北の大地【9】
とりあえず、従業員はミカルの部屋に引っ張り込んだ。一日安静を言い渡されているミカルはおとなしく本を読んでいたらしく、ソファの上に本が何冊か積み上がっていた。
「スティナとイデオンか。また恐ろしい組み合わせだな。恐れを知らなさそうだ」
「それ、リーヌスさんにも言われたことあります」
何故そう言われるのか、イデオンにはよくわからないのだが。
「そいつは誰だ? ホテルマンみたいだが」
「ご名答。ホテル内の共犯者だな」
スティナがさらりと答えた。ミカルは驚いた様子もなく「そうか」とうなずく。
「ポールは?」
「リーヌスが一緒だ。逃げられねぇだろ」
「え、ちょっと待って。どういうことですか?」
ミカルとスティナが不穏な会話をしているところに、イデオンが口をはさんだ。スティナとミカルの最強コンビに同時に見つめられてちょっとぞくりとした。恐怖的な意味で。
「……前に話してただろ。内通者がいるって」
スティナに言われ、半年ほど前の記憶を呼び起こす。確かに話していたが。
「それが、室長だってこと? あ……っ」
言ってからイデオンは思い出した。ポールの言動に違和感があったこと。
「うん。わかった」
イデオンが自己完結したので、この話は後回しにされた。スティナが言ったように、リーヌスが一緒なら逃げられる恐れはない。
「わかってたのに捕まえなかったってことは、他にも内通者がいるってこと?」
泳がせていたのは、他の内通者を見極めるためだろうか。初めから、スティナとイデオンはおとりだったわけだし。
「内通者と言うか、協力者はわかったぞ。ヴィーだ」
「……言っては何だが、適任だな」
これまたさらっとスティナは言ってのけたが、イデオンは確認のために尋ねる。
「ヴィーって、フレイア?」
「ああ。芸能人は諜報員に向いているからな」
ミカルに言われ、イデオンは再び納得する。確かに、各地を巡る芸能人は諜報向きだ。過去の戦争中に芸能人がスパイ活動をしたという記録もあるし、特殊工作員が映画スタッフに化けて人質事件を解決したと言うこともある。
「でも、どうしてわかったの?」
イデオンがスティナを見て尋ねると、彼女は「歌だ」と答えた。そう言えば、リーヌスも聞こえると言っていた。
「聞こえなかったか?」
「……僕は聞こえなかったけど。ミカルさんは?」
「私も聞いたな」
「……」
これが、討伐師と一般人の違いだろうか。もう、討伐師は違う器官で歌を聞いていたと言われても驚かない。
「とにかく、私はこいつとヴィーの所に行くから、そいつを見ていてくれ」
と、スティナは『こいつ』とイデオンを示し、それから捕らえてきた従業員を示して言った。スティナが彼の通信機などをすべて取り上げているので連絡などは取れないはず。
「気を付けていって来い。無茶はするな」
「了解」
従業員はミカルに預け、スティナとイデオンは廊下に出る。一階下ではあれだけの抗争があったのに、ここは平和である。
「というか、フレイアはどこにいるんだろう」
「……おそらく、屋上だな」
「……後学のために聞いておくけど、なんで?」
「力を広げようと思ったら、高いところだろ」
……イデオンの脳裏に煙と何とかは高いところが好き、という慣用句が思い浮かんだが、賢明にも口にはしなかった。
「お前は内側から回れ。私は外から行く」
「了解」
イデオンはホテル内の非常階段を上る。エレベーターは使わない。途中で止められたら元も子もないし、普通、人目を避けながら降りてくるなら階段を使うだろう。まあ、このホテルは非常階段が東西南北に一つずつあるのだが。イデオンが昇っているのは東階段だ。しかし、十階分の階段を上るのは結構きつい。
スティナは外の非常階段を上がっているはずだ。いや、彼女ならそのまま屋上に飛び上がっているかもしれないけど。
何とか屋上にたどり着き、立ち入り禁止の看板を無視して屋上に入る扉を開けた。すでに逃げているのではないかと思ったが、そこに、長い金髪の美女はいた。
「フレイア!」
高い場所で風が強いので、イデオンは声を張り上げた。ヴィルギーニアははっと振り返り、たっと転落防止のフェンスの方に駆けだした。すると、タイミングを見計らっていたと思われるスティナがそのフェンスの上に飛び乗った。もちろん、外側からだ。風の強い中、不安定なフェンスの上で仁王立ちしている。
「ヴィー」
叫んだわけではないのに良く通る声がヴィルギーニアに呼びかけた。スティナはとん、と屋上に降り立つ。
「スティナ。黙っていたのは、謝るわ。でも、これはあなたたち……討伐師の為でもあるの」
屋上は風が強い。驚異的な射撃の精度を誇るイデオンであるが、この風では着弾がぶれてしまうだろう。スティナにあたってしまうかもしれないし、そもそもヴィルギーニアを撃ちたくはない。
「討伐師はいつも危険にさらされる……。死亡率だって高いわ。絶対数も少ない。でも、この計画が成功すれば、私たちのような弱いエクエスの力を持つ者でも、ヴァルプルギスと戦えるようになるわ!」
ヴァルプルギスと戦える者が増えると言うことは、討伐師の負担が減ると言うことではある。しかし……。
「それは、私たちの代わりに別の人間をヴァルプルギスに差し出すってことだろ」
「っ」
ヴィルギーニアが息をつめた。スティナは腰に佩いた剣に左手を添えながらヴィルギーニアに向かって歩いていった。
「力のない人間に力を与える実験は、かつて禁止されたはずだ。人道に悖るし、かりそめの力は結局は暴走する」
「……! でも、私の力で操れば!」
「ふざけるな。人間はあんたのおもちゃじゃねぇんだぞ」
ヴィルギーニアは苦しげに顔をゆがめた。彼女もわかっていたのだろう。だが、彼女にとって、間近にいる命をかけて戦い、そして傷つき死んでゆく討伐師たちの方が大切だった。
「なあ、ヴィー。私はあんたが私らの為を思ってこんなことをしたとわかっているつもりだ。あんたは優しいからな」
「……それ、スティナにだけは言われたくないかも」
スティナはつかつかとヴィルギーニアに歩み寄る。ヴィルギーニアは逆に後ずさるが、下がった先にはイデオンがいる。つまり、あまりさがれない。
「馬鹿を言うな。私も自分が甘い自覚はある。だが」
ああ、自覚はあるのか、とイデオンは妙なところで感心した。スティナはヴィルギーニアの目の前に立った。並ぶと、スティナの方が背が低かった。
「あんたは私の仲間を危険にさらした。私たちを脅かす敵だ。いくら私があんたを姉のように思っていようと、私たちの前に立ちふさがるのなら『処分』する」
良くは見えないが、ヴィルギーニアが蒼ざめるのがわかった気がした。スティナが手を伸ばし、ヴィルギーニアの金髪をそっと持ち上げた。
「選べよ。ここで一瞬で息絶えるか、そのくだらない計画から手を引くか」
「……っ。あなたにそんな事、できないでしょ」
「どうだろうな?」
「……」
位置的に、イデオンからヴィルギーニアの顔ははっきり見えないが、スティナの顔ははっきり見えている。いつも通り表情がない顔だが、それ故に恐ろしいと思った。
「……っ」
ヴィルギーニアが決断を下す前に、何故か警報が鳴り響いた。ホテル内からだ。
「え、何?」
「火災警報だろ。襲撃されるわ火災が起きるわ、運がないな、このホテル」
スティナの冷静な声に、イデオンは苦笑した。それはスティナには言われたくないだろう。彼女はどちらかと言うと、引きが強い、と言う感じだけど。
スティナがこれだけ落ち着いているのにはわけがある。このホテルは広いため、たとえ火災が起こったとしても、自分がいる区画で火災にならない限り、煙や火にまかれるという事態にはなりにくいのだ。
「とにかく、下に降りたほうがよさそうだね」
イデオンが言うと、スティナはヴィルギーニアの手首を握り、彼に続いて内部から階段を下りようと扉に向かった。
「……殺すんじゃなかったの?」
「……あのなぁ。ここで殺したら私、ただの殺人犯だろうが」
背後で交わされる気の抜けた会話を聞きながら、イデオンは扉を開けた。が、すぐに閉めた。煙がすぐそこまで来ていた。
「だいぶ上階で火が上がってるみたいだな」
「スティナちゃん、冷静過ぎ」
イデオンがつっこむと、彼女は「外階段で降りればいいだろ」とかなり冷静。二十五階建てのこのホテル。階段で降りるには結構大変だ。
「飛び降りてもいいが」
「無事に着地できるのはスティナだけよ……」
とりあえず、外階段から降りようとフェンスに向かう。外から登ってきたスティナが封鎖されている扉になっている部分を壊して開けた。屋上に入ってくるとき、彼女は乗り越えてきたので閉まったままになっていたのだ。
スティナが最初に階段を下り、その後ろにヴィルギーニア、しんがりにイデオンだ。ヴィルギーニアの頭越しにイデオンは尋ねる。
「どの辺から火の手が上がってそう?」
「二十階あたりかな」
「今ちょうど通過してるあたりじゃない!」
ヴィルギーニアのツッコミに、スティナは「そうだな」とあっさりしている。とっとと通り過ぎてしまおうというのが見え見えだ。
「……おい、あまり近づくな。落ちるだろ」
スティナに近づいたヴィルギーニアに、彼女は苦言を呈した。ヴィルギーニア的には早く降りたいのだろうが、スティナはゆっくりとした足取りなのだ。
「落ちてもあなたなら平気でしょ」
「ふざけんな。痛覚はあるんだぞ」
いつも通りのやり取りに、イデオンは思わず微笑みを浮かべた。その時、イデオンがつかんでいた手すりが崩れた。風化したところに熱せられてもろくなったようだ。
「っと」
「大丈夫か?」
スティナが歩みをとめずに尋ねた。早くこの場所から離れたほうがいいと思ったのだろう。イデオンも階段を降りつづけながら「大丈夫だよー」と答える。だが。
「うわ!」
まさかの足を踏み外して落下した。落下の衝撃で気を失う直前、「イデオン!」というスティナの叫びを聞いた気がした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
スティナが常識を語ると違和感がある……。




