ヴァルプルギスの宴【1】
今日から最終章です。
スコープを覗き込み、目標を補足する。動き回るそれは捕らえるのが難しいが、まあ、何とかなるだろう。三か月と言う短い期間であったが、軍に身を置いていたのは、今となってはいい経験だった。何度か死ぬかと思ったけど。かつてスティナが、『ヴァルプルギスとの命のやり取りより、交通事故の方が死ぬかと思った』と言っていたが、その気持ちが何となくわかった。
イデオンはゆっくりと引き金を引いた。その銃弾が赤い血をまとったようなヴァルプルギスにあたった。一瞬、ヴァルプルギスが足を止めた。その隙を逃さず、金髪の討伐師……まあ、ニルスだが、彼が槍でヴァルプルギスを貫いた。
いつも思うが、討伐師たちは思い切りが良い。イデオンは解体中のビルから降りた。
「さすがだね、ニルス君」
「イデオンも、軍から帰ってきてから調子いいよね」
ニコリと相変わらずかわいらしい顔でニルスは笑った。イデオンは持っていた対物狙撃銃を見て苦笑した。
時期は春。イデオンが特別監査室に配属されてから一年半がたっている。一年前のちょうどこのころ、スティナが交通事故に遭遇したっけ。懐かしい。イデオンも社会人二年目だ。
一方のニルスは高等学校三年生である。受験生であるが、すでに推薦で大学を決めている。スティナと同じ、クロンヘルム大学に進学するようだ。教育について学ぶつもりらしく、教育学部に進学すると言っていた。
今回、イデオンとニルスの二人でヴァルプルギスの討伐に来ていた。単純に、二人しか都合がつかなかったのである。ニルスの実力は十分であるし、イデオンも二年目に入り、だいぶ補佐も様になってきた。
通常、討伐師は二人以上で組んで戦うものだが、最近、実力が一定以上の討伐師は一人で行動することが多い。討伐師の人数が減ってきているのだ。
一年半、特別監査室にいてわかったのだが、討伐師には中間層以上が少ない。なんと言うか、一定のレベルを越えると減少が緩やかになるのだが。ちなみに、新人は熟練の討伐師に師事するものなのだが、初期にイデオンがよく組んでいたスティナは現在、討伐師二年目のアニタの面倒を見ている。彼女は一人しか面倒を見ていないが、慣れてくると、二人、三人の面倒を見ることもあるらしい。
ニルスはまだ、新人の面倒を見るほどではないのだ。そう言った討伐師たちが、こうして一人でヴァルプルギスの討伐を行っている。
「まあ、それなりに鍛えられたから、体力はついたと思うけど」
イデオンはそう言って苦笑した。イデオンは社会人二年目に入ってすぐ、この国の軍に研修に行っていた。三か月間、陸軍で鍛えられた。
主に行ったのは射撃訓練だ。まあ、初めから射撃強化のために軍に贈られたのだが。
そこで、イデオンは『撃つため』の狙撃を学んだ。学生のころにクラブで行っていた射撃レベルではなく、軍隊で使えるレベルまで引き上げられた。もともとそれなりの才能があったのだろう。三か月間でかなり精度が上がった。
さらに通常の軍人の訓練も行った。スポーツレベルの運動しかしたことのないイデオンにはこれはかなりきつかった。対人格闘術も叩き込まれ、何故か機械操作も教え込まれた。行軍訓練もした。おかげで、たった三ヶ月でだいぶ体力がついた気がする。もちろん、それ以降もイデオンが体力づくりを行っていることもある。
「でも、やっぱりニルス君たちとは比べ物にならないよね」
「まあ、僕たちは子供のころから訓練を受けているから」
そうさらりと言ってのけるのは、討伐師に共通して言えることだ。しかし、そんな彼らを見ていると、イデオンは少し切なくなる。エクエスの力が希少なものだとは分かっているが、こうして小さなころからヴァルプルギスと戦うための訓練をしているのだと思うと切なくなる気持ちもわかってほしい。
そんなくだらない話をしながら、ヴァルプルギスの遺体を特殊な棺に納め、車に乗せる。このヴァルプルギスは、この後火葬される。場合によっては、棺に納めた後に再び暴れだすこともあるので要注意である。
ちなみに、討伐師と監査官がいると、監査官が運転手になる場合が多い。万が一、ヴァルプルギスが暴れた場合、討伐師は運転手でない方がいいに決まっている。それに、ニルス曰く。
「エクエスの力で肉体強化している討伐師が多いからね。車より自力で走った方が早いし」
とのことである。この国では十六歳から車の運転免許を取れるのだが、免許を持っていてもペーパードライバーになる討伐師が多い。スティナやミカルもペーパードライバーであるらしい。
本部に到着すると、ヴァルプルギスの棺は調査員に引き渡す。一度調べられ手から火葬される。この国では埋葬が一般的なのだが、ヴァルプルギスは例外なく火葬される。
報告も兼ねて本部の執務室に足を踏み入れると、半分くらいの監査官が出払っていた。
「あら、お帰りなさい」
ニコリと笑ったのは討伐師と監査官の調整役を兼ねる室長補佐官のエイラだ。
「ただいま」
「戻りました。だいぶ出払ってますね」
エイラに師事していたニルスは彼女に向かって気さくに言った。一応部下にあたるイデオンは敬語で話している。まあ、基本的にイデオンはたいていの人に丁寧な態度だ。
「そうね~。最近、多いわよね」
エイラが忙しそうに言った。彼女は軽く手を振りながら言う。
「戻ったなら早く報告書あげて手伝ってちょうだい」
「……わかりました」
イデオンは苦笑してまず報告書を書きあげることにした。ニルスもコンピューターに向かって文章をうちこんでいる。
しばらくすると、出払っていた監査官たちが次々と戻ってくる。調査に行っていた監査官もいるようだ。
「戻ったぞー」
「最近外出多くて仕事がすすまねぇよな」
口々に言いながらそれでも仕事をする。そのうちスティナが帰ってきたが、彼女も巻き込まれて一緒に仕事をしている。最近こうして基本的に実働部隊である彼女も執務を手伝わされている。彼女が未来の総帥とみなされているからか、確実に経験を積まされている。気の長い引継ぎのような気もする。
しかも、車いすで身動きがとりづらいエイラにあれこれ言われて代わりに物をとったりしている。基本的にまじめであるスティナは指示されて動いている。
「スティナ、最近のヴァルプルギスはどう?」
「一言で言うと、統率がとれてる」
ざっくりと彼女は言った。ちなみに、エイラもスティナも手を動かしたままだ。
このごろ、単独で出るヴァルプルギスより二体以上で出るヴァルプルギスの方が多い。つまり、組んで戦っているのだ。
今までも、二体、三体と同時に出ることはあった。しかし、スティナが言うところの『統率』は取れていなかった。連携して戦う、と言うことは少なかったのである。
ヴァルプルギスは人間とほとんど変わらない知能を持つ。そのため、やろうと思えば軍隊のように指揮系統を作り、討伐師に対抗できたはずだ。絶対数が少ない討伐師は、そのように攻められればひとたまりもないだろう。
「誰かが操っている感じってこと?」
「そこまではわからねぇな。だが、操られている感じはない、と思う」
「わかってるじゃない」
エイラはツッコミを入れた。スティナは立ち上がって移動書架から資料をとりながら言った。
「操っている、と言ってもいろいろあるだろ。ヴィーみたいに物理的に操る力もあれば、指示を出して人をその通りに動かすことも『操る』ことだろ」
「……そうね」
思わず生真面目な返答があり、エイラは戸惑ったようだった。だが、すぐに立ち直る。ちなみに、ヴィーと呼ばれている歌姫フレイアは、一度スパイとなり討伐師たちの情報を流していたが、現在は再び討伐師に協力してくれている。歌手としてもいまだに人気である。
「でもまあ、言いたいことはわかるわ。強制的に肉体を支配されて操られるよりも、自分たちの意志を持って自分の意志で判断して動かれる方が面倒だものね」
「今はまだ何とか倒せるが、時間の問題だな。少なくとも、ヴァルプルギスの指揮官のような者がいると思う」
スティナですら連携されると倒すのに苦労する。彼女は今、アニタの面倒御見ているから、彼女のことも守らねばならない。ちなみに、そのアニタはまだ学校に行っている。
スティナが書架から戻ってきてエイラの机に資料を置いた。ついでに出来上がった書類はまとめて決裁済みの籠に放り込む。本当に、何気に面倒見の良い娘である。
「……まあ、普通は黒幕は前に出てこないわよね。わかればイデオンに狙撃してもらうんだけど」
「僕ですか。人間ならやりますけど」
何気なく巻き込まれたイデオンはそう答えた。ヴァルプルギスが相手では、イデオンは役に立てないと思う。イデオンのセリフを聞いて、向かい側に座る監査官に言われた。
「お前、強くなったよなぁ。精神が」
「天然なんだろ。鋼メンタル」
「ええ~、ひどくないですか」
笑って返せるくらいには、気心が知れている。エイラも声を立てて笑った。
「まあ、冗談よ。状況が悪い方に向かっている気がするから、ちょっと笑い話でもと思って」
そんなことを言うエイラも、十分ひどいと思う。しかし、だしに使われたイデオンも笑っているから、こんなものなのかもしれない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
いつもどおり、最初はあまり関係ない話。イデオン、ちゃんと軍事訓練を受けて帰ってきました。




