ヴァルプルギスの宴【5】☆
エイラが死んだとわかったとき、スティナは一瞬頭が真っ白になった。だが、すぐに思い出した。
『指揮権の一部をあなたに預けるわ』
そう言われた。と言うことは、エイラがいない今、指揮権はスティナにあるはずだ。
やらなければならないと思った。エイラが最後に放った一撃で、ヴァルプルギスは後退していた。一時間持たせれば、結界に閉じ込めることができる。
「各々自分の身を守ることを最優先に考えろ! オルヴァー! こっち来んな! そのまま南に回れ!」
『横暴だ! だが、了解だ!』
一言多いオルヴァーにはツッコミを入れず、スティナは東側に回ってこようとしたオルヴァーに指示した。そう。スティナのいる中央東付近には近寄らないでほしい。スティナが周囲を巻き込むのを気にして全力を出せないので。
スティナは周囲の家の屋根を踏み台に、この町で一番高い建物である役所の屋根に飛び乗った。その勢いのまま屋根を蹴り、そこから街全体を見渡していたヴァルプルギスに攻めよった。
「はぁっ!」
気合と共に息を吐きだす。いつもの色気がない、と言われる気合の声だ。余計なお世話である。
相手はさすがに反応が良かった。スティナが大きく振りかぶった剣戟を避けられる。しかし、想定の範囲内だ。
「討伐師か。一人で戦う気か?」
言葉を発したのはヴァルプルギスだ。いや、知性があり言葉を話すヴァルプルギスには何度かあったことがあるが、ここまで思考がしっかりしており、はっきりと会話のできるヴァルプルギスは初めてと思われた。まあ、スティナの記憶力だからあまり信用はできないけど。
「余計なお世話だ。どいつもこいつも」
思わずスティナは吐き捨てる。心配してくれるのはありがたい、と思うべきなのだろう。だが、言われ過ぎて煩わしい時もある。まさに親の心子知らず。
「威勢のいい娘だな。お前はエイラ・セイデリアか? それともスティナ・オークランスか?」
討伐師の名前を知られていることにどきりとしたが、基本装備が無表情であるスティナの表情は変わらなかった。スティナは剣の柄を握り直し、言った。
「どちらでもいいだろう!」
「確かに。殺してしまえば同じだ」
そう言って笑うヴァルプルギスにスティナは再び剣を振りかざすが、今度は受け止められる。そのまま攻撃を食らう前に剣を引き、代わりに蹴りを繰り出した。痛かった。
ヴァルプルギスは硬いものが多いが、こいつもそうだった。フォルムは人間と変わらないが、鎧を着ているかのように光沢のある黒をしていて、顔も仮面をしているかのようにのっぺりしている。先ほどから会話しているが、口がどこにあるかわからない。
と、思ったら、通常の人間ではありえないほどの大きさで口が開かれた。スティナは驚いて後ろに飛びのいたが、屋根の上で足場が悪く、足を滑らせた。仕方がないのでそのまま空中に跳躍用魔法陣を展開してそこを蹴る。体勢を立て直しながらアクロバティックにヴァルプルギスを襲撃した。
「っ!」
空中にいたためにヴァルプルギスの攻撃を避けきれなかった。間合いはスティナの方があるはずだが、自ら懐に飛び込んでしまったスティナは腹部に強烈な一撃を食らった。息が詰まる。空中で一回転して何とか隣の建物の屋根に着地した。
「い……ってぇ……っ!」
腹部を押さえて痛みの波をやり過ごす。何とか耐えて顔を上げると、ヴァルプルギスがそこまで迫っていた。スティナは避けることはせずに迎え撃つ。
がん! と衝突音が響く。ヴァルプルギスが繰り出した拳をスティナが剣で受け止めたのだ。力が拮抗した状態でしばらく停止する。
と、ヴァルプルギスが足払いをかけてきた。見事にバランスを崩したスティナは横ざまに頬を殴られた。口の中が切れて、血の味がした。
だが、転んでもただでは起きないのがスティナだ。バランスを崩したところから手をつき、そのままヴァルプルギスの顎を蹴りあげた。力の補助を使ったので、かなり痛かったはずだ。こちらも手首を痛めたが。だが、気にせず手をついたまま身を反転。逆の足でお返しとばかりに横ざまに顔を蹴りつけてやった。それから立ち上がる。おそらくひねっただけだと思うが、軸にした右手首が痛む。剣を左手に持ち替えた。
スティナはヴァルプルギスから距離をとる。まずいな、と思った。倒してくる、と言ったが、倒せないかもしれない。おそらく、ミカルや全盛期のエイラなら、倒せた。だが、スティナの力量はまだそこまで達していない。
だが、二人ともここにはいないのだ。だから、スティナがやるしかない。他の者には任せられない。今いる討伐師の中で、最も腕が立つのは彼女なのだから。
スティナは剣を構え直す。深呼吸して痛みを無視する。
刺し違えてでも倒してやる!
その意気込みでスティナはヴァルプルギスと対峙したが、現実はそううまくは行かないものだ。攻撃は最大の防御を地で行く彼女が、防戦一方になっている。すでに彼女が参戦してから三時間近く経過している。体力的にも限界が近い。
『スティナ! 何やってんだ! 結界を閉じるぞ!』
「!」
突然通信機からリーヌスの声が飛び込んできた。時間を確認すると、十七時が近づいている。その時間に何があっても結界を閉じろ、と言ったのはスティナだ。
意識すればわかる。ニーグレーンの街を、半球状の結界が覆っている。あとは、東西南北に一か所ずつある出口用の穴を閉じれば結界は完成する。
迷ったのは一瞬だった。
「……構わん! そのまま閉じろ! 私はこいつを倒す!」
通信機に向かって叫んだ。このまま結界を閉じられれば、スティナもヴァルプルギスと共にこの街から出られなくなる。再び討伐師が体勢を整えて残ったヴァルプルギスの討伐に来るまでスティナが生きていられるとは思えない。
彼女は本当に、刺し違えてでもこのヴァルプルギスをとめるつもりだった。
「威勢はいいが」
ヴァルプルギスがスティナに蹴りを繰り出す。よけきれなかったスティナは、そのまま吹っ飛び、三階建ての家の壁に激突した。そのまま地面に落ちる。
体力の限界だ。視界もかすむ。息も苦しい。今の衝撃で額が割れ、血が流れた。それでも、彼女は手をついて身を起こす。
「討伐師も、こんなものか」
ヴァルプルギスが残念そうに言った。スティナは思わず睨み返したが、立ち上がることができない。
死を覚悟した、その時。
『スティナ! 東の出入り口まで来られるか!? 誘導して来い!』
ミカルの声だった。ついに、彼が到着したらしい。
現在討伐師の中で最強の男が、いる。彼と協力すれば、このヴァルプルギスを倒せる。かもしれない。
現金なもので、そう思ったとたん、スティナの体は動いた。ヴァルプルギスの攻撃をよけるように立ち上がり、彼女は地を蹴った。そのまま屋根に飛び乗り、走る。
突然逃げだしたスティナを、ヴァルプルギスは追いかけた。一度捕まりそうになり、体を反転させて斬りつけた。牽制が目的なので、あまりダメージは与えられなかったがとにかくミカルの元までたどり着ければそれでいい。
結界の端が見えてきた。一部だけ結界が開いている。スティナはその穴に滑り込んだ。
「スティナ!」
「スティナちゃん!」
リーヌスやイデオンがスティナを見て驚きの声を上げるが、スティナは真正面にミカルがいることだけを確認した。着地の瞬間、足元に跳躍用の魔法陣を展開し、後ろに宙返りした。スティナのあとから出てきたヴァルプルギスの背後に回る。スティナのさらに背後で、結界が閉じられた。
ミカルが剣戟を繰り出す。スティナは彼から剣術を習ったので、型はよく似ている。しかし、やや荒削りなところが抜けないスティナに対し、ミカルの剣は繊細かつ大胆だ。見惚れるような剣筋でヴァルプルギスを追い詰めるミカルを援護するように、スティナもヴァルプルギスに向かって光矢を放った。
「おわっ。危ないだろ」
「すまん。手元が狂った」
スティナは悪びれなくミカルに言った。利き手でないので感覚が良くわからない。
文句を言いながらもミカルの攻勢はとどまるところを知らない。ヴァルプルギスが体勢を崩した時、スティナもミカルと同時に大きく足を踏み込んだ。
スティナの剣はヴァルプルギスの首を半分ほど切り裂き、ミカルの剣が心臓のあたりを貫いた。二人分のエクエスの力を受けて、ヴァルプルギスの体にひびが入る。
が。
「……何これ」
「人形か?」
スティナがくずおれたヴァルプルギスを見てつぶやいた言葉に、ミカルが返事をするようにつぶやいた。ミカルが黒い剣で肩をとんとんとたたく。スティナも良くやるのだが、ミカルのくせがうつったんだな、と何となく思った。
「え、どういうこと? こいつ、本物じゃなかったーってこと?」
いそいそと近づいてきたアニタがミカルとスティナを見比べて言った。スティナとミカルも困惑して目を見合わせる。スティナは白い剣の先でヴァルプルギスだったものをつついた。
「肉体ではなさそうだが……――っ!」
唐突に胸から熱いものがこみあげてきて、スティナは剣から手を離して口を覆った。ごほ、と咳き込み、吐きだしたのは血だった。今更全身に激痛が走り、足の力が抜けた。
「スティナ!」
「大丈夫!?」
ミカルがスティナの腕をつかんで支え、アニタも悲鳴を上げる。エイラが死んだばかりだ。他にもたくさんの討伐師がその生涯を終えている。その上、スティナまでいなくなったらアニタは立ち直れないかもしれない。そうでなくても、彼女は一度師事していた討伐師を亡くしているのだ。
「スティナちゃん!」
リーヌスは指示を出しているところなのだろう。駆け寄ってきたのがイデオンだとわかった。目がかすんで良く見えない。頭をあげているのも億劫だ。そのまま目を閉じ、スティナは意識を手放した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
スティナの危機(笑)
スティナの実力は当代五指に入りますが、やっぱりミカルの方が強い。




