表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/82

ヴァルプルギスの宴【2】









 さて。四月の下旬、その事件は起こった。イデオンはその報告を聞いた時、誤報かと思った。第一級の緊急警報が鳴り響き、その時監査室本部にいた監査官たちは何事かと目をあげた。

「え、何々?」

「緊急警報ね。私も聞いたのは二回目だわ」

 エイラが警報器を見ながら言った。というか、以前にもあったということなのか。次いで、警報を鳴らしたと思われる監査官から報告が入った。


『第一級緊急警報、第一級緊急警報! ニーグレーンにてヴァルプルギスが大量発生! 至急、増援求む! 繰り返す!』


 即座に監査官たちが通信機をとる。

「おい、大丈夫か? 大量ってどれくらいだ?」

『数え切れん! 五十は越えていると――――もう、が――――』

 スピーカーでの会話であったが、途中でザーザーと砂嵐に変わった。エイラの顔が険しくなる。

「すぐに討伐師を集めて。学生もすべてよ。戦闘支援の監査官も準備してすぐに出発して。リーヌス、あなたは第一陣で向かってちょうだい。索敵担当よ。私が到着するまで指揮を執って」

「了解。……って、エイラも来るのか!?」

「行くわよ。まあ、多少の戦力にはなるでしょ」

 さらっとエイラは言った。現在、討伐師総帥のマテウスもアカデミー校長のミカルも現在、首都にはいない。やってくるには時間がかかる。指揮を執るとしたら彼女だろう。


「つべこべ言わない! さっさと行く!」

「りょ、了解」


 エイラに強く言われてリーヌスが第一陣の監査官を連れて出ていく。討伐師が集まるには少し時間がかかるだろう。イデオンもついていこうとしたが、エイラに呼び止められた。

「イデオン、あなたは私と一緒に行くわよ。スティナとアニタを拾っていくわ」

「……わかりました」

 第一級緊急警報が鳴ったと言うことは、討伐師たちにも連絡がいっているだろう。エイラが携帯端末を手に取り、スティナに電話をかけ始めた。

「あ、もしもしスティナ? ええ、そうそう」

 エイラが早口に話しはじめる。会話を聞いている限りでは、スティナは『走って行く』とでも言ったのだろう。エイラがしきりに迎えに行くからそこで待っていろ、と言っている。

 討伐師あるあるなのだが、彼らはよく『車で行くよりも自力で走った方が早い』と言う。車が平均時速六十キロで走っていると考えると、それよりも速く走っていることになるが、それは肉体的に大丈夫なのだろうか。


 という無駄な心配はともかく、エイラとスティナがやり取りをしている間にイデオンは非常時出動用の指揮車しきしゃのキーを手にする。さらに武器類が入ったアタッシュケースと、対物狙撃銃のケースを手に取る。さらに、途中で拾う予定のアニタとスティナの装備も用意した。討伐師のそれぞれの装備は、各々用意されている。スティナのように自分の武器を自分の亜空間にしまっている場合もあるが、これはかなり特殊な能力で、スティナ自身も長時間続けられないらしい。

「よし。イデオン、行くわよ。マレーナ、ディック。留守番よろしく」

「了解です!」

 眼鏡をかけた管制担当の女性と情報解析担当の男性がそろって声を上げる。監査官にもこうした技術職が存在する。なんと言うか、イデオンのように一芸に秀でたような人間が多く配属されている。

 イデオンはエイラの車いすを押し、車庫に向かった。アニタとスティナの装備はエイラが膝に置き、対物狙撃銃はイデオンが担ぎ、アタッシュケースは車いすの荷物入れに入れている。

「エイラさん、前に乗ります?」

「いいえ。後ろに乗るわ」

 一応尋ねるとそう返事が来たので、イデオンはまずエイラを後部座席に乗せた。それから荷物を積み込み、運転席に座る。


「じゃあ行きますね。まず、ハーン高等学校ですね」


 先にアニタを回収し、あとからスティナを拾う。イデオンは車を発進させた。

 ハーン高等学校はアニタの通う学校だ。ちなみに女子高である。

「なんか大変みたいね」

 アニタがそう言いながら後部座席に乗り込んだ。すぐに装備を受け取り、足元の靴を履きかえる。さらに制服のスカートの下にスラックスを履いてスカートを脱いでいる。彼女のように、討伐師の女性には羞恥心が大幅に削られている者が多い。

「大体のことは聞いているわね。スティナを拾ってから作戦を説明するわね」

 緊急事態であるが、エイラもアニタも落ち着いている。アニタの場合は、イデオンと同じで実感がないのかもしれない。


「あ、スティナ」


 アニタがクロンヘルム大学の校門前に腕を組み仁王立ちしているスティナに気づいてウィンドウを開けて手を振った。スティナは肩にかけていた鞄を持ち直しながら近づいてくる。エイラがとなりのアニタに声をかけた。

「アニタ。助手席に移動してくれる?」

「らじゃらじゃ」

 アニタは軽い調子で言うと、スティナに場所を譲った。そして、乗り込んできたスティナもそこで装備を身に着け始める。

「スティナ、状況は聞いてる?」

「ニーグレーンでヴァルプルギスが大量に出現したと言うことは聞いた」

 スティナがブーツを履きながら言った。彼女ははじめからパンツスタイルなので私服の上に防護魔法陣の編み込まれた上着を着ている。


「詳しいことは私もわからないけど、一応いくつか情報が入ってきてる。今のところ、第一陣の部隊が住民の避難誘導をしてる。とにかく、私たちの仕事はヴァルプルギスをニーグレーンの外に出さないこと。原因究明はあとよ」


 エイラの言葉に神妙にうなずいたのはアニタで、装備を整えたスティナは腕と足を組み、偉そうに背もたれに寄りかかった。

「状況にもよるが、この辺りで動員できる討伐師って何人くらいだ?」

 現在、討伐師の総人数は二百人に届かない。北部や南部の支部にも討伐師は数名配置されている。いくら首都フェルダーレンが討伐師動員数が多いと言えど、全部で百人もいないはず。

 そして、急遽集められるのは何人なのだろうか。三十人も集まればいい方だろうか。

「そうね……学生も集めているから二十人以上は集まると思うけど……」

「……一人当たり三体ってところか……」

 まあ、二十対五十ならそうなる。スティナならできそうだが、全員が全員できるとは思えない。


「で、わざわざ私を呼び出して、何の用だ」


 スティナはエイラに向かって直球で言った。まあ、さくさくと進めてもらわなければそろそろニーグレーンに到着する。

「今回、ミカルもマテウスもいないから、私が討伐師の指揮を執るわ」

 討伐師と援護役の監査官は連携するので、エイラが事実上の『総指揮官』となるわけだ。


「そして、指揮権の一部をあなたに預けるわ」

「ええっ!?」


 驚きの声をあげたのは指揮権を預けられたスティナではなく、アニタの方だった。運転中のイデオンは振り返れないが、アニタは身をひねって後部座席を見た。

「スティナに? 大丈夫なの? ほかにも、オルヴァーとか」

 アニタが不安そうに言った。スティナが「脳筋で悪かったな」とアニタが座っている助手席のシートを蹴った。

「スティナちゃん。車の中で暴れないで」

「……」

 さすがに悪いと思ったのかわからないが、スティナは沈黙を持ってイデオンに返した。

「アニタ、あなたはちょっと黙ってて」

「……はい」

 話がそれるからだろう。エイラがアニタにそう言った。アニタはうなだれつつもうなずく。

「私は戦場の中にまでは入れないわ。通信機はつけてもらうけど、その場に適した指示を送れないこともある。だから、最前線に行くスティナに指揮権の一部を預ける。私に何かあった場合は、そのまま指揮権がスティナに降りると思ってちょうだい」

 その言葉にアニタが何か言いたそうな表情をしたが、エイラに黙っていろと言われたので口をつぐんでいる。イデオンもつっこみたいが、藪蛇なので前にいる二人はそろって口を閉じていた。


「いいわね?」

「……わかった」


 不承不承の(てい)だったが、スティナが同意を示したところでこの話は終わりだ。続いて、作戦の話に移った。

「アニタとイデオンも聞いてね。今、後方支援の討伐師に声をかけて、ニーグレーンを覆う結界を張る準備をしてもらっているところ」

 ちなみに、エイラの言う『後方支援の討伐師』はどちらかと言うと監査官の役割に近く、二百名弱の戦闘系討伐師の人数には入っていない。


「ヴァルプルギスだけを残して、ニーグレーンを出入り不可能な結界で覆うわ」


 エイラの立てた作戦はこうだ。どう考えても、五十近い……もしかしたらまだ増えているかもしれないヴァルプルギスを、急遽集められるだけの討伐師で倒すのは不可能だ。なら、倒せる人数が集まるまで閉じ込めておけばいい。

 今のところ、ニーグレーンの外にはあまりヴァルプルギスが出現していない。そのため、ニーグレーンから住民を避難させた後、結界で覆ってしまおうと言うのだ。結界なら、四・五人の守護系能力者がいれば、魔法陣を使って作ることができる。


 ただし、その四・五人の能力者が集まるまで一時間はかかる。それに、住民の避難が終わる前に結界を閉じれば、出られなくなる。それはまずい。そこで、討伐師は住民が避難し終えるまでの支援と、街の外から出て行こうとするヴァルプルギスを倒す役目が与えられている。いや、いつもそんな感じだが。

「能力的に、スティナは避難支援、アニタはヴァルプルギスが町から出ないように討伐ね」

「了解」

 スティナとアニタがうなずいた。アニタはスティナに師事しているが、もともとこの二人の能力は全く違うので、こうして大規模な作戦をとるときはどうしても配置がわかれてしまう。


「ニーグレーンって、ヴァルプルギスの監査が入っていたか?」

「……ん!? それ、僕に聞いてる?」


 スティナの唐突な言葉に、イデオンはたっぷり間を置いてから反応した。スティナは「当然だろ」と不機嫌そうに言う。

「んー。僕の記憶の中では、最近は入ってないかな。一年前に一度、ニーグレーン内の図書館に監査が入ってるけど」

「あ、それ、私が敗走したやつ……」

 アニタがしょんぼりして言った。いや、そんなつもりはなかったのだが、申し訳ない。

「……そうか」

 落ち込んでいる弟子を気にかけず、スティナはそう言って話を打ち切った。ニーグレーンに到着したのもある。

「状況はどうなってるかしら」

 イデオンとスティナによって車いすに移動させられているエイラが尋ねた。尋ねた先にいるのはリーヌスである。


「何とかヴァルプルギスがニーグレーンから出るのを防いでいるが……すでに住民にかなり被害が出ている」


 リーヌスとエイラが状況報告をしているそばで、スティナの到着を見た監査官及び討伐師たちが歓声をあげた。


「スティナ!」

「待っていた! 俺たちはお前を待っていた!」

「うるせぇよ」


 騒ぐ周囲に、スティナはぴしゃりと言ってのけた。剣を引き抜くとその剣先をアニタに向けて言う。

「いいかアニタ。エイラの側を離れるなよ」

「わかった!」

 アニタが力強くうなずき、エイラが何か言う前にスティナは強く地を蹴った。空中戦用の装備を身に着けた彼女は、足元に跳躍用の魔法陣を展開して一気に家の屋根にかけのぼった。エイラがため息をつく。


「いつまでも子供だと思ってたけど、そうでもないのね……」


 ミカルと同じく、エイラも完全にスティナを娘扱いしていると思った。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


事件勃発(笑)

私の文章力のなさで全く伝わりませんが、けっこうな緊急事態です。

数で劣る討伐師たちは、スティナを見て歓喜しています(笑)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ