ヴァルプルギスの宴【9】☆
エクエスの力で作られた結界の中は、静謐な空気に包まれている。結界の中が異次元である、ということはないが、現実世界とは隔離された空間にあることは間違いない。
この辺り一帯にいる人たちは避難させている。全員避難させられたかはわからない。スティナたちはこうしてヴァルプルギスに対して罠を張っている。ニーグレーンのときのヴァルプルギスであれば、罠であることに気付くだろう。
だが……監査室本部とミカルたちが立てた予測が正しければ、ヴァルプルギスたちは必ずこの中にいる。
「スティナ」
ミカルが背後から近づいてきた。スティナは抜身の剣を持ったまま振り返った。
「静かだな」
太陽は沈み、周囲は暗い。ただ、街頭がかろうじての視界を確保してくれていた。
「嵐の前の静けさってやつだな」
ミカルも抜身の剣を持ったまま言った。現在、討伐師の中で最大の戦力がこの二人になる。スティナも、自分が強力な討伐師であるという自覚がある。だから、自分がやらなければならないと思った。
だが、討伐師になって初めて、戦うことに恐怖を覚えた。覚悟を決めたと思ったのに、再び体が震えてくる。そんなスティナの頭をミカルが軽くたたいた。
「まー、お前が人前であんなことするとはな。みんな驚いてただろ」
「どれを指しているのかわからんが、悲鳴のほとんどはお前の顔を見て上がっていたような気がするんだが」
あの時、ミカルはかなり凶悪な顔をしていたと思われる。スティナ側からは見えなかったけど。
「いや……子供だ子供だと思ってたお前も、恋をするような年になったか……」
はあ、とため息をつくミカルに、スティナはかすかに頬を緩めた。
「私はお前の娘じゃねぇぞ」
「娘みたいなもんだろ。三つの時から面倒見てるんだからな」
そう言って彼は乱暴にスティナの髪を撫でた。乱れた髪を手ぐしで直す。かなり短くなった髪は、まだ慣れない。洗髪は楽になったけど。
「いい顔になってきたな。お前なら大丈夫だ。落ち着いていけ」
どうやら、ミカルは珍しく緊張しているスティナを落ち着かせるためにくだらない世間話に興じていたらしい。スティナは一度目を閉じ、開いた。
「了解」
昼間の熱を残した生ぬるい風が頬を撫でる。唐突にミカルが剣をひるがえし、攻撃を受け止めた。スティナはその隣で剣を構える。
「……不意を突けたと思ったんだが」
「甘いな。お前に戦い方を教えたのは誰だと思っている」
ミカルがこともなげにそう言うと襲撃者は「違いない」と笑った。アッシュブロンドのミカルよりも長身の討伐師。クラースだ。
「スティナ! お前はいい。作戦通りに動け!」
「了解」
スティナはミカル対クラースから目を離さないようにしながら後ろに飛びずさる。すると、背後から衝撃を受けた。危うくバランスを崩すところだったが、何とか耐えた。そのまま背後に向かって剣を突きたてるが、手ごたえはない。
周囲で戦闘が始まったのがわかる。今回は監査官が援護役として参戦しているので、被害が拡大する可能性が高いだろう。ヴァルプルギスは見つけ次第排除すべし。スティナはそう思って振り返った。
一見、普通の人間の男だった。金髪碧眼のこの国で一般的な容姿をしている。だが、半身変化した姿を見れば、彼がただの人間でないことははっきりとわかった。しかも、おそらく。
「あの時の討伐師のお嬢さんだね。前は一本取られたけど、今回はそううまく行くかな?」
――やっぱり、あの時のヴァルプルギスだった。強力な力を持つ、おそらくは、他のヴァルプルギスを操っていたヴァルプルギスである。
一本取られた、と言ったが、スティナはこのヴァルプルギスに勝ったわけではない。むしろ、負けたと言っていい。
ミカルなら勝てるかもしれない。だが、今回もスティナがやらなければならない。討伐師側の内通者……正体はクラースであったが、彼がスティナに襲い掛かったのなら、彼女がクラースの相手をして、ミカルがこのヴァルプルギスの相手をしただろう。しかし、実際は逆だった。
どちらの場合でも対処できるように作戦を立てた。なら、スティナはその通りに動けばいい。スティナは震える手首をつかむ。以前負けた記憶が脳裏に染みついている。
『みんな、君を信じてるんだよ』
イデオンは、そう言っていた。そう言ってくれた。いつもにこにこ笑っていて、初めは正直鬱陶しいとも思ったものだ。スティナは自分がかなり口の悪い自覚があるのだが、どんな暴言を吐いても彼は折れずに再び構ってくる。鋼鉄のメンタルである。
気づけば、ほだされていたのだろうか。よくわからない。だが、彼の言うことなら、信じても良いと思えた。
今、スティナには討伐師を含めたみんなに対する責任がある。そして、彼らはスティナを信じてくれている。なら、その思いに答えなければならないだろう。
そう思うと、震えが止まった。
「スティナ、行けるか!」
「ああ! 予定通りに行く!」
「任せたぞ!」
「了解!」
スティナはそう言うと半身変化したヴァルプルギスに切りかかった。猛攻ともいえる勢いで攻勢に出るが、あまりダメージを与えられている様子はない。やはり、スティナの力が及ばないのだ。
相変わらずリーチはスティナの方が長いはずなのに、スティナはいくらかの攻撃を食らうこととなった。身をひねり、勢いのまま剣を突き立てるが硬くてはじかれた。
ちらっとミカルの方を見る。うん。彼は問題ない。途中途中に襲ってくるヴァルプルギスを倒しながらもクラースを追いこんでいる。スティナは足元に魔法陣を展開し、強く地を蹴った。低めのビルを経由し、高層ビルに飛び上がる。ヴァルプルギスは一発で追ってきたので、やはり人間より身体能力が高いのだろう。
「また逃げるのかい!」
「!」
甲高い音をたて、スティナの剣とヴァルプルギスの変化し、鎌のようになった腕がぶつかり合った。そのまま力比べになる。力勝負、体力勝負はスティナにとってあまりにも不利だ。そして、今も、このヴァルプルギスは少しずつ変化して行っている。
「君一人で私に勝てないのは実証済みだ!」
ヴァルプルギスが力で勝った。スティナは後傾し、一度高層ビルのコンクリートに背中を打ち付けた。しかし、その勢いを利用して屋上のコンクリートに手をつき、後ろ回転で飛び起きた。スティナがいたところに鎌がぶち込まれ、コンクリートがひび割れた。
スティナは後ろ向きに飛び上がる。一度空中で足場を展開し、さらに上空に飛び上がった。上空から『配置』を確認する。
「……っ。放て!」
スティナは落下しながら剣を振り下ろした。スティナの号令に合わせて各方面から銃弾と矢が放たれた。相手は動いているので半分くらいは外れたが、半分くらいは当たった。ちなみに、銃弾を放ったのは監査官。矢を放ったのは討伐師だ。
エクエスの力だけならミカルより強いスティナであるが、このヴァルプルギスにはあまり通じていなかった。だから、監査官の攻撃が効くはずがない。だが、気をそらすことはできる。
「せやぁっ!」
スティナは空中で体勢を整え、銃弾及び矢を受けて落下したヴァルプルギスの首筋に剣を叩き込んだ。勢いがあったので、硬い皮膚を破った。刃が抜けないので空いている左手でもう一振り腰を逆手で引き抜いた。逆手に持った剣……こちらはスノー・エルフィンだ……を右後ろに大きく引き、ヴァルプルギスの心臓に刃を突き立てた。やはり、最高純度の魔法精製剣スノー・エルフィンはさほど抵抗を受けずに硬い皮膚を背中まで貫通した。
「やってくれるね……!」
完全変化したヴァルプルギスが目を細めた。黒く光るそのヴァルプルギスの目には、黒目がなかった。というか、眼と思われるところは切りこみのようなものがあるだけで、本当に目なのかもわからない。
「ぐぁっ」
腹に膝を叩き込まれ、スティナがうめいた。そのまま頽れそうになるが、何とか耐え、代わりに左手に持ったスノー・エルフィンをひねった。ヴァルプルギスは悲鳴とも喘鳴ともつかない声を上げる。
「スティナァ!」
「!」
背後からアニタの声が聞こえた。スティナはとっさに身を沈める。矢と、何故か銃弾も飛んできて、スティナの頭上を通過した。矢はヴァルプルギスの首を、銃弾は目元を撃ちぬいた。
ヴァルプルギスがひるむ。スティナは足払いを駆け、無理やり引き倒すとスノー・エルフィンを力ずくで引き抜いた。両手で柄を握り、もう一度ヴァルプルギスの首を貫いた。
その体勢のまましばらく様子を見るが、ヴァルプルギスは無事に倒せたようだ。スティナは息を荒げながらも立ち上がる。
「……倒せた?」
とん、と近くに降り立ったのはアニタだ。スティナはヴァルプルギスを足でける。ついでに生命機能を確認するが、停止しているようだった。
「ロルフ! イングリッド! 念のためこいつを拘束! アーロンは監視のためにここに残れ。他の討伐師は残っているヴァルプルギスを排除!」
「了解!」
「おーい! 監査官は討伐師の援護! でも、人命第一だからな!」
監査官代表が声を張り上げると、監査官たちかも「了解!」との声が上がった。
ここからは掃討戦になる。スティナももちろん参戦する。数度咳き込み、口元をぬぐうとヴァルプルギスから両方の剣を引き抜いた。
「ではロルフ、イングリッド、アーロン。ここは頼んだ」
「わかった! スティナ、無理すんなよ!!」
スティナは片手を上げることで答え、そのまま別のビルに飛び移った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
だんだん人間に近づいていくスティナ←ヒドイ(笑)




