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ヴァルプルギスの宴【10】









 すべての作戦が終了するころには、すでに夜は明けかけていた。と言っても、この時期の夜明けは早いので、午前三時ごろの話である。まあ、六時間くらいぶっ通しで戦っていたことになる。

「リーヌスさん」

「おう、イデオン。無事そうだな」

 イデオンは少し離れたところで全体の情報を集めていたリーヌスに駆け寄った。イデオンは実働部隊として参加したが、リーヌスは司令部として参加していた。

「どうですか、ヴァルプルギスは」

「ほぼ殲滅。今、スティナとミカルが最終制圧中だ」

「あ、じゃあ安心ですね」

 何だろう。このミカルとスティナに対する無駄な信頼感。最強コンビと言われるだけあり、この二人の戦闘力に対する信頼は厚い。

「それもだが」

 リーヌスがどん、とイデオンの肩を組んできた。イデオンは目をしばたたかせる。


「なんですか」

「たぶん、お前、あとでミカルが怖いぞ」

「……あ~」

「一応言っておくと、あの時上がった悲鳴はミカルが凶悪な顔をしてたからだからな」

「あ、そんな気はしてました」


 二度目の悲鳴は、スティナが笑ったからだけど。怒るミカルも笑うスティナも初めて見た気がする。珍しいものを見た。


 だが、忘れてはならないのはイデオンは当事者であることだ。


「スティナちゃんって僕のこと好きだったんですかね。びっくりしました」

「俺が答えるのはおかしいだろ。まあ、あいつの場合、誰に対してもツンデレだからな……」

「それと、僕もスティナちゃんが好きだったみたいです。さっき気づきました」

「お前、ホントに一回ミカルに殴られてこい」

 リーヌスに呆れた表情でツッコまれた。しかし、今まで本当に気づかなかったのだ。ちょっと仲の良い友人くらいの思いだった……ような気がする。スティナに対する恋情を伴った感情を自覚してからは、それも良く思い出せないけど。


「リーヌス、イデオン」


 そこに、件のミカルがやってきた。彼は早々に敵側についたクラースを拘束し、ヴァルプルギス討伐に参戦していた。さすがに無傷とは行かなかったようで、整ったきれいな顔に裂傷ができている。左腕がだらりと下がっているのは、肩が脱臼したからかもしれない。

「ミカルか。掃討は終わったのか」

「私の目につく範囲ではもういないな。スティナももうそろそろやってくるだろう」

「そうか」

 リーヌスがうなずいた。ミカルを見て何を言われるかとびくりとしたイデオンであるが、さすがにここで説教はないか、と安心する。


 したのだが。


「そう言えばイデオン。お前とはよく話しておきたいんだが」

「……ミカルさん、完全にスティナちゃんのお父さんですね」

「私は独身だが、娘が嫁に行くときの気持ちが良くわかる」

「いや、まだ嫁に行くわけじゃないですよ」

 思わずイデオンがつっこむ事態となっている。ミカルの動揺も激しそうだ。


 そこに娘ことスティナがやってきた。ミカルとイデオンの間に流れるやや不穏な空気に気付き、「何してんだお前ら」とツッコミを入れている。彼女は今回の作戦にあたって、スノー・エルフィンを含む二本の剣を装備していたのだが。


「お前、その剣どうした?」


 触れたのはリーヌスだった。スノー・エルフィンと思しき白銀の剣は鞘に収まって腰に釣られているが、もう一本の剣は抜身のまま手に持っていた。抜身、と言うかこれは。


「折れた」


 そう。スティナが短く答えたように完全に折れている。真ん中あたりから真っ二つだ。どういうことだろう。

 スノー・エルフィンには劣るものの、魔法精製された強力な武器だ。それが半ばから真っ二つ。いったいどんな負荷をかけたらこうなるのだろうか。

「お前……まあ、生きているなら僥倖か。でも、ちゃんと申告しろよ」

「わかっている」

 剣を見てため息をついたミカルが指示した。もしも武器を壊した場合、その届を魔法武器担当の人間に渡し、壊した時の状況を報告しなければならない。討伐師の絶対数が少ないことからもわかるように、魔法精製の武器を作ることができる人間も少ないのだ。そのため、魔法武器は希少なのである。

 そもそも耐久度の高い魔法武器を壊すことなどほとんどないのだが、それだけ摩耗していたと言うことだろうか。


「お前、今回は元気そうだな」


 リーヌスがスティナの姿を上から下まで眺めて言った。確かに、眼だった怪我はないしどことなく余裕が感じられる気がした。

「ふざけんな。絶対無理やりくっつけた肋骨が折れてるぞ」

 恐ろしいことを言ってのけるスティナであるが、やはりどう見ても元気そうに見えた。

「だが上出来だ。次は一人でも大丈夫だな」

 ミカルが手荒くスティナの頭を撫でた。もともと乱れていた彼女の髪が大変なことになっている。彼女はそれを適当に直しながら言った。

「次は絶対髪を結ぶ」

 確かに、その方がいいだろう。
















 いくら結界を張っているとはいえ、被害皆無とは言い難い。さすがに市民に死者はいなかったが、けが人は十数名報告されている。

 今回もシャレにならないのは監査官、討伐師の被害者だ。監査官は九名の死者と二十八名の負傷者。これは、今回、監察官が直接戦闘に参加したため、やはり仕方のない話だろう。

 討伐師は十五名の死者と二十二名の負傷者。まあ、参戦者の全員が死傷している計算だ。ちなみに、魔法武器を壊したのはスティナだけではなく、二・三の壊れた武器があった。

 さらに建物の被害も尋常ではない。やはり、都市部での戦闘は建設物への被害が大きくなる。道路も被害を受けているので、しばらく通行止め。地下鉄などの電車もしかり。


 そんなわけで、戦闘区域は三日ほど立ち入り禁止となった。


 そして、戦闘後であろうが通常業務が待っている。むしろ、事件後の方が仕事が多いのは世の中の常である。しかも、人数も減っているので、仕事がたまる。そして、各方面からの苦情もくるし、事件の事後調査もしなければならない。やることが多すぎる。

 調査面で役に立てないイデオンは執務室で被害状況等の確認をしていた。討伐師との調整をしていたエイラが亡くなってしまったので、現在はスティナがその役割を代理で担っている。これはスティナが補佐官代理だと言うよりは、ニーグレーンでの戦闘から間をおかずに首都での戦闘が行われたため、怪我が治りきらず本調子ではないと言うことが大きいだろう。そのため、部屋に押し込めて書類仕事でもさせておけ、ということなのだと思う。ちなみに、リーヌスとミカルはともに調査に出かけている。マテウスも帰ってきている。


「スティナちゃーん。道路被害の補修のための予算申請書の一式見なかった?」

「知らん。こっちも被害者への弔慰金の資料を知らないか?」

「え、知らない」


 二人して資料を探し回っているところにリーヌスが執務室に入ってきた。調査結果が出たらしい。イデオンをはじめスティナやほかの監査官たちも集まってきたが、調査担当者たちも疲れた顔をしていたが、少ない人数でまわしている事務担当者たちもげっそりしていた。

「とにかくここを乗り越えたら休めるからな。まず、ヴァルプルギスの大量発生についてだが、これはヴァルプルギスの軍隊を作ろうとしていたと思われる」

「軍隊ですか……軍にしては統率がありませんでしたが」

 と、一時期軍に訓練に行っていたイデオンはミカルの発言に対して言った。他にも、監査官の中には軍で訓練を行っていた者もいるので、参戦した数人がうなずいている。

 軍隊に身を置いたものとしては、ヴァルプルギスは『軍』というほど動きがそろっていなかった。討伐師にもそのきらいがあるが、個人の能力が高いために各自の判断で臨機応変に動くことがある。結果、連携を取らず各個撃破されることとなるのだ。

 スティナやミカルほど能力が飛びぬけていれば遊撃として使用することもできるが、ある程度実力がそろっている場合だと連携した方がいい場合もある。


 話がそれた。


「まあそこは問題じゃないな。問題は、『ヴァルプルギスの軍』を作ろうとしたと言うことだ」

 ミカルがズバリと言った。確かにそうだ。ヴァルプルギスの力は人間よりも強い。彼らを操ることができれば、強力な軍隊ができるだろう。

 実はこの考えは、討伐師を使う、という案も出ている。しかし、彼らの能力は特殊であるが、身体能力的には実は人間とさほど変わらない。さらに、この方法をとるとエクエスの力を持つ者を強制的に軍人にする半徴兵制をとることとなる。

 まあ、現在の討伐師の制度が徴兵制でないとは言い切れないが、軍隊、となるとまた話が変わってくる。


「つまり、これを考えた……『誰か』は、討伐師は人間だから徴兵するのは気が引けるけど、人に害をなすヴァルプルギスを戦争に投入しても問題ないと考えた、と言うことですか」


 イデオンが尋ねると、ミカルが沈黙した。図星のようだ。一応発言には気を使ったつもりであるが、直球過ぎたのだろうか。

「……まあ、その『誰か』が対外的に戦力となる軍隊を欲したのは確かだろうな」

 ミカルがやはり気を付けながら発言した。

 と言うことは、その『誰か』の意志を受けて討伐師側で動いていたのはクラースになるが……しかし、彼はどうやってスティナをてこずらせたあのヴァルプルギスと共闘するに至ったのだろうか。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


イデオン……お前……。



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