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ヴァルプルギスの宴【8】










 イデオンは食器を片づけ終え、段ボールを脇に寄せるとキッチンを出た。その間もスティナの声は語り続ける。

「わかってる。もう私は、自分の命令で仲間を殺している。できないと言う資格なんてない。でも、もっと方法があったのではないかとも思う。私が余計なことを言わなければ、助かった命もあったのではないかと、思う。思ってしまう」


 顔をのぞかせると、こちらに背を向けてスティナがカーペットの上に座っていた。周囲には服を詰めた段ボール。手元にもたたみかけのシャツがある。まだ作業中だったようだ。


「卑怯だと思う。自分の命は簡単に秤にかけられるのに、他人の命を背負えと言われたとたん、できないと思った。お前は総帥になるんだと言われても、実感がわかなかった。まだ先のことだと思っていた。私……」


 肩が震えていた。短くなった髪の隙間から白いうなじが見えた。


「私の指示で、仲間が死ぬのが嫌だ。何より嫌なのは、そんなことを考える自分だ! 誰にどう思われてもいいと思っていたはずなのに、仲間たちに嫌われたくないと思った……!」


 イデオンは後ろからスティナを抱きしめた。手を動かして彼女の目元に触れると、涙がたまっていたのでぬぐってやる。


「ねえスティナちゃん。討伐師のみんなも、監査官のみんなも、君を嫌ったりしないよ。あの時、みんなが君の指示に従ったのは、君が正しいと思ったからだ。僕も、君は指揮官に向いていると思う」

「……でも、あの時は」

「うん。緊急事態だったね。だけど、そう言う時こそ人の本質がわかると思うんだ。極限ともいえる状況で正しい判断ができる。それがスティナちゃんだよ」


 そう。あの状況で彼女は正しい判断ができた。彼女はもっと他の方法があったのでは、と言っていたが、それは結果論であって、あの状況で正しかったのはスティナだ。あの時、誰もがエイラの死に衝撃を受けたあの時。まだ、戦いは終わっていなかった。いつヴァルプルギスが襲ってくるともわからなかった。だから、戦え、と言ったスティナは正しかった。


「プレッシャーをかけるわけじゃないけど、みんな君を信じてるんだよ。君の指示でなら、死んでもいいと思ったんだ。ああ、そんな顔しないでよ」


 振り返ったスティナの顔が泣き出しそうにゆがんでいた。イデオンは困って苦笑する。


「もちろん、死んでもいいなんて思ってるわけじゃないと思うよ。でも、スティナちゃんが指揮するのなら勝てるって、みんな思ったんだ。スティナちゃんもミカルさんが指揮を執ると安心するでしょ。それと同じだよ」


 結界が閉じられる寸前のことを思い出す。刺し違えてでもヴァルプルギスを倒すつもりだったであろうスティナは、ミカルの呼びかけを聞いた途端意見をひるがえした。それは、ミカルならば、という信頼の証だ。みんなスティナに対して抱いているのは、それと近い感情なのだろう。

「それに、誰もスティナちゃんを嫌ったりしないよ。みんな、スティナちゃんを心配してた。リーヌスさんが僕にスティナちゃんについて行けって言ったのも、たぶん、君を心配してたからだよ」

 様子がおかしかったスティナを心配して、リーヌスはイデオンをついて行かせたのだろう。本当は自分で行きたかっただろうが、代理として。


「……前にさ、フリュデンでスティナちゃんはすべての人に好かれたいのかって聞いたことがあったよね」


 スティナがかすかに顎を引いてうなずく。イデオンは目を細めて笑った。

「君は、そう言うわけじゃないって答えた。だから言うんだけど。たとえ世界中が敵に回ったとしても、僕がスティナちゃんの敵になることはないよ」

「……それ、映画のセリフ」

「あ、スティナちゃんも知ってた? でも、ホントのことだよ。僕だけじゃない。リーヌスさんやミカルさん、アニタちゃんやニルス君だってそうだよ。大丈夫。スティナちゃんはもう少し、自分に自信を持ってもいいんだよ」

 スティナが身をひねり、イデオンの方に体を向けると、肩にかじりつくようにして抱き着いてきた。その背中を軽くたたいてやると、嗚咽が聞こえてきた。たぶん、ずっと泣くのを我慢していたのだと思う。母親代わりだったエイラを失い、同期の討伐師をはじめ多くの仲間を失った。それでも、生きて戦い続けなければならない苦しさ。


「生きるって、苦しいね……」


 監査官だって、何人も亡くなっている。亡くなった討伐師の中に、仲の良いものもいた。イデオンだって、何も思わないわけにはいかない。スティナの頭を抱きしめるようにして、イデオンも目を閉じた。
















「え、病院戻らなくてもいいの?」


 スティナがまっすぐにアカデミーの寮に行くと言うので、イデオンは思わずツッコミを入れてしまった。てっきり、彼女は入院患者だと思っていたのだが。

「監査室の医務室は人がいっぱいだ。この怪我じゃ、他の病院に行ったら即日入院だぞ。それは困る」

「あ、一応自分が重傷だって言う自覚はあるんだね」

 イデオンは何となくほっとして微笑んだ。官営集合住宅からアカデミーまでの道を歩きながらの会話である。大体の荷物は片づけてしまったので、スティナは最低限の物だけ持ってアカデミーに移ることにしたのだ。ちなみに、荷物はイデオンが持っている。

「実際、車に引かれた時入院させられたしな」

「ああ、あの時。懐かしいね」

 もう一年も前になるのか。時がたつのは早い。あの時、たまたまスティナの家族が首都に来ていたが、それ以降、疎遠だった家族と連絡を取り合うようになったらしい。何より、彼女の弟が首都のフェルダーレン大学医学部に入学したことも大きいだろう。この年末年始には一緒にフリュデンにある実家に戻ったらしい。

「でも、痛いでしょ」

 イデオンが尋ねると、スティナは「慣れてる」と答えてきた。彼女、これまでどんな無茶をしてきたのだろうか。


「イデオン、スティナ」


 聞き覚えのある声で名を呼ばれて、イデオンとスティナは同時に振り向いた。小走りに近づいてきたのはイデオンの姉、デシレアだ。一年前に結婚して家を出たのだが、そのころにいろいろあってスティナと知り合いになったのだ。

「あれ、デシレア。一人?」

「ううん。ドグラスもいるわよ」

 と、デシレアは背後を示す。少し離れたところにドグラスがいた。どうやら、置いてきたらしい。

「デート?」

「まあね。夕食を取りに来たの」

 だいぶ日が長くなってきたためわかりにくいが、すでに夕食をとってもおかしくない時間帯となっていた。

「久しぶり。イデオン、スティナ」

「久しぶり」

 追いついてきたドグラスが微笑むので、イデオンも微笑み返した。スティナは相変わらずの無表情である。泣いたのでちょっと目が赤いが、伊達眼鏡越しなので分かりにくい。

「スティナ、髪切ったのか。失恋か?」

「切らざるを得なくなって切っただけだ」

 何気に失礼なドグラスに向かって冷たいスティナである。基本的に、彼女はこんな対応だけど。

「そう言えば」

 ふっとデシレアが声を低めた。ひそひそ話の様相になる。


「昨日、ニーグレーンでヴァルプルギスが出現したって聞いたけど、スティナがこうしているところを見ると、大したことなかった……の?」


 デシレアの問いかけが鈍ったのは、普段顔色があまり変わらないスティナの表情が陰ったからだ。これだけで、被害が大きかったのだとわかる。デシレアはぽんぽん、とスティナの頭をたたいた。


「不用意なことは言いたくないけど、元気出してね」


 あなたが命がけで私たちを守ってくれていることはわかってるからね、と続けるデシレアの感性は、おそらく少数派だ。ドグラスも隣でうなずいているから、この夫婦、ちょっと変わっていると思うのだ。

 イデオンはスティナを少しつついた。

 顔をあげたスティナに、「ね?」と微笑んでみせると、肘でどつかれた。理不尽。
















 そして、その日は訪れた。四月の終わり。ヴァルプルギスの夜。夕刻……と言うより、太陽の沈む直前、イデオンたちは首都のビル街にいた。多くの会社が集まる地区だ。そこに、監査官、討伐師をはじめとした関係者が勢ぞろいしていた。と言っても、その人数は百人を超える程度だ。

 監査官、五十七名。討伐師、四十名。その他補助要員八名。今回は、このメンバーで作戦が遂行される。

 討伐師の中にやはり総帥のマテウスはいない。ミカルが参戦しているので、大事をとってマテウスは不参加となったのだ。


「よし。全員居るな」


 必然的に、ミカルが指揮を執ることとなる。腹をくくって第二指揮権を預かったスティナは、集まったメンバーを目を細めて見渡している。

「予定通り、今から十五分後、この辺り一帯を覆う結界を張る。だからと言って、中で何をしてもいいわけじゃないからな。結界の中は『現実』に対する干渉力が低くなるが、エクエスの力がその結界の力を破る可能性が高い」

 みんなが一様にうなずく。特に討伐師。現在参戦している討伐師は、ほとんどがミカルの指導を受けている。そのため、彼の言葉には従ってしまうのだろう。


「それでは、全員作戦通りに待機!」

「了解!」


 討伐師は敬礼付きで答えた。例の、腕を水平に拳を胸元まで上げる独特の敬礼だ。

 三々五々に待機場所に散っていく討伐師たちの中で、スティナはイデオンに近づいてきた。イデオンは微笑む。

「何々? どうしたの?」

「……」

 スティナは無言でイデオンを睨みあげると、その襟首をつかんだ。ちなみに、いつもはスーツでうろちょろしている彼だが、今日に限っては討伐師と同じカーキ色のコートを着ている。

 そして、そのままイデオンの襟首を引っ張ると口づけた。周囲から「うおっ」と言う悲鳴が上がった。ちなみに、あとで確認したところによると、これはスティナがイデオンにキスしたことで上がった悲鳴ではなく、それを見たミカルの表情が恐ろしかったために上がった悲鳴であったらしい。

 すぐに唇を離したスティナはそのまま身をひるがえした。一瞬茫然としたイデオンであるが、すぐに彼女を呼び止めた。

「スティナちゃん」

 振り返ったスティナに、イデオンは言った。


「言い忘れてたけど、その髪型似合ってるよ」


 その言葉を聞いたスティナは、目を細めてかすかに口角をあげた。


「ばーか」


 再び、イデオンの背後で悲鳴が上がった。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


予告通り、この作品では一番甘い回だと思われます。甘い……かな?

イデオンは鋼メンタルですが、天然です。

そして、イケメンなスティナを書きたかったんです……。


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