北の大地【4】☆
会食の日の夜。ポールとミカルのお供としてスティナは正装をしていた。濃い紫色のエンパイアドレスにかつらの黒髪を結い上げ、金色の髪飾りをつけている。ポールとミカルの背が高いので、ハイヒールは容赦のない十センチだ。
「スティナちゃん、大人っぽいね」
イデオンがスティナをひと目見て言った。いわく、「美人なのはいつもだから、そこをほめるのは何か違う」らしい。美人と言われて悪い気はしないが、こうして化粧もしていると本格的にミカルに似ていて複雑である。ここまで似ていたら血縁関係があっても驚かない。
ヒールが高くて歩きにくいし、裾が長くひらひらしたドレスは心もとない。カジュアルなワンピースやスカートならともかく、どう見ても質のいいこのドレスは少し力を込めただけで破れてしまいそうだ。
硬い表情をしているスティナの肩を、ミカルが軽くたたく。
「大丈夫だ。よく取り繕えてる。お前は黙って食べてればいいから」
「笑うと完璧なんだがなぁ」
そう言ってポールもスティナを見たが、それは難しい注文である。彼女がいつも仏頂面だからとか、そう言うことではなく、こんな硬い場所に出るのに笑えというほうが難しいだろう。
「そろそろ時間だな。リーヌス、イデオン。留守は頼んだぞ」
ポールはそう言ったが、留守と言ってもここはホテルである。せいぜい重要文書を保管しているくらいだ。
そんなわけで、スティナはホテル内にあるレストランに来ていた。当たり前だが、一番若いのはスティナのようだ。当然である。この国の要人が集まっているのだから、皆それなりの年齢だ。スティナの親くらいの年齢の人ばかりだ。完全に場違いである。
化粧で多少は大人びて見えるとはいえ、浮いている感はある。しかし、逆に彼女を口説いてくるような人間がいないことが幸いであろう。彼女はただひたすら硬い表情で機械的に料理を口に運ぶだけでよかったのだから。
出張に来る前に言われていたが、これはスティナの総帥になるための『予行練習』も兼ねている。その関連で連れてこられたのだとわかっているが、それなりに図太いスティナも緊張していた。有名レストランのおいしい料理ではあるが、味がわからない。
「お前、大丈夫か?」
笑顔の仮面の下に腹黒さを隠した会食が終わり、会場を出てすぐにミカルが言ったセリフがこれだ。ネクタイを緩める仕草が無駄に色っぽい。
「……肉が食べたい」
「肉食系女子か。知ってたけどな」
あまり食べられなかったので、今更おなかがすいてくる。部屋までの道を歩いていると、ポールが軽く笑い声をあげた。
「前から思っていたが、お前たちの会話って面白いよな」
そう言われて、思わず顔を見合わせるスティナとミカルだ。
「まあ、兄妹みたいなものだな」
「親子だろ」
スティナはすかさずツッコミを入れた。ミカルはどう見ても二十代半ばほどにしか見えないが、実際には四十歳手前だ。少なくとも、スティナはミカルを父親のように慕っている。
父親……父親と言えば、明日、スティナは実家に顔を出して来ようと思っている。これがとんでもなく憂鬱なのである。一般人である家族との付き合い方がわからないからだ。
「……スティナ、本格的に顔が死んでるが、大丈夫か?」
ポールにまで心配された。ミカルは「明日、家族に会うのが不安なだけだろ」と言われたが。図星である。
「まあ、とりあえず戻ったらルームサービスでも頼むか。私も食べたりないからな」
「まだ食べるのか……」
ポールがミカルを見て呆れ口調で言った。ミカルは会食で出された料理もすべて平らげていたのだ。基本的に討伐師は大食漢なのだ。
△
会食の翌日。スティナは住宅街の一軒家の前にいた。庭がきれいに整えられ、家庭菜園が見える。家の大きさは周囲とさほど変わらず、駐車場には車が二台止まっている。スティナは郵便ポストの住所を手に持った手帳の住所と見比べる。うん。間違いない。表札もオークランスになってるし。
だが……ベルを押す覚悟ができない。スティナは、ここまでバスで来た。フリュデン駅からこの住宅街はそれほど離れていないので、バス一本で行ける。ミカルが『送るか』と聞いてくれたが、そこまで距離があるわけではない。ちなみに、スティナも車の免許くらいは持っているが、完全にペーパードライバーである。
現実逃避気味にそんなことを考えながら家の前に立っているスティナは不審者だろう。見なれない人間だし、そろそろ通報されても文句は言えない。
スティナがベルに手を伸ばした時。
「あれ。姉さん?」
呼びかけられてスティナは振り返った。夏用ジャケットをおしゃれに着こなした弟のロビンがそこに立っていた。
「何してるの。あ、里帰り? みんないるはずだから、入ればいいのに」
ニコッと笑ってロビンは言った。スティナは彼を見つめてとりあえず言った。
「……大学合格、おめでとう」
「うん、ありがと。姉さん、ちょっとずれてるよね」
そう言いながらロビンは彼女の背を押し、玄関扉を開いた。
「ただいまー」
すると、奥から誰かが駆け出てきた。
「お帰りーって、あら?」
母親のリナだ。彼女がまじまじとスティナを見つめてくる。
「スティナ?」
「……お邪魔します」
一言そう言ったのだが、すかさずロビンから「家に帰ってきたんだから、ただいまでしょ」とのツッコミが入る。
「どうしたの? 帰ってくるって言ったら、駅まで迎えに行ったのに……」
ロビンが自分の部屋に荷物を置きに行ったのでリナにリビングに連れて行かれながら、スティナは答えた。
「いや、仕事でフリュデンに来ていただけだから。今日も夕方には戻る」
今は午前中だ。本当は昼過ぎに来ようと思っていたのだが、せっかくだから昼くらい一緒に食べてこい、というミカルの言葉に背を押されたのだ。イデオンにもよく言われるが、スティナは押しに弱い。
「仕事って、討伐師の? フリュデンにヴァルプルギスが……?」
心配性の母は不安げに言った。まあ、フリュデンも人口が多いし、その文ヴァルプルギスの出現率も高いだろうが、そこは黙っておく。
「今回は関係ない。ただの護衛」
「ああ。そう言えば、駅前のホテルで会議があるって言ってたわね」
リナが納得したようにうなずいた。リビングの扉を開けながら首をかしげた。
「討伐師って護衛もするの?」
「SPを雇うより安い」
「それはそうね」
現実としてスティナが人間の護衛をできるかはともかく、戦力としては申し分ないだろう。
「おや、スティナ。お帰り」
リビングで最初にスティナに気が付いたのは父のエドガーだった。妹のマーユは「何しに来たの」と顔をしかめている。そして、ソファに並んで座っている老齢の男女が父方の祖父母ランナルとパニーラだ。祖母のパニーラが微笑む。
「スティナかい? 大きくなったね」
「婆さんの若いころに似て美人だな」
祖父のランナルもしわの多い顔に笑みを浮かべた。
「もうすぐお昼よ。マーユ、手伝って」
「うん」
リナに呼ばれてマーユが立ち上がる。急にやってきたスティナは申し訳なくなり、自分も手伝おうかと名乗り出た。
「スティナはじいちゃんとばあちゃんの相手をしてくれ。俺が手伝うから」
とエドガーが立ち上がった。スティナがうなずく前に彼がキッチンに入って行ったので、スティナは言われたとおり祖父母に近寄った。祖父が手招きしていたのもある。
「久しぶりだなぁ。五年ぶりくらいか」
ランナルがスティナの頭を撫でながら言った。彼女は一人がけのソファに腰かけ、ひたすら二人の問いかけに答えていた。その間に、キッチンからいい香りが漂ってきた。
「あなたに討伐師としての力があるって言われて連れて行かれた時は、もう会えないかもしれないと思ったものよ」
おっとりした調子でパニーラが言った。確かに、討伐師の死亡率は高いが、それは一般に知られるところではない。
「でも、あなたやマーユに力があるというのは、たぶん、私の家系の姓なんだろうね」
おそらく、エクエスの力は遺伝する、と言う話を聞いたのだろうが、どうしてそうなるのか。スティナの疑問が顔に出ていたのか、パニーラは目を細めて言った。
「私の母の兄……つまり、伯父なのだけど、その人が討伐師だったの。母は、討伐師として連れて行かれた兄にはそれ以降会うことはできなかったと言っていたわ」
祖母の兄ならは、半世紀以上前の話だろう。その頃は討伐師に関する規制が厳しかったので、一度討伐師として登録されると、家族に会うこともできなかったと言われている。
スティナはまじまじとパニーラの顔を見た。スティナにエクエスの力があるのは、確かにそのパニーラの血筋の為だろう。
「……おばあちゃん。おばあちゃんのお母さんの旧姓ってなんていうんだ?」
ためしに聞いてみた。スティナは父親似。父親はどちらかと言うと母親似。これは、と思ったのだ。
「ええっと。なんだったかしら」
パニーラは少し考えてから言った。
「確か、ブロームだったと思うけど」
「……ああ……」
スティナは納得してため息をついた。ランナルに「どうした」と聞かれてなんでもないと答える。
「ただ、少し不思議に思っていたことの謎が解けただけだ」
そこに、「お昼よ」というリナの声が聞こえた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
スティナはペーパードライバー。たぶん、バック駐車ができない子。私も苦手だけど。
さんざん示唆されていましたが、スティナとミカルは遠い親戚です。




