北の大地【2】
「は? 出張?」
思わず口をついた疑問に、リーヌスが「ああ」とうなずく。監査室本部での出来事である。
「どこに?」
「ヴァルカーレ地方シーデーン県フリュデンだ」
「要するにスティナちゃんの実家があるところですね。でも、なんでまたそんなところに」
手元の資料をとんとんと机でそろえながらイデオンは尋ねた。以前、スティナも言っていたが、各地方には常駐の討伐師や監査官がいる。もちろん、人が足りなければ最大の動員地である首都フェルダーレンから人が派遣されるが、それはまれだ。むしろ、近くから集められることが多い。
首都フェルダーレンは、どちらかと言うと南部にある。フリュデンは北部だ。行くのにも結構時間がかかる。少なくともイデオンは、南に行ったことはあるが、北に行くのは初めてだ。
「会議があるんだ。それに出席する」
口を挟んできたのは室長のポールだ。イデオンはまさか、と思って尋ねる。
「それ、出席するのは室長ですよね」
「ああ」
「僕たちはお供ですか?」
「そう言うことだな」
思わず沈黙したイデオンの肩を、リーヌスがポンポンと叩いた。
「まあ安心しろよ。室長の補佐は俺がやる。お前は護衛としてついてくるスティナと微笑ましい空気を作り出してくれればそれでいい」
「いや、さすがに意味が分かりません」
というか、すでに『護衛』と名のついているスティナが微笑ましい空気を作り出せるとは思えないのだが。
「要するにおとりだよ。黙ってればスティナはただの美人だからな」
「……まあ、そうですね」
面と向かって『おとり』と言われたことにはツッコまないことにした。
ポールが出席する会議は、政府の主要者が集まる会議なのだそうだ。なら首都でやれよ、と言う話だが、毎年場所を変えるのが決まりらしい。そろそろ年度末なので、今年の成果報告(仮)を行うようだ。ここで、来年度の身の振り方が決まってくる。
とりあえず、一週間ほど留守にするので急ぎの業務を終わらせるべく手を動かしていると、ミカルに連行……つれられたスティナがやってきた。どうやら、アカデミーを訪れたところを捕獲されたらしい。
「と言うわけで、護衛はこの二人だ」
ポールがスティナとミカルを示して言った。イデオンは「豪華な護衛ですね」と苦笑する。そこに、車いすを進めてエイラが顔を出した。
「本当は室長と一緒に私が行ければいいんだけど、ちょっと難しいからミカルに行ってもらうの」
なるほど。たしかに、車いすのエイラではフリュデンまで行くのは厳しい。と言うことは、ミカルは護衛だけではなく会議参加者としてついて行くのか。ちょっと納得。
「ミカルがいるなら私が行く必要ないだろ」
スティナが反論する。確かに、ミカルとスティナの二人に人間相手だったら、確実に戦力過剰である。
「お前を連れてけっていうマテウスからの命令だ」
ミカルが素っ気なく言った。スティナが顔をしかめる。総帥であるマテウスは、スティナを自分の後釜にしようと思っているらしいので、その経験を積ませるために同行させるのか。だとしても。
「やっぱり僕が同行する意味が分かりません」
挙手して言うと、「いいからついてくればいいの」とリーヌスに言われた。理不尽である。
「資料はこちらで用意する。護衛用の装備はそちらで頼む」
「了解だ」
ポールとミカルの間で役割分担が行われた。ざっくりしてるけど。
「装備って、たぶん、フリュデンまでならエクスプレスだろ。車内に武器類は持ち込めねぇだろ」
この場合スティナが言う『武器』とは、魔法精製の対ヴァルプルギス用の武器のことだろう。ただの護衛とはいえ、ヴァルプルギス対策を立てておかない理由にはならない。ミカルとスティナは剣士なので、剣を持って行くことになるが、細長い物体は目立つ。あまりない形だからだ。
「ギターケースにでも入れていけばいいだろ」
「……余計に怪しいだろ……」
スティナがツッコミを入れたが、それ以上は問い詰めなかった。最悪、フリュデンにある支部で調達すればいいと思ったのかもしれない。
「それと、そうだな。空中戦の装備も持って行くか」
「……護衛にしては大仰すぎる装備だな」
「敵は人間だけとは限らないからな」
「……」
ミカルの言葉にスティナは沈黙した。イデオンと同じく、あきらめの境地に達したと思われる。
「じゃあ、出発は五日後だ。荷物まとめて09:00フェルダーレン中央駅に集合だ」
リーヌスが軍事的に言った。09:00。つまり、午前九時に集合と言うことだろう。
お土産買う時間あるかなぁ。イデオンは現実逃避気味に考えた。
△
何とか必要業務を終わらせて出張当日。午前九時四十分発のフリュデン駅行きエクスプレスに乗っていた。五人と言う半端な人数なので、六人が乗れるコンパートメントは一席余る事態となっている。
イデオンはリーヌスと並んで進行方向と逆向きに座っている。進行方向と同じ向きに座っているのがポール、ミカル、スティナである。これから五時間ほど列車に揺られることとなる。なので、到着は午後二時半くらいだ。
コンパートメント内は静かだ。各自、資料の確認をしたり本を読んだりしている。イデオンも本を開いたのだが、進行方向と逆向きに座っているので、酔った。しばらく目を閉じていたのだが、ふと開くと斜め向かいに座っているスティナと目があった。
「……」
「……」
「席、代わろうか」
スティナがそう提案してきた。イデオンは首を左右に振る。
「いや、いいよ」
「お前、顔面蒼白だぞ。代わってもらえ」
隣のリーヌスにそう言われ、イデオンはうなずいた。
「わかりました。ごめん、スティナちゃん……」
「別に」
いつも通り素っ気なく答えたスティナは、スカートの裾を揺らして立ち上がった。そのままイデオンと入れ替わってリーヌスの隣に座る。イデオンは恐縮しながらミカルの隣に腰かけた。
「ごめんね。ありがとう」
「いや」
スティナはすでに本を開き、視線を落としていた。進行方向と逆向きで本を読んでも酔わないのか。うらやましい。
そのスティナだが、イデオンはフェルダーレン中央駅で彼女と合流したとき、一瞬誰かわからなかった。変装なのだと思うが、彼女は黒いシフォンのスカートに白いブラウスを着ていた。ブラウスは胸元にリボンが付いたかわいらしいデザインである。その上に淡い青のショールを羽織っていた。足元はショートブーツだが、これは彼女が護衛であることを考えると仕方がない。
さらに黒髪のかつらをかぶっていて、どこからどう見てもミカルの妹にしか見えない。ちなみに、眼鏡もしていておとなしそうに見える。見えるだけだが。
銀髪は珍しいわけではないが、印象に残る。そのため、ミカルと同じ黒髪に合わせたのだろうか。
とりあえず、リーヌスの謎の司令『微笑ましい空気』を醸し出すことは、スティナが黙っている限りは可能だろう。
ただ、ここには人目がないからか、足を組んで本を読んでいるが。読んでいるのは大学の夏季休暇中の課題の為の学術書らしい。
スティナに席を代わってもらったが、やはり気持ちわるいことには変わりがない。イデオンはそのまま目を閉じ、いつの間にか寝ていた。
△
「おい、起きろ」
がん、と足を蹴られ、イデオンは目を覚ました。蹴ったのはいつの間にか向かい側に移動していたスティナだった。
「え、何? おはよう?」
動揺して訳の分からないことを言うと、スティナが素っ気なく「昼だ」と言った。腕時計を確認すると確かに十二時を過ぎている。
「お前の分も買って来たけど、食べるか?」
リーヌスがスティナが持っているカスクートの包みとベーグルサンドを指さした。
「あ、ありがとうございます。食べます」
眠っていたからかもうそれほど気持ち悪くはない。だが、腹も減っていなかった。スティナからカスクートの包みを受け取り一口かじったが、あまり食べる気はしなかった。
その向かい側ではスティナがベーグルサンドを食べている。両手でベーグルを持って食べる姿は可愛らしい。これは確かに微笑ましい空気だ。
「あと二時間くらいか。スティナ。向こうに付いたら実家に行ってくるといい」
ポールが気を効かせたようにそう言うが、ただスティナをからかっているのが良くわかる。ポールもスティナが自分の家族を苦手としているのを知っているからだ。
「行かねぇよ。護衛が離れてどうすんだ」
スティナがもっともなツッコミを入れた。確かにその通りだ。こんなにかわいらしい恰好をしていても、スティナは護衛なのである。たとえ、その真の目的がおとりと経験積みであったとしても。
「明日は会議で、次の日は会食、翌日は休みでその次にまた会議だろ。護衛と言っても時間があるんだから、行って来いよ。イデオンも連れてデートだデート」
たぶん、ただの男女のお出かけ、と言う意味だろう。ミカルが言った。彼はスティナを娘の如く可愛がっているので、彼女をかっさらおうと言う男が現れたら、本気で叩きのめしそうだ。今はどう見ても兄妹にしか見えないけど。
冗談はともかく、スティナはなんだかんだ言って自分の家族のことを気にしている。なぜなら。
「スティナちゃん、マーユちゃんとメールのやり取りしてるでしょ。ちょっと顔見せてあげれば喜ぶんじゃない?」
「睨まれるのが関の山だ。と言うか、何故知っている」
即答だった。まあ、確かにマーユは睨むだろう。睨みながらも、喜んでいる。顔立ちもだが、性格もよく似た姉妹だと思う。
「いや、この前デシレアたちに会ったとき、テディ・ベアの写真を送信してるのを……」
見たのだ。が、イデオンは最後まで言えなかった。スティナがイデオンの膝を再び蹴ったからだ。
「何見てんだ、てめえは!」
「見えたの。隣に座ってたんだから仕方ないじゃん」
ついでに大きなテディ・ベアと並んで座るスティナは可愛かった。
ここで恥ずかしそうに赤くならない辺りスティナだ。だが、カッと目を開き、睨まれた。なまじ顔立ちが整っているので、かなりの迫力であるが、イデオンは慣れたもので笑っていた。
「仲がいいのはいいことだが、スティナ。スカートで蹴らない方がいいぞ。中が見える」
ポールが指摘すると、スティナはさすがに足をひっこめた。夏なので彼女は素足だ。ちなみに。白い肌がまぶしい。
「室長の言うとおりだぞ。とりあえず、何もない間はお前、できるだけ黙ってろ」
リーヌスがそんなことを言ったが、仕方がない。スティナは黙っている限りがただの美女なのだから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ミカルとスティナで最強コンビ。ただし、白兵戦に限る(笑)




