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ヴァルプルギスの宴【7】









「討伐師はヴァルプルギスを倒すのが仕事だ。相手が襲ってくると言っているのなら、その対策を立てなければならない。突然の襲撃だった昨日に比べれば、覚悟ができているだけましだろう」


 と、ミカルは良くわからない理論をかましてくれた。確かに、相手が襲ってくるとわかっていればそれなりの覚悟はできるが。

「だがミカル。襲ってくる時間も場所もわからないんだぞ」

 リーヌスが冷静にツッコミを入れたが、ミカルはさらりと言った。

「時間は夜だろ。ヴァルプルギスの夜と言っているんだからな」

 こともなげに言ってくれたが、単純すぎないだろうか。まあ、確かにそれが一番に思い浮かぶが。

「時間はわかっても、場所がわかんねぇだろ。手の打ちようがねぇよ」

「……だからと言って、何もしないわけにはいかねぇだろ」

 ずっと黙っていたスティナが口をはさんだ。こういう会議の時いつもは立って仁王立ちしているような彼女だが、今回ばかりは椅子に座っていた。


 まだ本調子ではないのだろう。長袖に足首まで覆うスラックスのためわかりにくいが、その下はまだ怪我が治りきっていないはずだ。そして、背中の中ほどまであった彼女の髪は肩に触れるほどで切りそろえられていた。銀髪にこびりついた血がきれいに落とせず、やむなく切ったのだと後で聞いた。


「人口密集地域でヴァルプルギスが多いは、人が多く出入りするために疑われにくいからだ。ニーグレーンには初めから七十体以上のヴァルプルギスがいたんだろ。それを上回るヴァルプルギスが集められていたとして、疑われない場所は一つしかない。この首都フェルダーレンだ」

「……お前、珍しく論理的だな」


 リーヌスがいつも通りのツッコミを少し引き気味に入れたが、スティナは視線を逸らした。ここで「うるさい」とスティナが言いかえすまでがお決まり、様式美なのに。

「とにかく、人がたくさん集まってきても不自然じゃないところってことですよね。例えば、フレイアのコンサートとか?」

 イデオンがためしに尋ねると、ミカルが「ありうるな」とうなずく。

「だが、私なら一か所に討伐師が集まるように仕組まない。討伐師の弱点は人数が少ないところだ。今回、三十名以上が殉職しているからな。動員できる人数はさほど多くないぞ」

「すでに二百人を切っていたからな……現段階で百五十人くらいか。動員できるとしたら、五十人くらいか……」

 ざっくり概算であるが、リーヌスが数値をはじき出した。北部や南部を空にするわけにはいかないので、中央に集められる人数は必然的に限られてくる。


「そう言えば、マテウスは? まだ帰ってきてないのか?」


 ここでやはり黙っていたニルスも口をはさんだ。彼は左腕をつっている。型が脱臼したらしい。

「マテウスは情報収集に行ってる。帰ってくる気はないんだろうな……」

 ミカルがため息をついた。それから、彼は視線をスティナに向ける。

「と言うわけでスティナ。指揮系統は事実上、お前が私の次になる。いいな?」

「……いや、ちょっと待て。なぜそうなる」

「むしろ私は、どうしてお前が戸惑うのかがわからないな」

「……」

 スティナが絶句した。まあ確かに、マテウスの次の総帥はスティナだと言われていたしね。


「ニーグレーンの一件で分かっただろう。討伐師は指揮系統がしっかりしていないからな。命令の優先順位を決めておく必要がある。マテウスがいないなら私、私が駄目なら次はお前だ」


 よく考えれば、討伐師の上層部にあたる三人のうち一人であったエイラがもういないのだ。ここでミカルとマテウスがいなくなれば、討伐師は本格的に崩壊しそうである。と言うことは、マテウスが参加しなくても不思議ではないのか。


「……無理だ。私にはできない……」


 めったに消極的な言葉を言わないスティナが、震える声で訴えた。

「え、でも、出来てたじゃん」

 空気を読まない感じで発言したのはアニタである。最初の戦闘ではほとんど怪我を負わなかった彼女であるが、深夜の掃討戦ではそれなりの怪我をしている。彼女も服で見えていないが、腕や足に裂傷を負っている。


「アニタの言うとおりだ。実際に出来ているんだから、できないは言い訳にならないぞ」


 ミカルもズバッと指摘してくるが、スティナは首を左右に振った。

「あの時は、緊急事態で……。誰か、他の人に……」

「お前が一番の適任だ」

「……」

 スティナがぐっと自分の二の腕をつかんだ。イデオンがちらっと周囲を見ると、全員がスティナをじっと見ていた。みんな、彼女が適役だと思っているのだろう。イデオンもそう思う。


 だが、同時にスティナがためらう気持ちもわかる気がした。上に立つと言うことは、下につく者に対しての責任が発生すると言うことだ。そして、討伐師の場合、その責任は命に相違ない。まだ二十一歳の女性に、仲間たちの命を背負えと言うのは酷な話だ。

 実際に、スティナは昨日、エイラが亡くなった時点で指揮権が委譲され、多くの仲間の命を背負った。彼女の言うとおり緊急事態で、そして、その時の彼女の判断は間違っていなかったと思う。彼女には優れた判断能力があると言うことだ。


 結局、スティナの決断がつかない間に第一回対策会議が終了した。ミカルが最後に「次までに覚悟を決めておけ」とスティナに言っていた。もう、彼女が第二指揮官になることは決まりのようだ。

「あ、そう言えばスティナ。引っ越しの準備しておけよ。三日以内に官舎を退去だ」

「……了解」

 リーヌスに声をかけられ、スティナが心もち気落ちした声音で言った。こういった事態に対応するためのマニュアルが存在するらしく、スティナも驚いている様子はなかった。

「イデオン、ちょっとついて行って準備手伝ってやれ」

「え、でも、やることいっぱいでしょう」

 イデオンが思わずそう言い返すと、リーヌスは言った。

「平然と歩き回ってるけど、あいつ、一応重症の怪我人なんだぞ。倒れたらどうする」

 確かにもっともな指摘であるが。

「スティナちゃんなら大丈夫では?」

「お前な……まあいい。とにかく行って来い」

「わかりました」

 なんとなく釈然としなかったが、イデオンはスティナを追った。


「スティナちゃん」


 呼びかけると、スティナは緩慢な動作で振り返った。スティナやニルスなど重傷に数えられる討伐師は待機命令が出ているが、アニタやミカルなど比較的怪我の軽い討伐師はそのまま仕事をしている。と言っても、ほぼ書類仕事だが。

 結界で封鎖する前にニーグレーンで戦っていた討伐師たちのほとんどは重傷に数えられている。まだ目を覚ましていない者も多い中、こうして起き上がってふらふらできるスティナやニルスは並外れた回復力を持っているのだろう。


「何」


 いつも通り短く問うスティナに、イデオンは微笑んで言った。

「部屋の片づけに行くんでしょ。手伝うよ」

「別に一人で十分だ。物が多いわけでもないし」

「でもスティナちゃん、怪我してるでしょ。重いものとかは運ぶよ」

「……」

 普段のスティナなら造作もなく運べるものも多いだろうが、さすがに今の状態で本や箪笥を運ぶのは難しいとも思う。まあ、スティナなら何とかできそうな気もするが。

「それと、まあ、スティナちゃんが心配だからっていうのもあるね。リーヌスさんにも行って来いって言われたし」

「……ああ、そう」

 スティナは素っ気なくそう言ったが、拒否することはなかったのでそのまま手伝いに行くことになった。以前、イデオンは若い女性が男と部屋に二人きり、と言う状況に問題はないのか、と尋ねたことがあるが、すでにもう気にする段階を超越している。たとえ怪我をしていても、この間合いならスティナに分があるし、誰も疑わないどころかむしろ後押ししてくるからだ。考えるのは放棄した。


 官営集合住宅の七階のスティナの部屋で、二人は片づけを始めた。イデオンは食器を新聞に包んで段ボールに収めながら尋ねた。

「スティナちゃんって、十八歳になってすぐ官舎に入ったの?」

「高等学校を卒業してすぐだから、そうだな」

 衣類を片づけているスティナからの返答である。イデオンの位置から姿は見えていないが、彼女がそこにいることはわかる。

「じゃあ、三年くらい一人暮らしだったんだね」

 イデオンは一人暮らしをしたことがないので、あまり想像できないが、だからスティナはしっかりしているのかもしれない、と思った。ただ、彼女の料理の腕は微妙だった。一応、それなりの味にはできるのだが、お世辞でおいしいと言える程度。これはイデオンでもフォローできない。一人暮らしをしているからと言って、自炊能力が上がるわけではないらしい。


「たいていの討伐師は、十八歳までに三年間の師事期間を終える。それ以降に自立の証としてアカデミーを出る者が多かったな」

「そっか。そう言えば、アニタちゃんも十八歳くらいで師事期間が終わるんだね」


 アニタは今十七歳。来年には、一人前として認められるだろう。……その前に、彼女が死ななければ。

「私とほぼ同時期に訓練期間を終えた討伐師は十人いた。そのうち、今も生きているのは私も含めて四人だけだ」

「……」

 討伐師は絶対数が少ない。そのため、何度か顔を合わせているとだんだん顔と名前が一致してくるのだが、討伐師に関してはほぼ全員顔と名前が一致する。そして、スティナと同期、と言われていた二人が、ニーグレーンのでの戦いで命を落としていることを思い出した。


「……誰かが」


 しばらくの沈黙を挟んで、スティナが再び口を開く。イデオンは黙って彼女の言葉に耳を傾ける。


「戦って命を落とすくらいなら、私が自分でやった方がいいと思った。誰かが恐怖に直面するくらいなら、私が前にでたほうがいいと思った。でも……」


 イデオンは最後の皿を新聞紙に包み終え、段ボールにしまった。蓋を閉じてガムテープでとめる。


「私にはまだ、他人の命を背負う覚悟がない……」


 指揮権を預かることを拒否した彼女の本音だった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


イデオン、お前……一言多いよ。

初登場時19歳だったスティナももう21歳。作中ではすでに2年が経っています。

次回、作中最も糖度の高い話となる予定(当社比)。


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