特別監査室【4】
証拠固めのために何度かミルド孤児院へ行くことになったのだが、そこで、スティナは人気者だった。ぶっきらぼうな口調の割に、彼女は面倒見が良い。そして、何より人形めいた容貌が子供たちの人気を集めるのだろう。
イデオンとリーヌスは様々な角度から人数が合わない子供について調べたが、やはり、どこにも存在しない。『行方不明』だ。それに、一度里子に出されたあとに行方不明になった子もいる。そう言う子供は施設側に届け出る義務はないため、見落とされていたのだろう。
出るわ出るわ。今まであの孤児院が正常に運営されていたのが不思議なくらいだ。あ、いや、正常ではないか……。
「そろそろだな」
「資料もだいぶ増えましたもんね……」
イデオンはそう言って詰みあがった資料を見る。今の所、借りている武器を使用する機会はなかった。リーヌスは、それが逆に不気味だと言う。
「一度くらい、襲撃があるもんだと思っていたが」
「怖いことを言わないでくださいよ……」
イデオンが若干引いた時、リーヌスに別の監査官が話しかけた。
「リーヌス。スティナに手紙。例のミルド孤児院からだぜ」
「ああ、すまん。渡しておく」
リーヌスが監査官から手紙を受け取った。椅子に後ろ向きに座り、背もたれに頬杖をついた彼は言う。
「いくらスティナが強かろうと、今回は厳しいかもな」
「そうかもな」
リーヌスが適当に受け流すと、その監査官は立ち上がる。
「じゃあ、手紙、渡しておいてくれよな」
「了解」
軽く手をあげ、リーヌスが同僚を見送った。リーヌスの向かいの席にいるイデオンは立ち上がってリーヌスが預かった手紙を覗き込む。
「ダーグ・ブラントからですか?」
「そうみたいだな」
送り主の名前を見て、リーヌスが言った。少し悩んだあと、リーヌスは携帯端末でスティナに電話をかけた。しばらくコール音がして。
「駄目だ。あいつ、講義中だ」
「って、大学生だから当たり前じゃないですか」
しかし、講義が終わった後に気付けば、スティナの方から電話があるだろう。イデオンがそう思っていると、リーヌスが立ち上がった。
「よし。クロンヘルム大学に行くぞ。あいつをとっ捕まえる」
「……スティナちゃん、怒りません?」
「だが、放っておくと捕まらない可能性があるからな。手紙が来ている以上、緊急を要する」
さすがのリーヌスも、個人あての手紙を開けたりはしないようだ。ちょっと安心した。
「すまん。ちょっと出てくる。スティナを捕まえて、そのままミルド孤児院に行ってくる」
「はーい。いってらっしゃーい」
奥の方からエイラの返事が聞こえ、手を振るのが見えた。イデオンはリーヌスに「行くぞ」と促されて足を進める。今日も彼は運転手だ。
クロンヘルム大学に来客として入り、駐車場に車を止めてスティナを探す。
「というか、彼女がどこにいるかわからないじゃないですか」
「たぶん、この時間なら考古学の講義だろ」
「なんで知ってるんですか!?」
「学生の討伐師は授業予定を提出する義務があるからな」
「……そうですか」
少し、スティナが可愛そうになってくるイデオンだった。そこまで縛られているのか。
講義がわかり、講義室もわかれば後は簡単だった。背は高くないが、スティナはその美貌がずば抜けているので目立つのだ。しかも、シルバーブロンドも、きわめて珍しいわけではないが目印としては有効だ。
「スティナ!」
銀髪を見つけたリーヌスが講義室から出て行く学生の中に声をかけた。振り返った銀髪の女性は、確かにスティナだった。
「何。何でいんの」
さすがの彼女も少し引き気味に言った。リーヌスが彼女の腕をつかんだ。
「お前、この後の授業は?」
「この後は民俗学だけど」
「よし、来い」
「おい、学生に講義さぼれってか」
引きずられながらスティナがまともなツッコミを入れるが、リーヌスは「こっちが優先だ」と彼女を連れて講義棟を出てしまう。そのまま車に乗り込むと、イデオンをせかして発進させた。
「お前に手紙が届いた。ミルド孤児院の施設長からだ」
「へえ?」
ハンドルを握るイデオンの横から、リーヌスが手紙をスティナに手渡す。彼女は面白そうにそれを眺め、封を破って中身を読んだ。
「なんて書いてある?」
「ん」
スティナが開いた手紙をそのままリーヌスに渡した。読め、と言うことだろう。
「『スティナ・オークランス様。突然のお手紙失礼いたします。今度、孤児院でお楽しみ会を行うことになりました。子供たちがあなたに会いたがっているので、是非ご招待したいと思い、お手紙を書かせていただきました。都合が良ければご参加いただけると幸いです。子供たちも喜ぶでしょう。では、お体にお気をつけて。施設長ダーグ・ブラント』。まあつまり、スティナを誘い出す罠だな」
「ですねぇ」
これはさすがにわかりやすすぎる。そもそも、そのお楽しみ会の日付も書かれていないし、来いと言う方が無理だ。
「あいつ、名指しで手紙を出せば、俺達が行くことをわかってるんだ」
リーヌスが忌々しげに舌打ちした。彼は後ろのスティナに手紙を返す。
「今、ミルド孤児院に向かっている。スティナ、覚悟はいいか?」
「問題ない。スノー・エルフィンも持ってきている」
「さすがだ。コートとブーツはそこの鞄の中。銃器も必要なら持って行っていいぞ」
「わかった」
後部座席に積んだ鞄は何なのだろう、とイデオンは思っていたのだが、どうやらスティナが使用するものだったらしい。スティナはコートを変え、ブーツも編み上げブーツに履きなおしていた。さらに、拳銃を一丁コートの中に突っ込んだ。
「ええと、戦闘になるんですか?」
「覚悟がないなら、車の中に残ってれば」
スティナが冷たく言った。リーヌスが「その方が危ないだろ」と苦笑する。
「お前は、討伐の間俺の側を離れるなよ」
「りょ、了解」
イデオンはうなずく。ヴァルプルギスの討伐など、初めて見る。なので、恐怖より興奮が先立っていた。
「そう言えば、証拠固めは?」
「それものちのち必要になるが、今回は相手から呼びつけてくれたからな。一気に叩く」
「そうですか……」
つまり、いつもは証拠を固めて言い逃れできない状況を作ってから討伐していると。それはそれで鬼畜だ。だが、今回も『呼び出されたから』と罠に飛び込んでいくのだ。イデオンはリーヌスたちの考えがいまいち理解できない。罠なら、避けた方がいいのではないだろうか。
しばらくして、ミルド孤児院に到着した。イデオンもケースに入れたライフルを持ち、車から降りる。
「……なんか、静かですね」
イデオンがぽつりとつぶやいた。今まで、ここを訪ねてきたときは、子供や職員の声でにぎやかだったのに。確かにすでに日は暮れかけているが、それは居間が冬で、日が落ちるのが早いからだ。今、まだ四時ごろである。
しん、とした施設に、スティナが迷うことなく足を踏み入れた。勝手知ったると言う風に階段を上り、ホールの役割を果たしている広い空間に入った。
「来てくれると思いましたよ」
突然、ホール内からそんな声が聞こえた。驚いてそちらを見ると、施設長のダーグ・ブラントが立っていた。
「今回、差し向けられた討伐師がこんな小娘とは、監査室もよほど人手不足らしいですね」
その施設長の言葉は、自分がヴァルプルギスであると認めたも同然だった。たぶん、自分から暴露したのは、彼にイデオンたちを生かして返す気はないからだろう。
「子供たちも懐いていたし、こんな美人を殺すのはもったいないですが、討伐師の血肉は極上だ……」
施設長が舌なめずりした。イデオンは、自分が言われたわけではないのに背中に悪寒が走るのを感じた。
「スティナ」
「了解」
スティナが空中で何かをつかむ仕草をした。そこから唐突に剣――スノー・エルフィンが現れた。
「ど、どうなって!?」
「あとで説明する! とにかく、距離をとるぞ!」
リーヌスに肘を引っ張られ、イデオンは後ろにさがった。スティナが手ぶらなのでどうしたのだろうと思っていたが、どこからあの剣が出てきたのか気になる。
「私を討伐しますか? 私がヴァルプルギスか、確証がないのでしょう?」
施設長がそううそぶくが、スティナは細剣を引き抜きながら言った。
「確証はある。ヴァルプルギスが討伐師の存在を感じるように、討伐師もヴァルプルギスの存在を感じるんだからな」
施設長がにやっと笑った。スティナが床を蹴り、施設長――ヴァルプルギスに斬りかかった。ヴァルプルギスはそれを腕で受け止める。腕が硬化したかのように、スティナの剣は受け止められた。
「ああ……さすがに討伐師の魔力は効きますねぇ!」
ヴァルプルギスがスティナの腕をつかんだ。スティナは足を振り上げ、ヴァルプルギスを蹴りつける。距離をとり、剣を肩に担ぎながら背後のイデオンとリーヌスに叫んだ。
「邪魔! 巻き込むぞ!」
そう言っている間にも、スティナは見事な運動能力でヴァルプルギスに攻撃を加えていく。切りつけ、回し蹴りを食らわせ、剣を突き刺そうとする。リーヌスがそれを見ながら叫んだ。
「それは勘弁! イデオン、行くぞ」
「ええっ!? スティナちゃんは!?」
イデオンが叫ぶと、リーヌスは「馬鹿!」と怒鳴ってきた。
「巻き込まれるぞ! あいつ、マジで強ぇんだからな!」
「は、はいっ」
リーヌスの気迫に呑まれて、イデオンはうなずき、彼に続いて駆け出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
スティナが着込むコートとブーツは耐久性の高い防護仕様です。どうでもいいですね。
連続投稿は今日までです。次からは隔日投稿になります。なので、次は3月12日になりますので、よろしくお願いします。