北の大地【3】
今回はただのデート編(笑)
この国では、北に行くほど色素の薄い髪の人が多い。北部出身であるスティナの銀髪は首都では結構目立つが、フリュデンまでくれば五人に一人くらいは淡い金髪なのでそれほど目立たない。むしろ、黒髪のミカルの方が珍しい。
とりあえずホテルに向かって荷物を降ろす。私物はともかく、資料や装備はまとめて運んだので、一度集まって振り分けることにした。
部屋は全員一人部屋だ。数人が一緒に泊まることも考えたが、その際の部屋割りでもめたので結局シングルを五部屋予約したのだ。
まとめて近いところで部屋をとったので、全て同じような部屋だが、集まったのはミカルの部屋だ。この部屋の隣がポールの部屋になり、向かい側にイデオンとリーヌス、スティナの部屋となる。
「とりあえずスティナ、『スノー・エルフィン』だ」
スティナ曰く最高純度の魔法剣である白銀の剣が現れた。ちなみに、剣は結局、フェンシング用のバッグに入れられて持ち運んだ。さすがにギターケースはないと判断されたのだ。
ミカルに手渡されたそれを、スティナは細長い袋に入れる。形的に怪しいが、そのまま持ち歩く方が不自然である。
「それと、空中戦の装備な」
「本当に持ってきたのか」
スティナが驚きながら手提げ鞄に入った装備を受け取る。空中戦の装備、と言っても大したことはない。空気抵抗を少なくするための特殊な戦闘服と、空中で体勢を維持するための特殊な魔法陣が組み込まれたブーツなど、そう言ったものだ。別に科学的な要素はない。
これがなくても空中戦はできないことはない。しかし、やはり地に足がついていない状態と言うのは体勢が不安定だ。そう言ったところを補助するのが『空中戦の装備』である。まあ、イデオンは討伐師ではないので、詳しいところは良く笑からないが……。
「そんなにかさばるものではないからな。備えあれば憂いなしと言うし」
ミカルの言葉にスティナは興味なさそうに目を細め、剣と手提げ鞄をまとめて手に持った。
「最終確認をしておく」
ポールが言った。全員の視線が彼に向く。
「私とミカルは会議に参加する。リーヌスとイデオンはその補助。スティナは護衛。ざっくり分けるとこうだ」
「はい」
「初耳ですが、わかりました」
鹿爪らしくなずくリーヌスに対し、いつの間にか自分も補佐に入っていたイデオンは、反論しても無駄だと思い、一応主張してからうなずいた。スティナも無言だが、何も言わないと言うことは納得しているのだろう。
「だが、表向きはスティナは秘書官だ。いいな?」
「……いいけど、無理がないか?」
自分で無理だと言ってしまう残念なスティナだ。性格的に秘書官には向いていなさそうな彼女だが、見た目だけなら落ち着いているし、ごまかせると思う。いや、別に普段の彼女に落ち着きがないと言っているわけではない。
「むしろ、お前が護衛だって言っても誰も信じないだろ」
「……まあ、それは否定できねぇけど」
若い女性のSPなどがいないわけではないが、どちらかと言うとはかなげな印象のスティナが護衛だと言われてもピンとこない人の方が多かろう。
「それとスティナにはもう一つ。明後日の会食、お前も連れて行くからな」
「お前、正気か?」
「コース料理だからマナーが必要だが、問題ないだろう? ただ黙ってニコニコしてればいいから」
「さりげなく難易度の高いことを要求するな」
ポールとスティナの不毛なやり取りである。見栄えのするスティナを連れて行って、話題を提供しやすくしたいのはわかる気がする。しかし、『黙ってニコニコ』ができないというスティナは相当である。普通に考えたら、黙っていていいと言うだけで相当難易度は低い。
「あ、でも、会食に出るってことは、スティナちゃん、ドレスを着ることになるの? 似合うだろうね」
ニコリと笑って言うと、スティナはイデオンを見つめ返して沈黙した。その唇の端がひくひくと引きつっている。リーヌスがポン、とイデオンの肩をたたいた。
「お前、ナイスだ」
え、何が?
△
翌日の会議にはポールとミカル、そしてリーヌスのみが会場に入った。イデオンとスティナはお留守番である。会場は泊まっているホテルの宴会場の一つであり、会議が終わるまで貸切である。
デートに行ってきてもいいぞ、なんて言われたが、三人が会議に出ているのに外に出て遊ぶなんて出来ない。スティナも同じだったようで、持ち込んだノートパソコンを開いて大学の課題に取り組んでいる。彼女は結構真面目な学生のようだ。
イデオンは今のうちにまとめてしまおうとばかりに、日報を書いている。こちらは手書きだ。日報と言っても覚書のようなもので、本部に戻ってから報告書にするつもりなのだ。
静かな時間が流れる。静かだが、居心地悪くはない。ちなみに、二人は同じ部屋にいるが、この部屋はイデオンが借りている客室だ。
ふと時計を見ると、午前十一時を回っていた。イデオンはぐっと伸びをしてスティナに声をかける。
「スティナちゃん。せっかくだから外に昼食をとりに行かない?」
相変わらずの眼鏡をかけたスティナは、椅子の上で胡坐をかいていた。教本片手に課題と格闘している。こうしてみると、ただの大学生に見えた。
「……いや、だが、室長たちが戻ってくるだろ」
「どうせ三人とも他の会議参加者に昼食に誘われるでしょ。それに、午後からも会議のはずだし」
「……まあ、それもそうか」
スティナは納得してうなずくと、パソコンを閉じて「着替えてくる」と立ち上がった。
「うん。急がなくていいよ~」
スティナはノートパソコンと教本を抱えて隣の自分の部屋に戻った。彼女の荷物はそれほど多くなかったが、一応外出用の服なども持ってきているようだ。ちなみに、ここで課題と格闘していた彼女はシャツにスラックス姿だった。完全に部屋着である。
イデオンも財布を持って廊下で待機していると、スティナが出てきた。変装用の黒髪のかつらに眼鏡。青いワンピースにボレロを着ている。足元もパンプスである。珍しい恰好であるが。
「似合ってるね。可愛い」
ニコリと笑ってイデオンは言った。それに、何となく見たことのあるような服である。そう思っていると、「デシレアが見立てたやつだ」と彼女の方から答えを提示してくれた。なるほど、納得である。見覚えがあるわけだ。イデオンも服選びについて回っていたのだから。
「デシレアじゃないけど、スティナちゃんはかっこいい系の服も似合うけど、可愛いのも似合うね」
「スカートだと動きにくい」
「あはは。そうだね」
正確には『動きが制限される』だろう。出張前に遭遇した変質者事件で、スティナは『ヴィルギーニアほど割り切れない』と言っていたから、人並みの羞恥心は存在すると思われる。だから、スカートがめくれ上がるのが嫌なのだと思う。普通は嫌だけど。
外に出ると、スティナは日よけ用につばの広い帽子をかぶった。それがまたよく似合う。避暑地に来た病弱なお嬢さんのようだ。
並んで歩いていると、ちらちらとスティナに視線が飛んでいるのがわかる。まあ、見つめたくなるくらいには彼女は美人だ。化粧気はないが、そんなことしなくても美人な人は美人なのだ。
イデオンとスティナはランチを提供しているレストランに入った。まだお昼には少し早い時間なので、そんなに待たずに席に案内された。
レストランと言っても家庭的な料理を出す店であり、ここでもスティナは良く食べる。ラッグムンクというポテトパンケーキやニシンの入ったオー・グラタンなどをぺろりと平らげている。北部でよく飲まれるトロカデロがお供だ。リンゴとオレンジの風味がするソフトドリンクである。
イデオンもピッティパンナを食べつつ、スティナと共にデザートも注文した。この店のピッティパンナは通常のジャガイモやニンジン、玉ねぎ、肉などのほかにサケも入っていた。
デザートはワッフルだ。イデオンはジャムを、スティナはアイスクリームを添えたものを注文した。おそらく、よく食べるカップルだと思われているだろう。実際に食べているのだが。
「あの、すみません」
レストランを出たところで声をかけられた。正確には、声をかけられたのはスティナである。見ると、雑誌か何かの記者のようだ。
「お嬢さんの写真を撮らせてもらってもいいですか? 一般の美人の特集をしているんです」
そう言って記者の男性は名刺を取り出したが、スティナは受け取らずにイデオンの後ろに隠れた。恥じらっているのではなく、「できるだけしゃべるな」というリーヌスの命令を守っているのだろう。単純に自分で対応するのが面倒なだけの可能性もある。
「すみません。彼女、そう言うの苦手で」
「いえ、でも写真だけ……」
イデオンがちらっと背後の彼女を見ると、スティナは勢いよく首を左右に振った。イデオンはにっこり笑って再度断った。
「すみません。他をあたってください」
イデオンがずっと断っていると、さすがに記者が引くことになった。イデオンは柔らかい雰囲気だが、意外と我が強いのだ。逆に気の強そうなスティナは押しに弱かったりする。
「スティナちゃん、可愛いもんねぇ」
「討伐師としてはメディアに出るのは避けたい」
討伐師とヴァルプルギスにかんしては報道統制が敷かれているので当たり前と言えば当たり前のセリフなのかもしれない。討伐師の名前などの個人情報は、わからないようになっているのだ。
北部の街と言っても、首都よりも古い街並みが残っているくらいであまり変わらない。夏だからか、それほど気温も低くはない。そして、先ほどのようなスカウトマンがいるのも同じだ。
「スティナちゃん、家族に会いに行くでしょ」
「……」
イデオンの問いに、スティナは答えなかったがイデオンには答えがわかる気がした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次はスティナの里帰りです。




