ヴァルプルギスの宴【6】
「スティナちゃん!?」
明らかに体の力が失われたスティナに、イデオンが悲鳴のような声を上げる。彼女を支えているミカルがスティナの脈や瞳孔を確認している。
「息が浅いな。吐血していたし、肺が傷ついてるかもしれん。すぐに医者に……ああ、そうだ。オルヴァーを呼べ! あいつはどこだ!?」
ミカルがスティナを横抱きに抱え上げながら言った。イデオンがスティナの顔を覗き込むと、彼女は顔面蒼白で浅い呼吸を繰り返していた。美しいシルバーブロンドにこびりついている血は、本人のものだろうか。
そもそも、結界の中から出てきた時点でかなり満身創痍だったのだ。スティナは現在の討伐師の中でも五指には入る実力者だ。その彼女が苦戦したヴァルプルギス。体力的に、彼女は持久戦が苦手なのかもしれない。
『構わん! そのまま閉じろ! 私はこいつを倒す!』
通信機から聞こえてきた彼女の声を思い出す。返答までに、一瞬間があった。そのわずかな時間で、彼女は自分の命をはかりにかけた。
去年の夏。北部の都市フリュデンで、ミカルはスティナに『討伐師である以上、住民の命を優先すべきだ』と説いた。そして、彼女は先ほどそれを実行しようとした。そんな彼女をとめたのは、くしくも説教をしたミカルだった。
彼女にはそれだけの覚悟があった。自分の命を捨ててでも、ヴァルプルギスを倒すべきだと思ったのだろう。そして、その判断はおそらく間違っていない。
イデオンも監察官二年目だ。何となくわかるようになってきた。
「うわぁん。スティナ~」
アニタが泣きながらミカルに抱えられたスティナにすがりつく。スティナを抱えたまま指示を出していたミカルはイデオンを振り返った。
「イデオン、回収!」
「了解」
そんなわけで、イデオンはアニタを回収した。
「アニタちゃん、ちょっと落ち着こうか。大丈夫。スティナちゃんは殺しても死なないから」
たぶん。そんな印象のスティナであるが、実際に危ない状況を見るとちょっと自信をなくす。
「おーい。来たぞ。つーか、俺も怪我人なんだが」
そう言いながら現れたオルヴァーも額に包帯を巻いていた。討伐師であり医者でもある彼は、自分も戦っていたが、同じく怪我をした討伐師たちの治療もおこなっていたようだ。そこに呼び出されたとあってはいい迷惑である。
「うおっ。やばいな。一般人なら死んでるぞ」
オルヴァーが遠慮なく言ってのけた。アニタが再び泣きだすので、イデオンは彼女の肩をたたいた。
「う~ん。肺に穴が空いてるんだろうな。気道は確保できてるし、すぐに病院に運べば大丈夫だろ。ここまで来ると、どこまでしても大丈夫か気になるけど」
「やるな」
「さすがにやらないって」
ミカルにツッコまれてオルヴァーが苦笑した。とにかく、スティナは緊急搬送されることになった。アニタもついていきたそうにしていたが、ほぼ無傷の討伐師である彼女には現場に残ってもらわなければならない。
スティナの問題が解決したところで、ミカルもリーヌスと共に指示出しに回った。イデオンが情報収集をしていると、ちらほらと討伐師や監査官の姿が現れた。イデオンのいる東側は、首都フェルダーレンに通じる方向なのだ。
「アニタも無事だったんだ」
いつもの柔らかい表情で微笑んだのはニルスだ。自立しているが、足を引きずっているし、左腕は固定されている。応急処置を受けただけの様子で、痛みの為か時折顔をしかめていた。
「エイラの訃報を聞いたときはもうだめかと思ったけど……」
そう言ってニルスは目を閉じた。アニタがニルスに抱き着いてぼろぼろと涙をこぼしている。その頭を撫でてやりながら、ニルスがイデオンに尋ねた。
「被害ってどれくらい出てるんだ?」
「……今のところ把握しているだけで、住民には三十名近い死者が出てる。負傷者を含めたら百人は下らないだろうね。監査官は十二名の死者と二十七名の負傷者。討伐師は……三十三名の死者と二十五名の負傷者」
監査官、討伐師に関して言えば無傷の者はほとんどいない。負傷者は重傷者以上の者だけを数えているので、ニルスやアニタなど、自分で動けるものは含めていない。
周辺に散っていた討伐師も招集し、この作戦は行われた。首都近郊にいる討伐師は約五十人。さらにその周辺からも集まってきているので、全部で七十人近くの討伐師がニーグレーンで戦っていたことになる。三十三名と言えば、そのうち半分が命を落とした、と言うことになるのだ。
「そう……か……」
ニルスは死者たちに祈りをささげるように目を閉じた。イデオンもつられて目を閉じた。
「でも、どう考えてもヴァルプルギスが多すぎた。今だって中でうようよしている」
再び目を開いたニルスが言うが、あいにくとイデオンはその答えを持ち合わせていない。
「ごめん。わかんない。今、調査官が調査中だけど……」
「まあ、住民避難とヴァルプルギスを閉じ込めるのが先だったから仕方ないよな」
ニルスはそう言ってため息をつき、未だに自分にすがりついているアニタの肩を揺さぶった。
「ほらアニタ。いつまで泣いてるんだ。お前の力が必要なんだぞ」
「わか……っ。ふぇぇぇええっ」
やっぱり泣き止まなかった。
△
その後、地方都市から招集された討伐師たちによって、ニーグレーンに閉じ込められたヴァルプルギスの討伐が行われた。深夜を過ぎてから明け方までに行われた討伐により、ニーグレーンの街からヴァルプルギスは居なくなったが、町並みは破壊され、人が住める状況ではなくなっていた。
そこで、住み場所を失った人々に官舎を貸し出すこととなった。討伐師や監査官が多く暮らしている集合住宅……つまり、リーヌスやスティナが住んでいるアパートであるが、住人は三日以内に退去、部屋を貸し出すこととなった。
アパートを追い出された監査官や討伐師は、別の場所に住むことになるが……もともと首都近郊に実家があるリーヌスなどは実家に戻っているし、討伐師のほとんどはアカデミーの寮に戻っている。それ以外の者は自分でアパートなどを借りることとなった。
例えば意識のなかったスティナなども、気づいたら住処をアパートからアカデミーに移動させられていたことになる。
事件の翌日、一見廃墟と化したニーグレーンで現場検証が行われた。警察も介入して来ようとしたが、これはヴァルプルギスが関係しているので特別監査室の管轄となる。
イデオンは夜中の殲滅戦にも関わっていたので、翌日は昼くらいまで寝ていた。起きるとすでに調査はだいたい終わっていた。
イデオンとは逆に夜中の殲滅戦に関わっていなかったリーヌスは調査に同行していたらしい。ちなみに、最初の戦闘でほぼ無傷だったアニタやミカルなどの討伐師たちはイデオンと同じで夜中に起きていた組だ。
翌日になれば、最初の戦闘で意識が失ったスティナたちも起きてきていた。むしろ、無理やり起こされた感の方が強い。特にスティナは。
監査室本部の執務室。いつもと同じ部屋なのに、どこかがらんとした雰囲気が漂っている。いつもいる人が居ない。監査官が、そして、いつも泰然と微笑んでいるはずのエイラが。
集まってきた討伐師たちは、エイラがいるはずの場所をちらっと見て悲しげに目を伏せた。
「ニーグレーンの調査結果だ。出現したヴァルプルギスは全部で百一体。うち、ニーグレーン内から出現したのが七十三体で、残り二十八体は外から集まってきたものだ」
ばん、と資料をテーブルにたたきつけてリーヌスが言った。簡潔で分かりやすいが、午前中だけで百一体のヴァルプルギスを調べたのか……。監査官と調査官が多数投入されたのだろう。
「そもそも、どうしてそんなに多くのヴァルプルギスがニーグレーンにいたんでしょうか?」
イデオンが口をはさむと、リーヌスは「いい質問だ」と別の資料を取り出した。
「ここ十年のニーグレーンの出入記録だ」
「それ、どこから引っ張ってきたんですか? 戸籍係ですか?」
思わずツッコミを入れてしまうイデオンだった。リーヌスが「細かいことは気にするな」とぴしゃりと言ってのけた。
「討伐されたヴァルプルギスとニーグレーンに入った住民が八割一致したんだ。つまり、意図的にニーグレーンにヴァルプルギスが集められていたことになる」
そして、残り二割が。
「おそらく、エクエスの力の素養がある人間を調べ上げて、ヴァルプルギスに変化させたんだろう。それらしい記録が残っていた」
と、さらに資料を取り出すリーヌス。こちらは写真で、用紙にカラー印刷されたいくつかのメモ書きなどが移されていた。
「今オルヴァーが解析してくれているが、やはり精神感応系の洗脳と力を誘発させる薬で徐々にヴァルプルギス化させていくようだな」
何が目的でヴァルプルギス化の実験をしていたのかは不明であるが、それはまたあとで検討になる。それよりも前にもう一つ問題があった。
「おそらく、あの人形だったヴァルプルギスがやったんだと思うが……」
リーヌスが再び写真資料をテーブルに滑らせる。みんながその写真を覗き込んだ。壁がうつっている。
『討伐師諸君、ヴァルプルギスの夜に再びお相手願う』
「……」
沈黙が降りた。ヴァルプルギスの夜……あと一週間後だが、その時に再び、ヴァルプルギスが襲ってくると言うのだろうか。しかも、正確な時刻はわからないし、場所も不明だ。もしかしたら首都ではなく南部や北部が現場になるのかもしれない。
こちらは、監査官もだが特に討伐師に多大なる被害が出ている。三十人以上の死者をだし、今も意識が戻らない討伐師だっている。この状況で再び戦火を交えるのは不可能に思えた。
それでも。
「やることは一つだな」
そう口火を切ったのはミカルだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
さすがにそろそろクライマックス。本編完結後はしばらく番外編をお送りします。




