北の大地【12】
この話で第5章も終わりです。
ベンチに座っているスティナは、「別にそれはどうでもいいだろ」と話をそらす。彼女にとっては、自分が狙われたことよりも変化した人間やヴィルギーニアの方が気になるらしい。
「やっぱりどうやって人間が変化したのかわかってねぇだろ。オルヴァーあたりが調べてるだろうが」
喪服であるモーニングドレスを着てハットベールをしっかり身に着けているスティナは、黙っていれば落ち着いた貴婦人に見えないこともないが、相変わらず口を開くと残念である。
「ヴィーからも少し話を聞いたけど、長期の服薬と洗脳による『調整』が行われているらしいわね」
と、エイラは少し嫌そうに言った。投薬と精神感応能力による認識変化が行われているのは予想していたが、実際にわかると嫌なものである。
「でも、そう言うのってたぶん、エクエスの力が元からある人じゃないと作用しませんよね。おそらく、もともと持っている力を増長させているだけでしょうし」
イデオンが少し考えながら言った。監査官になる際に、イデオンは能力値について調べられているが、全てマイナスだった。つまり、彼のような能力のない人間を変化させることは不可能だろう、と言いたいのだ。
「だが、様相はヴァルプルギスに近かっただろ。まあ、エクエスの力とヴァルプルギスの力は同系統だとも言われているし、討伐師にも自分の体の一部を変化させる能力を持っているやつがいないわけじゃねえが」
スティナがツッコミを入れたが、自己完結している。今のところ、ヴァルプルギスは人間が力を持つにあたって分化した、と考えるのが一般的だ。広義的に考えれば、彼らも人間なのである。
「ということは、結果的に体が変化しただけであって、能力的には討伐師よりなのかもしれないな」
「本当ならもう少しデータを取れればよかったんだろうが……ミカルもスティナも、実力が抜きんでてるから」
ミカルが考察を口にすると、リーヌスからそんな指摘が入った。確かに、ミカルとスティナは討伐師の中でも実力が飛びぬけている。スティナはまだ伸びるかもしれない。
「別に私らだって瞬殺したわけじゃねぇだろ。戦った感覚的には、ヴァルプルギスより人間に近かったけど」
スティナがそう言った。ミカルもそうだな、とうなずいている。
「動きは人間に近かった気がするが」
「まあ、あの様子なら人間をヴァルプルギス化することもできると考えるべきだろうけど」
スティナがそう言って腕を組んだ。
「問題が山積みねぇ。私もいつまでもこうしてのんびりしている場合じゃなのよね」
手伝ってくれない、とエイラがスティナに話しかけたが、彼女は「嫌」と一言でにべもなく断った。
「大学休みでしょ。いいじゃない」
「ミカルに言えよ」
と、スティナはミカルに丸投げした。ミカルはまじめな表情で言う。
「お前、未来の総帥なんだから少しくらい仕事覚えてもいいと思うぞ」
「補佐官と総帥は違うだろ」
と、スティナはいまだに納得していない様子。適任だと思うのだが。
「それに、マテウスが引退するまでに私が死んでいる可能性もないわけではない」
「……」
殺しても死なない、とすら言われるスティナだが、さすがに死ぬときは死ぬだろう。討伐師である以上、彼女の言うとおりいつ死ぬともわからない。事実として、彼女と同時期に討伐師になった者たちの約半数がすでに死亡しているという。
討伐師は入れ替わりが激しい。ゆえに年齢層は若く、十代から二十代の者がほとんどだ。
その時、イデオンは不意にピンときた。
「あ、どうしてスティナちゃんが狙われたかわかった気がする」
「え?」
声をあげたのが誰だったかわからないが、全員の視線がイデオンに向いた。話せ、と促されたのでイデオンはスティナの計算されたように整った顔を見て言った。
「スティナちゃんは若い女性で、美人ですよね。たぶん、いいプロパガンダになると思われたんです」
「プロパガンダ……宣伝、と言うこと?」
エイラの問いに、イデオンは「はい」と答える。
「まあ、討伐師には美形が多いですし、感覚が鈍っているのかもしれないですけど、ニュースとかで若い美人な女性とか、小さな子供とかが事件に巻き込まれると、必要以上に取り上げられるじゃないですか」
「……そうだな」
相槌を打ったのはリーヌスだ。イデオンは話を続ける。
「それと同じです。ヴァルプルギス……もしくは、それに見せかけた何かでもいいですけど、それにスティナちゃんが殺されたとします。討伐師に関して、国は情報統制を行ってますけど、完全ではないのでどうしても情報が流出しますよね。殺された人間が美人なら、なおさら」
「……」
先ほどから美人美人と連呼されているスティナは顔色一つ変えずに腕を組んだまま話を聞いている。
「流出した情報を知り、人々は『こんなきれいで若い娘が』となるわけです。そこから、討伐師の現状にメスが入れられることになると思うんです」
女子供が戦っているのは、討伐師の数が少ないからだ。そう結論づけられる可能性は、結構高い。七月現在、討伐師は全国で二百人に満たない。今年だけでも三十名近くが命を落としている。
なら、討伐師を増やせば女子供が戦わずに済むようになるのではないだろうか。そう考えるのは、それほど不自然なことではないはず。そこから、弱い力を引き出す事業が始まっても不思議ではない。
と言うようなことをイデオンは簡単に説明した。みんな、微妙な表情になっている。ありえない、と一蹴できないところが苦しいのだろう。
「……要するに私が殺されなければいいだけの話だろ、それは」
「……まあ、そうだね」
狙われているのであれば、スティナが死ななければ問題ない。イデオンはスティナの発言にうなずいた。そこに、リーヌスからツッコミが入った。
「お前ら、そう言うところが恐ろしいって自覚してるか?」
イデオンとスティナは思わず視線を合わせた。小首をかしげたイデオンに対し、スティナは無表情で眉をひそめた。
「それと、普通は反応が逆だろ」
ミカルもつっこんできた。そう言われてもそう簡単に性格が変わるはずがない。イデオンは相変わらずおっとりしているし、スティナは相変わらずの男前である。
ざあっと春の風が木々を揺らす。スティナとエイラのモーニングドレスが揺れる。最近の女性の喪服はヴェールではなくスティナのようなハットベールが多いのだが、エイラは眼帯を隠すと言う意味合いも兼ねて顔を覆うヴェールをしていた。
「あの」
女性の声で話しかけられてイデオンたちはそちらを見た。今日の葬儀の喪主である、ポールの妻がそこに立っていた。完璧な喪服姿であった。
「夫がお世話になりました」
ポールの妻が丁寧に頭を下げた。本来なら悲しくて辛くて泣いてしまいたいだろうに、彼女は気丈に頭をあげていた。ベンチに座っていたスティナとミカルも立ち上がり、頭を下げる。
「いえ。御夫君を守りきれず、申し訳ありません」
最年長者であるミカルが代表して口を開いた。彼がこの五人の中で最も地位が高いのもある。
「そんな。私も夫の仕事をわかって結婚したのです。覚悟はできていました。……けど」
ポールの妻は目を細め、少し切ない表情になった。
「覚悟していても、納得できないものですわね……」
「……」
討伐師も、監査官も。その言葉に返すものを持ち合わせていなかった。わかっていても、理性ではわかっていても、感情が追い付かない。人の死は、特に。
たとえ大切なその人がいなくなったとしても、世界はそのまま進んでいく。生き残った自分たちは、明日を生きなければならないのだ。
ポールの妻がもう一度軽く会釈をして離れていく。ミカルがため息をついてどかりとベンチに座りなおした。
「室長を撃ったやつ、どうなったんだっけ」
リーヌスが尋ねた。そう言えば、スティナが警察に引き渡していたが、その後はどうなったのだろうか。
「今調査中だ。黙秘を続けている。撃たれたのは監査官のポールだし、ヴァルプルギスが関わっていない殺人事件だからな。私たちでは介入できない」
ミカルが答えた。イデオンも少し考えながら口を開く。
「この場合は通常法が適用されるでしょうね。ヴァルプルギスが関わってくる法律は複雑ですし、ミカルさんが言うように人が人を害したわけですし、まあ、普通に殺人罪ですよね……」
一応法学部出身のイデオンだから、それなりに詳しい解説もできるが、言ってもわからないと思うのでやめておいた。
「そのポールを撃った人、何か知っているかもしれないけど、介入するのはちょっと難しそうね」
エイラもそう言ってため息をついた。もともと、警察と特別監査室は関係が良好ではない。不和と言っていい。だから、警察は意地でもこちらを介入させないだろう。
本当に、悩み事が尽きない。
「次の室長って、九月の人事異動で配属されてくるんですか?」
不謹慎であるが、イデオンは尋ねた。リーヌスが「ああ」とうなずく。
「あとひと月半くらいか……それまではエイラが肩代わりだ」
「私も監査官じゃないんだけどね。スティナ、手伝ってちょうだいね」
「嫌」
先ほども行った会話を繰り返すエイラとスティナだ。口ではなんと言っても、スティナは手伝ってしまうのだろう。本当にかわいらし女性だ。
「でもイデオン。お前、九月から三か月間、軍で研修だろ」
「ええっ!?」
リーヌスに思わぬカミングアウトをされて、イデオンは悲鳴をあげた。初耳である。
「なんでですか!?」
「いや、お前……聞いてなかったのか?」
リーヌスが焦ったように言った。もちろん聞いていない。言う前にポールが殉職してしまったからだろうか。
この国には兵役義務はない。なので、イデオンは軍事訓練をしたことがない。おそらく、このまま特別監査室の監査官でいるのなら、ちゃんとした訓練も受けてこい、と言うことなのだろうが。
「それなら、アカデミーでミカルさんにしごかれた方がましです」
「ちょっと気になる言い方だが、いつでも歓迎してやる」
ミカルが言ってのけた。エイラが「あなた、娘と仲がいいイデオンをいじめたいだけでしょ」などと言っている。
「つーか、お前の狙撃技術に磨きをかけて来いってことだろ。討伐師にガンナーはいないからな」
リーヌスが冷静に指摘した。確かに、弓矢を使うものはいるが、銃使いはいない。これは行ってくるしかなさそうだ。イデオンはため息をついた。
ちなみに、スティナは興味なさそうにこちらを見ていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
というわけで第5章も終わりです。次の第6章で本編は最終話となります。
イデオンの軍事訓練も楽しそうですが、話が進まないので一気に一年ほど時間が飛びます。
イデオンとスティナの仲も進展……するかなぁ。




