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北の大地【10】











「おい! しっかりしろ! イデオン!」


 やけに必死な女性の声に、イデオンはうっすら目を開けた。目の前にはかなげな美女の顔があった。スティナだ。


「あー、スティナちゃん」


 イデオンがへにゃりと微笑んで言うと、スティナはほっとしたような表情でうなだれた。

「……よかった」

「あ、心配してくれたんだ」

「うるさい」

 バシッと肩をたたかれた。そう言えば、イデオンは地面に寝かされているようで、コートを枕に横たわっていた。ゆっくりと上半身を起こす。

「無理するな」

「それ、スティナちゃんには言われたくないかも」

 そう言うと睨まれたが、先ほどのほっとしたような表情を思い出すと、可愛い、という気持ちしか浮かばない。


 周囲を見渡すと救急車やら消防車やらがサイレンを鳴らしていた。ホテルが火事になり、それなりに負傷者もいるようだ。

「被害は?」

「今の所、死者はいないな。一酸化炭素中毒で何人か意識がなかったけど……」

「もしかしてスティナちゃん、救出活動してた?」

 イデオンはそばで片膝をつくスティナを見ていた。束ねられた髪は湿っているし、どうやらコートの下の服も濡れているようだった。気のせいか、服が焦げているようでもあるし、思わずつかんだ手にはやけどのような痕がある。

「……だとしたらなんだ。お前は自分の心配をしてろ。六十メートル近く落下したんだぞ」

「いや、うーん。記憶ないけど……普通死ぬよね。スティナちゃんが受け止めてくれた?」

「いや、私じゃない。ミカルだ」

「……後でお礼言っておくよ」

「そうしろ」

 どうやら、先に地上に降りていたミカルがイデオンを受け止めてくれたらしい。脳震盪を起こしていたはずなので心配であるが、この様子なら大丈夫だったのだろう。


「そう言えば、スティナちゃんに名前呼ばれたの、初めてかも」

「うるせぇ」


 イデオンがにこにこと言うと、スティナはわずかに顔をしかめた。イデオンは微笑み、それから思い出して尋ねた。

「そう言えば、フレイアは?」

「現在救護活動中だ」

「あ、そう言えば治癒能力があったね、彼女」

 戦闘能力はお呼びでないのだ。そんなわけでスティナはこうして気絶したイデオンの側にいたらしい。


「ありがとね、スティナちゃん」

「何のことだ」


 本気で分からない様子でスティナは眉をひそめた。イデオンは苦笑し、ホテルを見上げた。だいぶ火の勢いは弱まっているが、まだ消火活動が続いていた。

「そう言えば、リーヌスさんたちは?」

「無事に脱出してる。リーヌスは取り残されたものがいないか捜索中だ」

 知覚能力でということか。こういった災害現場では、ヴァルプルギスに対抗する力よりもこうした後方支援系能力の方が重宝される。

「室長は逃げてない?」

「ああ」

「ならよかった」

 イデオンはとりあえずの懸念をすべて聞き終えてほっとした。救急隊員や医師たちが怒鳴るように指示を出している。おそらく、イデオンやスティナも診察を受けたほうがいいのだろうが、先に一般人や重傷者たちだ。イデオンはゆっくりと立ち上がった。

「おい。大丈夫なのか」

「大丈夫だよ」

 イデオンが立ち上がると、片膝をついていたスティナも立ち上がった。彼女は相変わらず左手に白銀の剣を下げていた。

「とりあえず、リーヌスさんたちのところに行かない?」

「そうだな」

 スティナの賛同を得て、移動することにした。ちなみに、イデオンが枕にしていた上着は救急隊員のものだったらしく、スティナが救急隊員に上着を返していた。


「リーヌス」


 スティナが声をかけると、燃えるホテルを見上げていたリーヌスは振り返った。

「ん、イデオン、起きたのか」

 大丈夫か、と聞かれ、イデオンはうなずく。

「おかげさまで」

「意外と丈夫だよな」

 リーヌスはそう言って苦笑した。

「取り残された人はいないんですか」

 尋ねると、リーヌスは「俺がわかる範囲ではいないな」と言った。彼にわからないと言うことは、本当にいないのだろう。

「それは何よりだ。ミカルたちは?」

 スティナが本当にそう思っているのか怪しい口調で言った。スティナの声音は平坦なので、あまり感情が読み取れないのである。

「どっかその辺に……ああ、ほら、あそこだ」

 リーヌスがミカルを発見してそちらを示した。スティナがそちらに足を向ける。その時である。唐突に視線の先のミカルが動いた。彼の側にいたポールをかばう仕草をした。次いで発砲音がする。


「っ!」


 たっとスティナが地を蹴り、ポールを狙った男を組み伏せる。いや、ポールを狙ったが、銃弾を食らったのはミカルだ。周囲は悲鳴を上げて後ずさる。


「ミカル! 後ろ!」


 スティナが叫ぶ。よくわからないが、赤く光るものがポールを貫き、そのままミカルの腹部を貫いた。さらにその後ろを見てイデオンはつぶやく。

「ヴァルプルギス……」

「――っ! リーヌス、イデオン! 任せた!」

 スティナは捕らえていた拳銃の男から離れると、上に飛び上がったヴァルプルギスを追って地を蹴った。その際に淡く光る魔法陣のようなものが足元に現れた。あれが空中戦補助用の機能だ。姿勢安定の魔法陣が編み込まれたブーツを履いているのだろう。準備万端である。

 イデオンは拳銃男を拘束して警察に引き渡す。ミカルとポールに駆け寄ると、すでに医師が処置していた。


「どうですか?」


 リーヌスが振り返らずに答えた。

「ミカルは大丈夫だ。赤く見えたのは火だったんだな。腹を貫かれてるけど、傷口は焼かれて血が出てない」

 不幸中の幸いと言うことだが、話を聞くとなんかえぐい。

「でも室長はダメだ……心臓を貫かれて即死だ。命を失ってはそこで終わり……スティナの言った通りだな」

 リーヌスがため息をついて戦場となっている空中を見上げた。スティナが下にいるイデオンたちに気を使っているのだろう。少し離れたところで戦っていた。ヴァルプルギスが自分から発火しているので見つけやすい。こちらは浮遊しているが、スティナは空中戦はできるものの飛べるわけではない。建物の壁を足場に、そこを蹴ってヴァルプルギスと戦っている状態だ。どうしても動きが直線的になる。


「リーヌス、イデオン!」


 離れたところで救護活動をしていたヴィルギーニアがやってきた。いろいろとあった彼女だが、現在は負傷者の手当てにあたっている。とりあえず、スパイ活動をしていたことについては後回し。

「室長とミカルは?」

「室長は即死だ。ミカルは気を失ってるだけだが……」

 リーヌスが簡単に答えた。ヴィルギーニアはミカルを見て顔をしかめると、患部に手をかざした。

「どこまで治せるかわからないけど」

「お前もずっと力を使ってるだろ。無理するな」

 リーヌスはそう言うとヴィルギーニアの頭を撫でて立ち上がった。先に立ち上がっていたイデオンはずっと戦場を見上げていた。


「……だいぶ離れたな」


 リーヌスがつぶやいた。スティナがちょうど壁を蹴り、ヴァルプルギスに攻撃を加えようとしたところだった。だが、その直線的な攻撃は避けられ、代わりに攻撃を食らう。空中だと、避けるのは難しい。壁に叩きつけられる前に空中に足場代わりの魔法陣を展開してうまく勢いを殺していた。

「駄目だな。相手が悪い」

「そうですね……あのヴァルプルギス、発火してますし、もともと空中では行動が限られますもんね」

 イデオンもリーヌスに同意してうなずき、そして考える。どうしようか。フリュデン支部にも討伐師はいるが、空中戦ができる者は今、さらに北部に言っていていないらしい。

 遠距離攻撃、と考えてイデオンははじめに思い出したのはスティナに師事しているアニタだ。彼女は弓矢と言う討伐師にしては珍しい武器を使用している。こういう時、彼女自身に空中戦は不可能でも援護はできる。


 飛び道具と言う点では銃も同じだが、通常の銃ではヴァルプルギスが発する熱に耐えきれないだろう。魔法精製の銃でもあの熱では厳しいかもしれない。


「……リーヌスさん。持ってきた装備の中に熱線銃ブラスターがありましたよね」

「……ああ……あったと思うが」

「使ってもいいですか?」


 イデオンが尋ねると、リーヌスが顔をひきつらせた。


「お前……まさか、あれを狙撃する気か?」


 と、半分乱戦になっているスティナとヴァルプルギスを指さした。イデオンは少し間を挟んで答えた。

「大丈夫ですよ。……たぶん」

「おい」

 リーヌスの懸念はもっともだ。熱線銃はヴァルプルギスを倒す力はないものの、通常の銃に比べて高威力だ。高出力のエネルギー・レーザー銃と言い換えてもいい。そのため、熱を発するヴァルプルギスにもそれなりの攻撃を行えるが、スティナに当たればひとたまりもない。

「直線的な動きなので、だいたいの行動は予想できますし……まあ、スティナちゃんならよけるでしょう」

「だんだんお前も監査室に染まってきたな……同意だが」

 リーヌスはため息をつくと、言った。

「わかった。使え」

「ありがとうございます」

 イデオンは武器の入ったアタッシュケースをあさる。ミカルが持ち出してきてくれたようだ。まあ、これをなくしたらいろんな意味でまずい。イデオンは拳銃よりも一回りほど大きい黒の銃、熱線銃を取り出した。


「お前、それ使ったことあったっけ?」

「試射はしたことがあります。実戦は初めてですね」


 基本的にイデオンはボルトアクション方式のライフルを愛用している。そのため、こうした現代技術が詰まったような武器を使用することはまれだ。

 拳銃を構えるように熱線銃を構える。かなり遠いが、これくらいの距離なら。イデオンは引き金に指をかけた。


「スティナ!」


 イデオンの隣で空を見上げていたリーヌスが声をあげた。スティナが振り返るようなしぐさをした。そして、銃を構えているイデオンを見ると、発火していることを気にせずヴァルプルギスを蹴り、空中で後ろ向きで一回転して離れた。間髪入れずイデオンは引き金を引き、その熱線はヴァルプルギスを貫いた。

 地上から攻撃されたことに気が付いたのだろう。壁に着地したスティナから、目標をイデオンに変えたようだ。こちらに向かってくる。だが、それは予想していた。


「せやぁっ」


 接近していたスティナがヴァルプルギスの首を上から貫いた。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


どうでもいいですが、いつもはそっけないのに危なくなると心配する、というツンデレが萌えます。


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