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特別監査室【5】











 スティナがヴァルプルギスと戦っている間に、イデオンとリーヌスは施設内の調査をしていた。いろんな部屋を開け放ち、中を見る。不思議なことに、どの部屋も鍵がかかっていなかった。


「おかしいな……誰もいない」

「ですね」


 どの部屋も、空だった。子供も、職員もいない。一応、物は入っていたが。


 薄暗い廊下でイデオンとリーヌスは作戦会議に入っていた。

「どういうことですかね?」

「どこかに隠した……? でも、人の気配がないんだよな、そもそも」

 どうしてそんなことがわかるのか聞きたい気がしたが、聞いても答えてくれないだろう。

「もう少し調べてみるか」

「はい!」

 と、イデオンが足を踏み出した時、反対の足首がつかまれた。ふと見ると。


「ぎゃぁぁあああっ」


 盛大に悲鳴をあげた。人間の手首に足首をつかまれていたのだ。床から直接手首が生えている様子はホラーである。

「さすがに、新人は捕まえやすい」

「お前!」

 床から人の形が現れた。先ほどの施設長、ヴァルプルギスだ。リーヌスが容赦なく銃弾を撃ち込むが。

「効いてねえし!」

 自分で自分に突っ込むリーヌスだ。とりあえず、足首を解放されたイデオンは彼の側に走り、ヴァルプルギスから距離をとる。


「どけぇっ!」


 廊下から、誰か……と言ってもスティナしかいないが、彼女が走ってきて叫んだ。イデオンは思わず体をよける。空いたその場所を通り抜け、スティナがヴァルプルギスにとび蹴りを食らわせた。


「ざけんじゃねぇぞ、こらぁっ!」


 もともと口が悪いきらいはあったが、拍車がかかっている。興奮しているせいだろうか。足を踏み出し、両手で握った剣をふりおろし、回転で速度をつけてさらに斬りかかる。

 と、スティナの剣が金色に輝いた。イデオンには見ないほどの速度で剣戟を繰り出し、スティナはヴァルプルギスの肩から胸にかけてを斬り裂いた。

「ぐ……っ」

 ヴァルプルギスも基本的な肉体構造は人間と同じだと聞いていたが、切られたところからは鮮血が吹きだした。ヴァルプルギスの体がずずっと床に沈む。


「逃げんなよ!」


 スティナが剣を床に突き刺す。だが、その前にヴァルプルギスは消えた。剣を床に突き立てた体勢で肩で息をしていたスティナは、息を整えると立ち上がり、床から剣を引き抜いた。

「どうなってんだ?」

 リーヌスがスティナに尋ねた。スティナも「さあ」と肩をすくめる。

「戦ってたら、突然消えたから探しに出てきた。ヴァルプルギスの討伐が私の仕事だから。別にあんたたちを助けに来たわけじゃない」

 気にしていないように見せて、スティナはこちらを気遣ってくれていたと言うことだろうか。ツンデレか。彼女はツンデレなのか。


「それで、誰かいた?」


 スティナは、どうやら自分が戦っている間にイデオンとリーヌスが何をしていたのか把握しているようだった。リーヌスが首を左右に振る。

「いや。誰もいない。人の気配すらないな」

「リーヌスが言うんなら、そうなんだろうな」

 スティナも納得したようにうなずいた。リーヌスには、探査能力のようなものがあるのだろうか。

「なら、はっきりした」

 スティナがそう言って男二人を見上げた。


「ここは、ヴァルプルギスの『領域』の中なんだ。誰もいないのはそのせいだ」

「お前もそう思う? 初めからあいつのフィールドで戦っているんだ。そりゃあ、エイラも勝てないわけだ」


 リーヌスも腕を組んで言った。イデオンは話について行けない。すみません、と手を上げる。

「意味が分からないんですけど」

 腕を組んだリーヌスに見下ろされ、腰に手を当てたスティナに睨みあげられた。


「……つまり、この場所はヴァルプルギスの能力で作り上げられた空間と言うことだ。それなら、あのヴァルプルギスが自在に瞬間移動できるのも説明ができる。自分が作り出した空間なんだからな。自分で移動できても不思議じゃない」


 リーヌスがわかりやすく言った。いつの間にか、イデオンたちはヴァルプルギスの能力にとらわれていたと言うことらしい。つまり、初めからヴァルプルギスの方が有利な状況であったらしい。討伐師エクエスが魔法を使えるように、ヴァルプルギスは様々な異能を持つのだそうだ。


「……じゃあ、どうやって倒すんですか?」


 まさか、この施設を破壊するわけにもいくまい。リーヌスによると、この空間はヴァルプルギスの能力によって作られたものだが、現実世界と重なっているそうだから、実際に施設を破壊すると、現実世界にまで影響する可能性がある。

 イデオンの疑問に、スティナが肩に剣を担いで言った。

「何とかするしかないだろ」

「……いや、男前でかっこいいけど、それ、作戦がないってことだよね」

 顔は美女なのに、彼女は男前だ。いや、それはともかく、作戦もなしにどうやって倒すんだろう。

「どこかに弱点くらいあるだろ!」

 そう言って、突然、スティナがフェンシングの要領で剣を突き出した。イデオンに向かって突き立てたのかと思ったら、イデオンの背後に突き刺さった。


「ひぃっ」


 思わずイデオンが悲鳴をあげた。スティナは寸分の狂いもなく、イデオンの背後に現れたヴァルプルギスの左胸に剣を突き立てていた。だが、ヴァルプルギスはぴんぴんしている。

「さすがにいい勘をしていますね……!」

 ヴァルプルギスがにたりと笑った。リーヌスが「馬鹿か!」とイデオンに怒鳴る。

「お前、自分の身くらい守れないのか!?」

「無茶言わないでください!」

 イデオンは、ただの一般市民と言っていい。そんな彼に、スティナやリーヌスのような身体能力を求めるのは間違っている。


 近くでスティナとヴァルプルギスの戦闘が始まったので、イデオンはリーヌスの側に駆け寄った。スティナの近くにいると危険だ。

「だが、離れても、俺達だけではヴァルプルギスに対抗できないからな」

 リーヌスはそう言いながら銃を構えた。ためらいなく引き金を引いた。スティナが右に首をかしげると、その空いた空間を銃弾が駆け抜け、ヴァルプルギスに撃ち込まれた。タイミングがずれていたら、スティナの頭が吹っ飛んでいた。

「何すんだ、リーヌス!」

 一瞬こちらを見て、スティナが叫んだ。ヴァルプルギスが手を動かすと、壁からスティナを捕まえようと大きな手のようなものが現れた。スティナは無造作にそれを斬り裂く。

「当たらなければ問題ないだろ」

「意味が違うだろうが!」

 気がそれたのだろうか。スティナがヴァルプルギスの攻撃を食らった。壁に激突してそのまま倒れた。


「スティナちゃん!?」


 脳震盪でも起こしたのか、スティナはなかなか起き上がらない。しばらくして、うめき声をあげながら身を起こした。イデオンは思わず駆け寄ろうとするが、リーヌスに肩をつかまれた。

「リーヌスさん!?」

 非難めいた声を上げるが、リーヌスは首を左右に振った。ぶつけた後頭部を押さえるスティナに、リーヌスは無情な声をかけた。


「スティナ、起きろ。戦え」

「!」


 イデオンが声を上げる前に、スティナが口を開く。


「言われなくても」


 彼女は立ち上がり、その勢いのままヴァルプルギスに斬りかかった。


「わかってんだよ!」


 おらぁっ、と気合の声を上げながら、スティナは剣を振り下ろした。突然すぎるお語気について行けなかったのか、ヴァルプルギスはその剣戟をもろに食らった。


「よく覚えておけ、イデオン」


 イデオンの肩をつかんだまま、リーヌスが言った。


「俺達の仕事は、ただの監査じゃない。彼女のような、ただ力を持っているから討伐師になった人間を戦わせることだ」

「……」


 イデオンが沈黙してスティナを見た。ちょうど、彼女がヴァルプルギスを切り伏せたところだった。動かなくなったヴァルプルギスを剣先でつつき、スティナは白刃についた露を払うと鞘に剣をおさめた。

「これで満足?」

 そう言いながら近づいてきたスティナの背後で、ヴァルプルギスが動いた。スティナが剣の柄に手をかけて身構え、リーヌスとイデオンもそれぞれ銃を構えた。


「その力、よこせぇっ!」


 襲い掛かってきたヴァルプルギスに対して、スティナが剣を抜こうとした。だが、その前にリーヌスとイデオンが同時に発砲する。慣れはともかく、イデオンの持つライフルもかなりの高威力だった。

 ヴァルプルギスの体が痙攣した。スティナが隙を逃さず、そののど元に剣を突き立てた。


「これで終わり」


 その言葉が引き金だったかのように、ヴァルプルギスは再び、床に伏せて動かなくなった。

 ヴァルプルギスが死んだからだろう。突然、空間が揺れたような気がした。気が付くと、イデオンは床にしりもちをついていた。リーヌスとスティナはちゃんと立っている。

「ん。人の気配がするな」

 リーヌスがそう言うと、ヴァルプルギスをつま先でつついていたスティナが「ヴァルプルギスの能力が解けたってことか」と言った。彼女は再び剣を鞘に納めると、近くの窓を開け放った。

「じゃあ、私は先に行ってるから。見つかると面倒だし」

「ああ。お前、満身創痍だからな。着地に失敗するなよ」

「言ってろ」

 吐き捨てると、スティナは窓から飛び降りた。いくらここが二階だと言っても、ここまで潔く飛び降りる人間をイデオンは初めて見た。

「何事ですか!?」

 職員が駆けつけてきて、現状を訪ねた。まあ、施設長の遺体があるのだから、当然だ。

「事後報告になったことをお詫びいたします」

 そう言って、リーヌスが話しはじめた。
















 帰り、相変わらずイデオンは車のハンドルを握っているが、リーヌスは後部座席でスティナの怪我の手当てをしていた。ケロッとして見えたスティナであるが、よく見ると全身傷だらけだった。擦り傷切り傷打撲。傷口に消毒液をしみこませた脱脂綿を当てられて、スティナは顔をしかめている。

「痛いんだけど」

「仕方ないだろ。俺もお前も、治癒術は使えないんだから」

 なので、こうして手動で手当てしているらしい。リーヌスが「えい」とスティナのわき腹をつつくと、さしもの彼女もうめき声をあげた。


「何すんだこのくそ兄貴!」

「お前、相変わらず口悪いな」


 リーヌスが呆れて突っ込んだあと、彼は「たぶん、肋骨もいってるなー」とのんきに言った。

「あとで医者に治してもらえよ」

「わかってる。孤児院の方、大丈夫なわけ?」

 スティナの問いに、イデオンはミルド孤児院の職員たちの反応を思い出した。

 施設長がヴァルプルギスだった。だから討伐したと言われ、職員たちは戸惑っていた。だが、遺体がどう見ても異形の姿だったので、ヴァルプルギスであると認めざるを得なかったようだった。


「……確かに、施設長はヴァルプルギスだったようです。あなたたちの敵だったのでしょう。ですが、私たちにとってはよい上司であり、子供たちにとっては最愛の父でした」


 要するに、非難されたのだ。施設長を殺したことを。胸が痛くなったイデオンに、リーヌスはあっさりと言ったものだ。


「まあ、俺たちは正義の味方ではないからな」











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この話は、後半のリーヌスのセリフを書きたかっただけです。


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