのため、氏名を公開することはできません』

『あなたたちが首都やその近郊で戦ったせいで多くの被害が出ました。無関係な人が苦しみ、亡くなっているんですよ! 何とも思わないんですか!』


 イデオンはぐっと手を握りしめた。何とも思わないわけがない。だが、こういった場所では、感情的になった方が負けだ。


『先ほど申し上げた通り、被害者の方々には申し訳ないと思っています。しかし、あそこで我らは引くわけにはいかなかった。我らが引けば、被害はもっと大きくなっていたでしょう』


 マテウスの言うことは事実だ。ヴァルプルギスをあのまま放っておけば、きっと、首都周辺の住人のほとんどが殺されていたに違いない。基本的に、ヴァルプルギスは人を食らうために殺すが、『ヴァルプルギスの軍』を作ろうとしていたあの状況では、意味もなく殺されたかもわからない。

 さらに、マテウスは記者たちが発言する前に口を開いた。

『住民たちの輝かしい未来を奪ってしまったのも事実ですが、我らの仲間も多く、その生涯を終えています』

『だから悪くないと言いたいんですか!』

『誰もそんなことは言っていません。ただ、知っておいてもらいたいだけです。討伐師五十二名、監査官二十三名。計七十五名の尊い命が失われました。皆、命を懸けて人々を、この国を守ろうとしたのです』

『そんな言い訳が通じると思っているのか!』

 非難の声が上がるが、マテウスはまるっと無視して話を続けた。


『彼らが命をとして戦っていなければ、今、ここに皆さんは存在しなかったかもしれません』

『……』


 さしもの野次馬根性の記者たちも黙った。

『理解してほしいとは言いません。理解されるとも思っていません。我らは英雄ではなく、皆さんの言うとおり人殺しなのかもしれません』

 討伐師は、英雄ではない。戦わされているだけの人間、と同じく何度も聞いた言葉だった。

『有志であるため氏名を公開することもできません。しかし、知っておいていただきたい。彼らがその命をなげうって戦ってくれているからこそ、あなた方は今、こうして平和に生きていられるのだと言うことを』

「……」

 執務室に沈黙が降りた。マテウスの言葉は、重い言葉だった。


 今、イデオンたちが生きているのはエイラたちがその命をなげうって戦ったからだ。その屍の上に、彼らは立っている。

『死者を悼むのも大切です。しかし、今、生きて戦っている者たちのことも考えていただきたい』

「……生きるのは」

 不意に口を開いたのはスティナだった。テレビ画面を見たままつぶやく。

「苦しいな……」

 それはいつかイデオンが彼女に言った言葉で、イデオンは握りしめていた拳を解き、「そうだね」と同意した。
















 『ヴァルプルギスの宴』と呼ばれるようになった一連の事件から一か月も経てば、討伐師に対する風当たりも弱まってきた。人の関心はうつろいやすい、と言うことだろう。

 いろいろあって恋人同士となったイデオンとスティナだが、二人とも中身が残念であるためその会話はさほど甘くない。だが、監査官や討伐師たちには『堂々といちゃつくな』と言われる。解せぬ。


 一連の事件によりもともと人手不足だった討伐師と監査官はフル稼働となった。絶対過労で訴えたら勝てると思う。マテウスが討伐師の仕事から手を引き、ミカルが代わりに国内を飛び回るようになったので、スティナが代わりに監査室本部の執務室に詰めるようになった。本人も言っていた通り、書類仕事が苦手なのか最近、彼女の目元が凶悪だ。要するに隈がすごいんだけど。

 彼女は学生業もあるのでよりせっぱつまっているのかもしれない。久々に余裕ができた夜、イデオンはスティナと連れ立って夕食をとりに出ていた。この後、再び本部に戻る予定である。仕事が! 終わらないのだ。


 すでに二十一歳となり、スティナも合法的に堂々と飲酒ができるようになった。さすがにこの後も仕事なので飲まないが、スティナは酒豪であった。酒豪、というかすでにざるである。イデオンはあまり酒に強くないので、その肝臓機能を分けてほしいと思った。


 そして、スティナは相変わらず良く食う。やっぱり、代謝がいいのだろうか。スタイルも変わらないし。


 夜の首都。と言っても、緯度の高いこの国では夏が近づくごとに日照時間が長くなる。そのため、すでに夜八時であるがまだ夕暮れのような空だ。もう少したてば、スティナの瞳と同じような空になる。

「そう言えばスティナちゃん。討伐師の出動実績を出せって勧告来てたよ」

「こんな時までそんな話をするな」

 こんな話をしながら二人は手をつないでいるのだから、同僚たちも『いちゃつくな』と言いたくなると言うものだ。


 夜でも人通りの多い通りを歩きながら、二人は他愛ない話をする。もうすぐ本部の建物につくと言う頃、スティナが立ち止った。手をつないでいたので、イデオンも立ち止まる。

「スティナちゃん、どうかした?」

「いや……」

 彼女は本部がある方と反対をむいている。何が見えているのだろうかとイデオンは目を凝らすが、彼にはわからなかった。ただ、そちらに向かって歩き出そうとするスティナの手を強く握った。スティナがイデオンを振り返る。

「スティナちゃん」

「……」

 イデオンはもう一度彼女の名を呼ぶ。スティナは黙ったまま再び視線を元に戻した。

「行こう。スティナちゃん」

 そう言って微笑んだイデオンの方を、スティナはもう一度見た。それから少し目を細めて口角をあげた。

「ああ」

 そうしてうなずいたスティナは、イデオンの手を握り直して歩き出した。イデオンは少しほっとして背後を、スティナが見ていた方を振り返った。


 そして、眼を見開いた。


 一瞬であるが、そこに死んだはずの人間が見えた気がした。


 エイラが、アーロンが、エルランドが、テルエスが、果てはポールが、こちらを見て微笑んでいた。ように見えた。


 それは一瞬で、すぐに生きている人の波に変わった。イデオンは目を閉じて向きを変え、スティナと共に歩き出す。


 彼女に何が見えていたかわかった気がした。彼女の仲間たちがいるあの場所は、きっと彼女にとって生きやすい。


 だが、どんなに生きるのが苦しくても彼女はそちらを選ばなかった。それでいいのだと思う。


「何笑ってんだ。気持ち悪いぞ」


 スティナのツッコミが飛んできた。ツンデレである彼女の愛情表現の一つである。

「うん。ちょっとね。苦しいけど、幸せだなって」

「……」

 少し沈黙を挟み「私もだ」と答えたスティナを、イデオンはいとおしいと感じた。












ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


これで、本編最終回となります。おつきあいくださった皆様、ありがとうございます。

ちなみに最後、スティナがイデオンを振り切ってエイラたちの方に行っていたら彼女は死んでいたかもしれません。何だったか忘れましたが、気付いたら死んだ人と一緒にいて、ああ、死んだんだな、っていう演出があっていいなぁと思った覚えがあります。


この後もしばらく番外編が続くので、もしよろしければおつきあいくださいね。


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