ヴァルプルギスの宴【3】☆
一応大学の三回生であるスティナは、平日は学校にいる。三回生も後半となるこの時期は、来年の卒業に向けた卒業論文の準備をするためにゼミにいることが多い。
ゼミは同じような研究内容の学生が集まるグループだ。ゼミの先生と呼ばれる教授も似たような研究をしている場合が多い。そして、ゼミではひと月に一度研究の進捗状況の発表が行われる。今日はその日だった。
相変わらず大学内で浮いているスティナである。さすがによく顔を合わせるゼミの仲間とはそれなりに仲良くできていると思うが、一般的な若者の趣味嗜好は相変わらず良くわからない。
ゼミ仲間の男子学生が発表しているときに、不意に甲高い警報が鳴り響いた。何だ、と思ったらスティナの携帯端末だった。第一級緊急警報である。スティナは初めて聞いた。
「おいスティナ。発表中くらいマナーモードにしておけよ」
発表者の男子学生が笑ってそう言った。ちなみに、一応マナーモードになっているのだが警報はお構いなしに鳴り響く。スティナは慣れない手つきで警報を切った。それから荷物を鞄にツッコみつつ教授に言った。
「先生。私、早退します」
「健康優良児なお前が何をいっとるんだ」
教授にまでツッコまれた。中年を過ぎ老齢の域に入っているこの教授は、悪い人ではないのだが結構舌鋒が厳しい。いや、スティナも人のことは言えないが。
ちなみに、健康優良児発言は、去年の冬、ゼミの全員がインフルエンザで寝込んだにも関わらず、スティナは一人けろりとしていたことに起因する。
「急用ができたので」
スティナはさらりとそう言って立ち上がった。鞄を肩にかける。ゼミ仲間たちが「おいおい、本気で帰るつもりかよ」と驚いている。
「理由は司法省広報部まで」
「役人みたいなことを言うな」
教授はそう言ってため息をついたが、彼はスティナが討伐師であることを知っているはずだ。ツッコミをいれられたが、スティナが早退する、と言いだした理由を察したはずだ。
「そう言うことで、お先に」
スティナがそう言って研究室を出ようとしたとき、タイミングよく携帯端末が着信を告げた。
「はい」
『あ、もしもしスティナ?』
「エイラか」
『そうそう』
着信が監査室本部からだったので、個人まではわからなかったが、声はエイラのものだった。
『警報、聞いた?』
「ああ。緊急速報も読んだ。ニーグレーンでヴァルプルギスが大発生しただと?」
冗談としか思えないような内容である。しかし、誤報とは考えにくい。廊下を速足で歩きながらスティナは言った。
「とにかく現場に行けばいいんだろ。今から向かう」
『いえ、迎えに行くから待ってて。今大学よね?』
「そうだが……走って行った方が速いだろ」
わざわざ車で道路を走るよりも、スティナ自身が走った方が速い。彼女が走るのであれば、わざわざ道路を通って遠回りする必要がないからだ。
『いいえ。迎えに行くからそこで待ってなさい。ニーグレーンに行く前に話しておきたいことがあるの』
「……わかった」
エイラの声が真剣だったので、スティナは了承を口にした。通話を切ると、背後から「スティナ!」と大声で名を呼ばれた。周囲の学生が何事かとこちらを見るが、そこにいるのがスティナだとわかると視線を逸らした。
追いかけてきたのはシーラだった。ちなみに彼女はスティナと同じゼミである。昨年の年始の出来事があってから、明らかに避けられていると思ったのだが、突然どうした。
「……あの」
立ち止ったスティナに追いついたシーラは、胸元のリボンを手でいじりながら視線を泳がせる。なかなか口を開かない彼女にスティナはぴしゃりと言った。
「時間がない。用があるならとっとと話せ」
語気の強い言葉に、シーラはびくりとした。彼女は一度深呼吸してから尋ねた。
「……戦いに行くの?」
シーラは、スティナが討伐師であることを知っている。だから、彼女が突然早退する、と言いだした理由をヴァルプルギスと結びつけたのだろう。
「そうだとしても、お前には関係ないだろ」
そう言って背をむけようとするが、「待って!」と手首をつかまれた。
「どうしてあなたが戦う必要があるの? 死んじゃうかもしれないのよ!」
「……」
シーラに問われて、スティナはすぐに答えられなかった。スティナは少し目を細めて言った。
「……私には、その力があるからだ」
絶対数の少ない討伐師。特別な、ヴァルプルギスを倒す力を持つスティナたちは、戦うべきなのだ。少なくともスティナはそう思う。
スティナより低い位置にあるシーラの瞳が見開かれ、くっと顔がゆがんだ。彼女はスティナの手首を離した。
「……去年の初めのこと、ずっと謝りたかったの」
「何のことだ」
この時、スティナは本当にシーラが何を指してそう言っているのかがわからなかった。
「私、あの時、あなたが私のことを助けてくれたのわかってたのに、ひどいことを言った……」
そう言われて、スティナは、「ああ」と思い出した。
「別に。私が人外魔境に半身を突っ込んでるのは確かだからな」
だから、彼女はまさしく化け物なのだ。シーラは顔をゆがめたまま、「本当にごめんなさい」と謝った。
「ごめん、時間取らせて。気を付けてね」
「善処はしよう」
スティナはそう言ってシーラに背を向けた。そのまま正面門に出ると、ちょうどよく特別監査室の指揮車が滑り込んできた。エイラの隣に乗り込み、装備を身に付けながら話を聞いた。
「そして、指揮権の一部をあなたに預けるわ」
エイラにそう言われ、初めに驚きの声をあげたのは助手席にいるアニタだった。まあ、驚きたくなる気持ちはわかる。あまりにも騒ぐので、「悪かったな、脳筋で」と言ってしまったが。
だが、エイラがあまりにも真剣だったので、スティナはそれを了承した。思えば、この時、エイラの異変に気付くべきだったのかもしれない、と後から思った。
エイラが立てた作戦は、ニーグレーンを結界で覆ってしまう、と言うものだった。住民を避難させ、中にヴァルプルギスを閉じ込めてしまうのである。現在動員できる討伐師の人数ではヴァルプルギスすべてを倒すのが難しいための対応だ。
現場に到着すると、スティナはなぜか無駄に歓迎された。その歓声を聞きつつ、スティナはアニタにエイラの側にいるように命じてニーグレーンの街に飛び込んだ。もちろん、装備はスノー・エルフィンだ。
現在、ニーグレーンの中にいるのは逃げ遅れた住人と討伐師のみである。耳に付けた通信機から入ってくる情報によると、まだ五十人ほどの住人が街中に残っているらしい。そして、急遽集められた討伐師は二十人程度、ヴァルプルギスは観測できるだけで五十体はいるらしい。明らかに不利だ。
スティナは車道を駆け抜け、ヴァルプルギスを切りつける。さすがに一撃では倒せないが、一体に集中できる状態ではない。振り向きざまに二体目を切りつけ、背後から近づいてきたヴァルプルギスには回し蹴りを食らわせる。今は住民を逃がす方が先で、ヴァルプルギス討伐は後回しだ。
「スティナ!」
五人家族らしい住民を連れた討伐師の青年がスティナを見つけて叫んだ。スティナは「そのまま行け!」と街の外を示す。首都郊外であるこの町は、さほど大きくないが人口は結構多い。
『北側からヴァルプルギスが接近! ニーグレーンに入ろうとしてるぞ!』
『北に討伐師を派遣! 急いで!』
リーヌスとエイラの声が通信機から飛び込んでくる。スティナはそばを駆け抜けた討伐師に言った。
「アーロン! ここはいいから北に回れ!」
「了解だ、スティナ!」
アーロンはこの場所をスティナに任せ、北側に向かう。ちなみに、ここはニーグレーンの東側にあたる。
「ヨーン、残っている住人がいないか確認を!」
「わかった!」
もう一人、近くにいた討伐師に指示すると、彼はすかさずうなずいて街の中心の方に走って行く。周囲のヴァルプルギスを討伐師終えたスティナが改めて見渡すと、そこにはヴァルプルギスだけでなく、仲間の体も転がっていた。その体の損傷具合から言って、もう生きてはいないだろう。
「……っ」
討伐師はいつも死と隣り合わせた。仲間の死をいくつも目にしてきたスティナだが、これはいつまでたっても慣れるものではない。
だが、考えている場合ではない。考えると動けなくなる。スティナは頭を振って前を見た。助走をつけて屋根に駆け上がる。
周囲の屋根より一段高いところに上がると、遠くの方まで状況が見渡せた。状況は芳しくないようだった。ヴァルプルギスに対して討伐師が少なすぎるし、さらに住民をかばいながら戦っているのだ。仕方がない。
監査官を街中に入れて援護させると言う方法もないわけではないのだが、やはり、ただの人間、もしくは力の弱い監査官をヴァルプルギスがうじゃうじゃいる場所に入れるのはためらわれた。
「避難状況は?」
『あと二十人ちょいと言ったところだ。もう少し踏ん張ってくれ』
「了解」
リーヌスに確認すると、彼はそう返答した。だいぶ住人達も避難できたようだ。ただ、住人の避難が完了しても、守護系能力者がいなければ結界が張れない。今は三人の守護系能力者が結界を編み上げる準備をしているが、最低五人は欲しいところだった。人数がそろうまで、ヴァルプルギスが外に出ないようにする役目も残っていた。
と、不意に閃光が走った。まだ青い空の下に稲光が見えた。次いで、轟音が鳴り響く。その衝撃のせいかわからないが、通信機からザーっという雑音が聞こえてきた。
そして、次の瞬間。エイラの戦略的攻撃能力が青空の下を通過した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
会話だけ聞いてると、スティナとシーラの間に恋が芽生えそうな感じ(笑)




